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雷鳴のラストピース  作者: 雨車狸
第二章 『爆炎のプリンセス』
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第二章7 『パートナー試験(前編)』

 5月2日・金曜日。

 ゴールデンウィーク直前のこの日は、パートナー試験2日目。

 この日の本命とも言われる『異能アスレチック』が実施される。


 舞台となるのは、学園島の外れにある巨大な屋外グラウンド。

 普段使われる校内のグラウンドとは比べ物にならず、広さは国立競技場に匹敵する。

 人工地形、遠隔ギミック、異能センサーなど、ありとあらゆるトリックが仕込まれているこのフィールドで、ペアの連携と実戦能力が問われる。


「にしても何も無いな、本当にこんな場所でアスレチックやるのか?」


 翔太郎からの問いに、隣に立っている玲奈は相変わらず、真っ直ぐ前を見つめたまま、表情を変えずに一言答えた。


「見ていれば分かります」


「勿体ぶるのやめてよ」


「事実ですから」


 無数の生徒たちが整列している前方には、ただの何もない大地が広がっているだけ。

 起伏も障害物も見当たらないその光景に、翔太郎はつい言葉を漏らしたが、玲奈は淡々と応じるだけだった。


 きっと既にこの試験の詳細を把握しているのだろうが、それをあえて語ろうとはしない。


「そういえば、昨日の学力テストはどうだった? 個人的には結構頑張ったつもりなんだけど」


「私が最後まで勉強付き合ったんですから、ちゃんと結果が出て欲しいですね」


「うん、その節はどうも。多分だけど、全教科八割は越えてると思う」


 翔太郎がやや誇らしげに胸を張ると、玲奈は小さく頷いた。


「そのくらいなら、私の点数と合わせて平均でかなり高得点になりますね」


「で、玲奈はどれくらい取れたんだ?」


「分からない問題はありませんでした」


「マジかよ」


 サラッととんでもないことを言い放つ玲奈に、翔太郎は思わず引いた。

 学園ランキングには未だに玲奈の上に2年生が数人いるが、それでも学力において彼女が学年首席であることは間違いない。


 改めて、氷嶺玲奈が凄い生徒であると実感する。


「ごめん。学力テストだけなら、俺がいない方が点数高かったよな」


 1日目の学力テストのルールは、ペアの合計得点の平均で順位を決める試験である。

 これなら点数で劣る翔太郎とパートナーを組むよりも、玲奈が単独で参加した方が彼女本人としては圧倒的に有利だっただろう。


「いいんですか? 私と組めずに単独で参加した場合、ペナルティを受けるのは翔太郎だったんですよ?」


 玲奈はふと静かな声で切り出し、まるで相手を非難するのではなく、心から心配しているかのように優しく続けた。


「十傑以外の生徒が単独参加していたら、学力テストのペナルティはマイナス15点にもなります。たとえば、あなたが全科目で八割取っても、集計すると各教科60点台以下に落ち込むのが目に見えて分かります。上位を狙える学力があるのに、そんな無駄なペナルティを受けるなんて、本当に勿体ないと思いませんか?」


 その言葉には、玲奈の優しさと心遣いがにじみ出ていた。

 相手を責めるのではなく、翔太郎の謝罪に対して真剣に寄り添おうという姿勢が感じられる。


「確か、退学のペナルティって、赤点になった場合だっけ?」


「そうです。この学園の赤点の基準は、基本的に学年の平均点を2で割った数値です。例えば、現代文の平均点が70点なら、赤点は35点になります。つまり、ペナルティが加わってしまえば、それだけ簡単に落第の危機に直面するということなんです」


