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雷鳴のラストピース  作者: 雨車狸
第二章 『爆炎のプリンセス』
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第二章9 『パートナー試験(後編)』

 二人の追跡戦は佳境に入っていた。


 迷宮の通路に雷光が閃き、直後、その先を翔太郎が駆け抜ける。

 玲奈を片腕に抱えながらも、足取りは一切乱れず、次々と角を曲がっては迷いなく進路を選び取っていく。


「すご……っ!」


 抱えられながらも玲奈は息を飲む。

 進行方向を読んで、分岐の先の安全を瞬時に見極めている。

 冷静にして迅速、まさに一瞬の判断が脱落になるこの状況で、翔太郎の動きはまるで地形そのものを読み解いているようだった。


 だが、その背後──影がうねった。


「逃げんなよ、鳴神ィ!!」


 叫び声と共に地を這っていたはずの黒い影が爆ぜ、蛇のように長く、鋭く伸びる。

 直線に伸びた影の刃が、後方から翔太郎に迫る。

 振り返る暇はない。


「玲奈!」


「はいっ!」


 玲奈が即座に反応し、腕を前に突き出す。

 空気中の水分が瞬時に凍り、壁一面を覆う冷気の幕を形成する。


 氷の煙幕。

 視界を塞ぐだけでなく、空気の流れすら鈍らせる、玲奈の応用技だった。


「それはさっき見たんだよ! 使い回しの小細工で俺をどうにか出来るとでも思ったか!」


 影山の声が響くと同時に、影がその幕を一閃した。

 鋭利な刃のような動きで、氷の煙幕を文字通り裂く。

 冷気が吹き飛ばされ、視界が晴れる。


 だが——そこには、もう誰もいなかった。


「……は?」


 一瞬、影山が口を引き結ぶ。

 その視線の先、遥か先の通路の突き当たり──ほんのわずかに残された雷の火花が、逃走の軌跡を残していた。


「チッ……!」


 またも空振り。

 影の刃は空を切り、標的を捉えることはできなかった。


 影山は忌々しげに舌打ちし、そのまま己の影へと沈み込む。

 全身を黒に溶かし、迷宮の通路を漆黒の奔流として滑るように疾走する。

 影に潜ったままでも感覚は研ぎ澄まされており、通路に残るわずかな足跡や、空気の揺らぎまでもを頼りに、前方の翔太郎と玲奈の姿を追う。


 これで七度目のすり抜けだ。

 決定機をことごとく凌がれるなど、想定外だった。


 ──ただの推薦生なら、一度で仕留められるはずだ。


 推薦生の大半は、口だけは達者で、実力は並以下。

 学園関係者のコネで入り込み、特別扱いを当然のように受けながら、出来ることは一般生と大差ない。


 だが──鳴神翔太郎は違った。

 彼一人ならば、スピードで並走出来ている以上、厄介とはいえ確実に仕留められる自信がある。

 問題は、あの女──氷嶺玲奈の存在だ。


「っ、足止め……またかよ」


 冷気による攪乱、氷の防壁、足場の生成。

 ここまでの攻防で明らかになった。

 防御と補助の全てを彼女が担い、翔太郎に逃走を専念させている。

 零凰学園の十傑の一角にして、席次第十位。

 自分よりも下位とはいえ、あれだけの連携を可能にする異能力者は他にいない。


 下手をすれば、白椿心音、風祭涼介、アリシア・オールバーナー……他の十傑も、仮に推薦生を庇うような真似をすれば、順に潰すしかなくなる。

 これ以上、面倒を増やす前にさっさと片付けてしまった方が良いだろう。


「どうした鳴神ぃ!」


 影山の叫びが、通路を震わせるように響いた。


「推薦生ってのは、女に守られて逃げ回るだけが取り柄か!?」


 その言葉に、前方を疾走していた翔太郎がふと肩越しに振り向き、無表情に言い放った。


