10-2 もふもふという名の避難場所
もふもふ。
……ふんわりもこもこのこれに、顔を突っ込んでいると、心の疲れやこの世の辛さとか、そいう心にのしかかる負の重さが軽くなって、一時、何もかもを忘れてしまう。だから俺は、この"ともだちのもふもふ"で、世界と切り離されようとする。
ああ、ずっとこうしていられれば、って思うのだけど、
「お、おい、聞いたかFクラスのアルテナッシの話!」
――もふもふでも防げない耳の鼓膜を揺らすのは
「セイントセイカ様に、デートを申し込まれたらしいぜ!」
空き教室の外から聞こえてくる、噂を音源にした狂想曲だ……。
「せ、聖女様がアルテナッシに!?」
「えっと、それってつまり!」
「セイカ様がアルテナッシを、聖国の王にと見初めたってこと!?」
なんでそうなる――と言い切れないのが、難しいところで、
まず、セイカ様は俺への好意を全く隠していない。メディやフィアはもちろん、クラスメイト達にも知られていることだったりする。
そして、セイカ様の立場であるならば、恋することは即ち、相手を生涯の伴侶とすると言ってるに差し支えない。
つまり俺は客観的に考えて、"一国の女王に選ばれた庶民"ということになる。
まるで物語のような展開は、
「いやいや、聖女と庶民が一緒になるなんて許されないだろ!」
「だからこそ凄いロマンチックじゃ~ん」
「ウ……ウソだろ、こ……こんなことが」
「こ……こんなことが許されていいのか!」
って、噂になるのは仕方ない、仕方ないんだけど、
――ああ
……もふもふ。
「……アルテナッシ」
……ともかく、柔らかくも滑るようにしなやかな、黒に緑がメッシュのように混じる毛並みへと、没頭している俺に、
「まだ、俺に、身を、委ねるか?」
って、まさにこのもふもふの主――巨大狼verの――スメルフが声をかけてきた。
「……いや、流石にやめとくよ」
そう言って、俺は名残惜しさのままに、スメルフの体から顔を離す。あたたかな真っ暗は終わりをつげて、目の前に広がるのは、学園の使われていない教室と、横たわる狼のスメルフ、そして、
「心労、お察しいたしますわ」
入学した頃からスメルフと、やたら一緒に行動を共にしている、〔夢見る令嬢ロマンシア〕である。オージェと一緒で元貴族、恋愛小説を書いたことで極刑になりそうになり、読者の手で命からがらこの学園へと辿り着いたお嬢様。
「無論、セイカ様とアル様の関係は、ゴシップ程度にはなっておりましたが、ここまで露骨なアプローチを仕掛けたことが公になってしまっては……その……」
「おもしろ、おかしく、騒ぐ、だろうな」
そう言いながら――昼休み、質問攻めにあっていた俺を、ここまで連れてきてくれたスメルフは、伸びをしながら獣から人間へと姿を変える。
「問題は、だ、この、馬鹿騒ぎを」
そして目を細めながらスメルフは、
「聖女が、意図的に、起こしたか、だ」
と、言った。
「い、意図的?」
ぽかんとする俺に対して、
「まぁその、"恋は戦争"という言葉もありますもの」
ロマンシアが、眉間にしわを寄せながら言った。
「何でも有りなら、外堀から埋める、という、手段はとても有効なもの。……私が逃亡する前の話ではございますが、私がかつていた貴族社会にて実際に、"あの殿方は私に恋している"という根も葉もない噂を流す事で、結婚まで持ち込んだ方もいましたので」
そ、そこまでやる? そして、そんなのでうまくいく?
