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雷鳴のラストピース  作者: 雨車狸
第二章 『爆炎のプリンセス』
84/92

第二章50 『虹の空』

 既に大雨は、晴れかけていた。

 黒い雲の隙間から陽光が差し込み、光の当たる空間には虹が出始めている。


 屋敷の門が軋む音と共に、びしょ濡れの二人が帰ってきた。


 翔太郎とアリシアは、黙って手を繋いだまま歩を進める。全身が冷え切っているはずなのに、繋いだ手だけは確かに温かかった。


 その姿を最初に見つけたのは、フレデリカだった。


「──お嬢様ッ!」


 血相を変えたフレデリカが、駆け寄ってくる。

 アリシアが何かを言うより先に、フレデリカの両腕が彼女を強く、強く抱きしめていた。


 ずぶ濡れの服も、泥のついた靴も、すべてお構いなしだった。


「フレデリカ?」


「本当にご無事で良かったっ! 勝手に姿を消すなんて、どれだけ心配したと思ってるんですか!」


 その腕は小刻みに震えていて、どれほど不安だったかが痛いほど伝わってくる。


「連絡もなしにいなくなるなんて……お嬢様が、何かあったんじゃないかって……私、本当に……!」


 その肩の上から、ソルシェリアが飛び跳ねるようにしてアリシアの顔に飛びついた。


「アンタねぇ! こんなタイミングでいなくなるとか、余計な心配かけさせんじゃないわよ! このバカ!」


「ソルシェリア……」


「言っとくけど、翔太郎がアンタのとこまで辿り着けたのだって、アタシの能力ありきなんだからね!」


 人形の小さな手が容赦なく髪を引っ張ってくる。


「い、痛い……」


 涙目になりながらも、アリシアの表情は、どこか晴れやかだった。

 まるで、何年も背負っていたものをようやく降ろせたかのように。


「ごめん……心配かけて。本当にごめんなさい」


 その声は小さくとも、はっきりと届いた。

 フレデリカとソルシェリアの心に、しっかりと。


 フレデリカの腕からそっと離れると、今度は目の前に、玲奈が立っていた。


「──アリシア」


 その目は明らかに怒っている。

 アリシアはすぐに悟った。


 ──ああ、怒られる。

 自分が翔太郎を巻き込んだ。

 彼が傷付いたのは、自分のせいだ。

 だから怒られるのは当然だ。

 責められて、拒絶されて、嫌われても仕方ない。


 でも──。


「……心配しました」


 玲奈の第一声は、それだった。


「本当に、心配しましたよ。アリシア……!」


 次の瞬間、玲奈の腕が迷いなく伸びて、アリシアの身体をぎゅっと抱きしめる。


 濡れた服が貼りついて冷たかった。

 けれど、玲奈の体温はそれを一瞬で忘れさせるほど、温かかった。


「……怒ってないの?」


 アリシアがようやく絞り出した問いに、玲奈は小さく息をついた。


「怒ってますよ。当然、凄い怒ってます。何も言わずに勝手に飛び出したあなたと──それから、翔太郎にも」


「えっ、俺も!? なんで!?」


 突然火の粉が降ってきた翔太郎が思わずオーバー気味に突っ込む。


「当然です。そんなボロボロの身体で、あんな大雨の中、一人だけでアリシアを探しに行こうとするなんて信じられません。あとで、二人でたっぷりお話ししましょうね。翔太郎」


「えぇ……」


 玲奈の冷たい笑顔が怖い。

 本気で怒っている時の、いつものそれだった。


「それでも、私が一番怒ってるのはアリシアです」


 玲奈の声が、すうっと穏やかに戻る。


「もう、勝手にいなくならないでください。あなたは翔太郎の仲間であるのと同時に……私にとっても、大切な仲間なんですから」


 アリシアの喉が、きゅっと詰まった。

 胸の奥が、じんと熱くなる。


「私のこと、そんな風に……」


「一緒に死線を潜り抜けた訳ですから、ここまで来て他人扱いするのも、おかしな話でしょう?」


 玲奈はきっぱりと断言した。

 その声音には、一片の迷いもなかった。


「最初は、アリシアのことが苦手でした。私と似てるようで、私とは関わりのない存在だと思ってました。なのに、私よりも翔太郎を理解している節があって、正直に言って羨んでました」


