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雷鳴のラストピース  作者: 雨車狸
第三章 『白薔薇のレクイエム』
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第三章2 『十傑会議』

 6月2日・月曜日。

 零凰学園には、十階建ての超巨大な本校舎と、隣接する五階建ての旧校舎がある。

 普段、生徒たちが授業を受けるのは本校舎であり、旧校舎は部室や会議室、音楽室、調理室、科学室、視聴覚室などの特別な施設に利用されていた。


 その旧校舎三階──特別会議室。

『零凰学園十傑』と呼ばれる、学園で最上位に立つ十人の生徒が、円卓を囲んで集まっていた。


「なんか、こうして十傑がちゃんと揃うのなんて、始業式ぶりだよね〜。アリシアもそう思うでしょ?」


 第七席・白椿心音(しろつばきここね)は、円卓で隣に座る親友へ笑みを向ける。


「別に……。むしろ定期的にこういう集まりがあるのは、十傑になってから初めて面倒だと思ったぐらい」


 第九席・アリシア・オールバーナーは、和やかに振る舞う心音と、自分の気分との落差に内心うんざりしていた。


「十傑に選ばれたからには、会議の出席も立派な義務の一つでもある。僕らが十人揃うなんて滅多にないんだ。せっかくだから有意義な話し合いにしよう」


 第八席・風祭涼介(かざまつりりょうすけ)は、メガネの位置を直しながら落ち着いた様子で、面倒くさがるアリシアを嗜めた。


「ハッ、有意義ねぇ」


 第六席・影山龍樹(かげやまたつき)が椅子にふんぞり返り、天井を見上げて鼻で笑った。


「つまんねぇ議題だったら、わざわざ放課後に時間合わせて集まる意味なんざ皆無だろうが。ったく、何でわざわざ十人全員集まる必要がある? やりてぇ奴だけで、勝手にやってれば良いじゃねぇか」


「普段から、学校の授業を常にサボっているあなたが言うんですか?」


 第十席・氷嶺玲奈(ひみねれいな)が静かに諫める。

 翔太郎絡みもあって、玲奈と影山の仲は最悪だ。

 冷え切った声色からも、それは隠そうともしない。


「やっぱり影山くんって、普段もサボってばっかなんだ?」


「はい。岩井先生が点呼しても、影山くんだけ居ないというパターンはA組の日常になってます」


「わーお。ある意味大物だねぇ、影山くんは」


 心音が悪戯っぽく笑い、テーブル越しに身を乗り出すと、玲奈が事務的に補足する。

 まるで事実を突きつけるように、淡々と。


「でもほら、そんなサボり魔の影山くんだって、ちゃんと今日は来たもんね? 一応感謝しとかないと」


「心音、私たちが影山龍樹に感謝する必要なんてどこにも無い。サボりまくって十傑から落とされるのが嫌だから、勝手に出席点稼ぎに来たんでしょ」


 アリシアが感情を込めずに淡々と切り捨てると、影山の眉が分かりやすく釣り上がる。


「あ? 喧嘩売ってんのかよ、クソチビ」


「別に売ってない、事実を言ってるだけ。それに私は貴方と一応同い年だし、クソチビ呼ばわりは辞めてくれる?」


「ククッ、俺だって事実を言ってるだけだぜ? 五月は話題の渦中だった第九席さんよ」


 影山は口角を吊り上げ、わざと順位を強調してみせる。


 ただのからかい半分。

 本気で貶すつもりはなかった。


 だが、その瞬間──アリシアの瞳がかすかに揺れる。


「──番号で呼ばれるのも嫌い」


 淡々とした口調のまま、しかし拒絶の色は鮮烈だった。


「あ? まさかお前が順位マウントとか気にするようなタマかよ? 本気で悔しいのか?」


 影山は肩をすくめて笑ってみせるが、玲奈の視線が鋭く光った。


 彼女は知っていた。

 かつてアリシアがゼクスに『検体番号12番』と呼ばれ、実験体として扱われていたことを。

 だからこそ、彼女が数字で呼ばれることを酷く嫌う理由を、玲奈だけは察していた。


「影山くん」


 冷たい声音で、玲奈が釘を刺す。


「二年生の中で、一番順位が上で調子に乗るのは結構ですが……。パートナー試験での総合順位で、現二年の十傑の中で一番下だったのは、あなた自身です。忘れないでください」


