第二章10 『パートナー試験(決着)』
「アリシア……テメェ、何の真似だ!」
烈火のような怒号が闘技場に響き渡る。
勝負の只中に割って入られた影山が、怒気を隠そうともせず、金髪の少女を睨みつける。
だが──当のアリシアは、まるで耳にすら届いていないかのように無反応だった。
その紅い瞳は、ただひたすらに翔太郎を見つめていた。
「一人なの?」
静かに、けれど真っ直ぐに、彼女は問いかける。
その声音には怒りも苛立ちもなく、淡々と、感情を排した響きがあった。
「え?」
翔太郎が一瞬、目を丸くする。
「パートナーと一緒じゃないのかって、聞いてるの」
単調な口調。変わらぬ表情。
けれど、そこには何か底知れない威圧があった。
まるで、軽く放たれた言葉の奥に本音とは異なる意図があるかのような、妙な重たさ。
翔太郎は一瞬、無意識に答えそうになっていた。
──玲奈は、この先に……と。
だが、すぐに喉の奥で言葉を押し殺す。
目の前の少女が、十傑第九席のアリシア・オールバーナーであることを思い出した瞬間、脳裏に警告が鳴った。
(この状況はマズいな。ちょっと影山を相手に時間かけ過ぎたか……)
──彼女は、自分たちのライバルのペア。
迂闊に玲奈の位置を晒すわけにはいかない。
「雷閃!」
「っ!? ──鳴神、テメェ!」
翔太郎はすぐに視線を切ると、影山の怒号も無視して背を向け、闘技場の外縁に向かって走り出す。
影山との戦いは──他のペアが来るまでの間だけだ。この場に別のライバルが現れた今、それを続ける理由もない。
だが、その背中に──アリシアの紅の瞳が刺さるように向けられていた。
獣が、次の獲物を見定めるように。
「──心音」
アリシアが静かに名を呼んだ瞬間、翔太郎の足元から蔓が一斉に伸び上がり、彼の身体を容赦なく絡め取った。
「なっ!?」
走る勢いのまま地面に叩きつけられ、翔太郎は思わず呻きながら顔を上げる。
石畳の地面に全身を打ち付けられつつ、背後のアリシア達に視線を向ける。
「──ごめんね、鳴神くん」
その視線の先、アリシアの背後から現れたのは──零凰学園十傑・第七席の白椿心音。
銀色のボブカットが陽光に揺れ、翡翠色の大きな瞳が優しげに細められていた。
可憐で整った顔立ちに、ふんわりと微笑む口元。
そして、少女らしい柔らかな印象とは裏腹に、ジャージ越しでも明らかなグラマラスな胸元が目を引く。
その無垢な微笑みが、今はただ恐ろしかった。
「本当にごめんね、鳴神くん。これも試験だからさ。ちょっとだけ、ここで止まってて?」
柔らかい声色にも敵意は感じられない。
けれど、その無害さが逆に不気味だった。
何よりも、アリシアと共にいるというただそれだけで、彼女の存在が普段の何倍にも危険に見える。
微笑んだまま、心音はゆっくりと翔太郎に歩み寄る。
可愛い顔をして、容赦のない実力者──その本性が、静かに牙を剥き始めていた。
「──どけよ、雑魚共が」
怒声と共に、影山の影の剣が凄まじい速さで横一線に走った。
地を裂く勢いで放たれたその斬撃は、アリシアと心音を同時に薙ごうとする。
「その推薦生は俺の獲物だ。後からやってきた分際でしゃしゃってんじゃねえぞ!」
怒気をはらんだ声が闘技場に響く。
疾風のような速度で距離を詰めた影山は、連撃を叩き込む勢いで迫る。
その執念は、まさに獣のようだった。
「──っ!」
しかし、次の瞬間。
心音が片足を踏み鳴らすと、地面がうねり、大地を突き破るように巨大な大木が咲き立った。
幹は太く、鋼鉄の盾のように影山の影撃をすんでのところで受け止める。
「やりすぎだよ、影山くん」
いつも穏やかな口調とは裏腹に、心音の声にはわずかな怒気が混じっていた。
翡翠色の瞳がわずかに揺れ、その奥にある怒りが滲む。
「──私のクラスメイトの何人かも、確か君にやられてるんだよね。いくら妨害アリのルールとはいえ、流石にちょっと見過ごせないかな」
「チッ……!」
「もしかして鳴神くんとやり合った後だから、結構消耗してるのかな? いつもより全然、力もキレも無いし」
影山が忌々しげに舌打ちしたその直後。
「さっきの戦いで、良い事を聞いた」
アリシアが一歩前に出る。
その小柄な身体に、眩い紅蓮の炎が収束していく。
「あなたの能力の弱点は逆光。ということは彼の雷だけじゃなく、私の炎とも相性が悪いって事になる」
次の瞬間、アリシアの掌から放たれたのは、爆風を伴う超高温の火炎放射。
炎の奔流が影山を飲み込まんと迫る。
「ドチビが舐めてんじゃねぇぞ!」
影山が咆哮と共に地を蹴る。
その瞬間、地面から無数の影が触手のように立ち上がり、アリシアの火炎を受け止めた。
漆黒の障壁はまるで意思を持つかのように揺らめき、灼熱の奔流に焼かれながらも、なお崩れず立ち塞がる。
十傑同士が異能力を激突させる、まさに極限の攻防。
一方、翔太郎は地面に絡みついた蔓に必死に抗っていた。
「くそっ、なんだこの蔓……全然切れない!」
紫電を何度も撃ち込むが、心音の異能による蔓は常識外れの強度を誇り、雷でも焼き切れない。
脚にまとわりつく蔦は痺れを生じさせ、身動きすらままならない。
(影山との勝負にこだわらず、あのまま玲奈とゴールしていればよかったか……!)
