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雷鳴のラストピース  作者: 雨車狸
第二章 『爆炎のプリンセス』
49/93

第二章15 『二つのペア』

 週末を挟んで、5月12日の月曜日。


 放課後の静けさが校舎に漂う中、翔太郎は玲奈を連れて図書室へと赴いていた。

 生徒の姿はまばらで、奥の窓際からは西陽が長く差し込んでいる。


「こっちでいいかな」


 翔太郎は高い棚の一角に足を向け、脚立を引っ張り出すと、学園史のファイルが並ぶ上段を目指してよじ登った。

 古びた背表紙に目を走らせながら、一冊を手に取ってページをめくる。


 その下──別の棚の前で座り込み、参考資料を広げていた玲奈が、困惑したような声で口を開いた。


「いきなり翔太郎が図書室行こうぜ、なんて言い出すから何かと思えば。やっぱり、また去年の事件の調査ですか?」


「そうだよ」


 翔太郎は視線を本から離さず、軽く相槌を打つ。


「入院している水橋からは、結局ほとんど何も聞けなかったし。だったら、自分で調べるしかないだろ?」


「それにしたって、アリシアさんから話を聞いた日から、ずっと海道杏子の事件ばかりを追ってる気がしますけど。……そんなに気になるんですか?」


 玲奈の声には、呆れと少しの心配が滲んでいた。

 こういう時の翔太郎のしつこさと執念深さを、身を持ってよく知っているからこそだ。


 それを聞いた翔太郎は、ファイルを閉じて脚立の上で振り返る。


「アリシアが言ってたんだ。あの事件が、推薦生が嫌われるようになった決定打になったって。だとしたら……影山の過去を知る鍵にもなると思ってさ」


 本当はそれだけではない。

 無論、推薦生としてこの学園で上手く過ごしていく為にも聖夜の魂喰いについて知っておくのは必須だが、海道杏子が夜空の革命に関わっているかもしれないのなら、この事件は組織を追う手掛かりにもなり得る。


 もちろん、玲奈には過去について話していない為、推薦生として去年の事件を知っておきたいという理由で話を通している。


 そんな玲奈は真顔で翔太郎を見上げた。


「影山くんの過去を知るって……まさか、彼とすらも仲良くなりたいって思ってるんですか?」


「思ってるよ。当たり前だろ?」


 脚立の上から振り返り、あっけらかんと笑って言う翔太郎に、玲奈は思わず絶句した。


「俺は、出来ることならこの学園で知り合った奴全員と仲良くなりたい」


「あれだけ敵意を向けられてですか? 前回の試験の時だって執拗に狙われてましたし、私だったら絶対に関わりたくないと思いますが……」


「でもアレって試験のルール範囲内だったしな。そこまで根に持つことじゃないって」


「試験じゃなくても、影山くんとはいつも一触即発じゃないですか。朝のホームルームの時も、先週の水橋さんの時だって……」


「まあ確かに、顔を合わせるたびに喧嘩になるのだけは何とかしないとって思ってるよ」


 翔太郎は軽く笑いながら、さらりと言ってのけた。


「でもどの道、喧嘩になったところで俺が勝つのは分かりきってるんだし、そこまで影山に対して苦手意識は無いんだよ」


「彼が聞いたら、本気で殺しにかかりそうな台詞ですね」


 しかし、翔太郎の口調に奢りはなかった。

 ただ淡々とした事実として語られている。

 影山と自分の力量差を見極めた上での、確信に満ちた冷静な判断だった。


 逆光が弱点である影山の異能力では、どう工夫しても、常に雷と一体となって光を放つ翔太郎との相性差は覆らない。

 いざ喧嘩になったところで、簡単に抑え込めると考えているからこその余裕だ。


「あなたが学園で、常に余裕な態度を取っていることが、彼含む一部の生徒たちにとっては気に入らないのかもしれませんね」


「これでも元から戦えてたって訳じゃないぞ? 十歳の頃の俺なんて、静電気ぐらいの電力しか操れなかったし」


「今は冗談を言うタイミングでは無いと思います」


 鳴神家の落ちこぼれだった頃、本当に静電気程度しか操れなかったのは、曲げようのない事実だ。

 しかし、普段の彼の実力を知る玲奈は冗談だと考え、真顔でため息を吐いた。


「多分、影山も本当は分かってると思う。やり場のない怒りを推薦生にぶつけてるだけって」


「やり場のない怒りですか……」


「推薦制度に対しても、学園の対応にも対しても。自分一人じゃどうしようもないことに怒って、それをぶつける相手として俺を含む推薦生たちを選んだ。……でも、そういうのって、話せば案外わかり合えることもあるだろ?」