「……私も。玲奈のこと、私と似てる気がするのに全然違った。私と同じで一人ぼっちみたいに見えたのに、どんどん変わっていく貴方が、どこか羨ましかった。でも……」


 アリシアは俯いて、けれどすぐに玲奈の目をまっすぐ見上げた。


「今は違う。玲奈ともっと話して、玲奈をもっと知って、肩を並べて一緒に戦いたいって……そう思えるようになった」


「アリシア」


「ありがとう、玲奈。貴方が怒ってくれて嬉しかった。怒られるのは怖いって思ったのに、今はこんなにも心が温かい」


 玲奈は驚いたように目を瞬かせたあと、ふっと微笑んだ。


「……やっぱり、ズルいですね。アリシアのそういうところは」


「え?」


「そんな風に突然素直になられたら、私だって……」


 そう呟いて、玲奈はもう一度アリシアを抱きしめる。

 今度は少しだけ、強く。


「……私は、あなたのこと、ちゃんと認めています。翔太郎とか関係なくて──アリシア・オールバーナーという人間を、私自身が」


 アリシアは何も言えなかった。

 ただその腕の中で、小さく震えながら、ぎゅっと玲奈の背中を抱き返す。


 ようやく、分かった。

 自分は、ここにいていいんだ。

 彼女たちの中に、自分の居場所があるんだと。


 少し離れたところで、翔太郎が頬をかいていた。


「いや……なんか、俺の出番なさそうだな。嬉しいような、寂しいような……」


 そう呟いた彼の声に、玲奈もアリシアも、ふっと笑った。そして屋敷の明かりが、雨の中でも眩しいほどに灯っていた。


 少女は、帰ってきた。

 ようやく、自分の足で、自分の居場所へと。




 ♢




 シャワーを終えたばかりの翔太郎は、火照った身体に雨上がりの湿気がまとわりつく不快感を感じながらも、どこか安堵したような表情で廊下の壁にもたれかかっていた。


 応接室では、アリシアを中心に女子組が談笑している。ソルシェリアとフレデリカが賑やかに茶菓子を突っつきながら、玲奈が時折、優しい笑みを浮かべて会話に耳を傾けていた。


 数十分前までの騒動がまるで幻だったかのように、穏やかで柔らかな空気が流れている。


 そんな部屋から少し離れたの廊下で、壁にもたれながら、翔太郎は静かに屋敷の空気を吸い込んでいた。


 ──そして、その横にもう一人。

 剣崎大吾が隣に立っていた。


「……で、お前はアリシア・オールバーナーに何を言って連れ戻してきたんだ?」


 問いかけの声音には、興味深そうな色が混ざっている。


「え、何って……」


 翔太郎は肩をすくめる。


「別に、大したことは言ってないよ。ただ……アリシアの凝り固まった考えを、少しだけほぐした感じ?」


「ほぐした?」


「アリシアは、これまで自分を許すってことをずっと拒んできた」


 翔太郎の言葉に、剣崎は黙って目を閉じる。


「だから、『アリシアはここにいていい』って伝えんだ。ただそれだけだよ。そしたら……なんか、肩の力が抜けたみたいになってさ」


 翔太郎の言葉に、剣崎はしばらく黙していたが、ふと苦笑をこぼした。


「……お前は人が一番欲しい時に、一番欲しい言葉を掛けられる奴だな」


「そうかな?」


 肩をすくめながらも、翔太郎の表情はどこか誇らしげだった。


 しばし沈黙が流れ、屋敷の中から聞こえる女性陣の笑い声が、ほんのりとその場を満たしていく。


「話変わるんだけどさ。先生って、ローフラム・オールバーナーを知ってたの?」


 その名に、剣崎の眼光が僅かに鋭さを帯びる。


「当然だ。ローフラムは、当時のドイツで最強の異能力者だった。炎の能力の規模、戦歴、制圧力……全てにおいて、規格外だった。紅蓮の二つ名は日本でも知られていたからな」


「先生と、どっちが強い?」


「どうだろうな。いつの時代のローフラムを指すかは分からないが、全盛期の実績を見る限り、俺でも少ししんどいかもしれん」


「マジかよ。普通に化け物じゃん」


「それでもローフラムは夜空の革命に負けた。相手は複数人で、老衰したことで全盛期とは程遠い力とはいえ、四季条が仕留めたのも紛れもない事実だ」


「四季条輪廻か」


 四季条輪廻。

 夜空の革命の正規メンバーにして、あらゆる異能力をコピーする超人。

 翔太郎の雷だけでなく、ローフラムの炎、ゼクスの灰をも完全にコピーし、自由自在に操る四季条の力は依然として脅威だ。


「それにしてもさ」


 翔太郎が問いを重ねる。


「フレデリカさんって、先生と昔から面識あったんだよね? 一応、あの人、施設を手伝ってたって聞いたけど?」


「当時、彼女は日本での滞在許可を望んでいてな。代わりに、うちの施設で短期間だけ緊急ヘルパーとして働いてもらった。最も、現場仕事はさせず、雑務ばかりだったがな。お前も会ってるはずだ。覚えてないか?」