そう思いながらも、翔太郎は拳を止めなかった。
影山が推薦生に敵意を抱いている以上、放置すれば遺恨は残る。だからこそ、玲奈を先に行かせ、自分が影山を食い止めると決めた。
だが、予想以上の影山の粘りに、アリシアと心音という優勝候補のペアに追い付かれ、状況は最悪へと傾いていく。
(……ここで止まってる場合じゃない!)
焦燥と共に、雷がさらに強く指先に集束していく。
翔太郎はなおも全力で、足を縛る蔓を引きちぎらんと拳を振り上げた。
「──紫電!」
雷鳴と共に拳を叩きつける。
瞬間、紫電が爆ぜ、蔓が灼かれて千切れ飛んだ。翔太郎の足がついに解放される。
「よし……!」
だが、翔太郎が身を起こしたその刹那だった。
「心音。行くよ」
アリシアがふわりと心音の身体を抱え上げる。
小柄な背に似合わぬ軽やかな動きで、まるで人形を抱えるように。
そして── 轟音と共に、アリシアの背中から紅蓮の翼が広がった。
炎が羽ばたくたび、熱波が空気を引き裂く。
背後に燃えるような衝撃波を残しながら、彼女はそのまま心音と共に宙へと跳び上がった。
「マジかよ!」
翔太郎が追おうとした瞬間、影山が更に早く叫ぶ。
「──逃がすかよ!」
声と同時に、影山の身体が地面へと溶け落ちる。
漆黒の奔流が地表を疾駆し、黒い稲妻のようにアリシアたちの飛行軌道を追い上げた。
「──疾風迅雷!」
翔太郎もまた全身に雷を纏い、稲妻と化して爆走した。黄金の閃光と漆黒の影が、火焔の軌道を追って交錯する。
アリシアの炎の翼が空を焦がす。
地表すれすれを滑空するように飛行しながら、彼女は心音を抱いたまま速度を落とさず、闘技場の外壁へと突き進んでいく。
「おい影山、マジで何やってんだよ! 簡単に逃がしやがって!」
「テメェこそ、あんなモロい蔓にいつまで苦戦してんだ!? わざわざ目の前通り過ぎてんの見過ごしてんじゃねえよ!」
「元はと言えば、こっちがお前の都合に付き合ってやったんだろ! 完全に出し抜かれてんじゃねーか! 一位取れなかったらどう責任取ってくれんだ、えぇ!?」
「知るかよクソ野郎! こっちこそ、まだ決着は着いてねえんだ。試験終わったら覚えとけよ、コラァ!」
「あのまま続けても俺の勝ちだったでしょーが!」
「抜かせ! まだ俺は奥の手持ってたんだよ!」
口では互いに罵声を飛ばしながらも、足は一切緩めない。
雷光が地を裂き、影が滑るように追従し、熾烈な追跡戦はさらに加速していく。
ギャーギャーと言い合いながら、雷と影が同じ速度で並び立ち、紅蓮の翼を追いかけるチェイスバトル熱を帯びていく。
地を抉る衝撃波、残像すらも焼き付く閃光。
炎と雷と影が交錯する、逃走と追撃の三つ巴。
闘技場全体が今、灼熱と狂気のデッドヒートで燃え上がっていた。
♢
ゴール前の巨大な扉にて氷嶺玲奈は一人佇んでいた。
巨大な扉は登録されたペア、もしくは単独でなければ開かない様子で、玲奈が一人立ち尽くしてもゴールは開かれない。
先程から頭の中に思い浮かぶのは、パートナーである鳴神翔太郎の顔ばかり。
いや、この試験中だけではない。
一緒に暮らしていることもあってか、頭の中に占める割合が彼に依存するのも、結構仕方のない生活をしていると個人的にも考えていた。
「翔太郎」
彼の名前を一言呟く。
なぜ、そうしたのか自分でもよく分からない。
翔太郎の顔が頭に浮かび、自然と心が温かくなる。普段から呼び捨てで「翔太郎」と呼んでいる自分に気づくと、不思議な感覚に包まれる。
彼に助けられたこと。
試験中に何度も頼られて、信じてくれたことが、嬉しくてたまらなかった。
友達だと、パートナーだと言ってくれた時、心のどこかでそれが本当に嬉しかったと感じる自分がいた。