「ならさっさと捕まえてみろよ。お前が鈍間なのが悪いんだろ」


「あんな啖呵切っておいて、俺を脱落させるんじゃなかったのかよォ!!」


「脱落させても良いんだけど、他のペアに先にゴールされる訳にはいかないからな。この試験って、組み手じゃなくてレースだし」


 言いながら、翔太郎は左へと一気に曲がる。

 その動きにぴたりと合わせて玲奈が次の足場を凍結し、連携は完璧だった。


「女に悉くを庇って貰ってる分際で随分と偉そうだな! いいから逃げずに戦えよコラァ!」


「逃げてるんじゃねぇよ、影山。こっちはな、勝ち筋を選んでるだけだ。お前の都合で時間潰してる訳にもいかないしな」


 その言葉が、影山の胸に鋭く刺さる。


「……だったら、さっさと見せてみろよ。その勝ち筋ってやつを!」


 怒声が木霊する中、黒い影が再び地を這い、鳴神翔太郎の背を追い詰めていく。


 逃走でも、戦闘でもない。

 これはもう、明確な「闘争」だ。

 技術と異能力と、信念のぶつかり合い。


 その先にあるのは脱落か、突破か——。


「翔太郎、ここまで来ればもう大丈夫です。モニターで見た限り、まだ誰もゴールしてないそうです」


「了解、ここまでよく影山を足止めでくれたな。助かったよ」


 三人が追跡戦を繰り広げながら辿り着いたのは、迷宮の最上階——円形の天井が高く広がる、まるで闘技場のような空間だった。


「あとは一人で行けるな?」


「はい。ここまで運んでいただき、ありがとうございました。……翔太郎が勝つって信じてますから」


「うん。任せときな」


 翔太郎の背から降りた玲奈は軽く頷き、床を瞬時に凍らせて、アイススケートのように滑り出す。彼女の滑走音が遠ざかっていくのを見届けたあと、翔太郎はゆっくりと背後に視線を向けた。


「……さて、長らく無視して悪かったな。影山」


「何の真似だ、テメェ」


 地面からぬるりと現れた影山が、鋭い視線で翔太郎を睨む。


「お前、俺に攻撃を当てることに夢中で気づいてなかったかもしれないけど──この先がゴールなんだよ」


「──ッ!」


 翔太郎は通路脇のモニターを一瞥する。


「見ろよ、まだ誰もゴールしてない。あのアリシアと心音ですら、まだだ。今回のアスレチック、相当えげつないらしいな」


「テメェ……最初からこれを狙ってたのか」


「ああ。まだ一組もゴールしてないみたいで良かったよ。お前とあの廊下でやり合ってる間に誰かにゴールされるのが一番困るからな」


 影山の表情がぴくりと動く。

 翔太郎は、さらに言葉を重ねる。


「この闘技場ルートは全ペアが必ず通る。つまり、ここでお前を引きつけておけば、他のライバルに気を取られることもない。仮にお前とやり合っている間に誰か来たら即座に離脱して、玲奈と一緒にゴールすれば良いしな」


「……チッ」


「もし誰か来たら即撤退して、玲奈と合流してゴール。逆に誰も来なければ、ここでお前と決着をつけてやる」


「テメェ、最初から全部そのつもりだったのか」


「だから言っただろ? "ゴール目前で脱落”なんて、可哀想すぎるってな」


 翔太郎の不敵な言葉が闘技場に響いた。

 その瞬間──影山の感情が臨界点を超えた。


「どこまでも舐めやがって」


 怒気が形を持つように、漆黒の影が彼の足元から噴き上がる。

 それは生き物のように脈動しながら、全身を包み込んでいく。


 黒煙とも、液体ともつかぬ影が右腕に収束し、禍々しい刃を生む。

 左腕には、いかなる攻撃も弾き返すような重厚な影の盾。

 やがて彼の身体を覆うのは、光を一切通さない闇そのものの鎧──それは装飾一つない簡素さでありながら、見る者に本能的な恐怖を与える戦闘の意志そのものだった。


 影山がゆっくりと顔を上げる。


「──暗影の剣騎士(エクリプス・セイバー)