 玲奈は穏やかな口調で、しかし丁寧に数字や理論を説明する。

 翔太郎はその説明に大きく頷いた。


 確かに普段から高得点を狙っている生徒でも、たった15点の差が順位にどれほどの影響を及ぼすか、今は身に染みて感じるはずだ。


「確かに、1日目は私一人で参加したほうが順位は上がったかもしれません。ですが、それは他のペアにも共通する話です。なぜなら、本命種目は2日目だからです」


 玲奈は最後に、柔らかな笑みを浮かべながら、翔太郎に語りかける。


「むしろ、2日目はほとんど翔太郎頼りになってしまうかもしれません。翔太郎なら、他の生徒をぶっちぎって一位を取ってくれるって信じてますから」


「そこまで言われると、プレッシャーが凄いな」


 翔太郎は小さく笑った。

 冗談めかしてはいるが、玲奈の言葉には確かな信頼が込められていて、どこか照れくささを覚える。


「頼りにされるのは嬉しいけど、正直、期待が重いって」


「ふふ、プレッシャーを跳ね返すくらいの人だから、私は任せてるんです。それに、翔太郎って意外と追い詰められた時ほど本気を出すタイプですよね」


「え? 俺ってそんなにギリギリ感ある?」


「はい。兄さんとの戦闘の際にも、セカンドオリジンを使わせた上で、スマートに倒していましたし」


 玲奈は少し頬を緩めながらそう言い、翔太郎の目を見つめる。


 つい一週間前の出来事になるが、それ程までに凍也との戦いは玲奈の胸を打ったのだった。

 彼女の翔太郎を映す視線には、パートナーとしての信頼だけでなく、彼という存在への興味と好意が滲んでいた。


「それに今回の試験ってお互いに得意分野を活かすものだと思うんです。翔太郎が出来ない部分は私が補いますが、私に出来ない部分は翔太郎に補ってもらいます」


「確かにな。じゃあ2日目は俺が動いて点取って、玲奈が頭使うっていう役割分担で良いのか?」


「はい。それがパートナーというものです。互いの足りないところを補い合う。それが基本ですから」


 玲奈ははっきりとした声でそう言い切ると、少しだけ照れたように続けた。


「……だから、翔太郎がいること自体が私にとっては、とても心強いんです」


「そっか。じゃあ、俺も全力で応えるしかないな」


「ええ。今日はよろしくお願いしますね、翔太郎」


 玲奈はそっと手を差し出す。

 翔太郎はその手を見て、思わず小さく笑ってから、しっかりと握り返した。


「こちらこそ、頼りにしてるぜ相棒」


 その瞬間、二人の間に静かに結ばれる確かな絆があった。

 役割も立場も違う二人だが、だからこそ成立する最強のコンビ。

 今日の試験は、それを証明する場になる──そんな予感が、二人の胸中に確かに灯っていた。




 ♢




 会話もそこそこに、校舎裏の広大なフィールドにざわめきが広がる。

 いつの間にか集まっていた教師陣が、整然と横一列に並ぶと、マイクの音が突然フィールド中に響き渡った。


『あー、あー。マイクテスト……ん、よし』


 気怠げなトーンでマイクを通して話し始めたのは、2年A組担任の岩井大我。


『大変長らく待たせたな。今から、2日目の試験──“異能アスレチック”を実施する』


 ボサボサの髪の毛に無精髭を生やしながら、黒いジャージの上に灰緑色のロングコートという相変わらず適当な格好で、生徒たちを見渡している。


『ルールは単純。パートナー2人で協力して、目の前にあるアスレチックコースを突破し、ゴールまで辿り着け。速ければ速いほど得点が高い』


 そう言った岩井はグラウンドの端に聳え立つ電光掲示板を指差した。


『1位は1000点、2位は900点、3位は800点。4位は700点で5位が600点。そして6位が500点で、以降は順位ごとに1点ずつ減点されていく。1日目の筆記試験と合わせて総合順位を算出する』


 ザワッと生徒たちの間に緊張が走った。

 ペアが約190組。

 中でも5位より上の順位を取った場合の点数が破格過ぎる。1日目に失敗したペアにとっては、この2日目が逆転の最後のチャンスだ。


『なお、異能の使用は全面解禁。道中には罠やギミック、戦闘エリアも設置されている。お互いに助け合って突破しろ。もちろん、他のペアを妨害することも戦術として認める』


 岩井の軽い口調とは裏腹に、その内容は極めて過酷なものだった。


『分かっているとは思うが、殺し合いだけはするなよ。殺意レベルの攻撃は禁止だ。現に俺のクラスには体育の時間で我を忘れてやらかし、今は不登校になって今回の試験を欠席している。お前たちもそうはなりたくないだろう』


