表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雷鳴のラストピース  作者: 雨車狸
第二章 『爆炎のプリンセス』
78/92

第二章44 『雷鳴と爆炎VS嫉妬』

 雷鳴が轟いて、爆炎が燃え盛る。


「「──セカンドオリジン、解放」」


 空間そのものが震え、熱と音と光が爆ぜた。

 次の瞬間──二人の姿は大きく変わっていた。


 翔太郎の背後に出現したのは、八つの雷の太鼓。

 光輪のように円形に並ぶそれは、雷様を象った神域の器。

 八つの太鼓は常に放電しており、空気が焦げ付くほどの雷を孕んでいた。

 太鼓の奥から、濃密な青白い雷光が降り注ぎ、彼の影を引き裂く。


 そして彼の髪は、空色から黄金へと変わっていた。

 まるで雷光そのものを纏ったかのように、髪は逆立ち揺れる。

 その背中からは光の円が放射され、まさに雷神の姿。


天破雷神(てんはらいじん)


 口にした瞬間、雷様の太鼓が低く鳴り響いた。

 太鼓を叩いたその時、敵意を抱いた相手には必中の天雷が落とされる。


 逃れる術はない。

 それは──まさに天罰。

 多くの命を弄び、手を繋いで隣にいる少女を害する者を、決して許さない神の姿。


「勝負だ。四季条輪廻」


 その言葉すら、雷に飲まれていく。

 一方で、彼に手を繋がれている少女は新たな姿に生まれ変わっていた。


 アリシア・オールバーナーの身体から、七つの光が立ち上る。

 紅。黄。緑。蒼。紫。白。黒。

 それぞれが異なる熱量と性質を持つ七つの爆炎。

 ゼクスが黒炎を極めさせようとしていたのに対し、アリシアは己の意思で、全系統の炎を手にしたのだ。


 異なる系統と性質を持つ炎が、まるで意志を持つかのように螺旋を描いて少女の周囲を巡る。

 それは炎であり、王冠でもある。


 ──七炎の王冠。

 黒炎に取り憑かれた亡霊ではない。

 ゼクスがたどり着けなかった、想定すらしていなかった全ての炎を、その手に選び取った少女の完全な姿。


 金色だった髪は、燃え上がる緋色へと変わっていた。

 まるで彼女自身が、生きた炎そのもののようだった。

 虹色の光に照らされた瞳は、夜の闇の中でもなお鮮やかに煌めく。

 紅蓮の瞳孔の奥に──七色の虹彩が灯っていた。


「セブンス・イグニス・クラウン」


 静かに、だが確かに名乗ったその言葉は、まるで世界に宣告するようだった。


「私は……」


 もう、業火に喰われるだけの存在ではない。

 もう、誰かを不幸にするだけの人間じゃない。


「私は翔太郎と一緒に、貴方を倒す」


 その声には、震えも迷いもなかった。

 背筋を伸ばし、真っ直ぐに歩む。

 七色の炎を従え、紅蓮の髪をなびかせ、少女は全身に雷を纏う少年の隣に並ぶ。


 並び立つ──雷鳴と爆炎。

 翔太郎は隣の彼女を見て、小さく笑う。


「行くぞ、アリシア!」


「うん、翔太郎!」


 そして二人は──同時に踏み込んだ。


 もう失わないために。

 もう二度と、後悔しないために。

 全てを取り戻し、全てを打ち砕くために。


 今こそ、『嫉妬』が塗り潰した法則を断罪する。

 雷鳴と爆炎が、絶望の闇を焼き裂いた。




 ♢




 四季条輪廻。

 夜空の革命の『嫉妬』を司る男。

 目の前の変化に、彼は驚愕ではなく、純粋な興奮を滲ませていた。


「鳴神家の最後の生き残りと……ローフラムの血の繋がらない孫娘、か」


 少年は、生き残りにして鳴神家の落ちこぼれ。

 少女は、元無能力者でゼクスの実験の被験者。


 異能社会においては底辺も同然だった二人。

 選ばれた存在でもなければ、特別な力を継ぐ者でもない。それでも、セカンドオリジンという異次元の領域にまで手を伸ばし、自分の前に立っている。


 ──それが何より、腹立たしく、羨ましかった。


「いいね。オレにここまで羨ましいと思わせたんだ。敵ながら大したもんだよ」


 一歩ずつ、翔太郎とアリシアが踏み込んでくる。

 炎と雷。

