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ラウンド5:カスパー・ハウザーの真実

(舞台は静寂に包まれている。照明がゆっくりと落ち、中心にはぼんやりと光る「真実」という一文字。背景にはカスパー・ハウザーの少年時代から青年期、そして亡くなった際の肖像画がゆっくりと交差するように浮かび上がる)



---


あすか(静かに、言葉を選ぶように)

「これまで私たちは、出自、王族説、死の真相、そして彼を取り巻く“大人たち”について追ってきました。

でも今、いよいよこの物語を締めくくる時が来ました。

彼は誰だったのか。

何を信じ、どこへ向かおうとしていたのか――

名探偵の皆さんに、“あなたなりの真実”を語っていただきたいと思います。」



---


明智(静かに息を吸い)

「私から始めてもよろしいでしょうか?」


あすか(微笑して)

「どうぞ、明智さん。」



---


明智

「私は彼を、“真実を知らないまま、真実にされてしまった人間”だと思っています。

彼の存在は、大衆の幻想と、支援者たちの欲望が交差するなかで形成されていきました。

しかし――彼自身は、そのどれにも完全には乗らなかった。

なぜなら、彼には確かに、“自分で生きたい”という小さな意志があったからです。

それが、彼の最期の言葉ににじみ出ていると、私は思います。」



---


あすか(うなずきながら)

「ありがとうございます。

では次に……ホームズさん、お願いします。」



---


ホームズ(立ち上がり、背筋を伸ばして)

「カスパー・ハウザーという男は――“謎”として扱われた時点で、その実体から乖離した。

私の見解は一貫している。

彼は隔離された環境で育てられ、何者かによって放たれた。

利用された存在ではあっても、王族の血筋ではなかった。

その存在は“神秘”ではなく、“操作された偶然”。

私は、感情ではなく事実に基づいて、彼を“名もなき被造物”として認識する。」



---


ナンシー(少し寂しそうに)

「でも、それって……彼が誰にもなれなかったってことじゃないですか?」


ホームズ(目を伏せて)

「ああ、そうだ。

だがそれが現実だ。誰もが“誰か”になれるわけではない。」



---


あすか(少し沈黙の後、前を向き)

「ポアロさん、あなたの“真実”を教えてください。」



---


ポアロ(胸に手を当て、穏やかな語り口で)

「わたくしにとって、カスパー・ハウザーとは――“空白の器”です。

彼の中にあったのは“真実”というより、“他人の期待の寄せ集め”。

けれど、彼はその中で懸命に生きようとした。

騙されたかもしれない。演じさせられたかもしれない。

それでも――“演じることすら、自らの運命と受け入れた”。

それが彼の強さであり、哀しみでもあります。」



---


ナンシー(感情をこらえながら)

「……私、彼の味方でいたいです。

カスパーは、ずっと“本当の誰か”を探してたと思うんです。

自分が王子かどうかなんて、本当はどうでもよかったのかもしれない。

ただ、自分のことをちゃんと見てくれる誰かを、ずっと待ってたんだって……そんな気がして。」



---


(あすか、そっと視線を上げる)



---


あすか

「……皆さん、ありがとうございます。

ここで、私からも一つ、“証拠品”を提出させてください。」


(スクリーンに近代的な研究誌の表紙が映し出される。「iScience」誌、2022年号)



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あすか(真剣な表情で)

「この論文は、2022年にiScience誌に掲載された研究です。

カスパー・ハウザーの遺髪から抽出されたミトコンドリアDNAが分析され、

その結果――バーデン大公家の母系のDNAとは一致しないことが明らかになりました。」


(探偵たちが一斉に動く)



---


ホームズ(低く)

「……決定的だな。」


あすか

「さらに、ミトコンドリアDNAの系統は、西ヨーロッパ系の広域な家系に属するとの結果が出ています。

つまり――彼が王族であった可能性は、遺伝的には否定されました。」



---


ポアロ(小さく息を吐き)

「科学の力で、“神話”は否定された……というわけですか。」


ナンシー(肩を落とし)

「……そっか。

じゃあ、やっぱり彼は王子じゃなかったんだね。」



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明智(ゆっくりと首を振り)

「――でも、王子かどうかは、“物語の終わり方”ではありません。

彼が誰に望まれ、誰に裏切られ、そしてどう生きたか。

“誰かの子”でなかったとしても、彼は一人の“人間”として、

この世界に確かに存在した。

それこそが、彼の真実ではないでしょうか。」



---


あすか(静かに頷いて)

「……私も、そう思います。

王子じゃなかったからといって、彼の物語が終わるわけではない。

むしろ――ここからが“彼自身の人生”だったのかもしれない。」



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(照明が少しだけ落ち、探偵たちにそれぞれスポットが当たる)



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あすか

「最後に一つだけお聞きします。

もし、今ここに、カスパー・ハウザーが現れたとしたら――

あなたは、彼にどんな言葉をかけますか?」



---


ホームズ(短く)

「“名を問うな。己を知れ”。」


明智(静かに)

「“あなたは、あなたでいてよかった”。」


ポアロ(優雅に)

「“メルシー、モンシュー・カスパー。あなたの旅は無駄ではなかった”。」


ナンシー(涙ぐみながら)

「“生まれてきてくれて、ありがとう”。」



---


あすか(微笑を浮かべて)

「――それでは、歴史バトルロワイヤル『カスパー・ハウザーの謎』、

ここに幕を下ろします。

ありがとうございました。」


(静かにテーマ曲が流れ、画面に「Truth is not always visible(真実は、いつも見えるわけではない)」という言葉が浮かび上がる)

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