「ごめん。全然、覚えてない」


 翔太郎は苦笑を漏らしつつも、どこか申し訳なさそうだった。

 当時の自分は、施設に新しく入ってきた子供達を一人にしないことに必死で、たまに来る大人の顔や名前を覚えることに時間が割けなかった。


「まぁ、昔の話だ。無理もない。俺としても、フレデリカがローフラムの弟子という肩書きを持っていることが気になっていたのも事実だ」


 剣崎は感慨深げに呟いた。

 だが、その目には鋭い光が宿っている。

 ただの偶然ではない──運命の糸が、どこかで確かに繋がっていたかのように。


「だが、まさか養子に加えた孫娘……アリシア本人と、こうして会うことになるとはな」


「先生は、アリシアがローフラムの孫だって、知ってたわけじゃないんだ?」


「名前には心当たりがあった。ただ、確信はなかった。……ローフラムの血縁者は全員、もう亡くなっているはずだったからな」


 剣崎はそこで言葉を切ると、ほんの少し目を伏せた。


「だが埠頭倉庫に入る前に、ソルシェリアから話を聞いた。アリシアはローフラムの養子だったと」


「……そうか」


 翔太郎もまた、小さく息をついた。

 アリシアの過去──決して彼女が口にしようとしなかったもの。

 それを、少しずつ他人の言葉で知っていくたびに、胸の奥が軋むような痛みに襲われる。


「アリシアって……本物の母親からは、愛されてなかったんだよね」


 ぽつりと落ちる翔太郎の声。

 その中には、どうしようもない無力感が滲んでいた。


「金で売られて、ゼクスに引き渡されて。それでも、ローフラムだけは彼女を家族として受け入れた。アリシア自身も……本当に心を許してたんだと思う」


「そうだな。──他人だったからこそ、救えた命もある」


 剣崎の声には、確かな実感が込められていた。


「血が繋がっていることが、必ずしも絆に繋がる訳じゃない。あの嬢ちゃん……氷嶺玲奈のように、名家の出であるがゆえに宿命に縛られる者もいれば、血の繋がらない赤の他人に救われる者もいる。アリシアとローフラムの関係は──その最たる例だろうな」


「先生は……血筋って、大事だと思う?」


 問いかける翔太郎の声音は、いつになく素直だった。


 それは、玲奈のように名家の重圧を受ける者を身近に持ち、アリシアのように実の母親から愛されなかった事への、率直な疑問。


 剣崎は、少しだけ黙ってから答えた。


「──大事だ。間違いなくな。才能や立場、因縁。血筋は人生のあらゆる場面で影響を及ぼす。決して無視できるものではない」


 言葉を切り、彼は翔太郎の方へ視線を向けた。


「だが、人と人の繋がりは、それだけじゃない。血の繋がりよりも強い絆は、確かにこの世に存在する。お前と俺がそうだ。フレデリカとアリシアも。そして──お前とアリシアも、だ」


