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雷鳴のラストピース  作者: 雨車狸
第二章 『爆炎のプリンセス』
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第二章28 『カレン捕縛チーム、結成』

 5月13日・火曜日の朝。

 オールバーナー邸で寝泊まりした翌日。

 翔太郎とアリシアは、静かに並んでテレビの画面を見つめていた。


 画面に映っているのは、ここ数週間報道され続けている“連続放火事件”のニュース。

 各地で発生している不可解な火災──そのどれもが異能力者による犯行の可能性が高いとされていた。


「ほら、ここ見て」


 アリシアが手元のリモコンで映像を一時停止し、特定の場面を拡大する。


「これは……」


 翔太郎の目に映ったのは、青い炎の中にちらつく黒い灰のようなものだった。

 それはただ炎に舞っているだけではない。

 不自然な軌道を描き、まるで意志を持つように揺れている。


「灰の動きが普通じゃない」


 アリシアは淡々と口にした。


「確かに。放火現場に灰があるのは当然だけど……これは、風の流れとかじゃ説明がつかないな」


 翔太郎も頷きながら目を細めた。


「俺にこれを見せたってことは……この連続放火事件、ゼクスと関わりがあるってことか?」


 アリシアは無言で頷いた。


「ゼクスの異能力は灰を自在に操る能力。攻撃や防御はもちろん、自身の肉体を一部を灰に変化させて回避や移動手段にも使っていた。灰が分散・集束して対象を包み込むような挙動をしてた。ここでの灰の動きも、それと酷似してる」


 アリシアはさらに映像を巻き戻し、別のカットを再生した。

 そこには燃え盛る建物の中心に、ありえない色の炎が立ち上っていた。


「それに、この“青い炎”」


 彼女の声に少しだけ熱がこもる。


「この炎の色、心音と氷嶺玲奈から聞いたカレンの能力にそっくりだった。温度と波長、燃焼速度、全部一致してるわけじゃないけど、少なくとも同系統の能力と見て間違いない」


「つまり……蒼炎を操るカレンが実行犯で、灰を操るゼクスが後ろにいる可能性が高いってことか」


「うん。あの二人が共に行動しているなら、いくつかの点が繋がる」


 アリシアは指を折って整理するように話し始めた。


「まず、放火現場はすべて人払いが異様に早い。これはゼクスの『灰の偽装』能力が使われた可能性がある。灰で監視カメラを塞いだり、煙に乗せて幻覚を見せたり。あいつならやれる」


 ゼクスの操れる灰の量は異常だ。

 数万規模で灰の雨を降らせることも出来る。

 現場周辺に灰を撒いて、人を近付けない事も可能か。


「次に、発火点の炎が蒼い。炎を操る能力者はそれなりにいるけど、蒼炎は数が少ない。つまり、灰を操る能力者と共に行動する、蒼炎の能力者……カレンならきっと出来ると思う」


 ゼクスの指示か、カレンの意思かは分からないが、灰と蒼炎の組み合わせでは、今の翔太郎たちでは簡単に彼らに連想出来てしまう。


「最後に、犯行後に現場から完全に映像に映っていた灰の痕跡が消えていること。これはゼクスの異能の最大の特徴でもある。自分の体を灰に変えれば、足跡も体温も消せる。証拠隠滅にも長けてる。火事に紛れて証拠を灰にしてしまえば、警察や調査班にも手が出せない」