「ハッ、言ってくれるじゃねぇか」


 影山の口元が歪む。

 椅子にふんぞり返り、挑むような笑みを浮かべる。


「テメェらは単独で参加するのをビビって、仲間と徒党を組んだ順位だろうが。一人で結果出せなくて何が十傑だよ、ビビり共」


 玲奈の釘刺しにも、大して苛立った様子は見せてない。


 その声色には、苛立ちよりもむしろ確信めいた自信があった。

 まるで、もし全員が単独参加だったら、自分が一位を取っていたと信じて疑わないように。

 場を掻き乱すその挑発は、まさにアウトローの影山らしい。


「そういう言い方は感心しないな」


 静かに声を挟んだのは、第八席・風祭涼介だった。

 メガネの位置を押し上げ、凛とした口調で続ける。


「あの試験は、パートナーとのコミュニケーションや連携力を問う試験でもあった。単独で総合四位を取った君の実力は確かに評価に値するけど、協調性を軽視する発言は、十傑としての自覚を欠いているとしか思えない」


「相変わらず説教くせぇ奴だな、風祭」


 影山はふてぶてしく足を組み、挑発するように笑う。


「僕は事実を述べているだけだ。学園にとって必要なのは孤立した力じゃなく、全体を高める力だ。その点で、君は他の十傑よりも評価を落としたんだ」


「偉そうに語ってるとこ悪ぃな。二日目のアスレチックでは、ちゃっかり四位だったみてぇだが……正直、空気だったぞ。テメェ」


 影山が鼻で笑う。

 わざわざ言葉の棘を強め、風祭の神経を逆撫でする。


「……ああ。ちょっとパートナーと意見の食い違いがあってね」


 風祭は淡々と受け流すが、その表情は揺らがない。


「決して、君の力を否定しているわけじゃない」


「そりゃどーも。ただな──お前らみたいに群れて馴れ合うぐらいなら、俺は一人で牙を剥く方が性に合ってんだよ」


 影山はわざとらしく肩をすくめ、口の端を吊り上げた。

 その挑戦的な笑みは、場を引っ掻き回すためのものにほかならない。


 会議室の空気がピリつく。

 理屈と理性で場を収めようとする第八席と、荒々しく牙を剥く第六席。

 同じ二年生の十傑でありながら、まるで水と油のように噛み合わなかった。


 玲奈は小さく息をつき、心音は「また始まった……」と肩をすくめる。

 一方、アリシアだけは無言のまま二人を見つめていた。

 その瞳の奥に宿る感情は、誰にも読み取ることができなかった。


「相変わらず、二年生は仲が良くて羨ましいね」


 第二席・空峰桃華(そらみねももか)は、柔らかく微笑みながら、円卓の端から割って入った。


「年下の子たちの言い合いって、ちょっと新鮮で見ている分には、結構面白いです」


 その声色には、柔らかさと落ち着きがあり、敬語とタメ語を絶妙に混ぜたお姉さん口調が、場の緊張を自然に和らげている。


「お、面白くは無いと思う……桃華ちゃん。男の子の言い合いって、け、結構リアルで怖い……」


 第五席・響紀奏(ひびきかなで)は、小さく縮こまり、声も頼りなく震えていた。

 十傑の一員とは思えない程の覇気の無さで、机に視線を落とし、まるで存在そのものを消そうとしているかのようだ。


 桃華は軽く首をかしげ、にこやかに響紀に笑いかけた。


「怖がらなくても大丈夫よ、奏。影山くんと風祭くんはね──放課後に一緒に、秋葉原のメイド喫茶に行くぐらい仲良しなの」


「そ、そうなんですか?」


 響紀は目を大きく見開き、思わず身を乗り出した。


「そ、それは意外でした。ヤンキーの影山くんと、真面目そうな風祭くんが……ほ、本当なんですか?」


「本当な訳ねぇだろ。ぶっ飛ばすぞ」


「ひ、ひぃっ!?」


 突然の低い声。

 椅子にふんぞり返ったまま、影山は第二席・空峰桃華相手でも全く遠慮せず、冷たい眼差しで訂正する。