 翔太郎の手がわずかに震えた。

 胸の奥に、静かに何かが灯る。


「……ありがとう、先生」


 その一言は、まるで胸の奥に張り付いていた霧を、ほんの少しだけ晴らすようだった。


 誰に向けたものか、明確ではない。

 それでもきっと一番は、自分自身に向けた感謝だった。

 ずっと拭いきれなかった問いに、答えは出なかったが、背負い続けるには少しだけ軽くなった気がした。


 翔太郎は肩の力を抜きながら、ふと尋ねた。


「海外の仕事も一段落ついた。しばらくは、施設に戻ることにする。長く空けすぎたことだしな。あの子たちには、少し寂しい思いをさせてしまった」


 穏やかな声だったが、その裏にはほんの少しの悔いと、子供たちへの想いが滲んでいた。

 翔太郎はその言葉に、ゆっくりと頷いた。


「……そうだな。それが良いと思うよ」


「お前も、夏休みになったら顔を出せ。あの子たちも、お前のことを待っている」


「いや、一番施設を留守にしがちなアンタがそれ言うのかよ……」


「S級能力者は忙しいんだよ。早くお前もそのレベルになって、俺の仕事を手伝ってくれ」


「分かってるって。そのために、俺を零凰学園に入れたんでしょ」


 翔太郎は苦笑した。

 何年経っても変わらない、どこか憎めない大人の姿。

 そう言いながらも、結局いつだって剣崎は、必要なときに自分の前に現れる。

 その不器用な優しさを、翔太郎はちゃんと知っていた。


 会話が一段落したと感じて、翔太郎はそろそろ潮時だと腰を上げる。

 応接室では、玲奈やアリシア、ソルシェリアたちの声が微かに聞こえていた。

 騒がしく、賑やかで、どこか懐かしい音。

 それを目指して数歩、歩みを進め──




「──氷嶺玲奈に、お前の全てを話した」




 その声が、背中に突き刺さった。


 ぴたり、と足が止まる。

 翔太郎は振り向かない。

 ただ、ゆっくりと頭を掻いた。

 ほんの一瞬、無言の間が流れる。

 その背中を見つめながら、剣崎は何も言わなかった。


「そっか」


 翔太郎の表情は見えない。

 だが、その沈黙が語るものは、剣崎にもよくわかっていた。


「ありがとう。先生」


 言葉にしてしまえば、戻れない何かがある。

 それでも──言葉にしなければ、進めない何かもある。


「なんていうか重い役回りさせて、悪かったな」


「ああ、本当にな。あの嬢ちゃん、見た目に似合わず、ワンワン泣いてたぞ?」


「……マジで?」


「マジだ。口元を押さえて、膝を突いてボロ泣きだ。あんな可愛い女の子に、そこまで心配されてるなんて随分とご立派な身分じゃないか」


「何の話をしてんだよ」


「なのにお前はと言えば、別の女の涙を拭いてやってたわけだ。……ああ、他の女ってのはアリシアのことな。嬢ちゃんも不憫で可哀想だな」


「人聞き悪すぎる言い方だな、おい」


「何か違うか?」


「俺が悪いのは認めるけど、そうやって語られると完全に浮気男みたいじゃん」


「実際に、過去をいつまでも話さなかったのはお前の落ち度だろう。嬢ちゃんは、お前が自分から話してくれなかったことに、相当ショックを受けてたぞ」


「……分かってたよ。でも……どう言えばいいかも、ずっと分からなかったんだ」


「だからって、何も言わないままで済ませられるほど、嬢ちゃんはお前に対して鈍くも無関心でもなかったってことだ」


 剣崎の声は、どこか静かで、重かった。


「とはいえ、俺もお前が話してこなかった理由を考えられないほど馬鹿じゃない。その辺のフォローは済ませておいたから安心しろ」


「やばい……なんかさっきの茶化され方を思い返すと、すっごい恥ずかしい感じにフォローされてる気がする……!」


 互いに肩の力が抜けたように、軽く笑い合う。

 だが、次に剣崎が発した言葉で、その空気が再び張り詰めた。


「しかし──依然として、氷嶺玲奈が夜空の革命に狙われているのは事実だ。それは理解してるだろうな?」


「……ああ、当たり前だ」


 翔太郎の声が、低く引き締まる。


 四季条があの場に現れたとき、ゼクスに向かって出した命令は『氷嶺玲奈の監視』と言っていた。


 確かに、ゼクス自身は玲奈とアリシアの両方を狙っていた。

 だが、四季条が命じたのは玲奈の監視だけ。

 これは即ち──アリシアはゼクス個人の標的であり、組織全体としての狙いは、氷嶺玲奈ただ一人ということになる。


「でも、妙じゃないか?」


 翔太郎が口を開く。


「陽奈も、ローフラムも襲撃された。なのに、なんで玲奈だけは監視って形なんだ。なぜ直接手を出さない? 四季条も、俺を殺そうとした割には、玲奈に攻撃された時以外は、特に狙う素振りを見せなかったぞ」