「……ふふっ」


 玲奈はふと、くすりと笑った。

 思わず笑みがこぼれたのは、きっと翔太郎のあまりに真っ直ぐな物言いに呆れたせいだ。


「本当に、変わってますよ。翔太郎って」


「変わってるか? 普通だと思うけどな」


 翔太郎は脚立を下りながら言う。


「俺は影山に特に敵意があるわけじゃない。だからもし、向こうが歩み寄ってくれるなら──仲良くなれた方が、お互いにとっていいと思わない?」


 玲奈は一瞬考えてから、小さく頷いた。


「……もし影山くんが今後仲良くしてくれるようになったら、その時はあなたの執念勝ちですね」


「まぁな。誰かさんの時だって、そうだったしな」


 翔太郎がにやりと笑って玲奈を見た。

 玲奈は目をそらし、わずかに頬を染める。


 玲奈だって影山についてどうこう言える立場ではないのは自覚していた。

 翔太郎に助けられる前の自分こそ、常に周りに対して、何も期待せずに冷たい態度を取り続けていたのだから。


「あなたのそういう前向きなところは、私も見習わないといけませんね」


 彼のそんな姿勢が──今の自分には、少しだけ眩しかった。




 ♢




 翔太郎と玲奈が図書室に腰を据えてから、すでに一時間近くが経過していた。


 重ねた書籍や報告書の山は徐々に高くなっていき、二人は黙々とページをめくり続けていた。


 かつての学園内で起きた“聖夜の魂喰い”に関する記録は限られていたが、それでも断片的な情報は少しずつ浮かび上がってくる。


「ここまで調べて分かったのは、事件の被害者たちの共通点として、魂を抜かれた瞬間の記憶を一様に失っているという事ですね」


「うん。やっぱり全ての被害者が、水橋と一緒で自分が襲われた時のことは何も覚えてない。これだと、水橋以外の被害者からの聞き取り調査も無理そうだな」


 報告書には、「意識を失った瞬間から目覚めるまでの記憶が完全に空白」「深い眠りから覚めたような感覚」「名前も顔も分からない誰かに襲われた気がする」といった曖昧な証言が並んでいた。

