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雷鳴のラストピース  作者: 雨車狸
第二章 『爆炎のプリンセス』
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第二章33 『氷嶺玲奈VSカレン(前編)』

「──行きなさい! 氷龍!」


 玲奈が鋭く叫び、両手を前に突き出す。


 その瞬間、背後の氷龍が咆哮と共に爆発的な勢いで地を蹴った。凍てつく風を伴って駆けるその巨体は、まるで質量を持った嵐。


 通路を滑空するその進路上──すべてが凍った。


 空気すら白く染め上げるほどの冷気。

 氷龍が通り過ぎた後には、床も壁も、天井すらも瞬時に凍結する。

 水蒸気が氷柱へと変わるその光景は、まさに氷獄。


 爆発のような咆哮を上げ、龍は一直線にカレンへと牙を剥く。

 巨大な顎が、カレンの身体を貪らんと迫った。


蒼炎障壁(ブラウ・フェスト)


 青く輝く炎の壁が、氷龍の牙を受け止める。

 ──瞬間、衝突音と共に火花と霜の爆風が爆ぜた。


 氷龍の咬撃は、障壁を食い破るほどの威力でバリアを砕き、そのままの勢いでカレンの身体ごと弾き飛ばした。


「くっ……!」


 蒼炎の尾を引きながら、カレンの身体が宙を舞う。


 だが、彼女の目はその間も死んでいない。

 吹き飛ばされながら、右手に凝縮した球状の蒼炎を形成。


「──炎の惑星(フラメンシュテルン)