 響紀は思わず飛び上がり、机に手をついてバランスを崩すその顔は、まさに信じた私が馬鹿でした状態だった。


 桃華はクスクスと笑い、肩をすくめる。


「まぁ、今のはちょっとした冗談だよ、奏。けれど、影山くんの言う通り、あの二人は仲が良いのか悪いのか……微妙な関係ですね」


「空峰先輩。今のうちに訂正しておきますが、僕たちは決して仲が言い訳ではありません。僕と影山では、性格の相性が壊滅的でしょうし」


 風祭は少し身を乗り出し、理知的に訂正する。


「そう? 組んだら案外良いコンビになると思うけど」


「ごちゃごちゃうるせぇんだよ。次割り込んで話に入ってきやがったら、テメェらからぶっ飛ばしても良いんだぜ?」


 影山の口調は荒々しく、しかしその目は真剣そのもの。

 上級生相手でも遠慮せず苛立ちを剥き出しにするその態度は、まさにアウトローの面目躍如だった。


 響紀は思わず小さく後ずさり、肩を震わせる。


「ひ、ひぃっ……やっぱり、影山くんは怖い……」


「勝手に怖がってんじゃねぇよ」


「──ふふっ」


 怖がる響紀を睨みつける影山。

 そんな彼に合わせたように、ニヤついた声が飛ぶと、思わずその場にいる全員が視線を向ける。


「あ? 何がおかしいんだよ」


「ふふ……やっぱりこのわたくしは、この学園の誰よりも美しいですわ。改めて、それを自覚していたところでしたの」


 第三席・天王寺静香(てんのうじしずか)は、机の上から高級感漂う手鏡を取り出すと、うっとりとした目で自分の顔を覗き込んだ。


 会議室の喧騒など全く耳に入っていないかのように、影山と風祭の口論も、響紀の怯えも、まるで別世界の出来事のようだ。


「相変わらず、どんな角度から見ても完璧ですわね。髪の艶、肌の滑らかさ……すべてがわたくしの美の証明」


 マリーゴールドの縦ロールに触れながら、煌びやかな雰囲気を醸し出している美女は、自身の容姿を鏡で眺め、完全に自分の世界に入っていた。


「え、えっと……天王寺さん……」


「どうしましたの? 響紀さん」


「あ、えっと……ここまでの会話の流れって……」


「はい? 何か話してましたの? 申し訳ありませんわ。わたくし、つい自分に夢中になり過ぎてしまって耳に入っておりませんでした」


 響紀は恐る恐る天王寺の横目を見やり、桃華も軽く眉を上げ、天王寺の世界に割り込む気配を見せるが、彼女は気にも留めず微笑む。


「皆様、急に黙ってしまってどうしましたの。わたくしの美しさに目を奪われすぎてはいませんことよ?」


 その瞬間、会議室の全員が思わず固まる。

 誰一人としてツッコミを入れられない──影山も、風祭も、響紀も、心音もアリシアも、そして玲奈も、ただただ天王寺の自由すぎる世界に圧倒されるばかりだった。


 ナルシストで、自由人すぎる天王寺の存在感は、十傑会議の空気を完全にかき乱していた。


「拙者から、一言申し上げてもよろしいか」


 第四席・霧隠練磨きりがくれれんまが、忍者のように静かに前に出て、淡々とした声で切り出す。


「話の流れと言っておったが、そもそも議題にすら触れておらぬ。本題は第一席が持ってきていると聞いておる」


 天王寺は手鏡から目を離さず、少し首を傾げる。


「此度の会議、其方の御美貌も結構でござるが、話を進めることもまた十傑の務めでござるぞ」


「そうでしょうか? わたくしの美の追求について話し合った方が、よほど零凰学園にとって有意義になると思いますわよ」


 霧隠は微かに眉を動かし、短く頷く。


「拙者は其方の美を否定するつもりはない。しかし、会議の進行を妨げるのは忍びないと申しておる」


「うふふ、会議を妨げているとは、単なる誤解ですわ。皆さま、少しだけ目を閉じ、このわたくしの美を心に刻んでみませんこと?」