 だが、その曖昧さこそが、当時の混乱と恐怖の大きさを物語っていた。


「そして海道杏子は事件を起こしている際、黒いフードを被っていたとの事ですね」


「……黒いフードか」


「先月に翔太郎が第二海浜公園で助けてくれた時もそうでしたが、やはり害意のある能力者は顔を隠したいものなんでしょうか?」


 数少ない証言の中には、黒いフードを被る海道に関する記述が繰り返し登場していた。


 顔を隠し、表情も感情も分からぬその人物は、クリスマスパーティーのどさくさに紛れ、生徒たちの魂を喰らっていたという。

 正体は一切不明──事件が終息するその時まで、黒いフードの犯人はただの得体の知れない加害者として語られていた。


 だが、その正体が暴かれたのは、唯一反撃に出た生徒がいたからだった。


 ──影山龍樹。


 彼は当時、学園に残っていた一年生の一人として事件に巻き込まれ、水橋美波が黒いフードの犯人に襲われている現場に遭遇。

 彼が犯人のフードを力づくで破り捨て、中から現れた素顔によって、犯人の正体が海道杏子であることが明らかになった──と、記録にはある。


「今考えれば、影山がいなかったら犯人が誰か分からないままだったかもな」


「もしかしたら、今でも海道杏子が、何食わぬ顔でこの学園に在籍していたかもしれませんね」


 フードが破られ、隠していた顔が露わになった瞬間、その場にいた生徒たちは、誰もが声を失ったと、その記述は結んでいた。


 それが、彼女が元々零凰学園の生徒であったという真実を知った最初の瞬間だった。

 翔太郎はその一文を指先でなぞりながら、わずかに眉をひそめた。

 今なお謎に包まれた夜空の革命との関係。

 そして影山の怒りの源が、少しずつ輪郭を持ちはじめていた。


 傍らでは玲奈が、手元の資料に視線を落としたまま、静かに唇を引き結んでいた。

 彼女の表情もまた、読み進めた記録の重さを受け止めているようだった。


 ──その時、不意に翔太郎の隣の本棚がガタリと揺れた。


「あ」


 思わず彼女と目が合って、声が漏れた。


「……鳴神翔太郎?」


 本を一冊棚に戻そうとしていたのか、不思議そうな顔でこちらを見ていたのはアリシアだった。

 その腕には何冊もの西洋小説が抱えられており、本の整理か読了後の返却か──そんな静かな気配が漂っていた。


「あれ、鳴神くんと氷嶺さんだ。こんにちは〜」


 軽やかな声と共に、アリシアの背後から姿を見せたのは白椿心音だった。

 彼女はいつもの調子でにこにこと笑っているが、目が合った玲奈の方に視線が流れると、少しだけ表情に戸惑いが浮かんだ。


「白椿さん、こんにちは。……なんだか、凄くお久しぶりですね」


 玲奈は一瞬だけ言葉を選ぶようにしてから、きちんと礼を込めて挨拶を返す。

 その声は以前よりも柔らかく、昼休みに見せていた冷たい態度からは明らかな変化があった。


「あはは、そんなことないでしょ。久しぶりって言っても、まだ一週間ちょっとくらいじゃない?」


 心音は一歩引いた距離感を保ちながらも、明るく返す。その笑顔の奥には、玲奈の様子を慎重に伺う気配があった。


「確かにそうですね。最後に顔を見たのは、パートナー試験の時でした」


「うんうん。あの時は二人にちゃんと負けちゃったなぁ。特に最後のゴール前で待ってた氷嶺さん、めっちゃ凄かったよね。氷の怪物みたいなのいっぱい作ってさ」


「……ありがとうございます。翔太郎が出し抜かれたと分かった時、正直、本気で焦りました」


 玲奈の口調にはまだ少し堅さが残っていたが、それでも敵意や警戒心はもうなかった。

 それを感じ取った心音は、少し安堵したように肩の力を抜く。


「いや〜、あれはもうちょっと上手くやれると思ったんだけどな。ちょっと焦って植物暴走させちゃってさ。アリシアにも後で怒られたんだよね、妨害が甘いって」


「……そうなんですか? いえ、直で見た限りでは十分過ぎるほどでした。正直、翔太郎じゃなければ、2年生の誰でも突破は不可能だったと思います」


「褒めてくれてるように見せて、実は鳴神くん贔屓だ!?」


「そんなことありません」


「でもありがとね。氷嶺さんって、そういうとこ真面目だよね。案外、相手のことをちゃんと見てくれてる感じがする」


 玲奈は少しだけ目を見開いた。

 以前なら、こういうやり取りにはどう返していいか分からず無言になっていたかもしれない。

 でも今は──自然と言葉が出てきた。


「白椿さんの異能力は、使い方によっては2年生の中でも最も万能です。即興であそこまでの動きをしたとなると、私には到底真似できません」