……いやでも、学園は俺とセイカ様がひっつくなんて、恐れ多い噂でいっぱいにはなっている。
空気を読めよ、ってプレッシャーはかかってるかも。
「この、学園祭に、そういう話題を、お前が聖女と、結ばれるという、雰囲気を、仕込んだのであれば」
「セイカ様は――アル様を本気で奪りにきていると思いますわ」
――恋は戦争
つまりそれは裏を返せば、
セイカ様の想いは、真剣だということになる。
……それは本来、喜ぶべきこと、
誰かにここまで想われるなんて、それがどれだけ幸せかはわかっている。
――けど
……だけど。
「――俺は」
俺の心の中にその時、浮かんだのは、
セイカ様じゃなくて――
「まぁ、あとは、ひとりで、考えろ」
「え?」
唐突にスメルフは空き教室の入り口へ向かう。
「わ、私も失礼致しますわ、その、帰る時はくれぐれもお気を付けてくださいませ!」
ロマンシアもそう言って、スメルフの背を追いかける。そして、扉の入り口に手をかけたスメルフは、
「匂わずとも、解る」
こう告げた。
「お前とメディ、は、既に、主従を、超えている」
……そう言ったあと、振り返らず教室を出て行くスメルフと、一礼したあとに去って行くロマンシア。
……ひとりきりになった俺は、もふもふに頼ることもできず、椅子も無い床へとぺたりと座る。
「……メディ」
あのクリスタルレイクの時に覚えた胸の疼き――それはこの3ヶ月の時も経て、どんどん大きくなっていって。
前世の35年、今の世の16年、けっして覚えたこともない衝動。
それは時に激しく、そして心地よく成長していくもの。
ただ、俺はこの気持ちをしっかりと定めることが出来なくて。
……それでも、この高鳴りは、
メディを思えば、胸の中に芽生えるこの感情は、
「――これって」
それに名前があるとするなら――
「恋なんちゃうかなぁ」
「うわぁ!?」
う、後ろから突然の声、それに振り向けば、
「セ、セイカ様!?」
「うちやでー」
そう、しゃがんで両頬に手をあてて、左目だけを閉じた、屈託の無い笑みを浮かべたセイカ様がいて、
「い、いったいいつのまに――」
と、言った時点で気づく。
「――【奇跡】」
セイトンセイカ様のスキル、〈チートフルデイズ〉。気に入った誰かのためならば、奇跡っぽいこととかをなんとなく起こせる無敵の能力。SクラスどころかSSSクラス、いや、もしかしたらそれ以上のランクなのかもしれないもの。
その中でも特に際立つのがテレポート能力、そりゃ、俺のそばにだっていつだって現れることができる訳で。
さて、そんなセイカ様は、
「ポッ♡」
……あの日会った時のように、オノマトペを気持ちが漏れるようにして、俺を赤い顔でみつめてくる。俺にも思わず、その顔の熱さが移る。
「あ、あの、セイカ様、ちょっと距離をおいていただければ」
そう、どうにか言葉を絞り出したけれど、セイカ様は俺をみつめたままに、
「確かに、メディちゃんとアル君には、深い繋がりはあると思う」
語り出した。
「それでも、うちも諦めきれへん、せやから、うちのわがままを聞いてほしい」
セイカ様のその表情は、笑ったままだけど、
「――初恋なんよ」
とても、強く、
「だからお願い、デートして」
真剣だった。
……暫く黙った後、俺は尋ねる。
「それで俺が、セイカ様の想いに応えられなかったとしても」
「かまわへんよ」
即答だった。
「だけど学園祭の日まで、少しだけでええからうちのこと考えてて」
そしてセイカ様は、小指を差し出す。
「約束な」
……どうしてセイカ様が、指切りげんまんみたいな、古い手遊びを知っているかはわからなかったけど、俺は小指と小指を絡ませた。童の歌は歌わないまま、セイカ様は、俺に熱っぽく微笑みかける。
俺の顔は無表情だったけど、それでも、赤く染まっていて、
――そして胸に疼きを覚えたけど
それが、セイカ様へのときめきなのか、メディへの罪悪感に対する痛みなのか、
今の俺には、わからなかった。
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