第一章1 『氷嶺玲奈の独白』
人形みたいな娘。
それが周囲からの私への評価だった。
私が生まれたことで、母は死んだ。
それ以来、父は私をまともに見ようとしなくなった。ただの娘としてではなく、亡き母の面影を映す存在として。
視線の奥にあるのは愛情ではなく、喪失の痛み。
だから私は遠ざけられた。
まるで、最初からいないモノのように。
兄は父とは違った。
母が大好きだった兄は、最初は私を可愛がってくれた。だけど、やがて私が鬱陶しくなったのか、ある日を境に、兄の態度は一変した。
昔のように笑いかけてくれることはなくなり、代わりに向けられるのは冷たい言葉と、時には憎悪のこもった視線。
父からは無関心を、兄からは憎しみを。
私は家の中で居場所を失った。
それでも、私は彼らの気分を害さないように振る舞った。
父にとっても、兄にとっても、私はいない方がいい存在。
それならせめて、邪魔にならないように。
ただ言われるがままに、何も求めず、何も拒まず。
そうしているうちに、私は何も感じなくなった。
学校でも友達はできなかった。誰かと関わる方法がわからなかったし、関わること自体が怖かった。
無表情な私は周囲から「人形みたい」と呼ばれるようになり、それはやがて私自身の心の在り方にもなっていった。
幼い頃から、私は家庭の中でただの人形に過ぎなかった。
期待されることもなければ、愛されることもない。
ただ、そこにいるだけの子供。
何をしても無関心、何を言っても届かない。
いつしか私はすべてを諦めた。
感情を表に出すことも、誰かと心を通わせることもやめた。
何を言われても、何をされても、ただ静かに受け流す。
無機質な顔、何も映さない瞳。
ただ幼い頃から見た目だけは整っている様で、まるで飾り物のように扱われた。
だけど。
──こんな私でも、誰かに必要とされる日が来るのだろうか?
──こんな私を、救い出してくれる人はいるのだろうか?
そんなことを考えてしまうのは、まだ心のどこかで「人形ではなく、人間として生きたい」と願っているからなのだろうか。
それでも、どこかで願っていた。
誰かが、この閉ざされた私を見つけ出してくれないかと。
声をかけてくれないかと。
──ねえ、誰か。
この凍りついた家から、私を連れ出して。