こんな感情は今まで感じたことがない。
「だから、信じられるのでしょうね」
いつも彼はどんな状況でも、玲奈に対して笑いかけてくれる。
そして、自分一人では全く乗り越えることの出来なかった壁を、彼と一緒ならどんな壁も乗り越えるように思えてしまう。
だから今回も、きっと翔太郎が勝つ。
そして再び、笑いかけてくれるのだ。
信じて待ってくれてありがとうって。
「ずっと待ってますから、早く来てください」
玲奈は壁に寄りかかりながらも、目を長い廊下の先に向けた。
自分の役割はゴール前で待つこと。
もし他のペアが現れても、翔太郎はすぐに戦闘を終わらせて戻ってくるだろう。
玲奈はただ、その時が来るのを待つだけ。
でも、もし翔太郎が他のペアに出し抜かれて、ここに現れたら──その時こそ、玲奈の出番だ。
彼らを足止めして、自分は翔太郎と無事にゴールさせる。
それが自分の役目だと、自然に思っている。
だからこそ、壁に寄りかかりつつも集中は切らさない。パートナーの、翔太郎の勝利の為だけに、真っ直ぐと廊下の先を見つめて──
「……あれ?」
長い廊下の奥から、三つの光が見えてきた。
一番前方に見えるのは、紅蓮の炎を翼と化して凄まじい速度でこちらに向かう二人の少女。
そのすぐ後ろに、それを追いかける翔太郎と影と一体化し高速移動を図る影山の姿が見えた。
「はぁ……やっぱり出し抜かれてるじゃないですか」
思わず、呆れたように微笑む。
翔太郎は、時々こうやってドジを踏むところがある。けれど、そんなところも嫌いではない。
むしろ、彼の足りない部分をカバーすることが、自然と自分の役目だと感じている。
だから、あえて心配はしない。
彼が戻ってくるのを待っていればいいだけだ。
「翔太郎には、私が付いてないとダメですね」
あんな全力ダッシュは試験中見たことなかったので、新鮮でちょっと面白い。
それが不思議と嬉しくも思える。
彼が一生懸命に走っているのを見て、こんなに全力で走る翔太郎を見たのは初めてだったから、少し面白くも感じた。
試験中、彼のそんな姿は見たことがなかった。
それに、彼の一生懸命な姿を見て、ますます自分の気持ちが確かになってきたような気がする。
どんな時でも彼を支えたい──そんな思いが心に湧き上がってくる。
「兄さんは、確かこうしてましたよね」
玲奈は静かに呟くと、次の瞬間、両手を広げると同時に、指先が獣のような形に変わり始めた。
その変化を見届けた後、彼女はゆっくりとその手を背後にかざした。
「氷獣創成」
その言葉と共に、周囲の空気が一変した。
玲奈の背後からは、凍てつく冷気と共に三体の巨大な守護獣が現れた。
巨大な氷の狼、竜、そして巨人。
どれも凛々しく、目を見開くと、まるで生きているかのように動き出し、玲奈を守るように囲みを作った。
その姿は、ただの守護獣に留まらず、まさに圧倒的な力を感じさせる。
氷の精霊のような存在が、空間を支配しているかのようにその威圧感を放った。
その巨大な姿に、翔太郎を除いた全員が驚愕の表情を浮かべた。
アリシアも心音も、そして影山ですら一瞬動きを止める。
アリシアが声を漏らすと、心音も目を見開いて一瞬息を呑んだ。
影山は冷静を装いながらも、その表情にわずかな驚きが浮かぶ。
彼らが目にしたのは、ただの攻撃用の異能力を超えた、圧倒的な防御力を持つ守護獣の群れだった。
その隙を──翔太郎は決して、見逃さなかった。
「──うおおおおおおおおおっ!!」
地を蹴った瞬間、雷鳴のような叫びが響く。
それはまるで、全ての空気を裂き、時間をも震わせるような衝動の一歩だった。
玲奈の背後に現れた三体の巨大な守護獣。
そのあまりの威容に、アリシアは息を呑み、心音は思わず立ち止まった。