 名を告げた瞬間、空気が、空間そのものが歪んだ。


 闇が実体を持ち、重力のように周囲を引きずり込む。

 翔太郎を中心に、空間が夜へと塗り替えられるかのような錯覚すら覚える。

 それは単なる攻防の能力ではない。

 精神と肉体、そして影の異能力を臨界まで引き上げ、戦闘に特化した闇の顕現。


 ——影の騎士。

 否、これはもはや影そのものが戦うために選んだ器。


 翔太郎は目の前の何かを見て、口の端をわずかに上げた。


「面白いな。この学園に来て、十傑と本格的に戦うのは初めてだからさ──結構テンション上がってるぞ、影山」


「上等だよ」


 影山が影の剣を構え、地面へと叩きつけた。


 その瞬間、鈍い音と共に、漆黒の波が床一面に放射状に広がる。

 闇が走った軌跡の先、翔太郎の正面の地面が裂けるように盛り上がり──そこから現れたのは、逆向きに生えた刃。


「っぶね……!」


 翔太郎が直感で飛び退いた瞬間、影の剣先が真上に突き上がり、いた場所を容赦なく貫いた。


 質量も向きも常識も関係ない。

 影山の異能力は、彼の意志一つで影の形を変え、空間を裏返し死角すら創り出す。


「いい反応だが──その程度で避けきれるかよ!」


 第二撃。

 影山が地を蹴った瞬間、足元に影が蠢き、それと連動するように、翔太郎の背後の壁から刃が噴き出す。

 空間が、裏表すらも反転しているかのようだった。


 しかし翔太郎はすでに、足場を崩しながら横へ滑り込むように跳躍していた。


「剣ってより鞭じゃねーかよ、詐欺師が」


 翔太郎が軽く息を吐きながら、手を振る。

 その指先から、淡い電流が走る。

 次の瞬間、足元から立ち上がる微弱な雷が地面を舐め、影に干渉する。


「紫電!」


 地面を這ってきた影が翔太郎の指先から離れた電撃に触れた瞬間、明るく照らされて炸裂。

 電撃は影の経路を逆走し、影山の足元を一瞬封じた。


「なるほどな」


 何か理解したような翔太郎は間髪入れず、影山との間合いを一気に詰める。


「──雷閃!」


 稲妻を纏った拳が閃光のように放たれた。

 影山は咄嗟に影の盾で防ぐも、その一撃は彼の体を数メートル後方へと吹き飛ばした。

 闘技場の床を削りながら受け身を取る影山。

 その表情には、初めて焦りが浮かぶ。


 翔太郎は静かに一言だけ告げる。


「どうやらお前の異能力は、俺の雷とは相性最悪みたいだな」


「何が言いてぇ」


 影山が唸るように言いながら、再び影を纏おうとする。

 だがその動きに、明確な鈍さが出ていた。


「ここまで、ずっと不思議だったんだよ。玲奈の氷での足止めや、アスレチックのトラップには器用に対応してたくせに──お前が俺に直接攻撃仕掛ける時だけ、なんで“妙に遅れる"んだ?」