 空中から振りかぶるように──玲奈へと投擲。


 蒼炎の弾丸が、地を抉る勢いで一直線に飛来する。

 その炎はただの火球ではなかった。

 玲奈に近付く度に徐々に巨大になっていく。

 炸裂すれば半径数メートルを焼却する、小型の爆心地を作る災厄。


「それはもう、アリシアさんの異能力で見てます」


 玲奈はそれを見て、瞬時に右手を掲げる。

 空間が煌めき、淡い霧が形を成した。


 玲奈の前に、氷の盾が瞬時に具現。

 まるで氷の鏡のような曲面を持つ巨大な盾が、炎の球体を真正面から迎え撃った。


 爆炎と氷塊の衝突。

 一瞬、爆風が玲奈の長髪を吹き上げ、視界が白と青に染まる。


 だが──盾は、崩れない。

 玲奈は微動だにせず、盾の奥でカレンを見据えていた。


「氷龍!」


 そして、氷龍の追撃まだ終わらない。

 咆哮と共に方向転換し、再びカレンへと殺到していく。


 氷龍の咆哮が地下に轟いた。


 その顎は、もはやただの造形ではない。

 氷が唸り、牙が裂き、まるで生きた魔獣のように意思を持ってカレンへと突進する。


「──ッ!」


 カレンは再度、蒼炎障壁(ブラウ・フェスト)を展開するが──遅い。


 氷龍はそのまま蒼く輝く炎の盾ごとカレンを咥え込み、咆哮と共に壁へ、天井へと打ちつけ、地下通路を這い回りながら引きずり回した。


「ぐっ……!」


 氷と炎がぶつかるたび、蒼と白の閃光が弾け、壁を、空間を削っていく。


 普通の能力者であれば、この一撃で立っていられない。

 身体を守る術も、異能を支える意志も、氷の暴威に粉砕されていたはずだ。


 だが──カレンは、違った。


「やるわね。玲奈ちゃん」


 かすれた声と共に、氷龍の口内から、淡く光る青が浮かび上がる。


 否──それは、炎だ。

 全身から吹き上がる、地獄のような蒼き業火。


「──ブルーインフェルノ」


 次の瞬間、凍てついた空間を、爆音と共に“青い太陽”が裂いた。

 氷龍の巨体が内部から焼き崩れ、溶けて砕けて、雷鳴のような破砕音と共に消滅する。


 吹き飛んだ氷片の中から現れたのは、焦げた衣服を纏いながらも、なお立ち上がるカレンだった。


 彼女の息は荒い。

 肩で呼吸しながら、しかしその唇には相変わらず余裕の笑みが浮かんでいる。


「この造形だけで相当力を持ってかれたけど、これで終わりじゃない……。そうでしょ、玲奈ちゃん? さすがは零凰学園十傑ってところね」


 玲奈はその場に立ち尽くしていた。


 視線は、破壊された氷龍の残骸へ。

 今の彼女自身が持ちうる最大火力──“氷龍”が、正面から打ち破られた現実に、一瞬、目を見開く。


「嘘……。氷龍が、破られるなんて」


 想定外。

 否、全力を超えられた。

 だが──すぐに、その目は鋭く細められる。


 カレンもまた、決して平然としてはいなかった。


 額には汗が滲み、呼吸は浅く、指先には微かな震えが宿っている。

 先程の“ブルーインフェルノ”という大技を、その身から放った代償は決して軽くない。

 足元には、未だ余熱のように青い炎がゆらめいては弾け、残火を撒き散らしていた。

 まるで、それだけでようやく立っていられるような危うさだった。


 玲奈も、最初から全力だった。

 氷龍は自身の持てる最高火力。

 放てば勝てると確信していた切り札だ。


 だが、それが破られた。


 しかし、それ以上に──攻撃を正面から受け止め、真っ向から切り抜けたカレンのほうが、明らかに深手を負っているのは間違いなかった。


「──あーあ。せっかく新調したフード、ボロボロじゃない。ほんと、可愛い顔して容赦ない異能力を使うのね」


 カレンが、いつもの調子で口角を上げる。


「随分と余裕そうですね。もう、立っているのもやっとじゃないですか」


「そりゃそうよ。さっきのやり取りだけで、かなり消耗させられたんだから。正直、いまの私は強がってるだけ」


 それでも、カレンの目にはまだ火が灯っていた。

 揺らぎながらも確かな意志を宿す、燃えるような蒼の瞳。


 玲奈は静かに言葉を重ねる。


「今、投降してくれれば気絶程度で済ませた上で、残りは翔太郎とアリシアさんにお任せします。翔太郎はともかく……アリシアさんは、あなたに相当肩入れしてますから、私よりも優しく対応してくれるはずです」


「──アリシア、ね」


 その名前に反応したカレンが、ふっと目を細めた。


 そして次の瞬間──カレンは自ら、フード付きのコートを脱ぎ捨てた。


 その衣は音を立てて床に落ち、蒼い布がふわりと舞う。

 露わになったのは、濃い群青色で統一されたタックトップと、身体にぴったりと張り付くミニスカート。

 足元には白のロングブーツ。

 膝下から伸びる脚線は傷付きながらも美しく、しかし──その素肌には、見るも無惨な無数の火傷跡が刻まれていた。


 肩から二の腕、そしてスカートの下から覗く太腿にかけて、焼けただれたような痕。

 癒えきらず残された瘢痕は、過去にどれほどの苦痛と熱に晒されたかを物語っている。


「あなた、その傷……まさか……!」


 玲奈の声が揺れる。


 カレンは、どこか開き直るように、しかし凛とした声で告げた。


「──これが、ゼクスの実験の名残。私ね、一度は死んだも同然だったの。でもゼクスに生かされた。死の淵を彷徨った時、異能力の本質に触れて、アリシアにも負けない火力を手に入れた。それが今の私」


「そんな……。それが代償だとでも言うんですか?」


「そうよ。今となっては、私を燃やしてくれたアリシアに感謝すらしてるわ。方法はどうあれ──私は強くなれた」


 玲奈は、目を伏せるように視線を逸らし──それでもなお、唇を強く結び、静かに叫ぶ。


「おかしいですよ、あなた……! あなたをこんな風にしたのも、アリシアさんが暴走したのも、全部──ゼクスが元凶じゃないですか! なのに、どうして……どうしてそのゼクスに手を貸して、こんなにも多くの命を踏みにじるような真似ができるんですか!」


 玲奈の声には、怒りと──それ以上に深い、哀しみが滲んでいた。


 彼女は知っている。

 アリシアの過去を、フレデリカから断片的に聞いていた。


 アリシアとカレンは、かつて親友だったこと。

 だが、制御できなかった異能力が暴走し、アリシア自身の手でカレンを焼いてしまったこと。

 それでもなお、焼けただれたはずのカレンは生き延びて、何故か今はゼクスと行動を共にしているという事実。


 矛盾していた。

 玲奈にはどうしても、カレンの選択が理解できなかった。


「あなたの人生を壊したのは……アリシアさんじゃない。ゼクスです。だったら、あなたのその力は、無関係な人を傷つけるためじゃなく、ゼクスに向けるべきだったんじゃないですか」


