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雷鳴のラストピース  作者: 雨車狸
第二章 『爆炎のプリンセス』
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第二章18 『蒼炎』

 図書室の窓際。

 夕暮れの色が淡く差し込む中、ページをめくる音だけが静かに響いていた。


 翔太郎は、開きかけた参考書をぱたんと閉じ、天井を見上げて小さく息をついた。


「なあ、アリシア」


「何?」


 隣で静かに読書していたアリシアが顔も上げずに応じる。


「玲奈と心音、岩井に呼び出されて職員室に行ったのって……何時だったっけ」


「正確には覚えてないけど、三十分以上は経ってる」


「……ちょっと遅くない?」


 そう呟いた翔太郎の声は、どこか落ち着かない響きを帯びていた。

 冗談のように聞こえなくもないその言葉に、アリシアはようやくページを閉じ、視線を横に向ける。


「何話してるか分からないけど、岩井先生は特に長話するタイプじゃない」


「それは同感。職員室まで様子見に行こうか?」


「だったら私も──」


 アリシアが言いかけた瞬間だった。

 机の上に伏せてあった携帯が短く震えた。

 何気なく目を落としたアリシアの視線が、一瞬だけ硬直する。


「……心音?」


 画面に表示された名前を見たアリシアの声は、わずかに低く落ち着いていた。

 すぐにスマホを手に取り、無言のまま通話ボタンを押す。


「……誰?」


「え?」


 心音からの電話だと思い込んでいた翔太郎だったが、アリシアの反応から、通話の相手が心音本人ではないことに気付く。

 どうやら、誰か別の人物が心音の携帯を使ってアリシアに電話をかけてきたようだった。


『──────!』


 小さく、しかし確かに伝わる切羽詰まった声。

 内容までは聞こえないが、緊迫した空気だけが通話越しに滲み出ていた。


 翔太郎は眉を顰め、思わず口を開く。


「なあ、誰からだ? それ、本当に心音か?」


 だがアリシアは通話中の耳にスマホを当てたまま、もう片方の手でぴしっと口元に人差し指を立てた。

 静かに、話しかけるなと合図を送る。


 彼女の表情は無表情のままだ。

 けれど、その瞳の奥に浮かんだ一瞬の違和感と、感情を押し殺すような呼吸──翔太郎はそれを見逃さなかった。


「なんで貴方が心音の電話に出てるの?」


 アリシアの声が、冷えた刃のように鋭くなった。


「……そう。……分かった。すぐに向かう」


 通話を切る直前、彼女の眉がほんのわずかに動いた。

 何かを飲み込むように、小さく息を吐いてから、スマホをそっと机の上に置く。


「誰だった?」


 翔太郎が尋ねると、アリシアは一瞬だけ黙り、そして淡々と答えた。


「心音の携帯から、水橋美波が出た」


「え、水橋が? なんで?」


 思いがけない名前に、翔太郎の表情が驚きに染まる。

 彼女は去年の事件で現在は入院中のはず。

 現に翔太郎と玲奈は先週にお見舞いに行き、彼女の様子を見に行ったばかりだ。


「詳しいことは話してもらえなかった。ただ……彼女、明らかに動揺してた。言葉が震えてた」


「やっぱり、心音たちに何かあったのか?」


 翔太郎の声に、焦りと不安が滲み出す。

 その気配は隣にいたアリシアにも伝播し、彼女の無表情にもわずかな陰が差す。

 淡々とした口調の奥に、確かな緊張が芽吹いていた。


 アリシアは椅子を引いて立ち上がる。

 その拳は白くなるほどに握り締められていた。






「黒いフードの女が出たらしい。貴方の言ってた奴かは知らないけど──今、学園裏の広場で心音と氷嶺玲奈が交戦中」






 図書室の空気が、一瞬で凍りついた。


 翔太郎の思考が一拍だけ遅れる。

 次の瞬間、椅子を乱暴に蹴り飛ばすように立ち上がり、言葉を吐き捨てていた。


「クソっ!」


 もう止まらなかった。

 全身に走る冷たい戦慄。背筋を這いずるような焦燥。

 息が浅くなる。喉が焼ける。

 胸の奥で、何かが猛獣のように暴れていた。


 足が勝手に動く。

 机の角も、図書室の扉も、誰の目も気にしていられない。


「────鳴神翔太郎!」


 アリシアが何かを言っている。

 だが──もう聞こえない。


 遠くに聞こえる声。

 けれど耳は閉ざされたまま、翔太郎はすでに全速力で廊下を駆け抜けていた。


 階段を飛び越え、手すりを掴んで身を投げるように全段飛ばしと言わんばかりに駆け下りる。


 心臓が焼けるように熱い。

 頭が回らない。

 だが、ただひとつ確かなことがある。


 ──完全にしくじった。


 何故、たった数十分とはいえ玲奈から目を離した?

 何故、入院中の水橋が学園にいる?


 職員室に行ったのに、どうして学園の裏にいる?

 岩井との用事はどうした? 心音は大丈夫なのか?