「そんなことないでしょ。氷嶺さんだって、鳴神くんへのアシスト凄かったんでしょ? 影山くん、アスレチック終わった後も凄い愚痴ってたもん」


「そうでしょうか。私はただ……翔太郎を勝たせられるように、役割をこなしていただけです」


「そっか……うん。でも、なんかちょっと嬉しいな。色々考えてくれてたんだなって思えて」


 心音が、ぽつりと呟くようにそう言った。

 その声には、どこか安堵と喜びが入り混じっていた。

 玲奈は少しだけ視線をそらすと、そっと返す。


「……前は、少し、距離を取りすぎてしまっていたかもしれません。白椿さんに対して、凄く失礼な態度だったと思います。ごめんなさい」


「ううん、そんなの気にしてないよ。今まで関わりなかったのに、私もちょっと馴れ馴れしかったかもって反省してたし。……だから、こうやって話せて良かった」


「私も、そう思います」


 心音は以前の昼休みの時の気まずさを振り払うように笑い、会話を明るい方向へと運ぼうとする。


 自然と二人の口元に笑みが浮かぶ。

 試験のことを語り合ううちに、かつてのわだかまりが少しずつ溶けていくような、そんな空気が漂っていた。


「にしても、二人が図書室って珍しいよね。何してるの?」


 心音がふと尋ねる。

 そして、話題は自然と翔太郎と玲奈の行動へと移っていく。


「いや、ちょっと調べたいことがあってな」


 翔太郎が手に持ったままの資料ファイルを示しながら答える。


 その瞬間──心音がふと覗き込んだ視線の先で、表情がピタリと固まった。

 先ほどまで柔らかい笑みを浮かべていたその顔が、一転して緊張の色を帯びる。


「……ねぇ、アリシア」


「私が彼に教えた」


 アリシアは淡々と答える。

 だが、その横顔を見ていた心音は、すぐに深いため息をついた。


「はぁ……やっぱりそうだったかぁ」


「え? 知っちゃいけないことだったか?」


 翔太郎が少し身を乗り出しながら問いかけると、心音は軽く首を振った。


「ううん、違う。知らないままでいいとは思ってないし……むしろ、推薦生の鳴神くんだからこそ、ちゃんと知って欲しいって気持ちもある。でもさ……」


 心音は言い淀んで、視線を少し泳がせる。


「この事件を知って、もし鳴神くんが“一般生は陰湿だ”とか“推薦生は理不尽な扱いを受けてる”とかって、そういう風に思い込んじゃったら嫌だなって、ちょっと心配だっただけ」


「別に気にしてないよ」


 翔太郎はきっぱりとした声で返す。


「推薦生への風当たりが強くなった原因がこの事件にあるのも分かったし、今の状況が簡単に変わるとは思ってない。でも、だからって敵意を持つつもりもない。俺は海道杏子じゃないし、推薦とか関係なく、これからも普通に学園生活送るだけだよ」


「……そっか。うん、それなら、良かった」


 心音はほっとしたように微笑んだが──


「もしかして、この前の放課後で、私と二人きりの時にした話のことを気にしてるの?」


 唐突に口を挟んできたのはアリシアだった。

 その言葉に、翔太郎は一瞬たじろぐ。


 アリシアの言っている話が何を指すかは、すぐに察しがついた。

 ──海道杏子は夜空の革命と繋がっているかもしれない。

 それはアリシアがまだ仮説として語っただけの内容で、メッセージで全て伝えた剣崎以外には当然ながら誰にも話していない。


 玲奈と心音が隣にいる以上、迂闊に続きを話すわけにもいかず、翔太郎は頭を掻きながら曖昧に笑ってごまかした。


 だが──


「……二人きりの時にした話って、何ですか?」


「アリシア? いつの間に鳴神くんとそんなに仲良くなってたの?」


「えっ」


 玲奈と心音の声が、ほぼ同時に飛び出した。

 あまりにタイミングが良すぎて、アリシアは思わず間の抜けた声を漏らす。


 一瞬で空気が変わる。


 玲奈の目が細くなり、視線がぴたりとアリシアにロックオンされる。

 その静かな視線は、まるで研ぎ澄まされた氷のナイフのように鋭かった。


 対して心音は、口元にいたずらっぽい笑みを浮かべ、目をキラキラと輝かせて肩を揺らしていた。


「あれれ〜? 二人きりって、どういう経緯で? どういう流れで? え、鳴神くんと? アリシアが?」


「説明してください。アリシアさん」


 ──まるで尋問である。


「……え、えっと」


 アリシアは「しまった」と言いたげに、眉をひそめたまま翔太郎に視線を向けてくる。

 ──助け舟を求めてるつもりかもしれないが、これに関しては他人事とも言えない。


 翔太郎は思う。


(……こいつ、澄ました顔してるけど、案外バカなのか?)


