ラウンド1:出自の謎
(ライトがゆるやかに落ち、スタジオに緊張感が満ちる。背景に浮かぶカスパー・ハウザーの肖像が静かに回転し、止まる。BGMがフェードアウトすると同時に、あすかの声が響く)
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あすか
「それでは――ラウンド1、テーマは『出自の謎』です。
1828年5月26日。ニュルンベルクの街角に現れた青年、カスパー・ハウザー。彼は“自分の名前しか知らず”、言葉もほとんど話せず、馬に乗りたいという紙切れを握りしめていたそうです。
彼はどこから来たのか? 誰に育てられ、なぜこのような形で現れたのか?
この謎に、まずは迫っていきましょう。」
(探偵たちの前に小さなモニターが出され、登場当時の再現CGが映る)
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ナンシー
「なんか……すごく悲しい光景ですね。
裸足で、よれよれの服、うまく言葉も話せないなんて。ほんとに、いったいどこで育ったの?」
ホームズ(眉をひそめながら)
「服装や歩き方、言語能力。すべてが不自然だ。
この時点で、彼が“隔離された状態”で育てられていた可能性が極めて高い。」
ポアロ(軽く頷き)
「ええ。だが、ムッシュー・ホームズ。私はこうも思うのです。
彼は“隔離された”のではなく、“隔離されるよう仕組まれた”。
それが偶然であるとは、到底思えません。」
明智
「彼の“無垢さ”こそが、何かを覆い隠す鍵なのかもしれませんね。
ある意図によって教育を奪われ、人格を曖昧にされていたとしたら……?」
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あすか
「なるほど……。では、ここでナンシーさんが申請された“証人”を紹介しましょう。」
(モニターに映像が切り替わり、やや年配の市民風の男性が現れる)
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証人
「私が最初に彼を見つけたのは、ユニオン通りの角でした。
午後の礼拝が終わって、家に戻る途中……ふと見ると、少年がひとり、よろよろと歩いていて……。」
ナンシー
「そのとき、彼は何か話していましたか?」
証人
「ええ、何かを繰り返していました。“兵士になりたい、馬に乗りたい”……それだけです。
声は弱々しく、目を見ても、焦点が合わないような……そんな子でした。」
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ホームズ(食い入るように)
「目を……見ても焦点が合わなかった?
それは長期にわたる“感覚遮断”の兆候と一致します。
光や人間との接触が極端に制限された生活を送っていた可能性が高い。」
明智
「しかし、それでもなぜ“馬に乗りたい”という願望だけが植え付けられていたのか。
これは単なる偶然でしょうか?」
ポアロ
「もしくは――象徴かもしれません。
“王家の子”として、かつて乗るはずだった馬。
誰かが彼にその記憶を“暗示”した可能性もある。」
ナンシー
「でも、それって……彼を“使おうとした誰か”がいたってことですよね?」
ホームズ
「その通り。どこから来たのかを解くには、まず“誰が彼をそこへ送り込んだのか”を知る必要がある。」
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あすか
「では、ここでカスパーが記した“最初の文書”を見てみましょう。」
(スクリーンに、カスパーが持っていた手紙の複写画像が表示される)
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あすか
「彼の持っていた手紙にはこうありました――
『この子の名はカスパー・ハウザー。私は彼を育ててきたが、今後はニュルンベルクの第六騎兵隊に所属させたい』。
署名はされておらず、文体もどこか稚拙。さて、この文書、どう見ますか?」
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ホームズ(即答)
「偽造文書にありがちなパターンだ。“育てた者”の身元を一切明かさず、曖昧な軍への配属希望――
それ自体が、情報操作の意図を示している。」
ポアロ(指を立てて)
「だが、わたくしは、そこに“矛盾”の中の“人間味”を感じるのです。
誰かが――もしかすると“守りたい”という気持ちで、手紙を書いた。
不完全で、嘘だらけ。でも、カスパーの“未来”をどこかで信じていたような……。」
ナンシー(しんみりと)
「うん……私も、そこが気になってた。
だって、ただの詐欺なら、もっと用意周到に嘘を重ねられるはずでしょ?
これは、“雑だけど、誰かの精一杯”に見える。」
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明智
「興味深いのは、“名”を持たせたことです。
名付けるというのは、他者との関係を生む行為。
逆に言えば、カスパーという“物語”を、誰かが彼に与えた。」
ホームズ
「つまり、それは演出された“存在”――“出自”ではなく、“設定”だ。」
ポアロ(やや不満げに)
「ムッシュー・ホームズ、あなたの言い方は冷たすぎます。
人間は設定ではなく、意思と感情によって形作られる。
そして彼の“空白の時間”には、彼自身の記憶もまた、苦しみの痕跡として刻まれているのです。」
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あすか
「カスパーは、“作られた存在”なのか、それとも“救い出された命”なのか。
ここから先の謎が、この出発点にすべてつながっているのかもしれませんね。」
ホームズ(静かに)
「いずれにせよ、彼を送り出した者が最も重要な鍵を握っている。
そして私は、その痕跡をすでに掴んでいる。」
ポアロ(ニヤリと笑って)
「あら、それは楽しみですね。ムッシューの鼻は確かですから。」
ナンシー(ワクワクした表情で)
「でも私も、証拠は一つ持ってるんだから!」
あすか(ニコリと笑って)
「はいはい、名探偵バトルはまた後で。
それでは――ラウンド2、『バーデン家との関係』へと進みましょう!」
(音楽が流れ、カスパーの“王族説”をめぐる議論へ舞台は移っていく)