10-10 からっぽの聖女
――セイカ様とのデートの時間は過ぎていき、
夕焼けからの茜色に染まるのは、けっして学園の情景だけではなくて、
「あー今年の学園祭も楽しかった!」
「おいおい、エルフリダ様のおかげでもう1日楽しめるのを忘れたのか?」
「はじめて良いことしたんじゃねあの尻王様! 準備はどうするか知らんけど!」
満足そうな笑顔を浮かべる生徒達はもちろん、
「さ、そろそろ宿に戻るか」
「待ってあなた、夜になったら大和のハナビってイベントがあるみたいよ」
「なにそれママ~?」
円卓帝国まで旅行に来たらしき家族達や、
「ふ、ふん、所詮はFクラスの連中の催し、あの大和の祭りもくだらんもんだ」
「でもこのチョコバナナンってぇのうまいっすよ」
「あーお前、何庶民のスイーツ食ってんの!? 分けて!」
普段は俺達をバカにしがちな貴族達も、一様に、染め上げていた。
俺とセイカ様はその光景を、認識阻害で正体隠しをした状態で、学園のベンチに座りながら眺めている。
沢山はしゃいで、歩き回って、体には心地よい疲労感、
それに浸って笑みを浮かべてると、
「まるで夢の中みたいなんよ」
左隣のセイカ様が、呟く。
「今日一日、ほんま楽しかった」
その笑顔に、俺もうなずき、微笑んだ。
沢山の催し物を一緒に巡って、いっぱい美味しい物も食べて、メイド喫茶で女装メイドになって、Fクラスの大和の祭りに行って、メイド喫茶で女装して、その後も沢山のことをして、メイドで女装で、
……な、なんかちょくちょく黒歴史が混ざり込んでるけれど!
今日の一日は、
「アル君と一緒やから」
セイカ様と一緒だったら、
「楽しかったんよ」
楽しかった。
――お互いに、その事実が重なった時
セイカ様は俺に、肩を寄せた。
「……ごめん、会うた時、アル君とのデートは今日一日だけ言うたけど」
セイカ様は、
「ほんまは、明日も楽しみたい、ううん、明日だけやのうて、これから先も」
そう、呟く。
「学園祭をあの森王が、もう一日追加した意図は分かる」
「――意図」
「メディちゃんよ」
セイカ様は、何もかも見抜いてるように、
「うちが振られたら、明日、アル君とメディちゃんがデート出来るような思いやり」
「……そうですね」
そう、あの人は一見露悪的だけど、やることは全て誰かのために繋がっていると思う、
「いやまぁもちろん、メディちゃんが振られた場合、いけしゃあ慰めデートとかするつもりかもしれへんけど」
うん、それもまた思う、正直どこまで信じていいか解らない部分があるあの人。
名君か暴君か、二つ名通りに狭間に立つ森王様のことを考えていたら、
「……ほんに、わかっとんるよ」
セイカ様が、
「一緒に、いっぱいデートして、その間、ずっとアル君の心の中に、メディちゃんがおったの」
「……はい」
「――それでも」
そこからの声は、絞り出すよう、本当に微かに、
「うちじゃあかんかなぁ」
それでも俺には、ハッキリと伝わるように、
きっと、
「うちと恋人、なれへんかなぁ」
ありったけの勇気を振り絞って。
――それに対して俺は
「ごめんなさい」
ずっと胸の内にあった言葉を、放った。
「……セイカ様は本当、素晴らしい方です、聖女であるとか関係無く、優しくて、一緒にいると楽しくて」
「……うん」
「でもそれ以上に、俺は……」
ああ、俺は、
メディを思う。
俺のからっぽの心に、誰かのためにしか生きられない自分に、自分自身の幸せを望むという、意味をくれた。
けど、そんな特別だけが、俺がメディを思う――いや、
好きになった理由じゃない。
「トマトトタマゴイタメターノ」
……それは、暖かい料理だったり、
「……勉強をしてる時、お茶をいれてくれます」
心遣いだったり、
「一緒に刀の手入れを学びにいった時のこと」
共同作業、
「ベランダからずっと、雲を何かの形に例えたりもしました」
他愛のない遊び、
「メディが風邪を引いた時、俺が看病して」
助け合い、
「料理を教えてもらったり、大図書館で二人で怒られたり、親子月の下で夜の散歩をしたり」
そんな全てが、特別以外の積み重ねが、きっと、思い出にもならなかったような日々も全て含めて俺は、
「メディが、好きです」
胸に訪れるおだやかさに、必ず混じるときめきの理由。
だから、恋人になるとすれば、
――一緒に生きていくのだとしたら
「だから、ごめんなさい」
俺はそう、肩寄せる彼女に言った。
奇跡とか関係無く、ずっと俺に想いを寄せてくれた相手に、残酷を告げた。
……少しばかりの静寂の後に、響いたのは、
「わかった」
軽く、さりげない、セイカ様の言葉、そして彼女は立ち上がり、くるりと回りながら俺の前に移動して、後ろに手を組んで、
片目で、俺を覗き込む。
「うん、正直、わかってたつもりやった、けれどどっかで望んでた。アル君のメディちゃんへの思いは、恋とかやのうて、家族愛的な、なんやろそういう、……うん」
口よどむセイカ様だけど、言いたいことは解る。
「俺も、メディへの気持ちに迷ってました、……いや、今でも迷ってるかもしれない」
「ええんちゃうの? 気持ちと意思はまたちゃうもんやもん」
「違う?」
「穏やかなドキドキ、激しいドキドキ、後者の方が恋人の条件っぽくみえるけど、そんなん火遊びとかわらへんもん」
「え、ええと?」
どういうこと? っていう顔をする俺にセイカ様、
「普通の夫婦生活に満足できひんで、軽薄そうな男に燃え上がって浮気して、あとで”私が間違ってた、あなたがいないと私がダメなの!”って見苦しく言い訳する奴」
「例えがグロすぎません!?」
本当この人聖女様!? いや、ずっと前から聖女様らしからぬだけれども!
