10-5 特別な朝、いつもの食事
――帝国歴1041年11月3日
学園祭当日の朝、ベッドの中の俺を目覚めさせたのは、朝の光では無くて、
「おはようございます、ご主人様!」
昨日と、そして学園登校初日と変わらない、メディの朝の快活の挨拶だった。
俺達の下宿、すでに、テーブルには朝食が並んでいる光景へ、俺は制服姿で入っていって、
「――おはよう」
そう、メディへ笑顔を返したが――その表情が崩れるくらい、一気にメディが距離を間近までに詰めてきた。
「ああ、ご主人様、前髪が乱れています」
「え、わ、わっ」
接近してきたメディに顔を赤らめる俺、けれどメディは、指でゆっくりと俺のお髪をなおして、ぱっと離れる。
「これでよろしゅうございますね」
そしてメディは、呆気なく言うのだ。
「セイカ様とのデートもバッチリです」
と。
……それに、そのことに、俺は心をかき乱される。
メディはどんな気持ちなんだろう。
心から俺とセイカのデートを応援しつつも、今夜、どちらと花火を見るかを決めてほしいという。
この12日間、メディは、そのことを自ら語ることはなかった。
メディが話すつもりがないのなら、俺も話さない。
そのつもりだったのだけど、
「――あの」
とうとう俺は、この、デート当日になってようやく、真意を尋ねようとしたが、その時、
「昨夜、セイカ様とお会いいたしました」
「――え」
「ご主人様が寝静まったあとになります」
そう、俺の言葉を遮るように、言った。
「……もとより、私の決意に関しては、既にお手紙でお送りはしていたのですが」
決意、というのは、今夜俺と花火を見たい、という意思だろう。
「昨日、私の部屋に訪れたセイカ様はハッキリと、「うち、アル君とデートしてええの?」とおっしゃりました」
――それは
「恋は戦争と思いながらも、私の手紙を受け取ってから、お悩みになられたと、私と"勝負"することそのものが、許されないことではと」
……そうそれは、直前になったとはいえ、
俺の知る、セイカ様らしい悩み、そして、
優しさだった。
「……あの方は、聖女という身分でありながら、私にそこまで気をかけていただいたのです、だから、それだけで十分です」
そう、昨日の夜を懐かしむように笑ったメディはそして、
「ご主人様には、心の負担を増やしてしまったと思います」
「そ、そんな」
「きっと、今も答えを出せず、悩んでいると思われます」
「――それは」
ああ、そうだ悩んでいる。
俺の心は強くない。
……"普通"ならきっと、こんな、うじうじしない。
今に溺れず、過去を枷とせず、未来もその心でしっかりと作り出す、
そんな風であれるはずなのに、
「俺は」
そんな自分が、とても嫌いなはずなのだけど、
――そこでメディは俺の手を握った
不意に感じる温かな感触とともに、メディは、
「メイド長に教わりました」
告げる。
「幸福の正体は、悩みであると」
――その言葉は
「悩むことが、幸福?」
すんなりと、納得がいくものではなかった。
普通、人間というものは、悩みから解放されたがっている。
お金の問題、人間関係、将来について、みんなみんな、それらに押し潰されそうになっている。
(その悩みが幸福だなんて)
――哲学的な話なのだろうか
理解がしにくく、表情を歪ませる俺へ、メディは話しかける。
「ご主人様が思ってることはわかります、ですが、これは単純な話です」
そしてメディは笑って、
「空腹の時、何を食べるか悩むことは、不幸ではなく幸福だと」
「――あっ」
「……幸せに選択肢がある状況は、恵まれていると言わざるをえません」
「……それは、そうだね」
単純な話、世の中には、食べることすらままならない人がいる、
そうでなくても、生きていれば、選択肢すら与えられないまま、生きることを強いられる人達もいる。
……俺の前世は多分、メディからすれば、そのようなものだったのだろう。
悩めるというだけで、幸せ。
「無論、全ての悩みが幸福に直結する訳ではありません。どちらを選ぶかで、未来がガラリと変わる、そんな状況もあり得ます、……それでもメイド長はおっしゃりました」
目を細めながらメディは、続けて言った。
「そんな最悪な選択肢しか存在しない状況でも、より、自分が幸せと信じるものを選び続ける、最悪の中の最善を選び続けるのが、生きるということなのだと」
「――最悪の中の最善」
……ああその言葉は、
俺の心に突き刺さる。
前世から、メディに出会うまで、
たった一つ、”誰かの役にたつこと”だけを考えて生きてきた俺にとっては。
でも、だからこそ、
――俺の心に火が灯る
「そっか、俺は、メディと出会ってから、ずっとずっと悩んでいたけど」
そう、思い返せば、俺の心は、
「悩みの中から、選びながら、ここまで来たんだ」
確かに、自分が選ぶことで、満たされてきた。
――いつも通りの朝に訪れた
あまりにも特別な、心に刻まれる、特別な朝。
そうそれは、
「……ありがとう」
――悩みがあることに悩まない
「メディ」
俺を肯定してくれた彼女に、感謝と共に笑ってみれば、メディは、
「それでは、朝ご飯にいたしましょう!」
いつもどおりの笑顔を浮かべ、
「パンもサラダも用意できてますので、あとは、トマトトタマゴイタメターノをお作りいたしますね!」
いつもどおりの料理を作るため、キッチンへと向かった。俺はそのことに感謝しながら、ドラゴンミルクとアップルビネガーを取りに、食物保存用魔法道具へと向かった。
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