影山すら表情に僅かな緊張を走らせる。
だが、その僅かな一瞬。
それが、翔太郎にとっての最大の突破口だった。
雷のように疾走する翔太郎。
その身体には、緊張と焦燥、そして信頼のすべてが宿っていた。
誰よりも速く。誰よりも先に。
──玲奈の元へ、辿り着くために。
「心音っ!」
アリシアが鋭く叫ぶ。
即座に反応した心音の両手が光を放ち、次の瞬間、地面が蠢く。
「悪いけど、先には行かせないよ!」
その言葉と共に、無数の蔓が翔太郎の前に迫る。
鋭い棘を携えたそれらは、地を這い、天から降り、あらゆる角度から翔太郎を絡め取ろうとする。
だが──
「二度も同じ手を食うかよ!」
翔太郎は重力すら無視するかのように跳んだ。
低く、鋭く。
まるで地を滑るように跳躍し、その着地の瞬間──すでに雷を指先に収束させていた。
「──紫電っ!」
鋭い雷光が、翔太郎の指先から炸裂する。
迸る雷が、瞬時に周囲の植物を焼き尽くし、火花と土煙の中に、一直線の突破口が現れた。
だが背後では、さらに強大な攻撃が待ち構えていた。
「これ以上は行かせない」
アリシアが高く腕を掲げ、巨大な火球を練り上げる。その中心には赤黒い核が大きく孕んでおり、本気で止めに来ている証拠だった。
「誰に背を向けてんだよ、推薦生が!」
同時に、影山が地を踏みしめる。
その足元から漆黒の影がにじみ出し、触手のように蠢き始める。
無数の腕が地面を這い、翔太郎を捕えるべく射出された。
だが──次の瞬間、声が響く。
「お願いっ──翔太郎を、守って!」
玲奈の絶叫が空気を切り裂き、三体の守護獣が同時に動いた。
氷狼が火球へと躍りかかる。
灼熱の炎が牙の間で炸裂し、閃光と轟音が巻き起こる。
だが、白牙は吠えるように咆哮し、火の渦を吹き飛ばした。
氷竜が天空から舞い降り、その巨大な尾を一閃。
影の触手が砕けるように消滅し、地面に黒い痕跡だけを残す。
最後に氷の巨人が、その巨体を揺らしながら前へ進み出る。
振り下ろされた棍棒が大地を震わせ、翔太郎へ向かうあらゆる攻撃を──粉砕した。
その防壁の隙間を、翔太郎は風のように駆け抜ける。
「玲奈!」
彼の声に、玲奈は即座に顔を上げた。
その目は恐怖でも迷いでもなく、ただ信じて待つ者のものだった。
「翔太郎!」
玲奈が両腕を広げた瞬間、翔太郎は雷の残光を纏ったまま跳び込んだ。
光と氷が交わるように、二人の身体が交錯する。
──そして。
衝撃音が響くと同時に、二人はゴールの結界を突き破った。
眩い光が炸裂し、まるでフィールド全体が拍手を送っているかのような衝撃が走る。
「──きゃっ!」
玲奈が揺らぎ、バランスを崩しかけた、その刹那。
「っと……!」
翔太郎が即座に動いた。
反射的に体勢をひねり、玲奈の身体を優しくすくい上げる。
そのまま雷の余韻を利用するように──まるで舞台のラストを飾るかのように、着地を決めた。
静寂。
その場にいた誰もが、言葉を失っていた。
静かにゆっくりと、翔太郎が玲奈を降ろす。
二人の間に、微かな息遣いだけが残った。
「……いつも無茶ばかりですね、翔太郎」
玲奈が微笑んだ。
頬にはうっすら紅が差し、でもその瞳はまっすぐ翔太郎だけを見ていた。
「悪い。ちょっと手間取って出し抜かれた。でも──玲奈が居てくれて、本当によかったよ」
「当然です。誰があなたのパートナーだと思ってるんですか?」
ふっと、翔太郎が笑う。
その笑みは、少年のように無邪気で、戦士のように誇り高かった。
「それもそうだな。──ただいま、玲奈」
「おかえりなさい。翔太郎」
──そして。
二人は、そっと手を伸ばし合う。
静かに丁寧に、確かめるように。
パァンと響き渡る、澄んだ音。