 なぜ“今”なんだ。

 なぜ、あの女がこのタイミングで──。


 最悪の可能性が脳裏をよぎるたび、足が速くなる。

 焦燥と後悔と、説明のつかない不安が混ざり合って胸を圧迫する。


 あの女が夜空の革命の正規メンバーだったなら。

 玲奈だけじゃない。

 心音も、水橋も、その場にいる全員の命は無い。


 ──間に合わなければ、全てが終わる。

 その一心で翔太郎は校舎を飛び出した。


「くそっ!広場は────」


 夕焼けに染まる学園の昇降口。

 靴の音が乾いたアスファルトを打ち鳴らす。


 その時だった。


「鳴神翔太郎!」


 鋭く、鋼のような声が上空から降ってくる。

 咄嗟に顔を上げると、校舎の階段窓から──アリシアが身を丸めるようにして飛び降りてきていた。


「なっ──!?」


 その姿に、翔太郎の目が大きく見開かれる。

 反射的に雷閃を発動。

 雷の軌道が空を走り、彼女の体を空中で抱え取った。


「お前っ……! 異能力も使わずにいきなり何やってんだよ、馬鹿か! 死ぬって!」


「──それは、こっちの台詞!」


 腕の中で、アリシアが珍しく語気を強めて叫ぶ。

 普段の無感情で淡々とした態度からは考えられない怒声に、翔太郎は思わず言葉を失う。


 こんなに感情をあらわにし、怒鳴るアリシアを見るのは──初めてだった。


「勝手に一人で行かないで!」


「勝手も何も今、フードの女が玲奈たちを──!」


「分かってる。でも貴方の推測通りなら、相手は夜空の革命。ただの能力者なんかじゃない」


 翔太郎の胸に抱えられたまま、アリシアは怒気と焦燥をない交ぜにした声で続ける。

 その表情に、静かな怯えと焦りが同時に浮かんでいるのを翔太郎は見逃さなかった。


「貴方一人じゃ絶対に勝てない。夜空の革命かもしれない能力者相手に単騎で突っ込んで何ができるの?」


「でもだからって、俺は……!」


「心音も、氷嶺玲奈も向こうにいるんでしょ。間に合わなかったら、誰かが死ぬ。だから一刻も早く行きたい。その気持ちは、私だって同じ」


 翔太郎の目がかすかに揺れる。

 彼女の言葉が、真正面から胸を打ち抜く。


「……お前、あの連中を知ってるなら怖くないのか?」


「怖さはもう嫌ってぐらい分かってる。だからそんな所に一人で行かせない」


「──っ」


 アリシアは、翔太郎の胸に拳を押しつけながらきっぱりと言った。


「御託はいい。今は時間が惜しい。──貴方の雷の方が、私の炎の翼より速いんでしょ? だったら、一人で行くんじゃなくて私も連れて行って」


 言葉の端に、ほんのわずか震えが混じっていた。

 だがそれ以上に、確かな覚悟が滲んでいた。


 翔太郎は僅かに息を吐き──そして頷いた。


「分かった。そこまで言うなら本気で走るぞ。振り落とされんなよ」


「落ちる気はない。──行って」


 次の瞬間、雷が地を割るように鳴り響いた。

 翔太郎はアリシアを抱えたまま、稲妻の軌道を描いて空へと跳ぶ。


 ──誰も死なせない。今度こそ絶対に。