 翔太郎の瞳が、雷光を映して鋭く光る。


「最初はフェイントかと思った。けど、そうじゃなかった。お前──直撃させたくてもさせられないだけだったんだな」


 影山がギリ、と歯を食いしばる音が聞こえた。


「答えは逆光──だろ?」


 その一言に、影山の顔が微かに引きつる。


「光が強すぎると、お前の影はまともに形を保てなくなる。影の速度も規模も半減、攻撃には一拍のタイムラグが生じる」


 翔太郎は拳を軽く構え直し、雷の粒子が指先から弾けた。


「お前の異能力、影の強さは周囲の明度に大きく依存してる。暗がりじゃ、確かに無敵かもしれないけど……こんな開けた場所だと能力の強みが活きない」


 闘技場の天井に雷光が反射する。

 稲妻の残光が空間に軌跡を残し、影山の足元の影を薄く、淡く塗りつぶしていく。


「お前が俺たちを追いかけている間は有利だったろうさ。狭くて入り組んだ通路、遮蔽物、死角──全部お前の土俵だった」


「──っ」


「でもここは違う。開けた空間、障害物なし、逃げ場もなし。つまり──お前の能力が一番通じない舞台って訳だ」


 翔太郎が一歩、また一歩と前に進むごとに、床に落ちる影山の影が揺らぎ、痩せ細っていく。


「初めて、お前の異能力を教室で見た日から何となく察してたよ。戦闘センスの差じゃない。開けた場所だと能力の相性差で、お前は俺に勝てないってね」


「……確かにお前の言う通りかもな」


 影山が低く唸り、剣を構える。

 その刃にも、僅かに雷が走った。


 直接戦闘では、影山は凍也に遥かに劣る。

 あの氷嶺凍也は、圧倒的な氷の物量で翔太郎を押し切っていた。

 スピードでこそ翔太郎が勝っていたが──もし凍也がセカンドオリジンを最初から完全に使いこなしていたら、勝負は分からなかった。


「ここまでされたら認めるしかねぇよ。鳴神、お前は強い。他の推薦生とは比較にならない程にな」


 だが──影山には、凍也にはない異能の特性がある。


「能力の相性差もあって、普通にやればこの場では俺が負けるだろう。推薦ってクソみたいな制度を使ってなければ、お前のこともすぐに受け入れられたんだけどな」


 影山が剣を振り上げた、その瞬間だった。

 闘技場全体に異様な気配が走る。


 まず、周囲の壁からじわじわと影が染み出すように現れた。

 それらは生き物のように蠢きながら上昇し、天井の開けた空へと這い登っていく。


 やがて、黒い影は空を中心に広がり始め──まるでドームを形成するように、空間全体を丸く包み込んでいく。


 壁から天井、そして地上へと繋がっていく漆黒のカーテン。

 光はその膜に吸い込まれるように消えていき、わずかに差していた自然光さえ、一滴残らず飲まれていった。


 ──闘技場は、完全な闇に沈んだ。


「何だ──?」


 翔太郎が顔を上げた瞬間、世界は突然、漆黒に沈んだ。それはまるで、昼空が一瞬で月も星もない深夜へと裏返ったかのような暗転。


「──っ!」


 息を呑む暇もなく──背後。

 後頭部に、鈍く重たい衝撃。

 視界が揺れる。意識がぶれた。


 どこから来た?

 いつだ? どうやって──


 ──全く、見えない。


 それが全てだった。

 光が一滴残らず飲み込まれたこの闇では、動きも、気配すらも感知できない。


「驚いたか、鳴神」


 耳元。

 地の底から這い上がってきたような低い声が囁く。


「開けた場所じゃ、俺が不利──それは認めるさ。だがな」


 空気が裂ける音と共に、右横を鋭い影の斬撃が駆け抜ける。

 反射的に飛び退いた翔太郎。

 その先にも、すでに次の一閃が待っていた。


 ──影の二手。

 目視不可能。攻撃の予測すら困難。


「この空間が俺の影の領域に変わった時点で、ルールは全て俺のものだ」


 翔太郎は咄嗟に雷を纏わせ、爆ぜるように放電する。

 走った電撃が、一瞬だけ暗闇を照らす──が。


「ハズレか」


 目に映るのは、歪んだ影の濃淡だけ。

 影山の姿は、どこにも見えない。


 返答はない。

 代わりに、無数の気配が、四方八方から忍び寄る。


「自分の能力の弱点に、対策を講じていないとでも思ったか?」


 闇の中から、低く響く影山の声。


「開けた空間で劣勢と見るや、最初からこの影の結界を展開する準備を進めていた。光を封じれば、俺は影そのものと同化できる。つまり──どこにでも、そしてどこにもいない」


 それが影山の異能力・黒影穿界陣こくえいせんかいじん)