 圧倒的な殺意を宿した二つの力を前にしても、四季条は不敵な笑みを崩さなかった。


 その両腕に、黄金の炎が灯る。

 本来は、ローフラム・オールバーナーだけの神の炎。だが今、その力は彼の掌で当然のように燃えていた。


「君たちの異能力も、良い輝きを持っている」


 四季条輪廻の能力──『エンヴィー・フェイク』。

 それは、四季条が羨ましい・妬ましいと感じた能力を、己の手で再現するというモノだった。


 謂わば、あらゆる異能力のコピー。

 だが、それは再現などという生易しいものではない。

 彼の本質は“嫉妬”。

 誰かが持つ力を見るたびに、殺したくなるぐらい妬み、真似せずにはいられない──その妬みの衝動こそが、異能力として具現化した。


 自らの欲望に正直な男。

 手に入れる理由はただ一つ──欲しいから、ではなく妬ましいから。それは、何者にも等しく嫉妬し続ける、終わりなき渇望。


「来なよ、お二人さん。セカンドオリジンの能力者と戦うなんて、何年ぶりだろうね」


 黄金の炎を握り締め、四季条は笑った。

 ──嫉妬の能力者、その本性が露わになる。


「四季条、輪廻ぇぇぇぇぇ!!!」


 雷鳴が走った。

 翔太郎の身体が閃光そのものになったかのように、一直線に四季条へと突撃していく。


 迷いはなかった。

 戦うと決めた以上、躊躇している余裕などない。

 あとは殺すか殺されるか──それだけだった。


「さっきよりずっと速いじゃんかよ、鳴神翔太郎!」


 四季条は正面から黄金の炎を噴き上げる。

 だが翔太郎は怯まない。


「らぁっ!!」


 雷を纏った両腕──その先端に成された刃が、炎を割って突き刺さる。

 決して、斬撃ではない。


 雷の刃は、業火を強引に押し裂く。

 異能力の絶対法則を、暴力的な雷でねじ伏せる──それが天破雷神の戦い方だった。


(思ったよりやるな。セカンドオリジン開放時だと、ローフラムの炎でも押し合いが出来るレベルになるのか)


 押し込まれる四季条が、思わず笑った。

 背筋に走るのは、焦燥ではない。


 己の羨望が叫ぶのだ。

 これが妬ましい。彼の雷は、輝いてて羨ましい。


 天破雷神は、才能の無い彼の努力の結晶だ。

 ならば──殺してでも手に入れたい。

 思考と同時に、四季条は地面を蹴った。


「こいつは、避けれるかな?」


 黄金の炎が螺旋状に巻き上がり、翔太郎の雷撃を包み込もうとする。

 だが──その瞬間。


「頼む、アリシア!」


 熱。

 空間そのものが灼かれるような気配が、四季条の視界を灼いた。

 後方──そこにいるのは少女。


 アリシア・オールバーナー。

 紅蓮の髪、虹色のオーラ。

 七色の爆炎を背に従えた紅蓮のマントをたなびかせる。


「マジかよ、さっきは泣きながら暴走してたくせに、もう制御できてんのか」


 次の瞬間、深淵から生まれたような黒炎が、静かに広がっていた。

 広がっているのに、熱源はその中心ではない。


 燃えているのに、何も灼かない。

 だが確実に、そこに死があった。


「はぁぁぁぁぁぁっっ!!!」


 七つの炎の内の一つ、黒炎の性質は『破壊』。

 それはアリシアの意思が続くまで、決して燃え尽きないというもの。

 一度火が移ると、何をしても消えることがない。


「こっわ、殺傷力マシマシじゃん」


 自分でも知らないほど小さな声が漏れた。

 恐怖ではなく、嫉妬だ。あれも──欲しい。


 黒炎が地面を侵食し、四季条の足を絡め取ろうとした瞬間、雷が奔る。

 翔太郎が速度をさらに上げ、左腕の雷刃を薙いだ。 

 今度は四季条の意識が追いつかない。

 肉体が、勝手に避けた。


 逃げた自分に、四季条は驚愕する。

 避けなければ致命傷だったと、そう確信した。


 翔太郎の雷と、アリシアの炎。

 二つの攻撃がまるで計算されていたかのように挟撃する。


 だが、それは偶然ではない。

 二人は既に理解している。

 相手がどう動くか、どう連携すれば効率的か。


(この二人──)