 翔太郎は黙ってアリシアの言葉を聞いていたが、その目は真剣だった。


「考えとしては筋が通ってるな」


「そしてゼクスは無駄なことは一切しない。恐らく、ゼクスは何かの“実験”を兼ねてる。火災は表向きで本命は別にある」


「……ああ。そろそろ、本格的にゼクスを追う覚悟を決めなきゃいけないかもしれないな。ゼクスが関わってるかもしれない事件なら、放火現場に行ってみるのもアリか?」


 翔太郎の言葉に、アリシアはわずかに視線を落とした。その表情はいつもと変わらず冷静だったが、どこかに深い緊張の色があった。


 ──この放火事件は、ただの犯罪ではない。

 それは、何か明確な目的があって行われているのだ。




 ♢




「──というわけで、ちょっとアリシアと放火現場の下見に行ってくるからさ。玲奈は……オールバーナー邸に残っててくれないか?」


「嫌です。私も行きます」


 即答だった。

 しかも、その声には一切の迷いがなかった。


 翔太郎はやっぱりなと小さく息を吐き、額に手を当てた。隣ではアリシアが軽くため息をつく。


「絶対こうなると思った。昨日のあの空気からして、大人しく留守番するわけないって」


「当たり前です。放火事件にゼクスが関わっている可能性があるんですよね? だったら、私も行きます」


 玲奈の声には、譲る気配がまったくなかった。

 どこか気丈で、そしてほんの少し、焦りが混じっているようにも聞こえる。


「いや、だからこそだ」


 翔太郎は語気を強めて言った。


「ゼクスの狙いは間違いなく玲奈なんだ。万が一、あいつが現場に現れたら……真っ先に狙われるのは玲奈だぞ」


「でも、私──昨日カレンを倒しましたよ?」


 胸を張ってそう言う玲奈。

 その目は冗談ではなく、本気そのものだった。


 彼女はただ連れていってほしいとわがままを言ってるわけじゃない。

 自分の力がちゃんと役に立つと、示そうとしている。

 けれど──


「それとこれとは話が別だ。昨日は心音のサポートもあったし、ゼクスとカレンじゃ、比較にならない力の差があることは玲奈だって分かるだろ?」


 現に昨日のカレンとの戦いでは、動けない水橋という足枷はいたが、同時に十傑第七席の心音が協力してくれた面が大きい。


 翔太郎の頭の中では、玲奈とカレンが一対一になった場合、確実に玲奈が勝つという保証ができるほど楽観的ではない。


「何故ですか? ゼクスに狙われてるのは、アリシアさんもですよね? 危険な場所に行くなら、なぜアリシアさんは連れていって、私だけ置いていこうとするんですか?」


 その言葉に、翔太郎は一瞬だけ言葉に詰まった。


 正論だ。

 玲奈の言い分は、何一つ間違っていない。

 だが、カレンを連れ戻す役割をアリシアに任せた以上、今回はアリシアも同行させることを決めている。


 それに理由はそれだけではない。


「アリシアは、ゼクスとカレンの能力をよく知ってる。炎の色や灰の動き、そういう細かい違いも読み取れる。追跡戦になる可能性もある以上、あいつらの異能力を分析できるアリシアがいないと話にならないんだよ」