 影山は椅子にふんぞり返ったまま、鼻で笑った。


「……3年生は変人、奇人の集まりだな」


「一番最初に話を脱線させたあなたがそれを言うんですか?」


 玲奈の冷たい視線が影山を突き刺す。

 本人は平然としているが、その視線の鋭さに影山もわずかに顔をしかめる。


「で、議題ってのは何なんだよ、第一席様よぉ。元はと言えば、テメェが首席権限使って十傑全員呼び出したんだろうが」


 影山の声に合わせ、会議室の全員の視線が自然と一点に集まる。


 ──第一席、獅堂迅牙しどうじんが


 燃えるような赤髪は荒々しく逆立ち、まるで鬣を広げた獅子のように首筋まで流れている。

 筋肉で鍛え上げられた体躯は圧倒的な存在感を放ち、鋭い眼光ひとつで場を支配できるほどの威圧感を纏っていた。

 非常時にはその赤髪をゴムで後ろに束ね、まさしく戦場の獅子と化す。


 だが今は、その圧倒的な覇気を台無しにするかのように、耳には小さなワイヤレスイヤホンが装着されていた。

 リズムに合わせて首を揺らし、指先で机を軽く叩きながら、口元には満足そうな笑み。


「……おい、何してんだテメェ」


 苛立ちを隠さない影山の声が会議室に響く。

 だが、三年生たちは慣れっこのように動じず、むしろ「また始まった」という諦観すら漂わせていた。


「相変わらずね、獅堂くん。そろそろ会議を始めてください。……何を聴いているの?」


 ニコニコと微笑みながら問いかける空峰。

 穏やかな声音には、嗜める優しさと呆れが半分ずつ混じっていた。


 そこでようやく、迅牙はイヤホンを片耳だけ外し、悪びれもせずに肩を竦める。


「悪りぃ。あと2分だけ待ってくれ。……ここからが星子ちゃんのソロパートなんだ」


 その真剣な表情と、推しアイドルの名を口にする声色の熱量。

 学園最強と呼ばれる獅子が、いま全力で集中しているのは、議題ではなく──推しの歌声だった。


「……星子ちゃんって誰ですか?」


 思わず玲奈が、隣の心音へ小声で問いかける。

 玲奈の冷めきった眼差しにも全く気にせず、獅堂はヘドバンを繰り返していた。


「アレじゃない? 最近ブレイクし出した、元地下アイドルの雲母坂星子(きららざかせいこ)。今、中高生の間でめっちゃ人気なんだって」


 心音は肩をすくめ、当然のように答える。


「……全く知りませんでした」


「獅堂先輩がファンってのは学園でも有名だよ。結構、隠れファンの生徒も多いみたい」


 玲奈はしばし無言になり、ほんのわずかに眉をひそめる。

 ──零凰学園最強と謳われる第一席が、全力で守ろうとしているのが議題ではなくアイドルソングだという事実に、呆れるしかなかった。


「やはり星子ちゃんの美声は鳥肌が立つな。前の関東ツアーの時よりも仕上がってる……」


 やがて、きっかり二分後。

 ちょうど曲が終わったのか、獅堂は満足そうに深く息を吐き、ようやくイヤホンを外す。


「おっと。貴重な放課後に急に呼び出して悪かったな、お前ら」


 つい先ほどまで推しのソロパートに全力で耳を傾けていた男とは思えない。


 イヤホンを外した瞬間、獅堂迅牙の纏う空気は一変し、獅子の如き圧をまとった「学園最強」の顔に切り替わる。

 その堂々たる声量と存在感は、会議室の空気を一気に引き締めた。


「……さて。本題に入るぞ」


 腕を組んだ獅堂の声音は、兄貴分のような落ち着きと、仲間を引っ張る力強さを同時に含んでいた。


「お前たちに集まってもらったのは、最近学園で話題になっている二つの議題についてだ。まず一つ目は──つい先月まで学園島が休校していた原因となった“不審者”の件だ。同じ十傑として、この件についての意見を聞いておきたい」