 そこまで思考した瞬間。

 黄色の炎が、視界を覆った。

 見えていたはずの空間が、爆発によって消し飛ぶ。


 七つの炎の内の一つ、黄炎の性質は『拡散』。

 一度漂った黄色の炎は、アリシアの意思で時限的に爆発を起こす、まさにタイムラグを用いた異能力。


 四季条の身体が爆風で吹き飛ぶ。

 だが、焼け焦げた空中で彼はまだ笑っていた。


「──雷閃!」


 空中に隙だらけで浮かぶ四季条を、翔太郎は決して見逃さなかった。

 凄まじい速度の突きが、四季条の肉体を穿つ。


「────チッ!」


 ここに来て初めて、四季条が舌打ちする。

 雷速の突きが放たれ、地面に叩きつけられながら、四季条は両腕から再び黄金の炎を迸らせた。

 そして翔太郎とアリシア──二人の能力者を、真正面から睨み据えた。


「……行ける」


 翔太郎は、微かに息を吐く。

 確かに今の一撃は決定打にならなかったが、攻撃は通用している。


(俺一人じゃ絶対に四季条に当てられなかった。だけど、今は違う)


 隣にいる。

 アリシアが、確かに支えてくれている。

 彼女のサポートがあるから、決定打こそならなかったものの、着実に四季条にダメージを与えられている、


「はぁ……!はぁ……!」


 一方でアリシアは短時間ながら、既に疲労困憊になっていた。

 初めてのセカンドオリジンの発動にして、翔太郎と雷の動きに合わせて能力を発動し、四季条に攻撃を当てるのは凄まじい集中力を要する。


「ぐっ……!」


 先程、四季条に押し負けて黄金の炎を浴びたせいで、全身のダメージや疲労感も限界に近付いていた。

 上手く操れていると言っても、黒炎の制御は、決して簡単なことじゃない。


「でも、やらないと……。翔太郎が、私を信じて後ろを任せてくれてる」


 怖くない。

 隣に、前に、翔太郎がいるから。


 ──私は、もう一人じゃない。

 ──逃げる時も、戦う時も、二人一緒だ。


「翔太郎!」


「分かってる!」


 四季条の体勢が崩れた今がチャンスだ。

 確信と同時に、翔太郎は本能のままに踏み込んだ。


 電撃を纏った双刃が、虚空に煌めく。

 空中に隙だらけで浮かぶ四季条──アリシアの拡散する黄炎が生んだ一瞬の隙を逃す理由などなかった。


「らぁっ!!」


 雷速の連続攻撃。

 反応する暇すら与えず、翔太郎の刃が四季条の胴を貫いた。


「がっ!?」


 四季条輪廻が声を上げた。

 だが翔太郎は手応えに安堵せず、次の瞬間には地面に叩きつけるように敵の身体を落とした。

 砂埃と焼け焦げた匂いが空間に充満する。


 ──確かに通っている。

 四季条の防御は完璧ではない。

 タイミングさえ合わせれば、攻撃は届く。


(俺一人じゃ、決して作れなかった隙だ)


 斬りつけながらも、横目に翔太郎は振り返る。

 そこには、荒く呼吸するアリシアの姿。


 七色の炎を纏いながらも、その表情は苦痛に歪んでいた。

 オーラは滲むように不安定で、発動したばかりのセカンドオリジンが、彼女の身体を急速に蝕んでいるのが分かる。


 特に黒炎。

 死を燃やすその力は、精神力を酷使しすぎていた。


(もう、アリシアもほとんど限界に近い。早いとこ、勝負を決めないと……!)