 その声は冷静だったが、その奥に宿る微かな苛立ちと不安を、剣崎は感じ取っていた。


「嬢ちゃんに関しては──殺す以外の、もっと都合の良い目的があるんだろうな。利用価値があると判断されたか、あるいは……殺してはならない理由があるのか」


「どっちにしても、放っておける状況じゃない」


 翔太郎の声が、低く落ち着いた調子で締めくくられた。

 冷静に思考を巡らせながらも、胸の奥では、玲奈への不安と焦りが確かに息づいていた。


 そして剣崎もまた、それを感じ取っていた。


「──だからこそ、お前の出番だ。氷嶺玲奈の隣にいる意味を、見失うなよ」


「分かってる。あの夜に玲奈を連れ出した時から、誰が敵でも、どんな理由があっても、俺のやることは何一つ変わらない」


 その背中が、まるで揺るぎない刃のように静かに進む。


「──玲奈は、俺が守る」


 応接室の扉を開く直前、翔太郎は一度だけ振り返り、剣崎と目を合わせた。


「だから先生は、施設にいる子供たちを守ってくれ」


「誰に向かって言ってんだ。言われるまでもない」


「それもそうだね。先生だし」


 小さく毒づいた剣崎の口元に、ふっと薄い笑みが浮ぶのを見て、翔太郎もつられたように笑った。




 ♢




 5月19日・月曜日。


 ゼクスを巡る一連の事件が解決し、不審者騒動も警察の調査により完全に終息したと判断されたことから、零凰学園の休校措置はようやく解除された。


 季節は夏に差し掛かり始めていたが、学園島にはどこか静けさが漂っていた。

 まるで、昨日の出来事の余韻がまだ空気の中に沈殿しているかのように。


 鳴神翔太郎と氷嶺玲奈は、そんな朝の通学路を並んで歩いていた。


「アリシアは今日、ちゃんと学校に来るかな」


 翔太郎がふと呟く。


「分かりません」


 玲奈は、わずかに俯きながら答えた。


「翔太郎があそこから連れて帰ってくれたとはいえ……アリシアにとって、昨日と一昨日は余りにも多くのものを抱える二日間だったと思います」


 そう──ゼクス・ヴァイゼンの撃破。

 アリシアを苦しめ続けた過去との決着であり、ヴァルプルギスの炉からの因縁の解放でもあった。


 そして明かされた、四季条輪廻という存在。

 今回の事件を、裏で糸を引いていた者。

 カレンの死、ローフラムの死、その全てに繋がる真の黒幕の姿が、ついに姿を現した。


 それらすべてが、たった一晩の出来事だった。


 一夜明けた今、どこか現実味を欠いて感じられるのは、心の整理がまるで追いついていない証なのかもしれない。


「どうにか連れ戻すことは出来たけど、それでも、たった一日で全てを受け止められるなんて……やっぱ、無理だよな」


 翔太郎もそう呟く。


「……」


 玲奈はちらりと翔太郎の横顔を見つめる。

 彼の足取りは重くはなかったが、普段より少しだけ歩幅が狭かった。


 少しの逡巡のあと、玲奈は小さな声で問いかける。


「翔太郎は……その、大丈夫ですか?」


「……え、俺?」


 不意に振られた言葉に、翔太郎はきょとんとした顔を見せる。


 その反応に、玲奈はほんの少しだけ微笑む。

 けれど、その瞳の奥は決して笑っていなかった。


 彼女の問いには、いくつもの意味が込められていた。


 アリシアのこと。

 苦しんだ友を支えようとした翔太郎自身の疲労や葛藤。

 そして何より、四季条輪廻という名がもたらした事実。

 彼の故郷を焼き、最愛の妹を奪い、過去を呪縛へと変えた仇の正体が、ついに明らかになったこと。


 だからこそ。


「どこか無理して、全てを背負おうとしてませんか?」


「いや、そんなことないよ」


 すぐに返されたその言葉は、どこか優しすぎたからこそ、玲奈は目を細めて問い直す。


「……本当に、そうですか?」


 翔太郎は口を閉ざす。

 すぐに否定できないということが、既にその答えを物語っていた。


「まぁ……気にしてない、なんて言えるほど器用な性格じゃないけどさ。アリシアのことや、四季条のこと……考えなきゃいけないことは山ほどある。でも、大丈夫なのは本当なんだ」


「……」


 翔太郎の言葉に嘘はなかった。

 それでも、彼の中で何かを抱えていることも──痛いほど、伝わってくる。


「それに……アリシアにも言っちゃったからな。もう、一人にしたくないって」


「……アリシアに、ですか?」


 反射的に口をついて出たその言葉に、自分でも驚いた。


「うん。なんていうか……俺もアリシアにどう声をかけるべきか迷ってたんだけどさ。俺が小さい頃、辛い思いしてた時は、いつも妹がそばにいてくれたんだ」


 そう言いながら、翔太郎の口元に浮かぶ笑みは、どこか懐かしげで、遠い記憶を辿るようだった。


 玲奈は、その笑顔をただ黙って見つめていた。


 ──アリシアに、約束をした。

 ──もう、独りにはしないと。


 その言葉が、ずっと心配していた相手の口から出たはずなのに──何故だろう。

 胸の奥に、気付いてはいけない何かが、そっと沈殿していくのを感じた。


「先生から聞いたかもしれないけど……俺には、下に一人、陽奈っていう妹がいたんだよ」


 翔太郎は、少し言いづらそうに前置きした。

 話そうとしながらも、どこか躊躇うように視線を逸らす。

 それがどれほど大切な思い出なのか、伝わってくる。


「はい。剣崎さんから、そう聞いてます」


 玲奈はそっと頷いた。

 翔太郎の横顔は、いつになく柔らかかった。


「陽奈はさ、俺が辛い時も、何も言わずに傍にいてくれたんだ。何か特別なことをしてくれたわけじゃない。でも……それが、どれだけ救いだったのか、今でもはっきり覚えてる」


 彼の言葉は、まるで過去をそっと撫でるように穏やかで。

 けれど、その穏やかさの奥にある深い痛みが、玲奈の胸にも静かに届いた。


「……」


 玲奈は言葉を挟めなかった。

 妹の存在が、どれほど特別で、どれほど彼を支えていたのか──その輪郭が、はっきりと浮かび上がる。


「だから、今度は俺が……誰かの傍にいてやれる人間になりたいんだ。アリシアがどう思ってもさ。苦しくても、言葉にならなくても……誰かが隣にいてくれるってだけで、違うと思うから」