 その言葉が放たれた瞬間。

 玲奈、アリシア、心音の三人は、ほとんど無意識のうちに互いを見やった。


 ほんの一瞬の視線の交差。

 だが、その奥にあるものは、他の誰も知らない深い影──ゼクス・ヴァイゼンとの邂逅と記憶。


 学園の生徒や職員が知るのは「休校の原因に不審者がいた」という表面的な事実だけ。

 けれど、真にその姿を見て、地獄のような数日を知っているのは、彼女たち当事者だけだった。


「それでしたら実際に相対している、そちらの2年生3人に聞いた方が早いのではなくて? 学園側は誰が襲われたか箝口令を強いてるみたいですが、十傑には情報が共有されてますわよ」


「拙者もそれについては詳しく聞きたいと思っていた所。何があったか話してはくれぬか」


 天王寺と霧隠がそう言って、玲奈たちに視線を向ける。

 実際、十傑の生徒には教師や学園側からの裏情報が共有されることが少なくない。ましてや今回狙われたのは、玲奈とアリシアという二人の十傑そのものだった。


「──それについては私から話す」


 静かに手を挙げたのはアリシアだった。


 普段は必要最低限の言葉しか口にしない彼女の意外な積極性に、会議室の空気が一瞬ざわめく。

 玲奈も心音も、思わず彼女を振り返ったほどだ。


「まず、不審者と遭遇したのは5月12日の月曜日。丁度、休校になる前日だった。心音と玲奈、そして休学中の水橋美波が、学園すぐ近くの広場で話していたところ、蒼炎の能力者から襲撃を受けた」


 言葉を区切りながら、だが明瞭に続けるアリシア。

 その声音には、翔太郎たちと共に戦い、そこから生還した者だけが持つ強さが滲んでいた。

 饒舌なアリシアという光景は、十傑の面々にとっても意外だった。


「そして、水橋美波からの連絡を受けた私と2年A組の鳴神翔太郎が現場に急行。蒼炎の能力者以外にも、灰を操る能力者が現れ、二人は逃亡した」


 一気に語り終えると、アリシアはわずかに息を吐いた。

 その様子に、場の誰もが彼女を見直すような眼差しを向けていた。


「そこまでの流れについては、既に教師たちから俺たちにも共有を受けている」


 獅堂が重々しく頷く。

 だが、すぐに声を低くして核心を突いた。


「今回、俺が話したいのはその後のことだ。不審者の正体──そして、どうして零凰学園の生徒が狙われたのかについてだ。何か心当たりはないのか?」


 獅堂の低い声が会議室に響く。

 その問いに、アリシアは反射的に隣の玲奈を見た。玲奈もまた、彼女の視線を受けてしまう。


 夜空の革命──。

 本来なら真っ先に口にすべき名。だが、その存在を十傑全員に共有することはあまりに危うい。

 無関係な者を巻き込みかねない。

 けれど、黙り込んでやり過ごすわけにもいかない。


 視線を交わした二人の瞳には、明確な戸惑いと焦りが宿っていた。


「心当たりは……あるにはある。でも、これについては私たちの個人的な問題。学園側から話せと言われていない以上、話すつもりはない」


「私たちも……正直、よく分からないんです」


 アリシアの言葉は、普段の彼女からは想像できないほどに強く、はっきりしていた。

 玲奈も続けるように口を開く。

 その声音には迷いと責任感が入り混じっていた。


 ──だが。


「ハッ、つまりはテメェらの都合で零凰学園は一週間も休校になったって事か?」


「影山。実際に被害にあった彼女たちにその発言は、あまりに配慮に欠けていると思うよ。それに悪いのは不審者であって、彼女たちではないことは君も分かってるはずだ」


「うっせぇよ、風祭」


 冷笑混じりに吐き捨てた影山は椅子にふんぞり返り、苛立たしげに睨み返す。


「確かに美波のバカが勝手に病院を抜け出したのは事実だ。だが、不審者が現れ、そいつらがこいつらを狙ったのもまた事実だ。本人に心当たりがあっても話すつもりがないんじゃ、悪態を吐く程度は許されるだろうが」