 玲奈の真っ直ぐな言葉が、空気を裂くように響く。

 だが、カレンはすぐには返事をしなかった。


 やがて彼女は、小さくため息をつきながら、乾いた笑みを浮かべる。


「あなたには……きっと、分からないわよね。私みたいに、最初から“持たざる者”じゃなかったんだから」


 その声には、怒りでも嫉妬でもない、どこか突き放すような冷たさがあった。

 玲奈が何かを言い返そうとしたその時、カレンは表情をゆがめるようにして、続けた。


「氷嶺家の長女。現当主・氷嶺凍也の、たった一人の妹。名家との縁談のために育てられた、氷嶺家最高の交渉カードだった玲奈ちゃん」


 唐突に語り出された事実に、玲奈の肩がピクリと反応した。普段なら、誰に何を言われても動じない玲奈が、その名を口にしただけで目を伏せる。


 カレンは、その反応を楽しむように口角を吊り上げる。


「どうして、自分から縁談を蹴ったの? 全てが整った場所にいながら、自ら壊すなんて」


 玲奈はすぐには答えなかった。

 ただ、唇を引き結び、言葉の代わりに沈黙で応じる。


「……どうして、そのことを」


「最初に私があなたに接触したのは、“上”の指示だったの。氷嶺玲奈の情報を集めて、動きを監視しろってね」


 カレンの声は冷静だったが、その瞳の奥には抑えきれない何かが灯っていた。


「でもね、あなたのことを知るたびに、興味が湧いたの。監視対象としてじゃない、氷嶺玲奈という一人の人間に。どうしてなのか、最初は自分でも分からなかった」


 ブーツのかかとが床を叩き、ゆっくりと近づいてくる。


「私はね、生まれた時から、何も持っていなかった。家も、金も、希望も。全部──火事で焼かれたの。ゼクスに拾われて、やっと生き延びたと思ったら、今度はモルモット扱い」


 淡々と告げられる過去。

 それが壮絶であるほど、玲奈の表情は曇っていった。


「そんな私にとって、あなたは正反対の存在だった。期待、美貌、家柄、才能……全部持ってる。完璧なまでに整った人生を歩むはずの人間。だけど──あなたの目は、私と同じだった」


 玲奈の瞳が揺れる。


「全部を持っているのに、どこか空虚で、諦めた目をしていた。まるで、誰かの望む通りに動くだけの人形みたいに。だから、私は思ったの。ああ、この子も私と同じだって。生き方を選べなかった、造られた側なんだって」


 その言葉はどこか切実で、憎しみではなく共感に近い温度を帯びていた。


「でも──あなたは変わった」


 カレンの蒼炎が、音もなくゆらりと燃え上がる。

 彼女はそれを携えたまま、静かに歩を進めた。


「この一ヶ月で、あなたは目に見えて変わった。笑うようになり、誰かと手を取り合うようになり、初めて私が見た時の空っぽの人形じゃなくなった。そして全ての変化の中心には、彼がいた」


 玲奈の心臓が、一つ跳ねた。

 名前は口にされていない。

 それでも、誰のことかはすぐに分かった。


 ──鳴神翔太郎。


 彼の存在が、彼との時間が、自分を大きく変えたのだと自覚している。

 否応なく心が熱を帯び、言葉に詰まる。


「……」


「監視していた私には分かるのよ。二度目に私たちが会った時の広場での笑顔、仲間と過ごす時間。あれは作られたものなんかじゃなかった。あなたが、本当に変わろうとしている証だった。──でもね、それが我慢ならなかったの」


 そこには明確な敵意があった。

 心の奥底から這い出てくる、黒い感情。


「あなたは空っぽのままでいてくれれば良かった。私と同じ、欠けた者でいてくれれば、あなたのことを羨まずに済んだ。だけど──あなたは、変わってしまった。鳴神翔太郎に出会って、自分の意志で」


 カレンの拳がわずかに震えた。

 口元には笑みが貼りついているのに、その奥にあるものは、紛れもない嫉妬だった。


「私は、ずっと“彼”を見ていた。彼のような人が、もし私の傍にいてくれたらって、何度も思った。だから……あなたが彼と出会って、変わっていく姿を見るたびに──裏切られたような気分だった」


