9-10 色彩
光り輝くクリスタルレイクの辺、
その場所で――異世界転生を告白した俺に対してのメディの反応は、驚きでも無く、不信でも無く、
涙、……それも哀れみからではない、
俺の心を思いやっての、涙だった。
「……俺の言うことを、信じるの?」
「……出会ったあの日、あの夜、あの時も、母親と入学の失敗のことを、ご主人様は語っていました」
メディは、自分の腕で拭おうとする、
「その時は違和感を覚えませんでしたが、後々よく考えればそんな方が、"幼い頃から孤児の施設"に入ったのはおかしいとは思いました、ただ、改めて問いただすことも出来ませんでした、けど」
それでも涙は止まる様子が無くて、メディは、結局泣き続けるままに、
「それなら全ての説明が付きます」
居住まいを正しながら、
「ご主人様は、嘘など言ってません」
そう、言ってくれた。
……けどその言葉に、その態度に、俺は、
逆に取り乱す。
「俺のことを、嫌わないの?」
――そう聞かずにはいられなかった
だって俺がメディの立場なら、戸惑うばかりだけじゃなく、
騙していたのか? と、怒っても不思議じゃないから。
……なのに、
「何故?」
メディは怒っているみたいだけどそれは、
"そんなことを何故聞くのか?"という、怒りに思えた。
「だ、だって俺は転生して、だから本当は16歳じゃなくて、中身は35歳の大人で」
普通だったら、有り得ない、許されない、そんな事実すらも、
「エルフの寿命に比べればささいなこと、そもそも、セイカ様も300年転生されている方ではありませんか」
「け、けど、だけど」
ああ、ずっと、俺の心に付きまとうもの、忘れている振りをしようとしてたけど、心の片隅にあった感情、
そもそも俺は、
「異世界転生者である俺は」
俺と同じくらい、いいや、俺よりもっと不幸な人なんて、沢山居るのに、
誰かよりも、神様に祝福を受けた俺は、
転生者の俺は、
「――卑怯者なんだ」
そう、それが壁になる、メディだけじゃなくて、皆との壁、
本当の意味で友達になれない理由を――告げた時、
「それのどこが卑怯なのですか!」
メディが、涙を千切り飛ばすように叫んだ。
「先ほども申したとおり、ご主人様の転生はただの重荷です! 母親の目前の自殺という、復讐すら許されない過去と共に、死んでもまた生きることを求められた! 幸せになれと押しつけられた!」
火花のように散るメディの怒り、後ずさりするすらしてしまう俺に、メディは、
俺に、まっすぐに、
「そんな転生はもう、祝福でもない!」
こう言った。
「ご主人様の転生は、ただの呪いです!」
――その言葉は
俺の心を、凍り付かせた。
……押し黙る、俺の前で、
メディは、肩で息をしながら、涙を流している。
転生が、呪い。
そんな風に考えたことなんて、一度も無かった。
メディの言うことは、正しさがあるように思える。
あの日俺は、スマホの中の花火を見て、そのまま、死ぬべきだったかもしれない。
……けど、
だけど、
それでも、
「そんなことはないよ」
自分の凍った心を、ゆっくり溶かすように、俺はその言葉を告げた。
彼女は俺の転生を、呪いだなんて言ったけど、
それは違う。
「……俺が、俺自身が、望んだんだ、仕事帰りに、電車の中で、からっぽな心で、スマホを観て、それに流れるWetubeのショート動画の花火大会を見て」
ああ、あっちの電車とかスマホとか、あっちの世界の言葉を繋げながら、
死ぬ前の気持ちを思い出す。
縦長の画面に広がった、
「――本物の花火を見たいって」
……今思えば、それがあったから、そんな小さな願いがあったから、
「だから俺に、女神様は手を差し伸べてくれて、それで」
終わるべきはずだった俺の命に、何も無かった俺に、
転生という、切っ掛けをくれた。
転生という、祝福をくれた。
――そう告げた俺にメディは
「本当に、よかったと思ってるのですか」
まだ信じられないように言うから、俺は、
そこで俺は、
――笑って言った。
「だって、メディに出会えたから」
「ッ!」
驚き、目を見開き、俺をみつめるメディ。
だけどやがて彼女は目を細め、
「――ご主人様」
そう、俺を呼んでくれる。
……ああ、そうだ、
前の世界では、ついぞ、手に入れられなかったもの、
母親に求め続けて、けれどそれは断ち切られて、
そのあとの人生も、無力のままに、得られずに終わったもの。
――誰かとの絆
……いや、そんな、大げさな言い方じゃなくて、
俺が欲しかったのは、
「友達」
そう、メディは、友達になってくれた。
からっぽな心のままに、生きてきた俺に、
何もかもが灰色に霞む人生の終点、画面の中の花火よりも、
鮮やかな笑顔を、浮かべてくれた人、
メディはそう、
――俺に色彩をくれた人
……その事が、俺は嬉しくて、
いつのまにか俺は、涙ぐみながら、
「ありがとう」
笑顔を浮かべていた。
「俺は、この世界に生まれてよかった」
……沈黙が流れる、
メディは、最初は無表情、
だけどゆっくりと、
「それが、ご主人様の答えなのですね」
笑みを浮かべた。
「転生が呪いではなく祝福だなんて、どこまでもご主人様は、お人好しです」
「……うん、フィアによく言われた、というかスキルをもらうまではそんな二つ名だった」
「そうですか……」
また、静寂が戻る。
けれど、さっきのような怖さや恐ろしさはない、どこか穏やかな――それこそ、聞こえないはずの宝石の囁きすら響くような、そんな優しい”静か”の中で、
「……ご主人様、私は」
メディが、何かを言おうと口を開く。
「――私は」
それに対して、俺は、
「無理しなくていいよ」
と、言った。
「メディ、過去を言おうとしてるでしょ」
「……は、はい、ご主人様と同じように」
「同じじゃないよ、だってメディの過去と俺の過去は、全く違う」
過去は、過去は、どうやったって、自分だけのもの。似ることはあっても、同価値じゃない。
だから、俺が告白したのだから、お前が言え、なんて取引は通用しない。
「だから、無理しなくていい」
それが俺の考え方だった。
「……ご主人様は、本当にどこまでも優しい」
メディは俺に対して、笑う。
「〔何も無しのアルテナッシ〕なんて、嘘です」
メディはそして、
「今はその優しさに甘えさせていただきます、けれどいつか、私の過去を必ず話します、どうかそれまでは」
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