「ちょっと影山くん!」


 心音が思わず声を上げる。


「アリシアが今どんな気持ちで話してるか、分かって言ってるの!?」


「知らねぇよ。分からねぇから聞いてんだろうが。ここまで言われても、本人に話す気が無いってんなら、どうしようもねぇがな」


 影山の強い口調に、空気がさらに張り詰める。


 ──その緊張を断ち切るようにパンッ、と獅堂が大きく手を叩いた。


「はい。そこまで」


 場を一気に収める第一席の声。


「心当たりを話したくないって言うなら、それはそれで構わない。結局、俺が聞きたいのは問題の顛末についてだ」


「顛末ですか?」


「ああ。休校が解除されたってことは、不審者の問題は解決済みと判断されたってことだろう? 今回はそれを聞きたかっただけなんだよ」


 玲奈が小さく頷き、言葉を選ぶように答えた。


「そうですね。不審者の問題自体は解決されました。当面、学園島に危機が訪れることは無いと思います」


 その言葉に、場の緊張がようやく解けていく。


「なら良い。他の生徒たちが安心して学園に通えるのが一番だからな」


 空峰が柔らかく笑みを浮かべる。


「全く、二年生はいつも波乱続きで大変ですね。けれど、安心して勉学や鍛錬に励める環境を整えるのは、私たち十傑の役目でもあるので」


 霧隠が腕を組み直し、低い声で口を添える。


「然り。如何なる敵が現れようとも、拙者たち十傑が揺るがぬ柱とならねば、其方ら後進も安心できぬであろう」


 風祭もまた、真剣な顔つきで言葉を継ぐ。


「今回の件は、偶然として片づけられたかもしれない。だが、今後も同じとは限らない。危機管理は誰しも常に求められるべきだ」


 その言葉に、数人が静かに頷いた。


「ランキング上位者の俺たちは、人よりも異能力に優れている分、一般生徒にも配慮してやるべきだしな」


 獅堂の声が、会議室にいる全員へ向けられる。

 そして彼は、改めて場を見渡しながら結んだ。


「不審者の件は解決済みだ。だが、こうした“想定外”はいつまた訪れるか分からない。十傑を始め、俺たち全員が常に危機管理の意識を持って行動する──それを、不審者の話の結論とする。以上だ」


 会議室に沈黙が広がり、やがて重々しく頷く音がいくつも重なった。

 十傑としての責任を、改めて胸に刻むかのように。


 獅堂は満足そうに頷き、すぐさま次の議題へと切り替えた。


「それで二つ目の議題なんだが……むしろ、こっちの方が本題だ」


 彼の声音がわずかに低くなり、空気が再び張り詰める。


「八月までの実戦記録と試験のデータをもとに、夏休み終わりに、学園側が新たな“ランキング更新”を行うと決定した。つまり──俺たち十傑の顔ぶれも入れ替わる可能性があるってわけだ」


 その一言に、会議室がざわめくと心音が口を開く。


「十傑の入れ替えですか?」


「そうだ、学園ランキングの更新は1学期ごとだからな。八月までの結果次第で、また新たな生徒が十傑に加わり、ここにいるメンバーの誰かが十傑から落とされる可能性だって十分にあり得る」