 空間そのものを影で満たし、視覚・聴覚すら封じる圧倒的な闇の領域。


 この中で彼は、影に潜り、跳ね、滑る。

 瞬間移動に近い速度で縦横無尽に戦場を駆けることができる。

 光がなければ──翔太郎はただの的だ。


「……見えないまま殴られるとか、地味にだるいな」


 それでも、翔太郎の声に怯えはなかった。

 むしろ、その声の奥に潜むのは──静かな高揚。


「でもな、そういう理不尽に勝たないと、この学園に来た意味がないよな。ここでお前と戦えて良かったよ。やっぱ十傑ってのは、こうでなくちゃな」


 雷が、指先に集束する。

 密度と熱を増した雷光が、翔太郎の拳に纏いつく。


「──紫電変換、雷狼」


 暗闇の中。

 一閃、稲妻の狼が閃いた。

 ──次の瞬間、雷鳴が影を裂く。


 雷が翔太郎の指先に集束し、次第に膨れ上がる。

 その雷光はまるで生き物のように彼の拳を包み、熱と密度を増していく。


 暗闇の中で、雷光が突如、猛き狼の姿となり、閃光と共に影山に向かって飛び込んだ。


 一瞬の雷鳴、次の瞬間──


「──なっ!?」


 影山が目を見開き、反射的に身をひねる。その反応が遅れた理由は明白だった。


 この暗闇の中で、影山の能力はほぼ無敵。

 光がない世界では、影山の動きに追従することはできない。

 翔太郎が雷を放とうと、その一瞬だけ距離を離し、放電が終わった隙に攻撃を仕掛ければ良い。

 だが、それは翔太郎が単独で紫電を放った場合の話。


「この雷狼ってのはな、とある歪んだシスコン兄貴の技を模倣したモノだ。こいつには自動追尾の力がある。敵の体温や気配を察知して、すぐさま追い詰める為の能力だ」


 翔太郎の言葉がそのまま現実となった。

 雷光の狼は、瞬時に影山の体温と気配を感知し、次の瞬間には影山の左腕を掴んでいた。


 影山は振り払おうとするが、その瞬間、雷狼が激しく牙をむき、彼の右腕に食らいつく。


 瞬時に電流が流れる。

 その感覚は、ただの痺れでは済まなかった。

 激しい痛みと共に、彼の右腕に異常なまでの負荷がかかる。

 筋肉が痺れ、思うように動かせない。


「がぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 雷狼は一瞬で噛みつき、力強く引き寄せる。

 そのまま、電流を流し続け、影山の右腕を麻痺させた。


「パクリ技で申し訳ないけど、お前が影に溶け込んでも、俺の雷狼は絶対に逃さない。どんなにお前が辺りを暗くしても、相性の悪さが変わる訳じゃないよ」


 痛みに顔を歪ませながらも、影山はなんとか右腕を引き抜こうとするが、雷狼が噛みついている限り、動くことはできない。


 影山の動きが鈍ると同時に、翔太郎の足元から放たれる稲妻が再び激しさを増し、暗闇の中を切り裂いて影山を追い詰める。


 ──見えた。


 その瞬間、翔太郎は影山がよろけた一瞬の隙を見逃さなかった。

 翔太郎の目は鋭く、完璧にタイミングを合わせて放たれた。


「──雷閃!」


 電光のような稲妻の奔流が影山の鳩尾を貫いた。


 だが、影山は決して無防備ではなかった。

 彼は、翔太郎の狙いが分かっていた。

 その隙を突かれた瞬間、全身を駆け巡る暗闇の中で、影山は一瞬にして思考を切り替える。


 激痛が鳩尾に走る直前、影山は素早く影の結界を解いた。

 その力が一瞬、彼の周囲から消え、再び彼の体に集約される。

 全身の影が鳩尾へと集中し、痛みを最小限に抑えるために防御の力を強化した。


 その直後──雷閃の一撃が、影山の防御を軽く貫いたが、最小限に抑える事には成功した。

 鳩尾を直撃しないように全力で力を集中させたため、ダメージが緩和され、意識を保つ事ができた。


 だが、全身を駆け抜ける余波に、体の力は奪われつつあった。

 それでも、影山はすぐに立ち直り、次の行動に移すために息を整える。


(──マジかよ)


 一方で翔太郎は一連のやり取りに驚愕していた。

 雷狼で確実に動きを鈍らせ、全力の雷閃を放ったはずだった。


 だが──それでも影山は全く倒れない。


(俺が隙を見逃すはずがないと分かってたから一瞬で暗闇の結界を解いて、全ての異能力を自分の鳩尾を守ることに集中させたってのかよ)