 背中を支えるために、自分に隙を与えるために、必死に戦ってくれている。


「はぁっ!」


「おいアリシア、無理すんな!」


「……平気! このぐらい!」


 また遠くから、アリシアの炎が放たれる。

 七つの炎の内の一つ、蒼炎の性質は『重量』。

 炎を受け止めた相手は、まるで岩にぶつけられた様な感覚で大きく吹き飛ばされる。


 四季条は横槍をまともに受けて、凄まじい速度で地下空間の壁に叩きつけられる。


「ありがとう、カレン……」


 そう言った少女の声は、震えていた。

 明らかに無理をしているのが側から見て分かる。

 それでも──彼女は立ち止まらなかった。


「翔太郎が……私を信じて、背中を預けてくれてるんだから」


 ただそれだけの理由で、少女は限界を超え続けている。守りたいものをほとんど失っても、戦ってくれる仲間がいるから走り続けられる。


 身体は壊れても構わないと、本気で思っているのだ。だからこそ、翔太郎は理解した。


 翔太郎とアリシア。

 二人の連携は、初めて成立した“戦術”ではなく、信頼の上に築かれた“共闘”だった。


 背中を預けられる相手がいる。

 それだけで、翔太郎の雷は鋭さを増し、アリシアの炎は怖れなく広がった。


「……あー、痛えなぁ。なんだよ今の炎、ガードしたはずなのに吹っ飛ばされたんだけど?」


 四季条輪廻の表情もまた、苛立ちが見えていた。

 両腕を広げ、黄金の炎が再び噴き上がる。


 だが、さっきほど余裕はない。

 明らかに焦りが混じっている。


 翔太郎は、空気の変化を見逃さなかった。


「あとは俺が戦う。アリシアは身体を休めとけ」


「違う」


 かぶせるように。

 少女はかすれた声で言った。


「──二人で戦う。そうでしょ?」


 翔太郎は、一瞬だけ目を見開いた。

 ──もう、彼女は一人じゃない。


 そして、彼女もそれを自覚している。

 限界の身体で、それでも隣に立つことを選んだ少女がいた。


「……悪い。そうだったな。じゃあ、もう少しだけ頑張ってもらおうか!」


 そう答えた声に、迷いはなかった。


 雷鳴と爆炎。

 このコンビは──まだ折れない。

 いや、折らせはしない。

 翔太郎とアリシアは、再び四季条に向かって走り出した。


 一方で、地下空間の壁に叩きつけられた四季条は、砂埃の向こうでゆっくりと起き上がった。

 だが──さっきまでの余裕の笑みは、もうそこにはなかった。


「ごめんごめん。正直舐めてたよ、君たちのこと」


 静かな声だった。

 どこまでも冷静に、だが感情は抑えきれていない。


「まさか、ここまでやれるとは思ってなかったんだ」


 両腕から、黄金の炎が霧散した。

 何かが変わる。


「基本的にさ。オレって能力者同士の戦いは、異能力の撃ち合いが当然だと思ってたんだけど──」


 そこから先は説明する気すらないというように。

 四季条輪廻の身体が、変質した。


「でもまぁ……たまには殴り合いもありだよね」


 金属のような輝き。

 肌という肌が、メタリックな光沢で覆われていく。


 鋼鉄。

 まるで生きた兵器。

 四季条は、そのまま爆音と共に弾丸のように突っ込んできた。


(四季条の能力は、あの黄金の炎だけじゃなかったのか!? 異能力二つ持ちなんて聞いたことが──)


「なにびっくりしてんのさ」


 完全に不意を突かれた。

 避けるより早く、鋼鉄の拳が迫る。


「やべっ……!」


 咄嗟に、雷の双剣をクロスしてガード。

 次の瞬間──耳を塞ぎたくなる様な轟音が響き、雷光に凄まじい衝撃を与える。


(重すぎる……!)


 あまりの威力に、防ぎ切れなかった。

 金属の重さと加速力──それは、雷鳴の剣すら押し潰す“質量”だった。


「──がああああああああああああっっ!!!」


 そのまま鉄塊の直撃を受けたような凄まじい圧力が両腕から全身に伝わり、翔太郎は雷光と共に後方へ吹き飛ばされた。


「翔太郎っ!!」


 アリシアの悲鳴が、空間に木霊する。

 雷の剣は折れずとも、腕は完全に痺れていた。

 地面に背中から叩きつけられた翔太郎は、必死に呼吸を整えながら立ち上がろうとする──だが、間に合わない。


 四季条はゆっくりと歩いてくる。

 鋼鉄の全身。

 異様な光沢に包まれた怪物。

 炎でも雷でもない、異能とは思えない圧倒的物理を纏って。


「四季条!」


 アリシアは震えながらも、すぐさま次の攻撃に転じた。


 七つの炎の内の一つ、緑炎の性質は『追尾』。

 アリシアの指先から放たれた無数の緑の焔が、蛇のように四季条へと絡みつく。

 どこまでも、どこまでも、距離を超えて追い続ける、執念の炎。


「燃えて……っ!!」


 だが──


「その程度の炎で、オレの鋼をどうにか出来ると思った?」


 その声は、振り返ることすらないままだった。

 四季条はただ鋼の拳を振るう。

 次の瞬間、緑炎は全て叩き落とされ、霧散した。


「な──」


 アリシアの目が、見開かれる。

 追尾するはずの炎が一撃で消滅した。


 その異常に気づく間もなく、四季条は無造作に鋼鉄化を解除していた。

 金属光沢が音もなく消え──代わりに、全身に黒い雷光が迸る。


(これ、は……!?)