 意外に彼女は何も考えずに喋っているのかもしれない。

 自分が推薦生であるということも、ぽろっと口にしていたし、隠し事が向いてなさすぎる。


「何か変なこと言った……?」


「変っていうか、めっっちゃ気になるよね?」


 心音はニコニコと笑ったまま、ずいっとアリシアとの距離を縮める。


「アリシアが私以外の誰かと、しかも男子と放課後に二人きりなんて、ほんっとにレアだもん。今までそんな事無かったでしょ?」


「……声をかけて来たのは鳴神翔太郎からだし。元々、推薦生で十傑の私に自分から声をかけてくる人なんていない」


 推薦生という蔑まれる立場でありながら、同時に十傑第九席という学園側に認められた実力者の両方の側面を持つアリシアは、一般生徒からすれば、これ以上ないぐらいの目の上のたんこぶである。

 さらに、常日頃からアリシアが仲良くしているのは白椿心音ただ一人だけである。


 故に、彼女に自分から声を掛ける者は、学園の空気やアリシアの素性を大して何も知らない翔太郎ぐらいしか居なかった。


「アリシアが男子と放課後に二人きりって、結構レアじゃない? もしかしてあの日かな? 私が先生に呼び出されて、アリシアが例の自販機で待ってた日?」


「……そうだけど」


「鳴神くんと一緒だったら言ってくれてもよかったのに」


「別に言う必要性を感じなかっただけ。話してた内容だって、去年の事件に関することだし」


 ただでさえ人との関わりが薄い親友が、異性の知り合いと交友を深めていたのだ。

 心音からすれば、絶好のいじりポイントである。


 だが、真に恐ろしいのはその隣だった。

 玲奈の質問はまだ終わっていない。


「……本当に事件の話だけだったんですか?」


 玲奈が、少しだけ声を潜める。

 その声音は穏やかで、言葉も丁寧なのに明確に相手を刺してくる響きがあった。


 翔太郎はそこで気付いた。

 玲奈はてっきり二人が事件について話してたと思っていたのだが、思った以上にアリシアが狼狽した反応に違和感を覚えた。


 ──まさか、それ以外にも何か内緒の話があるんじゃ?と。


(……さすが玲奈だな。なかなか目ざとい)