 岩井が指している人物は間違いなく雪村の事だろう。

 A組生徒は既に全員が周知している事実ではあるものの、他クラスの生徒で知っている生徒はあまり多くなく、今回の試験に上位を狙える雪村が参加していない事は他クラスからも驚かれていた程だ。


 生徒たちの顔には緊張と闘志、そして一部には明らかな焦燥の色が浮かんでいる。


「殺し合いはダメって言ってるけど、妨害を学園側が容認してるってことは、結構えげつないレースになりそうだな」


「はい。でも、他ペアへの過剰な干渉は審判の先生方が制裁します。制限はありますが、最低限の自己防衛能力は必要ですね」


 玲奈は淡々と答えるが、その横顔にはいつもより僅かに警戒の色が混じっていた。


 岩井がマイクを一度下ろすと、教師陣のうち数名が前に出る。


「それじゃ──準備するか」


 一言呟くと、教師たちはそれぞれの異能を発動させる。


 地面がうねり、砂煙が舞い上がる。

 突如としてコースの中央に巨大な岩壁が隆起し、跳躍用の柱が天に向かって伸びていく。


 生徒たちのどよめきが広がった。


 炎のリング、水流の滑走路、重力の歪んだゾーン、幻覚で姿を惑わす森──様々な異能が複雑に組み合わさり、異能の総合格闘場とも呼ぶべきアスレチックフィールドが、瞬く間に創り出されていく。


「うわ、すっげ……本当にこんなの高校生にやらせんのかよ。怪我人出るんじゃないか?」


 フィールドにそびえる異形のアスレチックを見上げ、翔太郎は呆れ混じりに呟く。

 火花が散るリング、重力が歪むゾーン、どこからか飛んでくる氷塊。まるでサバイバルゲームの戦場だ。


「怪我レベルで済むといいんですけどね」


 玲奈は落ち着き払った声で言いながら、警戒するように周囲を見渡した。

 ざわめきは次第に緊張と恐怖へと変わっていく。

 一部の生徒は顔を青ざめさせ、ペア同士で慌ただしく作戦を確認し合っていた。

 中には明らかに怯え、立ちすくんでしまっているペアもいる。


「一応、去年もやったんだろ? それと比べてどうなんだ?」


「動揺している周りの反応を見れば分かると思いますが、去年より明らかに規模が拡大されています。特に今年は二年次での異能力運用レベルが高い分、アスレチックも本格的に命懸けになりました」


 玲奈はさらりと恐ろしいことを口にする。

 翔太郎は「マジかよ」と思わず顔をしかめた。


「玲奈的に、2年生で手強そうなペアは?」


「大本命は、やはり白椿さんとアリシアさんのペアですね。私よりも席次上位の十傑同士のコンビで、単純な能力値だけなら間違いなく学年最強クラスです」


「まあ、分かってはいたけど確かにそうだな。第七席と第九席のコンビ……。今回の試験は2年生だけだったから良かったけど、3年生はもっと席次が上なんだよな?」


「はい。ですが、学年間での直接対決は基本的に制度上起こりません。そこは安心してください」


「なるほどな」


 翔太郎が小さく息をつくと、玲奈はさらに話を続けた。


「あと警戒すべきなのは、第六席の影山くんですね。個人能力は2年生トップクラスですが、あなたも知っている通り、単独で参加する以上、総合的な驚異度で言えば白椿さん達の方が上でしょう」


