11-4 奇跡の聖女
空爆によって崩れる瓦礫、燃え上がる炎、もうもうと噴き上がる煙、
破壊された学園の中心で、全てがモノクロームとなり、一時停止した世界で、動くのは俺の心と、
「300年前、うちがこの異世界に転生する前」
セイカ様の心、
「江戸時代、うちは近江の北部にある雪国の街の、商人の娘として生まれた」
彼女がそう語った瞬間――モノクロームの景色の中に、薄紅色の着物姿の少女が浮かび上がる。
黒くて美しい髪が、透けるような白い肌に映えて、
……この女の子はもしかして、セイカ様?
正座で、木の床に敷かれた畳の上に座っているけど、その顔は、
無表情だ。
「箱入り娘って言葉は知っとる?」
……家から出されることもなく、蝶よ花よと育てられたお嬢様、だっけ。
そんな俺の答えを待つことなく、セイカ様は、かつての自分を見下ろして、
「うちはそれのもっとひどいやつ、倉入り娘」
「く、倉入り?」
「そう、親にとってうちは、大切な宝物やったんよ」
そしてセイカ様は、笑って言った。
「政略結婚の道具にする為の」
――結婚
その言葉に思いを巡らせるよりも早く、着物の少女の周囲の景色が拡がって、倉の中の様子が再現されていく。
倉と入り口の間には、木の格子で作られた檻があった。
座敷牢――そこにセイカ様がかつて囚われていたことを知った時、
倉の扉が開かれて、光が差し込み、同じく着物姿の女性が入ってきた。
彼女は盆を持っており、その上には、食事と本がおかれている。木格子の下の隙間から、女性はその盆のものを、滑らせるように中へ差し込んだ。
その瞬間に、
≪ここから出して≫
昔のセイカ様が、話し出した。
――俺は人のトラウマが見える
つまり、今目の前の光景は、セイカ様のトラウマ。
≪お願いよぉ、ここから出して≫
≪なりません、外は危険でいっぱいです、大事な肌が傷ついたら、大事な肌が焼けたりしたら≫
≪お父様とお母様に会わせてよ≫
≪いけません、どうか、どうかここにいてください≫
≪ここから出して!≫
……どれだけ必死に願っても、過去のセイカ様の願いは届くこともなく。
「女の幸せは、よい男に嫁ぐこと、まだそういう価値観やった時代」
セイカ様、
「けどうちの場合はそういう価値観とかやのうてね、ハナから道具として作られたんよ。男やったら商売を引き継ぐ装置、女やったら政略結婚の道具。アル君ほどやないけど、毒親って奴やろうねぇ」
そんな事実を、けらけらと笑いながら言う。
「物心ついた時から倉にいて、お世話係に育てられた。うちにとって世界は、本と、開けられた倉の扉の奥にある、庭格子越しに見える庭の桜だけ」
……エンリ様の裁判の時、セイカ様が、この世界には一本しか咲かない桜を知っていたのは、"本当"はそういうことだったのか。
もしかしたら、ゴッドフット先輩と戦った時に、呼び出した妖怪を知っていたのも、差し入れされた本から読んだのか。
セイカ様との日々の中にあった違和感の答え合わせ、それが展開されていく中で、
セイカ様は、
「そんな日々の中でうちは、左目を患った」
そう告げれば、昔のセイカ様の左目が病んでいく。目の周りに痣が浮かび、やがてその痣が薄れてったあとに、左目は二度と開かぬよう閉じられる。
「けどね、目が見えへんようなってうちは思うたんよ、キズ物になったうちはもう道具として価値が無いって、それならもう、この倉からも出られるって」
それは、余りにも悲しい願い、
けれど、きっとセイカ様にとっては、最後の希望、
……でも、セイカ様は、言っていた。
――自分は生け贄になったって
「……出られたんよ、確かに」
倉が消えていく。
周りの光景と、セイカ様のいでたちが変わる。
「出たけどうちは」
セイカ様の装束は、普段、この世界での彼女の姿を彷彿とさせる、真っ白な襦袢。
「治水のための、生け贄にされた」
――大雨でうねりをあげる河の原
後ろ手を縛られた状態で、氾濫する川の縁に立たされていた。
「娘が望んで、水の神の怒りを鎮めるための犠牲になるって申し出たってストーリー、商売を繁盛させる為の宣伝文句」
人の命を、金にする。
「結局、キズがつこうがつくまいが、うちは道具扱いやった」
――子供を道具としてしか思えない親
……いつか、メディが言ったことを、思い出す。
「子を愛さない親なんていーひんなんて、誰が言い出した嘘なんやろね」
そう言って、目を細めるセイカ様、
俺はその様子を、声も出せずにみつめるだけ、
でも、
≪いやぁ!≫
過去のセイカ様が、叫ぶ、
≪うち、あかん、泳げへんよ! やめて、いや、いやぁ!≫
悲鳴をあげた彼女は、川から踵を返して離れようとしたけれど、
それに、男と女の二人組が立ち塞がった。
≪見苦しい真似をするんやない≫
≪ほうよ、キズ物ならせめて、うちらの役にたって死に≫
その二人を、呆然としながら見上げて、
過去のセイカ様は、
≪お父様、お母様?≫
そう、初めて出会ったかのように、尋ねたけど、
≪お前なんて娘やない≫
≪ええから、はよう、死に≫
男と女はそう言って、セイカ様をぐいぐいと押して、
≪い、いやや、やめて、いや、いやぁ!≫
セイカ様は結局、本当の親かどうかも解らぬ相手に、川へと追い詰められていく。
それは親にとっての役立たずの娘を、
≪いやぁぁぁぁっ!≫
――奇跡の聖女として仕立てる為に
……荒れ狂う川の中に落とされて。
「……それから溺れ死ぬまでのことは、あんまり思い出したくもないんやけどね」
セイカ様は、溺れる中でもう声も出せない自分に代わって
「水は冷たいし、飲みたくなくても飲んでしまって苦しいし、目も開けられへんし、水底の岩に当たって身も削れて骨も折れるし」
自分が死んだ時の思い出を、微笑みながら語る。
「やっと楽になれるとか、もうこれで終われるとか、そんなん思う暇もないんよね、ただ苦しさでいっぱいになって、辛くって、きつくって、そんなんやから、未だにうちにとって川はトラウマ」
確かに、ジャングル探索の時も川は苦手って言っていた。
でもそれが、こんな壮絶な過去が原因だとは思わなかった。
「ともかくうちの人生は、そこで終わるはずやった、せやけど300年前、うちはこの世界に転生した」
――転生
それは前世で、不幸があった人間のやり直し、救いになるはずのこと。
「だけどそれがうちの」
けどセイカ様にとってそれは、
「からっぽっていう、不幸の始まりやった」
転生でしか無かったことを、彼女の右目の冷たさから知った。
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