 その誓いが、風の音よりも強く翔太郎の胸を打った。




 ♢




「──中々、燃えてくれないのよねぇ!」


 フードの女が吐き捨てるように叫ぶと同時に、蒼く燃え上がる炎が轟音と共に放たれる。

 その威力は、もはや零凰学園の一般生徒の域を遥かに超えていた。


 下手をすれば、十傑クラスに匹敵する程の出力。

 パートナー試験で競った炎の能力者であるアリシア・オールバーナーを彷彿とさせる気迫があった。


「ぐっ……!」


 玲奈は即座に氷壁を展開し、直撃を防ぐ。

 ──凍結と炎が激突し、空気が爆ぜる。


 その衝突によって互いの異能力は相殺され、瞬間、視界が一瞬だけクリアになる。


 その刹那──玲奈の動きが変わった。


 氷を纏うように双剣を造形し、即座に握るや否や、一本を回転させ、もう一本を矢のようにフードの女へと投げ放った。


「──!」


 フードの女の顔から笑みが消える。

 ──間に合わない。


 だが、彼女は異能に頼らず、純粋な身体能力で辛くも剣を避けきる。

 首筋を掠めて吹き抜けた冷気に、肌が粟立つのを感じながら後方へ跳んだ──その瞬間。


「……っ、足が……!」


 女の動きが止まった。


 視線を落とすと、地面から伸びた太く硬質な植物の蔓が、彼女の足首を絡め取っていた。

 微動だにしない──まるで氷と融合しているかのような異様な力だ。


「お見事です、白椿さん!」


「今だよ、玲奈!」


 遠くから心音の声が響く。

 地面の温度が一気に下がり、玲奈の足元に氷が滑走路のように広がっていく。


 玲奈は自身の足にぴたりとフィットする氷製のブーツを造形し、その上で身を沈める。


 氷のスケートリンク上を疾走。

 その動きはスケート選手さながらの軌道を描き、凍結した地面の上を滑るようにフードの女へと接近していく。


 そして──跳んだ。

 宙に舞った玲奈の手には、新たに造形された氷の兵装。


 今度は玲奈の両腕に装着された、氷のマシンガン。

 蒼白い光を帯びながら冷気を纏い、唸り声を上げて起動する。


「────ッ!」


 引き金を引いた瞬間、世界が凍りついた。

 刹那、空間が白一色に染まり、鋭い氷弾が暴風のごとく連射される。

 吐き出された氷の弾丸は、空気すら凍てつかせる速さでフードの女を穿とうと迫った。


 その眼前。

 足を絡め取られたままのフードの女が、反射的に危機を察知して目を見開く。


 ──このままでは避けられないと悟り、女が腕を振り、蒼炎を解き放とうとしたその瞬間。


「させないよ! 残念だったね、足首だけだと思った!?」


 鋭く、勝利を確信したかのような声が飛び込んでくる。

 次の瞬間、別方向──まるで地面の下を這う蛇のように、心音の蔓が女の両腕に伸びていた。


 バチン、と音が鳴ったかのように蔓が締まる。

 フードの女の動きが完全に封じられた。


 腕を振るうこともできない。

 異能を練る構えすら取れない。


「──っ!」