 だが──四季条が纏う黒い雷は、色こそ違うが、確かに翔太郎と全く同じ異能力だった。


「確かこうだったよね。──雷閃っ!!」


 瞬間。

 弾けるような雷撃が放たれる。

 アリシアの細い身体に、翔太郎と全く同じ雷閃が突き刺さった。


「──ッ!?!?」


 爆発音すら錯覚する衝撃。

 雷に包まれたアリシアは跳ね飛ばされ、壁に叩きつけられ、崩れ落ちる。

 焦げた匂いが漂った。


「アリシアっ!」


 翔太郎の絶叫が、地下空間に木霊する。

 自分がさっきまで使っていた雷閃──それが今、アリシアに牙を剥いた。


(俺の──雷……?)


 脳が凍った。

 理解できなかった。

 いや、理解したくなかった。


 目の前の怪物は翔太郎が6年掛けて編み出し、極めた技を、そのままコピーして使ってきた。


(どういう……ことだ……)


「うーん、速度はなかなかだけど、威力的にはローフラムの炎の方が遥かに上かぁ。でもまぁ──今の一撃でも十分みたいだけど」


 四季条輪廻は、平然と笑っていた。

 自分の雷閃を試していた──ただそれだけの表情で。


「そういうこと……!」


 アリシアが呻く。

 翔太郎も凍ったまま、言葉を失っていた。

 ようやく気付いてしまったからだ。

 四季条の能力。そして、その極悪な性能に。


「貴方の能力は……あらゆる異能力のコピー。さっきの鋼鉄化も、ローフラムお祖父ちゃんの炎も、翔太郎の雷も全部……!」


 ローフラムの炎。

 翔太郎の雷閃。

 さっきの鋼鉄化も、別の誰かの異能力だったのかもしれない。


 目の前の男は、模倣すら超えていた。

 ただ、妬ましいという感情だけで──力そのものを再現し、己のモノにする。


(俺たちの武器が、俺たち自身の異能力が、あんなに簡単に真似される?)


 翔太郎の思考は、そこで途切れかけた。

 雷の力は、自分だけのものではなかった。

 目の前の悪魔は、当たり前のようにコピーし、使いこなしていた。


「君たち、ようやく理解できた?」


 四季条輪廻は笑っていなかった。

 次の瞬間には、真顔で言い放つ。


「この異能社会において、あらゆる能力をコピー出来るオレは──最強に近い存在なんだよ?」


 カチリ、と何かが音を立てて崩れた。


 翔太郎とアリシア。戦意はまだあった。

 けれど、心の奥底に──何か冷たいものが、ひたひたと染みていく。


 四季条には勝てない。

 そう告げる声が、心の中で、二人の耳元で囁いていた。


 倒れたアリシアに向かって、四季条輪廻は悠然と歩き出した。

 右手──ピストル銃を模した指に、紫電が集まる。


「確か、これが紫電だっけ? 仲間の技でやられる気分はどうかな?」


 その言葉は、まるで優しさのようにすら響いた。

 だが──それは紛れもない悪意だった。

 ゆっくりと確実に、死の宣告のように、紫電はアリシアに向かって伸びかけていた。


(止めろ──やめろ!!)


 翔太郎は、歯が折れるほど奥歯を噛み締めた。

 身体が痛む。腕が痺れる。

 だが──その言葉だけは、自分の能力でアリシアを死なせることだけは、絶対に許せなかった。


(ふざけんな。誰が──)


 翔太郎は反射で跳んだ。

 背後にある八つの雷太鼓──天破雷神の象徴。

 振り向きもせず、二本の双剣で同時に太鼓を叩いた。


 次の瞬間、空間が音ごと破裂した。


 ──上空。

 四季条の真上から、雷鳴が降り注ぐ。


「そんなことも出来るんだ」


 落雷が、四季条輪廻を撃ち抜こうとした。

 それは翔太郎が敵意を認識した瞬間、必ず相手に命中する天罰。


 回避不能の必中雷撃。


「鋼鉄化」


 だが、四季条は呟きすらせず、雷を感じた瞬間に全身を鋼鉄に変えていた。

 全身を走った雷は、鉄の外殻に阻まれて分散する。


 ──硬すぎる。

 ──届かない。


 それでも四季条は、雷の直撃を受けながら動じなかった。

 黒煙と共に、真下へ視線を向ける。


「どんなに避けられない雷だとしても、オレの“鋼”に通ると思った?」


 笑っていた。

 鉄塊の怪物は、必中技ですら通用しないという現実を、翔太郎に突きつけるかのように。


(クソ……っ!!)