 優しさだ。

 間違いなく、翔太郎のそれは優しさで──だからこそ、残酷だった。


「……そう、ですね。アリシアも、きっと……翔太郎がいてくれた方が、前を向きやすいと思います」


 自分の口からこぼれた言葉が、他人のもののように聞こえた。

 その瞬間、玲奈の胸の奥に、ひとつの問いが生まれていた。


 ──それは、彼にとって誰でも良いのだろうか。

 翔太郎は、誰かが傷ついていれば、誰であっても同じように手を差し伸べてしまうのではないか。


 彼が持つ優しさは、玲奈にとって魅力だった。

 だから惹かれたし、安心もできた。

 けれどその優しさが、誰にでも平等に向けられるものだとしたら──


「玲奈がそう言ってくれると、俺もあの時、アリシアを追ってよかったなって思うよ。ありがとな」


「いえ、私は別に何も……」


 心の奥に、小さなしこりのような感情が残った。

 言葉にすれば壊れてしまいそうな、曖昧で、けれど確かにそこにある想い。

 玲奈はそれを無理に押し込めるように、少し俯いたまま歩みを進めた。


 その時だった。


 翔太郎が、ふと何かを思い出したように小さく息を吐いて、数歩、前へ出る。

 いつもは自然に合っていたはずの歩幅が、わずかにずれる。


 その瞬間、玲奈の胸に浮かんだのは理屈ではなかった。

 まるでこのまま、彼が何も言わずに遠くへ行ってしまうような──自分の知らないところに、手の届かない場所に消えてしまうような、得体の知れない不安。


「……ぁ」


 気づけば、玲奈の手が翔太郎の腕を掴んでいた。


「どうした、玲奈?」


 突然のことに、翔太郎は驚いたように立ち止まり、振り返る。

 その目はいつものように、玲奈を真っ直ぐに見ていた。


 玲奈は、一瞬だけ視線を逸らす。

 自分でもどうしてそんな行動に出たのか分からないまま、言い訳のように言葉がこぼれた。


「私が、剣崎さんから……あなたの過去を聞き出したこと、気にしてますか?」


 静かな声だった。

 けれど、それは明らかに玲奈の中に積もっていた、どこかの不安が形をとった問いだった。


 翔太郎は一瞬だけ目を見開き──すぐに、柔らかく微笑んだ。


「そんなことないよ」


 玲奈の手を乱暴に振り払うこともなく、彼はただ、安心させるような穏やかな声で続ける。


「むしろ、夜空の革命のことも、全部黙って……今回の事件に関わろうとした俺が悪いんだし。先生だって、俺がいつまでも玲奈に話さなかったから、話したんだと思うよ」


「……」


「それに、玲奈が俺のことをそこまで知ろうとしてくれたのは、正直嬉しかった。なんていうか、一人じゃないって思うと……凄く安心する」


 まっすぐで、少しだけ照れたような口調だった。

 それがかえって、玲奈の心に静かに染みこんでいく。


 けれど──それでも、どうしてだろう。

 その言葉に少しだけ救われながらも、どこか玲奈は、それが“自分だから”ではなく、“自分と同じように傷ついた誰か”でも、きっと彼は同じように言ったのだろうと思ってしまっていた。


 自分だけが特別ではない。

 そう感じてしまうことに、気づけば怯えていた。


 掴んだ翔太郎の腕を、離すタイミングを見失う。

 指先に残る体温が、まるで心の拠り所のように思えた。


「ごめん。もしかして、そのことを……ずっと気にしてたのか?」


「それもありますが……」


 玲奈はふと、視線を落としたまま言葉を継ぐ。


「私が一番心配なのは、翔太郎の方です」


「……俺?」


「四季条輪廻のことも、夜空の革命のことも、私はよく知りません。でも、それでも──あなたが、どれだけのものを背負って、どれだけの痛みを抱えて、それでも私を守ってくれていたのかは、分かります」


「……」


「だから、心配なんです。まるで翔太郎が、一人で全てを解決しようとしてるような気がして」


 小さく息を吐くように、玲奈は言葉を絞り出した。




「──私も、翔太郎と一緒に夜空の革命と戦います」




 その瞬間だった。

 翔太郎の目が見開かれ、周囲の目などお構いなしに彼女の肩を掴む。


「それはダメだ!」


 強い語調だった。

 普段の彼からは滅多に聞けないような、感情の迸りが混じった声。


「玲奈は、あんな連中と関わっちゃいけない。夜空の革命は、何の罪もない人たちの命すら平気で奪ってくる。せっかく氷嶺家を出て自由になれたのに……玲奈が死ぬかもしれないんだぞ」