そう叫ぶ俺に、聖女様は、
「自分の気持ちを、愛とするか、恋とするか、それは自分自身の意思なんちゃうかな」
穏やかな笑みを浮かべながら、
「だからアル君は、その迷いも含めて恋すればええんよ、だから、これからは――ううん、"これからも"一人やのうて」
セイカ様はそう言って、右目に、
「二人で悩んで、生きていき?」
――涙をにじませて
……その言葉を受け取った時、夕焼けに藍色が重なり、黄昏時が訪れようとした時、
『ぴんぽんぱんぽぉぉぉん!』
「うわ!?」
「ひゃわ!?」
と、突然デカヴァイスさんの【大声】スキルが、学園中に響き渡ったものだから、俺とセイカ様は驚いた。
『30分後ぉぉぉ! Fクラス主催イベント、大和の花火アルテナッシエディションが開幕するぅぅぅ! 最後まで楽しんでいくがいいぃぃぃっ! まぁただFクラスごときのイベントなぞSクラスのに比べれば――あ、こらユガタ近づくなぁぁぁ!? 私にもっと言わせ』
……多分、個人的な意見をアナウンスに含めようとしたところを、ユガタさんの【静寂】スキルでカットされたっぽく、ヴァイスさんの声はぴたりと止まった。
と、ともかく、それならもう行かなきゃと立ち上がった時、
「うちの【奇跡】スキルで送ろうか?」
と、セイカ様が言った。
……俺はその言葉に、首を振る。
そして、こう答える。
「自分の力で、自分の意思で、行ってきます」
そう言うとセイカ様は、満足そうに笑って、
「ありがとう」
こう言った。
「うちに、失恋させてくれてありがとう」
そう、
「うちの心、からっぽになれた」
――そう言った
そして、セイカ様はこう、続けた。
「大丈夫、また、いっぱいにしていくから」
続けた。
「おおきによぉ」
……失恋の消失、それが心がからっぽになるということなら、
俺は、ひどいことをしたのに、
セイカ様は、そう笑って。
……俺は頭を一度下げた後、軽く、目的地へと走り出す。メディのいる場所へ、トベッキーさんの隠しワープを使ってしかいけない屋上へ。
その途中、
「あれ、あそこにいるのアルテナッシ?」
「一人だけ?」
「何を急いでるのかしら?」
【奇跡】スキルの効果が切れたのか、俺がまた、俺として認識され始める。
だけど、そのことに構わず、俺はメディの元へ、第三校舎の屋上を目指す。
今セットしている【花火】スキルを、【俊足】スキルとかにしても良かった、だけど、
今は、スキルを使わずに――俺の意思で、メディの元へ向かいたい。
花火がある30分という制限時間の中、馬鹿らしいこだわりなのは解ってる、きっと昔の俺だったら、少しでも待たせたら迷惑だからという理由で、ためらいなくスキルを使ってる。
だけど、こうやって走るのは、
自分の意思で、彼女の元を目指すのは、
――その理由は
《それでいいよ、おにいちゃん》
声が、した。
トラウマじゃなくて、
俺の心の中で、声が響いた。
それは、セイントセイラ様の幼い声、
俺はその声に、背中をおされるように、夕闇の中を走って行く。
自分の足で、
自分の意思で。
・更新情報
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ネオページ様の方で最新話を先行公開中! よろしくお願い致します!
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