「とは言っても、ここにいる十人とそれ以外の生徒では、使える異能力に圧倒的な差がありますわ。わたくし達に肉薄出来る異能力者が、他にいるということですの?」


 相変わらず手鏡を触りながら天王寺がそう切り出す。

 ランキング更新があるのなら、十傑メンバーの入れ替えだって当然ある。

 今でこそ学園最強の十名として並んではいるものの、試験の結果次第でいつ落とされてもおかしくはない。


「3年でランキング11位の刈墨蓮次郎(かりずみれんじろう)。1年生ながら、ランキング21位の遠坂(とおさか)ラーラ。そして──」


 そう区切った獅堂はゆっくりと口を開く。


「2年生で今年の4月に推薦制度を使って転入してきた──現在1162位の鳴神翔太郎が、その候補になってくる」


 その名が告げられた瞬間、場の空気が一変する。


 玲奈はわずかに目を見開き、アリシアは無表情を崩さずに息を止める。心音は隣を見て小さく息を呑み、影山は席にふんぞり返って舌打ちをした。

 風祭以外の2年生は、翔太郎の戦いぶりを間近で知っているからだ。


「特に注目を浴びているのが2年の鳴神だ。実際に、十傑にまで食い込む器かどうか、俺はまだ判断を保留している」


 獅堂は腕を組み、真剣な声色で続ける。


「だが、少なくとも候補としては、十分に実績を残している。パートナー試験や普段の授業の成績を見ても明らかだ。次の更新で誰が残り、誰が落ち、誰が上がるのか──これは俺たち自身にとっても無関係じゃない。だからこそ、ここで意見を交わしておきたい」