 だが、玲奈は怯まなかった。

 真正面から彼の言葉を受け止め、静かに、けれど揺るぎのない声で返す。


「私は、あなたに救われました。あの夜、翔太郎が手を差し伸べてくれたから、今の私がいます。だから今度は、私があなたを救う番です」


 翔太郎の手が、僅かに震える。

 彼の優しさが、彼自身を縛っていることを、玲奈はもう見逃さなかった。


「それに夜空の革命は、何故か私の監視をゼクスに命じていました」


「……っ」


「翔太郎が何を言おうと、私はもう、夜空の革命と関わらざるを得ない立場にあります。ならば一人で怯えているより、翔太郎の隣で戦う方が、ずっと怖くありません」


「玲奈……」


「それに……あなたは私の問題に、無理矢理、土足で踏み込んできたんです。自分のことは棚に上げておいて、私だけ安全圏にいろというのは、おかしな話だと思いませんか?」


 鋭く、けれど責めるのではなく、真っ直ぐに届く言葉。

 翔太郎の目が、言葉を失ったように彷徨う。


「それでもダメだ。玲奈に、危ない目に遭ってほしくないんだ……!」


 彼の声には、怒りではなく、心の底からの願いが滲んでいた。

 だが──その時、はっきりと言葉を放った。




「だって、私は──翔太郎のパートナーです!」




 その声は、凛としていた。

 迷いも、怯えも、そこにはなかった。


 たとえこの先にどれほどの困難が待ち受けていようと、彼の背中にしがみつくのではなく──彼と肩を並べて歩きたいと、心から願う声だった。


「一人で戦うあなたの隣に私はいます。それは、私がそう在りたいと願ったからです」


 玲奈は、翔太郎の目を真っ直ぐに見つめた。

 かつては何かに怯えるように視線を逸らしてばかりいた自分が、今はこんなにも自然に、強く、彼の瞳を捉えていることに、玲奈自身が少し驚いていた。


 ──でも、だからこそ言える。


「あなたは私を見捨てなかった。あの夜、誰も知らなかった私の弱さに気付いてくれて……そのまま、私を受け入れてくれた」


 静かな、けれど深い感情が込められた声。

 それは翔太郎だけが知る、氷のように張り詰めた玲奈の心が、少しずつ溶けていった証でもあった。


「だから私も、あなたに何を言われようと──絶対に見捨てるような真似はしません」


 翔太郎の肩に添えられた手には、はっきりとした温度があった。

 そこに宿るのは、過去への感謝でも、義務感でもない。

 ただひたすらに、目の前の一人の少年を支えたいという、真っすぐな想いだった。


「翔太郎や剣崎さんに比べれば、今の私なんて……大した戦力にはならないかもしれません。でも、それでも──これでも成長指数は、氷嶺家でも歴代ぶっちぎりのトップです。あなたの背中に追いつくのなんて、きっと時間の問題です」