 狙いが乱れる。防御も回避も不可能。

 その瞬間、氷の弾幕が容赦なく女の体を打ち据えた。


 轟音とともに、凍気が爆ぜる。


 氷弾が着弾するたびに、蒼炎の衣が吹き飛ばされ、女の身体が振動し、冷気が骨の髄まで染み込んでいく。


 白煙が辺りに広がる中、フードの女の姿が氷の霧に包まれて消えていく。

 氷の嵐が止んだその後、女の身体はその場に崩れ落ちていた。


 玲奈と心音、二人の異能が完璧に噛み合った一撃だった。


 凍てつく精密射撃と、視界外からの束縛。

 玲奈の攻めが鋭さなら、心音の支えは確実性と包囲力だった。

 ──今だけは、誰が何と言おうと、この二人の勝利だった。




 ♢




「ふぅ……」


 氷のマシンガンが蒸気のように白い霧を吐きながら消える。

 玲奈は軽く息を吐き、肩の力を抜いた。


「すごいよ、玲奈! 飛びながらあんなに正確に異能力使えるなんて!」


 心音が駆け寄ってくる。

 その顔には安堵と興奮が入り混じった笑み。

 玲奈は少しだけ苦笑して答えた。


「……いえ。私なんかよりも、翔太郎の方がもっと凄いです。今回は、なんとか二人がかりで倒せましたね」


「またまた~、謙遜しちゃって」


 そう言いながら、心音は左手を高く上げる。

 軽く掌を向けたその仕草に、玲奈は一瞬きょとんとした。


 だが次の瞬間、はっとして、少しだけ照れたように手を上げる。

 パチン、と澄んだ音が空気に弾けた。


 ──この手で、翔太郎以外の能力者とハイタッチする日が来るなんて。


 たった一度の共同戦線。

 だが、それは確かに心に何かを残す。


「でも……この女、どうする?」


 心音が表情を引き締め、倒れているフードの女に視線を向けた。


 玲奈も改めて足元の女を見下ろす。

 その眉には、ささやかながら警戒と戸惑いが混じっていた。


「このフードの女は……翔太郎がずっと行方を追っていた相手です。とにかく、翔太郎を呼びましょう。ここは学園裏ですから、翔太郎の能力ならアリシアさんと一緒にすぐに駆けつけてくれるはずです」


「うーん……何者なんだろうね、この女。ていうか、玲奈にも聞きたいこといっぱいあるし」


「はい。分かってます」


 無論、彼女の言いたいことは察していた。

 だが、実際このフードの女については、玲奈自身もよく分かっていない。


 なぜ、自分が狙われているのか。

 なぜ、氷嶺家の縁談を知っていたのか。

 その理由も目的も、全てはこの女に訊くしかない。


 玲奈が考え込んでいると、不意に心音が自然な声で呼びかけた。


「怪我とかない? 私の異能力、治癒もできるから、痛いとこあったら言ってね」


「……いえ、大丈夫です。私よりも、大変だったのは白椿さんのほうでしょう? 今回は後方支援していただいて、ありがとうございました」


「いいっていいって。アリシア以外の能力者と組むなんて、結構久しぶりだったし……しかも、あの玲奈と一緒に戦えたんだからね? めっちゃレア体験! 鳴神くんや他の子にも自慢しちゃおっかな~」