 玲奈は言葉を失っていた。

 怒りでも、恐怖でもない。

 ただ、胸の奥にじくじくと広がる痛みに唇を噛み締める。


「勝手に同類だと思ってた私が馬鹿みたいよね。でも、あなたが他の子たちと笑ってる姿を見たとき、私は、どうしようもなく手を出したくなった。あの広場で玲奈ちゃんを襲ったのも──本当はゼクスの指示だけじゃなかったの。あなたの幸せそうな顔が、ただただ、憎かった」


 蒼炎が揺れる。

 そこには、使命でも狂気でもない、もっと剥き出しの感情──人間らしい、どうしようもない嫉妬が燃えていた。


「私には、そんな風に変わるチャンスすらなかった。与えられたものもなければ、取り戻す術もない。ただ焼かれて、壊されて、それでも生きてるだけ。でもあなたは、違った。選ばれたの」


 それはまるで、懺悔のようでもあり、告白のようでもあった。


「──だから、羨ましいって思ったのよ」


 カレンの両手に、蒼き炎が凝縮されてゆく。

 燃え盛る双剣が悲しみと憎悪を纏って形を成す。

 燃えるような青。だがその輝きには熱さではなく、どこか乾いた冷たさが宿っていた。


「でもね、羨ましいと思うほどに──壊したくなってしまうの。それはあなたのせいじゃない。そういう風にしか生きられなかった、私のせい」


 次の瞬間、炎の剣が爆ぜるように振り抜かれた。


「あなたは……!」


 玲奈もすぐに応じた。

 周囲の空気が一瞬で冷え込み、白い霧が巻き起こる。

 その中から、鋭く、清冽な輝きを宿した氷の双剣が形成される。


 氷刃を手に、玲奈は一歩を踏み出し──二人の剣がぶつかり合った。


 蒼炎と氷結。

 極端な温度差を孕んだ衝突は、目に見える衝撃波となって周囲を押し返す。

 異能力同士の打撃音が連続し、刹那ごとに舞う火花と霜が、二人の交錯を彩った。


 凄まじい剣戟の応酬だった。

 技巧と力がぶつかるのではない。

 そこにあったのは、二人の生き様と感情のぶつかり合い。


「確かに、私が変われたのは翔太郎のおかげです! 彼が居てくれなかったら、きっと私は今も人形のままだった筈です!」


 玲奈の声が、交錯の合間に零れる。

 自嘲でも自虐でもない。

 ただ事実として、そうだったと告げる声。


「そうよねえ……!」


 口元を引きつらせるように歪めながら、叫ぶ。


「あなたも私と同じ、一人じゃ何も変えられない人間!理解してくれる誰かが、たまたま傍にいただけで、あなただって私と同じ場所に堕ちてた可能性だって決してゼロじゃなかったはずよ!」


 カレンもまた声を荒げた。

 先程までの余裕さを崩さなかった彼女にはない、激しさがあった。

 剣と剣がぶつかるたびに、互いの視線は離れない。

 いや、離せない。


「私の異能力はこんなにも強くなったことを社会に証明したい! 全てを失った私が、唯一手に入れた蒼炎の力だけは!」


 激情が、刃の軌道を鋭く歪める。

 玲奈の剣を弾き、壁に炎の痕を刻みつける。


 カレンの瞳は、もはや理性の灯をほとんど失っていた。

 その奥にあるのは、燃えさかる承認欲求。

 ──社会に、自分の力を、存在を知らしめたい。

 それが彼女の行動原理だった。


 ゼクスが提示した放火という手段すら、彼女にとっては都合のいい舞台に過ぎない。

 誰かを焼くことに良心の呵責はない。

 それ以上に、自分はここにいると証明することが、彼女にとっての生きる理由だった。


「カレン、あなたは可哀想な人です」


 炎の斬撃が、轟音を残して玲奈を呑み込もうと襲いかかる。

 けれど──玲奈は一歩も退かず、それを氷の剣で受け止めた。


「それでも、他の人を巻き込んでいい理由にはなりません。あなたが辛かったことは否定しません。救いがなかったことも──悲しいと思う。だけど……だからって、無関係な人たちを巻き込んでいい理由にはならない!」


