ラウンド3:死の真相
(照明がぐっと落ち、背景のスクリーンにはカスパー・ハウザーの肖像が映し出される。今度はその表情が陰を帯び、頬に血の気が引いている)
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あすか(低く、静かな声で)
「カスパー・ハウザーは、1833年12月17日。
右の脇腹に深い刺し傷を負い、5日後にこの世を去りました。
発見当時、彼は“自分は見知らぬ男に刺された”と語りましたが――
その直後、部屋の中からは血に染まった小刀と、不自然に置かれた花瓶の破片が見つかります。
これをどう読み解くか――それが今回のラウンドの焦点です。」
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ナンシー(困惑気味に)
「これって、事件なのか事故なのか、それとも……自分で刺したのか……?」
明智(表情を引き締めて)
「いずれの可能性も残されています。ただ、彼の言葉を信じるなら“誰かが刺した”ということになります。」
ホームズ(腕を組み、すぐに切り込む)
「私はこの事件を“自作自演”と見る。
第一発見者の証言と、物証の配置、それに彼の証言の変遷。
冷静に見れば、あれは“注目されるための行動”だ。」
ナンシー(驚いたように)
「えっ!? でも、本当にそんなこと、彼がすると思いますか?
あんな深い傷……命に関わるようなことを……」
ホームズ(冷たく)
「だからこそ“事故”になった。彼は“自分を刺した”が、それが思ったよりも深かった。それだけの話だ。」
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ポアロ(ゆったりと語り)
「ムッシュー・ホームズ、あなたの推理は論理的ですが、冷たすぎます。
カスパーが誰に注目されたかったのか? 何を訴えたかったのか?
“傷”だけを見て“動機”を見ないのは、わたくしには少々乱暴に見えますよ。」
ホームズ(にこりともせず)
「動機とは、しばしば最も曖昧な証拠だ。」
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あすか
「なるほど……
ではここで、ホームズさんが“証人”としてお呼びいただいた人物をご紹介しましょう。」
(スクリーンに、髭をたくわえた中年男性――当時のカスパーの主治医の再現映像が映る)
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証人(医師)
「私は当時、彼の傷の処置を行いました。
傷は深く、しかし明らかに“自己施行可能な角度と位置”でした。
また、ナイフの突き刺し方に、戸惑いとためらいの跡があったと見ています。」
あすか
「その……“ためらい”というのは?」
証人
「いわゆる“ためらい傷”――刃を浅く入れた跡が複数あったんです。
通常、他人による一撃ではそういう痕は残りません。」
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明智(考え込むように)
「つまり、それは――“本気ではなかった”という可能性も?」
ホームズ(肯定するように)
「彼は何らかの“演出”をしようとしたが、予想外に致命傷を負った。それが最も妥当だ。」
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ナンシー(やや怒ったように)
「でも、それって……
そんなことを“彼がやる人間”だって決めつけることになりませんか?
彼は、ずっと利用されて、迷って、傷ついて……
その上、自分で自分を刺したって決めつけるのって、あまりにも残酷じゃないですか?」
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ポアロ(静かにナンシーに寄り添う)
「マドモワゼル、あなたの言葉には真実がある。
ですが、私にはもう一つの可能性が見えています。
――“彼は、自分が危険に晒されていることに気づきながらも、それを誰にも言えなかった”。」
あすか
「つまり、殺された……という可能性ですね?」
ポアロ(うなずく)
「ええ。そして、それは一見“自作自演”に見えるように仕組まれた殺人。
――それこそが、最も巧妙な犯行です。」
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明智(手元の資料に目を落としながら)
「私は……“第三者の存在”を否定しません。
むしろ、彼の死の直前――彼が何かに怯えていたという証言があることに注目したい。
そして、“自作自演の演技”ができる精神状態ではなかった、という点も。」
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あすか
「ここで、注目すべき“遺書”のような言葉が残されています。
彼は死の直前に、こう語ったとされています――
『私は誰かに命を狙われていた。でも、もう誰にも迷惑はかけない』」
(スタジオが静まり返る)
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ナンシー(唇をかみしめて)
「……これ、嘘じゃないと思います。
演技じゃない。苦しんで、最後にやっと気づいて、でも誰も守ってくれなかった。
だから、“もう誰にも迷惑をかけない”って……
……なんで、そんな子に、こんなひどい最後が待ってたんだろう……」
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ホームズ(やや表情を緩め)
「……あなたの感情は理解する。
だが、探偵とは事実を探す者だ。“共感”に溺れては、真実を見失う。」
明智(優しく)
「でもホームズさん。
“感情”がなければ、“なぜ人はそれをしたのか”という問いには辿り着けないと思います。」
ポアロ(穏やかに)
「まさに。“行動”は“感情”の結果。
カスパーが何を恐れ、何を信じ、そして最後に何を諦めたのか。
それを読み取らなければ、彼の死は、ただの“怪死”で終わってしまう。」
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あすか(しみじみと)
「本当に……
“謎”というのは、事実だけじゃなくて、誰かの心の中にもあるんですね。
“彼は刺された”――
でも、それが誰の手によるものだったのか、
探偵たちの見解は分かれました。
次は……彼の周囲にいた“大人たち”の影に迫りましょう。」
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明智(静かに)
「この謎の裏にあるのは――彼を利用し、あるいは切り捨てた“誰か”の姿だと思います。」
ポアロ
「真実は時に、人間の欲望の中にこそ潜んでいる。」
ナンシー(拳を握りしめて)
「だったら、私は……絶対、その人の名前を突き止めたい!」
ホームズ
「感情を交えても、解けない謎はある。
だが感情を通じてしか、見えない真実もあるのかもしれん……」
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あすか(すっと立ち上がり)
「次のラウンドは――
ラウンド4『利用された存在』。
カスパー・ハウザーは誰に守られ、誰に使われ、そして、誰に裏切られたのか?
ここから、事件の“背景”が浮かび上がってきます。」
(照明が落ち、映像はカスパーの目に涙を浮かべた肖像へと切り替わる)