 影山の咄嗟の判断に思わず驚嘆する。

 凄まじい反応速度と対応力だ。

 相手が相性の悪い相手だと分かっているからこその防御の切り替えの速さ。感服する他ない。


「はぁ……はぁ……!」


 息を荒げながらも、影山の目は決して折れなかった。

 これほどまでに相性の差を見せつけられ、追い詰められてなお──その視線は、敵としての翔太郎を捉え続けている。


「まだだ……まだ、終わっちゃいねえ……!」


 次の瞬間、影山は全ての影の力を右腕へと凝縮させた。

 骨のように軋む音と共に、腕を這い上がる異能の奔流が形を変えていく。

 黒く濁った影は渦を巻き、ついには──見るも禍々しい、巨大な剣と化す。


 それは、呪われた影の意思を具現化したかのような武器。


「黒夜叉ぁ!」


 影山の咆哮と共に、黒き剣が唸りを上げる。

 その刃が裂くのはただの空気ではない。

 影そのものが吠え、怨念が火花を散らすかの如く、暗影の一閃が翔太郎を貫こうと迫る。


「ここまで来たら付き合ってやるよ。最後まで」


 影山の異能力は恐らく全力だ。

 出力では、凍也の絶対零度に遠く及ばないが、それでも舐めてかかると確実に痛い目に遭うという絶対的な予感がする。


 ならば、こちらも影山の本気に応えるまで。


 翔太郎は一歩踏み込み、拳を構えた。

 金色の雷が腕を伝い、全身を包む。

 鼓動と共に、雷鳴が脈動する。

 真昼の太陽すら霞ませるかのような、暴威の光。


「雷閃!」


 極限まで圧縮された雷撃が拳に宿り、稲妻は獣の如く咆哮を上げる。


 漆黒の影と黄金の雷。

 禍々しい暗影の刃と天を貫く稲妻の拳。

 この一撃で決まる。互いにそう確信していた。


 そして──両者の力が交差しようとした、その刹那。


 突然、闘技場の外縁から吹き荒れる超高熱の火炎。

 大気が震え、空間が焼け爛れた。


「「っ……!?」」


 灼熱の奔流は、まるで天地を焼き尽くすかの如く、一直線に二人を飲み込まんと迫る。


「クソッ──っ!」


「ちっ……!」


 本能が警鐘を鳴らす。

 次の瞬間、翔太郎は雷の反動で横へ跳躍し、影山は影の縫い目を通して距離を取る。


 雷と影、ぶつかり合うはずだった二人が、まるで約束されたように同時に後退する。


 火炎はそのまま、二人が交錯しようとしていた地点を一瞬で焼き尽くした。

 床は溶け、空気すら悲鳴を上げる。

 ──その威力は、もはや一級戦闘の域を超えていた。


 翔太郎と影山は、それぞれ別の位置から、火炎の発生源に視線を向ける。


「何だ、今のっ──!」


「あのバカみてぇな火力は……!」


 だが、次の瞬間だった。

 煉獄のような火炎の中から、一人の少女が悠然と歩み出る。


「……私たちより先にゴール前にいるから誰かと思えば、貴方たちだったの」


 その声は涼やかで、どこか退屈そうな響きを纏っていた。

 だが、視界に映るその姿は──まるで絵本から抜け出したおとぎの姫のようだった。


 紅玉のように鮮やかな瞳が、赤熱に揺れる空間を見据える。

 陽光を織り込んだような金髪は高く結い上げられ、ポニーテールの先がふわりと揺れている。

 頬の線は柔らかく、肌は白磁のように滑らかで、非常に可愛らしい顔立ちをしている。


 小柄な身体には汚れ一つないジャージが装い、火炎の中にあっても一点の穢れもない。

 可憐で、無垢で、しかし同時に──翔太郎や影山よりも危険な火種を孕んでいた。


 零凰学園、十傑第九席。

 アリシア・オールバーナー。

 小さくも、純然たる灼熱の権化。


 その場にいた全員が、無意識のうちに警戒を高めていた。──なぜなら、炎は彼女に祝福を与え、破壊は彼女に微笑むからだ。

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