 翔太郎の説明は理にかなっていた。

 冷静に考えれば、ゼクスの足跡を追うにはアリシアのような知見と観察眼が不可欠だ。

 だが──その言葉は、玲奈の胸の奥を確かに刺していた。


「……じゃあ、私は信用できないってことですか?」


 声がわずかに陰る。

 玲奈の問いは責めるようなものではなかった。

 むしろ、ぽつりと落とされたその問いは、信頼する相手に拒まれた時の、ひそやかな寂しさを帯びていた。


 思わぬパートナーの反応に、翔太郎は咄嗟に手を振って否定した。


「ち、違うって! 玲奈が信用できないとか、そんな意味じゃなくて……!」


 言葉の選び方が悪かったのだ。

 自分の言葉が彼女を傷つけたことに気づいて、翔太郎は慌てて取り繕おうとする。

 だがその焦りが、かえって場をこじらせかけていた。


「──もういい。鳴神翔太郎」


 静かな声が二人の間に落とされた。

 アリシアは組んだ腕をほどかぬまま、冷ややかというより淡々とした瞳で、言い争う二人を見つめている。


「正直、私も氷嶺玲奈は置いていった方がいいと思ってる。でも──こうして無駄に時間を消費する方が、よほど危険」


 彼女の言葉には感情の起伏は少ない。

 だが、その分だけ理屈の重みが響く。

 感情的になりかけた空気を冷やすように、静かな論理が場に浸透していく。


 そしてアリシアは玲奈に向き直った。


「──それに、どうせ置いて行っても、後をつけてくるんでしょ?」


「はい。当然です」


 玲奈は即答した。

 その一言に、翔太郎とアリシアは同時に深く息を吐く。

 既に予測していた答えだったが、それでも現実として突きつけられると、やはり頭が痛くなる。


「……隠れて来られるくらいなら、最初から連れて行った方がまだマシか」


 翔太郎がそう呟いたのは、諦めの色を滲ませたものだった。

 もはや議論は無意味だった。


 少しの沈黙のあと、翔太郎は観念したように頷いた。


「──分かった。玲奈も現場に連れていく。ただし、もしもの時は絶対に無理はしないこと。アリシアもだけど、現場では俺の指示に従ってくれ。玲奈も……何が起きても、先走らないって約束できるか?」


 玲奈は一瞬、口を尖らせた。

 けれど、それもほんのわずかな反抗の名残でしかなかった。

 すぐに口元をゆるめ、穏やかな笑みを浮かべる。


「一番先走りそうなあなたが言いますか、それ。でも……分かりました。約束します」


 そして、少しだけ声を落として続ける。


「翔太郎が一緒なら……仮に私が捕まっても、助けに来てくれるって信じてますから」


「期待が重い!」


 アリシアがそのやり取りに、小さく笑みを漏らす。

 それは皮肉でも呆れでもなく──理解を含んだ、どこか柔らかな表情だった。


「大丈夫。氷嶺玲奈が危ない橋を渡りそうになったら、私が止める」


 言葉こそ淡々としていたが、その声には確かな覚悟があった。


「それに、私たちのいない間にゼクスが氷嶺玲奈を狙う可能性だってゼロじゃない。そのリスクを考えると、戦力を中途半端に分けるより、最初から三人で動いた方が合理的だと思う」