ただのハイタッチじゃない。
それは、困難を乗り越え、すべてを信じ抜いた者同士だけが交わせる、勝利と絆の証。
その背後で──三体の守護獣が、役割を終えたように、静かにゆっくりと消えていく。
何も語らず、ただその背中に満足そうな風を残して。
♢
『異能アスレチック トップ5 最終順位』
一位 鳴神翔太郎 & 氷嶺玲奈
二位 白椿心音 & アリシア・オールバーナー
三位 影山龍樹
四位 風祭涼介 & 天童リルカ
五位 朝霧舞羽 & 白河悠里
※異能アスレチック 総参加ペア数:192組
※脱落ペア数:91組
熾烈な戦いを経て、幕を下ろした“異能アスレチック”。
その最終結果が校内に張り出されると、放課後、廊下や学園のロビーのあちこちで歓声とざわめきが沸き起こった。
「やっぱ上位は十傑ばっかりか」
「妥当すぎて逆に笑うわ」
ほとんどが予想通り。
十傑、あるいは彼らと手を組んだ者が名を連ねる鉄板の顔ぶれ。だが──その中に、どうにも浮いて見える名前があった。
それは一位に記された、鳴神翔太郎という名前。
「2年の鳴神翔太郎って知ってるか?」
「聞いたことない名前だな」
生徒たちの間に、ざわつきが走る。
上位陣に並ぶ名前の中で、ただ一人知られていない存在──それが鳴神翔太郎だった。
「え、待って。氷嶺と組んでんの? 本当に?」
「マジだよ。ほら、名前並んでるし」
「うそだろ……氷嶺って誰とも組まないで有名じゃなかったか?」
口々に囁かれる疑問と驚き。
特に他学年の生徒たちは、「噂」でしか知らない存在に目を細めていた。
『パートナー試験 総合順位 トップ5』
一位 鳴神翔太郎&氷嶺玲奈 1622点
二位 白椿心音&アリシア・オールバーナー 1537点
三位 風祭涼介&天童リルカ 1350点
四位 影山龍樹 1348点
五位 朝霧舞羽&白河悠里 1204点
※総合得点で500点のボーダーラインを超えなかったペア:14組
続けて掲示されたパートナー試験の総合順位も、基本的には予想通りだった。
実力者が順当に力を発揮し、上位に名を連ねている。
──が。
その予想通りが、再び崩れる。
一位に載るのは、あの氷嶺玲奈──そして、またもやその隣には、鳴神翔太郎の名。
「は? 何でまたコイツが一位に……」
「異能アスレチックで1位取れば1000点らしいし、筆記も良ければ総合でも1位になるだろ」
「十傑の氷嶺がいるからだろ? 点数も引っ張ってもらったんじゃねぇの?」
「いやでも、氷嶺さんだったら単独で出た方がもっと得点稼げるんじゃない?」
「にしても、名前聞いたことないわね」
「マジで一体、何者なんだよこいつ……」
生徒たちの視線が、掲示板の一点に集中する。
一位に刻まれたその名を、まるで見間違いではないかと確認するように。
──鳴神翔太郎。
彼は十傑でもなければ、有名な家柄の出でもない。
注目株だったわけでもなく、これまで表立った戦績もなかった。
しかし今、確かにこの男の名前が──絶対王者のように、頂点に刻まれている。
あまりに異質。
あまりに不自然。
だが、それは紛れもなく実力で掴んだ勝利だった。
それは、偶然やお情けで届く場所ではない。
間違いなく、彼自身の実力で掴んだ一位だった。
その異物とも言える存在感が、逆に強烈に浮き彫りになる。
──この男は誰だ?
──なぜ氷嶺玲奈と組めた?
──ここまで無名の彼が、本当に一位なのか?
疑問、憶測、嫉妬、焦り。
あらゆる感情がごった返し、じわじわと広がっていく。
静かな波紋は、やがて学園全体を包み込む潮流へと変わる。
そしてこの日を境に──鳴神翔太郎という名前は、零凰学園の中で確かな存在として、誰もが意識せざるを得ない名前となった。