 大体、正解である。

 ただし、翔太郎とアリシアの二人の内緒話の認識と、玲奈の思っている内緒話の認識はかなり違っているのだが。


 玲奈の冷たい視線がじっとアリシアを見据える。


「私も少し気になってたんです。この間の放課後に、翔太郎があなたと話したことがあるのは知っていましたが……二人きりで、とは初耳です」


「ホントホント。どこからが大した話じゃないラインなのか。私、アリシア基準を知っておきたいんだよね〜」


 心音が満面の笑みでとどめを刺す。


 アリシアは両者の視線を受けながら、明らかに無言のプレッシャーに押されていた。

 けれど、表情を崩さず苦し紛れのように呟く。


「単に、彼と少しだけ話したってだけ。本当に大した話じゃない」


「ふーん? でもアリシア、私と二人きりの時にした話って、わざわざ前置きしてたよね?」


「確かに。あえて強調するってことは、少なくとも覚えてる程度には印象に残ってたってことですか?」


「そ、そこまで深い意味は……」


 完全にアリシアが追い詰められている。

 いつも何考えているか分からない彼女が、ここまで気圧されるのは初めて見た気がする。


 さすが十傑の女子二人。

 相手が同じ十傑でも、場の空気の持っていき方が何というか絶妙だ。


 翔太郎は思わず肩をすくめた瞬間だった。

 玲奈と心音の視線が、ふいにこちらへと向けられる。


 ──来た。

 次の標的が、明らかに決まった。


「翔太郎」


「はい」


 玲奈から尋問のような響きで、名前を呼ばれたと同時に体が僅かに震えた。


「少しだけ、私にも教えてもらえますか? あの日、彼女と何を話したんです?」


「事件の話ってことにしてるけど、本当はもっとプライベートな話だったりして? ほら、鳴神くんも男の子だし、もしかしたら──アリシアの好きなタイプとか?」


「ちょ、ちょっと待てって! 話が飛躍して──」


 完全に流れが不穏だ。


 玲奈の目は静かに細められ、質問というより確認を重ねるように、じりじりと翔太郎の反応を見てくる。

 心音は楽しそうに口角を上げながら、両手を背後で組んでステップを踏むように近づいてくる。


 ──夜空の革命のことなんて話せるわけがない。

 どう誤魔化すかと頭を回転させた、その時だった。


《校内放送、校内放送》


 機械音のチャイムと共に、校内放送が鳴り響いた。


《2年A組氷嶺玲奈さん、2年B組白椿心音さん。岩井先生がお呼びです。至急、職員室まで来てください。繰り返します──》


 校内放送に、その場にいた四人全員が同時にぴたりと動きを止めた。

 続いて、玲奈と心音の表情が一瞬で真顔に変わる。


「岩井が二人を呼び出しって……」


「なんだろう? 夜月先生ならともかく、岩井先生? なんか呼び出されるような真似したかな。氷嶺さんは?」


「私も全く心当たりがありません。担任とはいえ、岩井先生とは関わりそのものが薄いですし」


「ホームルームが終わって1時間以上経つのに、二人が帰ってないって分かって呼び出してる?」


 そんなアリシアの一言に、二人は少々不審に思いつつも、すぐに気持ちを切り替えたように背筋を伸ばす。


「行きましょう、白椿さん。何の用件かは分かりませんが、この組み合わせという事は十傑に関係のある何かでしょうから」


「十傑絡みの話だと、アリシアも呼ばれてないとおかしいと思うけど……。まぁいいか。それじゃ私たち行ってくるね〜」


 ひらひらと手を振りながら、心音は踵を返す。

 玲奈はその背中に続きかけて──ふと振り返った。


「……今の話は、後で伺いますね。翔太郎」


 その言葉には笑みも棘もなく、ただ当然のことを言ったまでといった静かな圧力がこもっていた。


「わ、分かった……」


 頷くしかなかった。

 玲奈と心音が教室を出て行くのを見送った翔太郎は、ようやく体から力が抜けたように息を吐き出した。


「ふぅ〜……なんか知らないけど、助かった」


「あのタイミングで校内放送が入ってなかったら、追及は避けられなかった」


 校内放送が切れてからも、翔太郎はしばらく呆然と天井を見つめていた。

 何事もなかったかのような顔をしていた玲奈と心音が、実は尋問官顔負けの圧力を持っているとは思わなかった。


「アリシアさ、迂闊すぎるんだよ。夜空の革命の話をあの二人に言えるわけないだろ。ちょっと圧かけられたくらいで、動揺してたの二人にバレバレだったぞ」


「反論はしない。だけど、まさか氷嶺玲奈が二人きりって言葉にあそこまで食いつくとは思わなかった」


「玲奈、目が据わってたぞ。アレでまだ気になりますって敬語で来るの怖すぎる」


「あの表情は、ある意味ホラー……」


 二人して同時にため息をつく。


「まあでも、本当のことを言うわけにもいかないし、どう誤魔化すか考えないと……」


 翔太郎がそう呟いた瞬間、アリシアがわずかに顔をしかめた。


「そういう問題じゃないと思う」


「ん?」


「彼女が気にしてるのは、話の中身じゃなくて、貴方が自分に何か隠し事をしていること。話してくれないっていう、その事実が問題」


「……隠し事されてるのが気に入らないってことか? だとしてもだろ。玲奈を巻き込む訳にもいかない」


「貴方がそう思っていても、彼女がどう思っているかは彼女自身にしか分からない。そうでしょ?」


 アリシアはふんと鼻を鳴らすと、視線を逸らしながらも鋭く言い放つ。


「それでも、私たちが奴らを追ってることは、他の生徒には口が裂けても言えない。だから、氷嶺玲奈の追及は全部あなたが受け流して」


「受け流してって……簡単に言うけど、玲奈って結構鋭いんだぞ? さっきの見ただろ?」


「だったら上手く機嫌でも取ったり、他の話題を振ったりして気を逸らせばいい。そうやって普段から彼女の手綱を握っておけば済む話」


「手綱って……玲奈は別に俺のペットじゃないぞ」


「ペットって言い方、なんか変態っぽくて気持ち悪い」


「なんでだよ」


 手綱を握れとか言い出したのはそっちのくせに。

 思わず頭を抱えながら、翔太郎は椅子に背を預けて天井を仰ぐ。

 そのまま視線を天井に向けたまま、ぽつりと呟く。


「続きは後で、か……」

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