 アリシアの冷静な言葉に、翔太郎は静かに頷いた。

 それはただの作戦的判断ではなかった。

 戦力として信頼していること──そして何より、玲奈を一人残すことへの不安を、言葉の裏で打ち消してくれているようにも思えた。


 だがその時、屋敷の奥から響いた静かな声が、会話の空気を軽やかに揺らす。


「──お出かけのご予定でしたら、ぜひ私共にもお声がけくださいませ」


 振り返ると、メイド服に身を包んだフレデリカが、優雅に一礼していた。

 そのすぐ隣では、小柄な少女──いや、精巧な人形のソルシェリアが腕を組み、まるで当然のような顔でふんぞり返っている。


「フレデリカ……」


「お嬢様がゼクスの元に向かう以上、この屋敷に留守番を残す意義は乏しいかと。それならば、一人でも多く護衛をつけた方が理に適っていると思いまして」


 その瞳には、いつも通りの穏やかさの奥に、確かな覚悟が宿っていた。


「アタシも行くからね! 昨日みたいにヒマな時間過ごすのマジでつまんないし、置いてかれたら怒るから!」


 ソルシェリアが腕をバシッと鳴らして主張する。


「……え、お前も来るのか? いや、言っとくけど遊びじゃないんだぞ?」


 翔太郎が思わず素っ頓狂な声を上げると、ソルシェリアはムッとした顔で肩をすくめた。


「ちょっと何その反応!? アタシも異能力者だってば! 頭もキレッキレだし、足も速いし、しかもカワイイし! 完全無欠ってやつでしょ!」


「ただの人形が何言ってんだよ……」


「人形差別は法で裁かれるべきよ!? アタシを誰だと思ってんの!?」


「いや、誰って言われても。なぁ?」


 ソルシェリアの早口の主張に、翔太郎は一歩引き、玲奈もやや呆れ顔で問いかける。


「まさか、ソルシェリアまで……。そもそもあなたって戦えるんですか?」


 玲奈が問いかけると、ソルシェリアは胸を張って答えた。


「当然でしょ? アタシが本気出したら、森一つくらい簡単に吹き飛ぶんだから」


「それ、戦力っていうか災害ですよね」


 玲奈の冷静なツッコミに、翔太郎が思わず口を挟んだ。


「お前、自分で言ってて疑問に思わないのか? 森って、わりと広いぞ?」


「ちょっと! まだ信用してない顔してるでしょ! アタシ、異能力者なんだからね? 足も速いし頭もキレるし、何より可愛いし! ほぼ完璧でしょ!」


「同じ事2回も言わなくていいって。それに、可愛いだけは主観入り過ぎじゃないか?」


「失礼ね! 認識が追いついてないだけよ、あんたの感性が!」


 そのやり取りをよそに、アリシアとフレデリカは微動だにしない。

 むしろ、最初から当然のように戦力として数えていたような雰囲気すらある。


「別に問題ない。ソルシェリアの戦闘性能は申し分ないし、索敵能力もある。うるさいことを除けば、連れて行く価値はあると思う」


「こう見えて、ソルシェリアは有事の際の対処にも長けていますから。むしろ、連れて行かない方が不安です」


「えっ!? マジで!?」


 どうやらソルシェリアの実力は、アリシアとフレデリカのお墨付きらしい。

 にわかには信じがたいが、このやけに喋る人形も戦力としてカウント出来るとの事だ。


「ほら見た? アタシ、信用されてるぅ! 今のうちに土下座して謝っといた方がいいんじゃない?」


「お前、本当に何者なんだよ……」


 ソルシェリアは胸の装飾を叩いて、ドヤ顔で笑っている。

 翔太郎は深く息を吐きながら、額に手を当てた。


「気が付いたら放火現場の下見どころか、異能力者の小規模部隊編成になってんだけど」


「ちょっと、騒がしくなりそうですね……」


 玲奈も小声で漏らしつつ、どこかくすぐったそうに微笑んでいた。

 だが、不思議と悪くない空気だった。

 むしろ、この騒がしさの中にどこか安心すら覚える。


 何だかんだ、誰も除け者にされていない。

 気が付けば自然とまとまっているのが、この五人だった。


「──カレン捕縛チーム、結成って感じか」


 翔太郎は、ふっと口元を緩めて言う。


「おっけー! チーム名は“魅惑の乙女戦隊☆キュンキュンファイブ”で決まりね!」


「却下だ」


「早っ!? ちょっと男子ぃ、独裁政治は許されません! 男一人しかいないからって、一夫多妻制の亭主関白気取んないでよね!」


「そんなつもりは毛頭ない。それに独裁じゃなくて常識の判断だって。センスの問題な?」


「まったく、最近の男ってホント文句ばっか! じゃあ、仕方ないからチーム名は“鳴神翔太郎ハーレム”でいいわよ。女四人と男一人の編成だし」


「何だよ、その悪意しかないネーミングセンス!」


「逆に誇りなさいよ、男子校だったらよだれが出るほど羨ましがられる編成よ?」


「お願いだからやめてください……」


 翔太郎がげんなりと肩を落とす。


「もういいや。チーム名は各自、心の中で決めてくれ。……行くぞ」


 ソルシェリアが騒ぐ横で、玲奈とフレデリカが小さく笑い、アリシアは無言のまま歩き出す。

 翔太郎も、それに続くようにゆっくりと足を踏み出した。


 ──ほんの少しの不安と、そしてそれ以上に確かな覚悟と、仲間たちの存在を背負いながら。


 彼らは揃って、静かに屋敷を後にした。

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