 ほんの少し、照れ隠しのような笑みを見せた。


「……だから、待っていてください。私、むしろ追い抜いてみせますから。翔太郎が追いかけるぐらいの存在に、なりますから」


 そう言った玲奈の声には、もはやかつてのような遠慮も自信のなさもなかった。

 そこには、真剣に並び立とうとする意志があった。


「翔太郎が、辛い思いをするのは……私も嫌なんです」


 その言葉は、ただの同情でも、優しさの押し付けでもなかった。

 かつて自分がそうしてもらったように──自分もまた、翔太郎に寄り添いたいと願っての言葉だった。


「あなたが私に寄り添ってくれたように……今度は、私があなたに寄り添いたい」


 翔太郎の表情が揺れる。

 彼女の言葉が、真っ直ぐに胸に届いていた。


「一人で戦おうとしないでください。私を置いて行かないでください」


 切実な願い。

 涙を見せることもなく、悲壮な決意に染まることもなく──それでも、その言葉の強さは、何よりも重かった。


 玲奈は、静かにもう一歩、翔太郎へと踏み出す。




「──二人で、強くなりましょう」




 玲奈の声が空に溶けるように響き渡ったとき、二人の間に一瞬、静寂が訪れた。

 それは言葉では表せないほど大きな何か、未来を決定づける誓いの余韻だった。


 だがその静寂を、柔らかくて破る声が届いた。


「二人だけじゃない。私のこと、忘れないでくれる?」


 凛とした、けれどどこか切なさを含んだ声だった。

 その声に、翔太郎と玲奈が同時に振り返る。


「「アリシア!」」


 二人の背後から現れた少女は、以前のように、どこか感情を押し殺した雰囲気ではなかった。


 金色の髪は風に揺れ、その紅い瞳はまっすぐに二人を捉えている。

 瞳の奥に宿るのは、迷いのない意志。


 ──彼女もまた、戦う覚悟を持って、ここに立っている。


「……お前、もう大丈夫なのか?」


 思わず口にした翔太郎の問いに、アリシアは迷いなく答える。


「──大丈夫じゃない」


 その言葉と共に、アリシアの表情がほんの一瞬だけ翳る。

 カレンの死、四季条との対峙──数々の痛みが、彼女の胸をかすめたのだろう。


 けれどそれでも、彼女は目を逸らさなかった。


「それでも……屋敷で塞ぎ込みたくはなかった。私も、もう辛い事から逃げないって決めたから」


 まっすぐな眼差しに、かつての影はなかった。

 玲奈はアリシアを見つめ、わずかに目を見開く。


 ──彼女も、変わろうとしてる。

 その事実が、玲奈の胸にじわりと火を灯す。


「……アリシア」


 ぽつりと漏れたその声に、アリシアが振り向く。

 玲奈は、少しだけ口角を上げて──それから、ひとつ深く息を吸い込んだ。


「玲奈が言った通り、一緒に戦うって言葉は私も嫌いじゃない。むしろ、誰かさんがずっと私に言ってたぐらいだし」


「本当にそうですよね。さすがアリシアです。話が早くて助かります」


 その言葉に、アリシアがふっと目を細める。


「……頼もしいね、玲奈は」


「いえ、アリシアが来てくれたからですよ。私はあなたが学校に来てくれて……本当に嬉しい」


 言葉に偽りはなかった。

 まるで波長が合ったように、玲奈の胸の奥で誰かと並び立つ心が息を吹き返す。


 そして、再び翔太郎に向き直る。


「ていうか、翔太郎はさんざん私を一人にさせなかったくせに、自分だけ一人で解決しようとするとか、言ってる事矛盾してる」


 言葉の途中で、ほんの少しだけ声が震えた。

 それでも、アリシアは前を向いている。

 玲奈と同じように、翔太郎の隣に立つために。


「だから、私も貴方たちと一緒に戦う。今度は私の意志で。もう後悔したくないから」


 玲奈が小さく息を呑む。

 そして、まっすぐにアリシアを見つめて微笑んだ。

 翔太郎も、言葉にならない感情を抱きながら、ゆっくりと口を開く。


「アリシア、お前……」


「翔太郎が何を言ったって、もう私も玲奈も決めた。こういう時、傍にいるのが仲間なんでしょ」


 アリシアの声は、玲奈と同じように凛としていた。

 けれどそこには、彼女だけの静かな決意が滲んでいる。


「ひとりで背負おうとしないでください。あなたが私に寄り添ってくれたように、今度は私たちが、あなたの隣に立ちます」


「私も同じ気持ち。あの時、私を一人にしないって言ってくれたこと──ちゃんと届いてたから。……だから、今度は私があなたを一人にしない」


 アリシアも、静かにそう続けた。


 並んで立つ玲奈とアリシア。

 まったく違う生い立ちを持ち、まったく違う歩みをしてきた二人が、今、確かに“翔太郎の隣”という一点で交差していた。


 その光景に、翔太郎は思わず一歩だけ下がり、顔を背ける。


 ──眩しかった。

 この暖かくて、まっすぐで、そしてどこまでも強くなった二人の言葉に、もう下手な強がりや嘘は意味をなさなかった。


「くそっ、ああああああああああーっ!」


 突然、頭をがしがしと掻きむしりながら翔太郎が声を上げる。


「……はぁ、もう分かったよ。わかったってば。二人を相手に口で勝てるとは思ってないし……」


 渋々というより、半ば諦めたように肩を落とすその姿に、玲奈とアリシアは顔を見合わせ、くすっと少女らしく笑った。


「最初からそう言えば良いんです。翔太郎は、本当に強情な人で困ります」


「玲奈がそれ言うんだ」


 さっきまでの張り詰めた空気が、ふっと溶けていく。


 二人の笑顔は、傷だらけの心を少しずつ癒やすような温度だった。そして、どこかいたずらが成功した子どもみたいな無邪気さすら宿っている。


 ほんの一瞬の隙にのぞいた普通の女の子としての素顔。

 だが、それが何よりも翔太郎の胸に染み渡る。


(……俺が思ってたよりもずっと──いや、本当に強くなったんだな。玲奈も、アリシアも)


 頼られているようでいて、支えられていたのは自分の方だったのかもしれない。

 まだ上手く言葉にはできないけれど、その気持ちだけは確かに心の奥に灯っていた。


 その時──


「──って、チャイム鳴った! 二人とも、急ぐぞ!」


 翔太郎が我に返ったように叫び、通学路を駆け出す。


「あ、逃げた」


 アリシアがぽつりと呟きながら、すっと身体を傾けて走り出す。


「本当に分かってるんですか、翔太郎っ!」


 玲奈の少し怒ったような、けれどどこか嬉しそうな声が響いた。


 虹が差し込む雨上がりの空。

 三人の足音と、どこか楽しげな声が混ざり合い、遠ざかっていく。


 ──この戦いで、確かに失ったものはあった。


 癒えない傷も、許されない罪も、もう戻らない誰かの温もりも。

 だけど、そこに立ち止まることを選ばなかった少年と少女たちは、

 喪失の中に、確かに何かを手にしていた。


 悲しみに心を閉ざすのではなく、痛みに膝を折るのでもなく、弱さを知ったその瞳で、真っ直ぐに前を見つめる強さ。


 傷を隠さずに、歩くこと。

 独りではなく、誰かと手を取り合うこと。

 それが、こんなにも温かいものだったと、今なら分かる。


 ──誰かのために、立ち止まらずに走れる自分がいる。


 人と人とが繋がることで生まれる力を信じられるなら、どんなに辛くても、苦しくても、心が折れそうな闇の中でさえ、きっと──どこまでも駆け抜けていける。


 そしてその先に、いつか、誰も欠けずに笑い合える未来がきっと見つかると信じて。





ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。

これにて第二章『爆炎のプリンセス』編、無事完結となります。


鳴神翔太郎、氷嶺玲奈、アリシア・オールバーナー。

それぞれに抱える過去や葛藤、想いを胸に、それでも彼らは前を向いて進んでいきます。


特に今章は、アリシアに焦点を当てた物語でした。

彼女の過去、そしてカレンとの関係──決して明るいだけではない道のりを、丁寧に描いたつもりです。

少しでも、何かが心に残っていれば幸いです。


そして、次なる第三章では物語の雰囲気が一変します。

一転して「恋愛」が中心となる展開。主人公とヒロインたちの関係がどう動くのか──その変化に、ぜひご注目ください。


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皆さんの応援が、今後の執筆の大きな活力になりますので、ぜひよろしくお願いします!


それでは、第三章でまたお会いしましょう!

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