 その声に、怒りはなかった。

 あったのは深い哀しみと、同情すら滲んだ眼差し。


 ──彼女には、翔太郎がいた。

 自分の手を取ってくれる誰かが、確かにそこにいた。

 けれど、カレンにはそんな人はいなかった。

 その事実を、玲奈は哀れだと思った。


 後方でじっと見ていたソルシェリアは、ついに足を引いた。


「アタシが突っ込む隙なんて無いじゃない。二人とも、バカみたいに感情ぶつけて……」


 その呆れた口調には、かすかに震えが混じっていた。


 彼女には分かっていた。

 これは、単なる力比べじゃない。

 異能力者同士の勝ち負けですらない。


 二人の少女が、それぞれの選ばなかった人生を──なれなかった自分を、相手に叩きつけている。


 玲奈の変化が、誰かとの出会いで生まれたものなら──カレンはそれを見届けるたびに、どこかで裏切られたような気持ちになっていたのかもしれない。


 勝手に“同類”だと思い込んでいた。

 持たざる者として、同じ目線でいられると信じていた。

 だからこそ。


「──あなたは、私が止める。もしあなたが、変われなかった私の成れの果てだと言うのなら……私は、今ここでその可能性ごと、過去に置いていきます」


 玲奈の言葉は、断罪ではなく──決意だった。


 氷の双剣が火花を散らし、カレンの蒼炎を裂くように薙ぐ。

 その瞬間、衝撃波が地を揺らし、カレンの身体が吹き飛んだ。

 氷の衝撃が爆ぜ、周囲の床が白く凍りつく。

 カレンは宙を舞い、重力に引かれるままに後方へ叩きつけられた。


 だが、その一撃で終わりではなかった。


 玲奈の足元に砕けた氷の破片が集い、青白い光を帯びながら渦を巻く。


「──氷龍!」


 吹雪のように空気が震えた次の瞬間、裂けるような音とともに、氷の竜が天に咆哮を上げて出現した。

 崩れたはずの氷片から、再び造形する高等技術。


「まさか、氷嶺凍也と同じ技術……!?」


 驚愕に目を見開くカレン。

 蒼炎の壁を即座に展開し、目前に構える。

 しかしそれでも間に合わない。

 氷龍が大きく口を開き、蒼白の冷気が濁流のように噴き出した。

 世界の温度が一気に奪われ、あらゆる物が白く凍る。


 カレンはそれを防ぎながら、思わず膝をついた。

 牙を剥くように蒼炎障壁(ブラウ・フェスト)を強化する。


「前の私は、確かにある意味、あなたと同じだったのかもしれない……! それでも──」


 その言葉に、答える声は背後から届いた。


「──私は、翔太郎に出会えた」


 瞬間、玲奈の姿が掻き消えた。

 否、氷龍のブレスに気を取られていたカレンの死角へ、疾風の如く回り込んでいたのだ。


「だから私は他人を傷つけなくても、自分の価値を疑わずに生きていけるようになった」


 玲奈の声は静かだった。

 けれどその一言一言には、かつて彼女が孤独に囚われていた日々が、確かに宿っていた。


「彼が隣にいてくれるなら……私は、私自身の生き方を望んでも、もう怖くないって思えるんです」


 刹那、双剣が閃いた。

 疾風怒濤の剣戟が、蒼炎を打ち砕くように振るわれる。


 玲奈の双剣が、怒涛のように振るわれる。

 蒼炎の障壁が破られ、カレンの防御が崩れる。

 刃と刃が火花を散らしながら踊り、そのすべてが一点に収束していく。


「それができなかったあなたを、私は哀れだと思います。でも、哀れだからといって、許すつもりはありません。許してしまったら──きっと今のあなたを肯定してしまうと思うから」


 最後の一閃が、カレンの蒼炎を引き裂いた。


 鈍い衝撃音と共に、彼女の身体が地面に崩れ落ちる。

 もう、立ち上がれるだけの力は残っていない。


 玲奈は静かに息を吐き、剣を収めた。

 吹雪の中、彼女の瞳だけが、まっすぐに前を見据えていた。


 カレンの指先が、小さく震えながら地を掴もうとする。

 その姿はもはや、炎に満ちた脅威ではなく、失われた何かを今なお探し求める、一人の少女に過ぎなかった。


 ──彼女には、誰も救ってくれる人がいなかった。


 その現実を前に、玲奈は一瞬だけ目を伏せる。

 けれど、次の瞬間にはもう──ただ、静かに前を向いていた。


 吹き荒れる風の中、ソルシェリアがぽつりと呟いた。


「……凄い。これが──氷嶺玲奈」


 そして誰よりも冷たく、誰よりも熱い決着が、そこに刻まれていた。

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