 玲奈は思わず目を瞬いた。


「……玲奈?」


「ん?」


 心音が首を傾げる。


「その……今、私のこと、名前で呼びましたよね?」


「あれ? ああ、うん。実はさっきから呼んでたと思うけど……気付かなかった?」


「いえ、その……戦闘中はアドレナリンで気づきませんでした。今、冷静になって……ようやく意識が追いついた感じです」


「もしかして、名前で呼ばれるの嫌だった? 氷嶺さんの方がいい?」


 心音は悪びれた様子もなく聞いてくる。

 その気さくさが翔太郎に似ていて、どこか眩しかった。

 玲奈はわずかに目を伏せると、ほんの少しだけ頬を染めた。


「……いえ。嫌ではありません」


 かつての彼女なら、きっと拒んでいただろう。

 氷嶺という名が持つ重さと、他人との距離感を測る鎧のように、姓で呼ばれることに慣れていた。

 けれど、今はもう氷嶺家とは縁を切った身。


 ──それに今では翔太郎が、当たり前のように名前で呼んでくれるから。

 だからだろうか。

 いつの間にか、名前で呼ばれることが自然になっていた。


 むしろ、共闘まで果たした相手に、今更苗字で呼ばれる方が余程よそよそしく感じてしまう。


「そちらが親しげに呼んでくれるなら、断る理由なんてない……そんな気がします」


 玲奈の素直な一言に、心音の顔がぱっと明るくなった。まるで朝日を浴びた花のように、無邪気な笑みが弾ける。


「ホント!? じゃあ決定ね! 玲奈は玲奈、私は心音で。白椿さんだと長いし、言いにくいしさ? これからはずっとそれでいこう!」


「……はい。よろしくお願いします、心音」


 玲奈は小さく微笑んだ。


 それはごく僅かな笑みだった。

 だが、今までの彼女を知る者にとっては、それだけでも十分すぎる変化だった。


 張り詰めていた氷の面が、少しだけ綻んだように──彼女の心が、翔太郎以外の誰かに初めて許された瞬間だったのかもしれない。


「そう言えば、水橋さんはどこですか?」


 ふと玲奈が辺りを見渡しながら問いかける。


「あれ? ホントだ……さっきまでそこにいたはずなのに……」


 心音も振り返って目を細める。

 今まで二人で会話していたせいで、背後の気配に気を配っていなかった。

 だが、確かに先程まで傍にいたはずの水橋美波の姿が──忽然と、どこにもなかった。


 違和感が、胸の奥をチクリと刺す。






「ダメじゃないか。戦闘中に余所見なんて」






 ──唐突に、まるで空気を裂くように、異質な声が降ってきた。


「「────っ!?」」


 二人が同時に息を呑み、弾かれたように反応する。

 空気が変わった。

 先ほどまでの安心感が一瞬で凍りつき、背筋に冷たい刃が這う。


 突如、背後から滑り込むように差し込まれた声。

 その声は奇妙なほど落ち着いていて、それでいてどこか──不気味な響きを孕んでいた。


 振り返った瞬間、そこに立っていたのは見覚えのない男だった。


 白衣ともロングコートともつかない、異様に清潔な純白の衣服を纏い、背筋を一分の狂いなく伸ばした長身の男。


 灰色の髪は几帳面に撫でつけられたオールバック。

 顔の片側には奇妙な片眼鏡がかけられており、そのレンズ越しに見える瞳はまるで生体標本を観察するかのように冷め切っていた。


「今のキミたちの戦闘に連携……非常に参考になったよ。特に氷嶺玲奈くん、キミの才能と潜在能力は素晴らしい」


 その声には年齢不詳の響きがあった。

 落ち着いた口調。

 けれど、その底には妙な粘性のある狂気が潜んでいる。

 まるで──人間相手に話しかけているつもりがないかのような。


「残念だったなぁ……できれば、雷使いの彼も観察したかった。彼の能力にはずっと興味があったんだ。だがもう戦えそうにない、というのは残念で仕方ない」


 白衣の男は、呻き声をあげながら地面に倒れている女へと視線を落とす。

 その眼差しは、まるで実験体が予定より早く負けたことに対する失望のようだった。


「想定より実戦データが多少欠けてしまった。まあ、致命的ってほどじゃないけどさ」


 彼は誰の返答も求めず、ひとりで納得したように顎に手を添え口元を歪める。

 その仕草には知的な洗練と、背筋を凍らせる異常性が同居していた。


「何者なんですか」


 玲奈の冷たくも鋭い問いかけが広場に響く。

 隣の心音も、僅かに距離を取りながら睨みつける。


 その間にも、男の眼差しはどこまでも冷静だった。

 まるで研究所のガラス越しに、実験動物を見ているかのような。




「すまない、自己紹介がまだだったね。ワタシの名前は──ゼクス・ヴァイゼン。呼びにくければゼクスだけでも構わないよ」

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