 会議室の空気が再び熱を帯びていく。

 十傑会議の名に相応しい、核心の議題がついに切り出されたのだった。


「──是非!」


 勢い良く立ち上がった玲奈の声が弾んだ。

 いつになく明るく、嬉しさを隠しきれない響きで、彼女は口を開いた。


「ぜひ、鳴神翔太郎を新十傑に推薦します! 彼ほどの力を持つ者が十傑に加われば、学園にとっても大きな力になるはずです!」


 普段は落ち着き払った敬語の彼女が、珍しく熱を帯びた笑顔で断言した。


「氷嶺さん?」


「……び、びっくりしたぁ」


 空峰や響紀が思わず目を丸くし、天王寺も鏡から視線を外すほどの驚きを見せる。

 他の面々も一斉に玲奈へ視線を向けた。


 場に集う十傑の誰もが、その突然の態度の変化に息を呑む。

 ただ一人──アリシアだけが、無言のまま玲奈を見つめていた。


「……ククッ、良いのかよ。氷嶺」


「何がですか?」


「新十傑に奴が加わるのなら、この中で十傑から落とされるのは末席のテメェである可能性が最も高いんだぜ?」


「構いません。それに翔太郎が十傑に入るのなら、私の席なら喜んで彼に譲りますよ」


「あ? 本気で言ってんのか?」


「それに今は末席ですが、1学期終わりに私の順位が上がってる可能性だって全然あります。私と翔太郎の両方が十傑になるのなら、それに越したことはありませんし」


 影山からの問いに対し、玲奈のに迷いは一切無かった。

 会議室の空気が、再び凍りつく。


「末席だろうと十傑の席を、そんなあっさり譲ると宣言するとは……。特に、あの氷嶺が……」


 霧隠も、信じられないようなものを見るかのように、目を丸くして玲奈を凝視する。


 十傑たちの間に、ざわめきが広がっていく。

 僅か数か月前──4月の時点で氷嶺玲奈は「氷の女王」として知られていた。

 誰にも興味を示さず、近づく者には無言で壁を築く。

 そんな彼女が今、鳴神翔太郎をこれほどまでに推し、さらには自分の十傑の席すら喜んで譲ると言い切ったのだ。


「……信じられないな。氷嶺が鳴神とパートナーを組んでいたのは知ってたけど、自分の立場まで譲るなんて」


 風祭涼介が呟くと、空峰もコクリと頷いた。


 玲奈は──満面の笑みを浮かべていた。

 それは、これまでの彼女を知る十傑の誰も見たことがない表情。

 別人とも言えるほどの彼女の変わりように唯一驚いていなかったのは、この場ではアリシアだけだった。


 そして、そのざわめきをさらにかき乱すように、アリシアが口を開いた。


「私も翔太郎の十傑入りに特に異論は無い。3年生はともかく、零凰学園の2年生の中なら──間違いなく翔太郎が一番強い」


「ちょ、アリシアまで!?」


 アリシアから思わぬ援護射撃が入り、心音が驚いた様子を見せる。

 無論、玲奈の言い分に驚いていた面々もさらに驚かされる。


 氷嶺玲奈とアリシア・オールバーナー。

 どちらも他人との距離を拒む孤高の存在であり、四月時点では、十傑の中でも一際近寄りがたい印象を与えてきた二人だ。


 その二人が、よりにもよって、つい最近まで無名で、嫌われる要素満載の推薦生で、曰く付きの転入生である鳴神翔太郎を同時に推している。


 その光景は、誰がどう見ても異様だった。


「白椿さん、二人は一体どうしちゃったの?」


 空峰が本当に驚いた様子で心音に伺ってくる。


「私も一応、鳴神くんの実力は知ってますけど……玲奈とアリシアがここまで彼のことで食い下がるなんて……」


 心音が困惑気味に声を上げる。

 彼女もカレンやゼクスに襲われた身であり、翔太郎の異能力を間近で見た為、彼の強さを大いに評価している。


 だが、まさか十傑の二大氷壁とも言える二人が、揃って彼の後押しをするなど夢にも思わなかった。


「おい。そいつは聞き捨てならねぇな、クソチビ」


 皆の動揺を破るように影山が吐き捨て、アリシアを睨みつける。


「だから、そのクソチビっていうの辞めてくれる?」


「確かに鳴神は他の推薦生とは違う、奴は強い。それは素直に認めてやる。だが、2年の中で一番強いってのは、この俺も含めての話か?」


「当たり前でしょ。現に貴方は、パートナー試験で翔太郎にボコボコにされていた。能力の相性差もあるし、自分が一番分かってる筈」


「勝負は付いてねぇよ! テメェの横槍さえ無かったらなぁ!」


「あれは模擬戦じゃなくてアスレチックの試験。横槍や妨害に苦情を入れられる筋合いはない」


「そうですよ、影山くん。あなただって試験中に、あえて推薦生だけを狙い撃ちにしてたんですから、人のこと言える立場じゃないと思います」


 騒がしい会議室の空気。

 その中心で、玲奈とアリシア──かつては誰も寄せ付けない孤高の女子二人が、奇妙なまでに翔太郎を推し立てていた。

 十傑の他の面々にとっては、到底理解できない異常な光景だった。


「はぁーん、なるほどなるほど? そういう訳かい? いや、まさかあの氷嶺とオールバーナーがそこまで入れ込むとは、俄然、鳴神翔太郎に興味が湧いてきた」


 獅堂はニヤリと口元を歪め、視線を鳴神翔太郎の生徒名簿に落とす。

 その表情は、単なる好奇心以上に──二人の異常な熱量を楽しむ野次馬としての余裕が漂っていた。


「風祭はどう思う?」


「僕は……2年の十傑の中で唯一、鳴神翔太郎とは直接的な接点がありません。だから、正直なところ、詳細な実力は分かりません」


 風祭涼介は静かに頷き、慎重な口調で答える。


「ただ、パートナー試験で1位を取った実績を見る限り──普通の推薦生が十傑の氷嶺と組んでも、結果を残すのは容易ではありません。それを成し遂げている時点で、一考の価値は十分にあると思います」


「なるほどな。接点のない奴が認めるってのも、確かな評価になるな」


 獅堂は腕を組み、全体を見渡す。


「ということで、新たな候補──鳴神翔太郎については、今後の十傑編成の議題として俺から教師陣に報告しておく。今回の会議での意見は全て参考にするが、これで不必要な混乱は避けられるだろう」


 その声に、会議室は落ち着いた空気に包まれる。


 獅堂の一言で、雑多だった会議が締まる──まさに十傑の第一席としての手際の良さを示す瞬間だった。






零凰学園の十傑が出揃ったので、席次で紹介


第一席:獅堂迅牙(3年生)

第二席:空峰桃華(3年生)

第三席:天王寺静香(3年生)

第四席:霧隠練磨(3年生)

第五席:響紀奏(3年生)

第六席:影山龍樹(2年A組)

第七席:白椿心音(2年B組)

第八席:風祭涼介(2年C組)

第九席:アリシア・オールバーナー(2年B組)

第十席:氷嶺玲奈(2年A組)

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