 だが──それで十分だった。

 四季条が雷をガードしている今この瞬間が、唯一の隙。

 翔太郎は一切迷わなかった。


 雷光と爆風の中を掻き分けるように疾走する。

 手は迷わず。

 倒れているアリシアの身体を、抱き上げた。


「っ……!翔太郎……?」


 傷だらけの少女の声が、かすかに震えた。

 目はまだ焦点を結ばない。

 けれど、彼女の身体は確かに翔太郎の腕の中にあった。


「ソルシェリアのワープポイントに逃げ込む! 今の俺たちじゃ、悔しいけど四季条に勝てない」


「っ……!」


 声は苦しげだった。

 けれど、迷いはなかった。


 雷が鋼に阻まれたその瞬間に、この戦いは続けるべきじゃないと。翔太郎は冷静に判断していた。


「絶対にアリシアだけは……死なせないからな」


 ギリギリと歯を噛み、逃走の一手を選ぶ。

 それが敗北と呼ばれようと関係なかった。


 全ては、この腕の中の少女を生かすため。

 この戦いに意味を残すため、翔太郎は雷光と共に、瓦礫の空間を走り抜けた。


 背後。

 雷鳴に紛れて、あの声が聞こえた。


「──鈍いなぁ」


 次の瞬間だった。

 轟く雷音。

 翔太郎の目が何かを捉える前に、四季条の動きの全てが終わっていた。


(──早い!?)


 視界の端、刹那に煌いた黒い雷閃。

 自分の──いや、今まで自分が最速と信じていた雷すら超える速度。


 追撃などではない。

 背後に回られたと気付いた時には、既に身体が宙に浮いていた。


「っが……!」


 金属音にも似た衝撃。

 鋼鉄の拳──雷光を纏ったそれが、翔太郎の背中を貫いたのだ。


「きゃああっ!」


 抱き抱えられていたアリシアごと、無様に吹き飛ばされた。

 地面に叩きつけられた身体が二つ。

 土煙の中、転がるようにして止まる。


 翔太郎は呻く。

 腕も、脚も動かない。

 咄嗟にアリシアだけは庇ったが、それ以上は何もできなかった。


 限界を超えた疲労の蓄積で、二人のセカンドオリジンが同時に解けた瞬間だった。


「嘘……。雷閃で……こんな……」


 自分たちの技を超える速さで叩き込まれた雷閃。

 それが、今彼らを打ち砕いた現実だった。


「君の雷、使い勝手悪くないよ。まぁそれでも、オレの方がずっと速いみたいだけど?」


 土煙の向こう。

 悠然と歩く、雷光に包まれた四季条輪廻。

 その歩みはゆっくりなのに、何故か追いつかれると理解できた。

 あれは逃げられない速度だった。


 雷を、鋼を、炎を、彼は模倣するだけじゃない。

 使用者本人を、超えてくる。


 アリシアが、震えながら呟いた。


「これが、夜空の革命の正規メンバー……。S級能力者の、真の実力……?」


 恐怖が、重く空気を支配する。

 逃げられない。

 そう思わされる速度だった。


 それでも翔太郎は、意識が飛びそうな頭で叫んだ。


「……アリシアだけは……絶対に──っ」


 だが、動けない。

 血の気の失せた指先が、アリシアの肩を掴もうとするだけで精一杯だった。


 目の前に、あの怪物がいた。

 鋼鉄化も解除され、再び雷光を纏った四季条輪廻が笑いながら指先を向けてくる。


「さて」


 不意に、楽しそうな声。

 視線を上げた先で、四季条は面白がるように、ニコリと笑っていた。


「努力する人間ってさ……本当に滑稽だよね」


 鋼の拳を振り上げながら、まるで日常の雑談のように。


「可哀想に。こんなにも強くなろうと足掻いて……全部、羨ましがったオレが横取りするための努力だったんだから」


「っ……」


 翔太郎は喉を震わせながら、口を動かした。

 少しでも時間を稼ぐために、意識が朦朧とする中で、必死に言葉を捻り出す。


「お前らは、一体何がしたいんだ……!」


「……」


 四季条の笑顔がさらに歪む。

 だが、歩みは止まらない。

 鋼鉄の足音が、着実に迫る。


「なんで、大勢の命をあんなに簡単に奪えるんだよ。ローフラムのことも、鳴神村災害のことも……!」


 翔太郎の声は掠れていた。

 心の中では叫び続けていた。


(時間を稼げ──!アリシアが動ける時間を稼ぐんだ!)


 その思いとは裏腹に、四季条は楽しそうに応じる。


「何がしたい、だって? 別に何かが欲しいわけじゃないよ。ただ、羨ましいんだ」


 狂ったような純粋さで言葉を継ぐ。


「生き甲斐がある奴って羨ましいよね。何かのために戦える奴って、すっごくキラキラしてるから。つい“嫉妬”しちゃってさ──全て壊してやりたくなるんだよね」


 その声音は楽しげだった。

 楽しげだからこそ、致命的におかしかった。


「君たちがせっかく手に入れた背中合わせの関係も、隣にいるって信じ合った絆も──全部、オレが横から奪いたくなる。悪いけど、そういう性格だからさぁ」


 鋼の拳が、振り上げられる。

 アリシアは目を閉じて動かない。

 翔太郎は、覆いかぶさることすらできず、倒れたまま、目だけでそれを見上げていた。


「まぁ……オレが何言ってるか分からないと思うし、理解してもらおうとか思ってないけど、とにかく君たちが羨ましくて壊したくなるってだけ」


「クソ野郎……!」


「良いね、その顔。殺す前の敵の顔って、最高に無様でゾクゾクする。……あーあー、隣のアリシアなんて、また泣いちゃってるじゃん!」


(──せめて、アリシアだけでも)


 翔太郎は思った。

 何も出来ないまま、アリシアと自分はここで──。


 それが、四季条輪廻だった。

 すべてを奪う、嫉妬の怪物だった。


「まぁ、それなら──二人仲良く、あっちに送ってあげるよ。オレって優しいでしょ?」


 四季条輪廻の右手に、黄金の炎が灯った。

 その光はまるで死刑宣告のように、二人の目に焼き付く。


 そして、泣き声が微かに響いた。


「────翔太郎」


 アリシアだった。

 嗚咽を噛み殺すように震えながら、それでも動く。

 立ち上がることなど出来ない。

 ただ、這い寄るように翔太郎の上へと身体を重ね、覆い被さった。


「──アリシア……?」


 掠れた声で、翔太郎が呟く。

 だが、力は入らない。

 今の翔太郎に、少女を突き放す力など残っていなかった。


 震える手で、アリシアは翔太郎の背中に腕を回す。

 死の直前で、それでも彼女がしたのは──ただ、抱きしめることだった。

 小柄な彼女に抱かれ、温かい腕の中で呟く。


「アリシア……。俺なんか放って、早く逃げろ……」


 声は掠れていた。

 今にも途切れそうな声で、それでも翔太郎は必死に言った。


 自分はどうなってもいい。

 ──せめて、アリシアだけでも。


「嫌だ」


 涙の中で、アリシアはかぶりを振る。

 泣きじゃくる頬を歪ませ、それでも微かに笑った。

 儚く、震える声で言う。


「──どんな時でも……二人一緒って言ったでしょ」


 その笑顔は、あまりにも切なかった。

 諦めでも絶望でもない。

 ──ただ、隣にいるための選択。


「アリシア……」


「ごめんなさい……。それでも……これだけは、譲れないの……」


 彼女は泣きながら笑った。

 涙で濡れた顔で、ただ静かに──隣にいることを選んだ。


「ハハッ! 本当、最高! そういうバカな光景、オレ大好きなんだよね!」


 背後で、四季条輪廻は笑い転げていた。

 黄金の炎が、全てを焼き尽くす刃のように集束していく。


「愛だの友情だの絆だの──そういうの壊す瞬間が、オレにとっては何よりのご褒美なんだよね」


 踏み込む。

 トドメの一撃を放つために。

 炎は二人に向かって一直線に。


「さぁ──派手に終わろうか!!」


 その瞬間だった。




 ──空が、裂けた。




「……は?」


 四季条の動きが止まる。

 次の瞬間、凄まじい轟音。

 大地を砕き、空間を切り裂くように。


 一振りの──大剣が、天から降り立った。


 ドンッ、と重々しい音を立て、二人と四季条の間の地面に突き刺さる。

 四季条の黄金の炎は、その剣に完全に遮られる。


 地響き。

 空間の震え。


(な……んだ……?)


 翔太郎もアリシアも、目を見開くことしか出来なかった。


 自分たちを襲うはずだった死が、そこで止められた。

 目の前の大剣は、信じられないほどの質量と威圧感を纏い、空気ごと世界を断ち切るかのように佇んでいた。


 驚愕する四季条の前で大剣の柄を、誰かがゆっくりと握り締める。

 その影は、一歩踏み出すたびに空間そのものを軋ませた。


 ──異常だった。

 存在しているだけで、周囲の空気が変わる。




「よう。随分とボロボロになったもんだな、翔太郎」




 それは──あまりにも聞き慣れた声だった。

 厳しく豪胆で、だが同時に何より安心できる声。


「せんせい……?」


 翔太郎の声は掠れていた。

 けれど、あの声に応えるには十分だった。


「え、先生って……?」


 隣でアリシアが戸惑う。

 涙で濡れたままの瞳が、けれど希望を見つけたように震えている。

 翔太郎の顔が、僅かに上を向いたのが分かったからだ。生きられると──そう思えたからだ。


「久しぶりに会ったと思ったら、ボロボロの状態で女に庇われるとは……我が弟子ながら、もっとしっかりして欲しいんだけどな」


 剣崎大吾。

 日本に数えるほどしか存在しないS級能力者。


 鳴神翔太郎の師にして、最強の剣士。

 その背中は、文字通り──絶対の壁だった。


「本当に遅すぎるって……先生」


 その呻くような言葉に、剣崎は微かに笑った。


「これでも、かなり急いだ方だ。お前から連絡を受けてすぐ、ここに直行した。……だが、まさか合流を待たず勝手に動くとはな。焦りすぎだぞ」


 その言葉に、翔太郎は苦笑した。

 あの時、埠頭倉庫に向かう前に最後にかけた電話。




『ああ……場所は、うん。まあ、そんな感じで。……じゃあ、また』




 埠頭倉庫に向かう前にかけた剣崎への電話。

 あの連絡は、ちゃんと届いていたのだ。


「先生を、待っていれば……」


「そうだ。だが──まぁ、仲間のために積極的に動くのはお前らしい。現にゼクス・ヴァイゼンはしっかり倒せたと、あの饒舌な人形から聞いている」


「ソルシェリアに会ったのか?」


「ああ。今も毒を吐きながらお前たちの脱出を待っている筈だ」


 絶体絶命のはずだったのに、命が繋がった。

 最強の“味方”が──隣にいるのだから。


 一方で、四季条輪廻は初めて笑わなかった。

 理解不能という顔である。


「誰アンタ? そいつらの知り合い?」


 その声色に、先程までの嘲笑は完全に消えていた。

 全身の細胞が、本能で危険を告げていた。

 この男は──今までの誰とも違う、と。


 だが、剣崎は肩を竦めるだけだった。


「名乗るほどの者じゃない。お前は今から俺に倒されるんだからな」


 軽い調子。

 だが、言葉の底に重いものがあった。

 まるでこの程度、名乗るまでもないと言っているようだった。


 そして──大剣が動く。

 軽々と振り上げられた刃が、音もなく空間を切断した。


「……ここからは、大人の仕事だ」


 次の瞬間──衝撃波。

 ただ一振り。

 それだけで、四季条の全身を包んでいた雷光が霧散した。


 それは、もはや異常だった。

 理不尽という言葉すら生温い。

 圧倒的なまでの、格の差。


 剣崎大吾。

 この男は──世界が違った。


 四季条輪廻すら、完全に動きを止めていた。

 顔に浮かんだのは戸惑いではない。

 本能的な拒絶反応だった。

 生き物が、天敵を前にしたときにしか見せない硬直。


 翔太郎とアリシアは、ただ黙って背中を見つめた。

 もう大丈夫だと、誰に言われるよりも強く──

 心の底から、そう確信できた。


 翔太郎にとって、世界で一番信頼できる背中が、今──四季条輪廻の前に立っている。

 この瞬間、戦場の空気は完全に塗り替えられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