 影山龍樹──零凰学園第六席の能力者。

 翔太郎と玲奈のクラスメイトにして、学園のアウトロー的存在。そして推薦生排斥派の筆頭でもある生徒だ。

 一位から五位までを3年生が占めているらしいので、実質的に2年生の中では最もランキングの高い生徒という事になる。


「最後に第八席の風祭涼介くんですが、彼は──」


 玲奈が言葉を続けようとしたその時だった。


 パンッ、と乾いた音がグラウンド中に響き渡る。

 空気が一瞬で張り詰め、生徒たちが一斉に顔を上げる。


 玲奈も反射的に口を閉ざし、隣の翔太郎と一緒に前方に視線を向けた。


『各ペア、スタート地点に整列せよ!』


 マイク越しに担当教員の声が轟き、試験開始の合図が告げられた。

 一気に辺りが慌ただしくなり、生徒たちはアスレチック内での動きを再確認しながら、それぞれの位置へと急ぎ出す。


 玲奈は小さく息を整えると、自然な動きで翔太郎の隣に並ぶ。

 二人の間に流れる空気は、どこまでも静かで、それでいて鋭かった。


 翔太郎も心の中で小さく気合を入れた。

 そんな彼に寄り添うように、玲奈が小さな声で問いかける。


「……緊張してますか?」


「緊張っていうか……まあ、ワクワクしてるって方が正しいかな。なんだかんだ、他のクラスの生徒たちの異能力は見たこと無いしな」


 翔太郎は肩を軽く回しながら、にやりと笑った。

 隣を見ると、玲奈もまた僅かに微笑んでいる。


「狙うなら──やっぱり、一番だよな?」


 言いながら、拳を軽く突き出す。

 玲奈はきょとんとした後、すぐに不敵な笑みを浮かべ、そっとその拳に自分の拳をコツンと合わせた。


「当然です。あなたと私なら、必ず狙えます」


 その言葉に、翔太郎は満足げに笑った。

 互いに静かに視線を交わし、そして無言で頷き合う。

 もう、余計な言葉は要らなかった。


 全身の神経が研ぎ澄まされる。

 目の前には、命懸けの異能アスレチック。

 だが、この瞬間だけは不思議と、二人の心に迷いはなかった。


 スタートラインに立ち、翔太郎と玲奈は肩を並べる。

 まるで、どんな困難も二人で超えていけると信じているかのように。


『位置について──』


 担当教官の鋭い声が、周囲の空気を震わせる。


『パートナー試験2日目・異能アスレチック開始!』


 そして次の瞬間、号砲すら鳴ることなく、眩い閃光が一斉に辺りを包んだ。




 ♢




「な、なっ──うわっ!」


 反射的に目を閉じたが、身体が地面ごと持ち上げられるような感覚に襲われる。

 上下も左右も分からない。まるで重力そのものが狂ったようだった。


 そして、ドンと軽い着地の衝撃。

 翔太郎は膝をつきながら、恐る恐る目を開いた。


「何だよこれ……。ここ何処だ?」


 息を荒げ、周囲をキョロキョロと見渡す翔太郎。

 さっきまで整列していたグラウンドは跡形もない。

 代わりに広がっていたのは、巨大な迷宮じみたアトラクションだった。


 壁は不自然なまでに高く、地面はまばらに光る石畳。

 霧が立ち込める中、空気は異様なほど冷たく、背筋に嫌な汗が流れる。


「落ち着いてください、翔太郎」


 そんな中、隣にいた玲奈は、動揺する様子も見せず静かに言った。


「これは、おそらくC組担任の飛田先生の異能による転移ですね。範囲内の対象を座標ごと任意の場所に飛ばすことができるタイプです」


「……転移能力者? 先生から話には聞いてたけど、本当にそういうのいるんだな」


「飛田先生の能力は短距離限定ですが、集団移動を一瞬で行えるため、学内の大規模イベントでは重宝されているんですよ。今回も例外ではないのでしょう」


 あまりにも平然とした玲奈の態度に、翔太郎は一瞬言葉を失った。

 自分だけが取り残されたような気分にすらなる。


「マジかよ。心臓止まるかと思った……」


 翔太郎は頭を抱えてうずくまった。

 初めての強制転移は想像以上にきつかったらしい。


「まだ試験は始まったばかりですよ、翔太郎」


 玲奈はくすりと微笑みながら、そっと手を差し伸べる。


「立ってください。アスレチック内ではあなたが頼りなんですから」


 その一言で、翔太郎は顔を上げる。

 ため息を吐きながらも、玲奈の手を取って立ち上がった。


「危ない危ない。動揺していきなり出鼻くじかれるところだったわ。ごめん、ちょっとテンパった」


「私は頼りにしているので大丈夫です。翔太郎なら、すぐ慣れます」


 玲奈は力強く断言する。

 その無垢な信頼に、翔太郎は苦笑しながらも拳を握り直した。


 周囲は、異能ギミック満載の障害だらけ。

 逆さまの地面、ねじれた廊下、飛び出す火球。

 油断すれば即リタイアのアスレチックである。


 だが二人は、確かな信頼を胸に、まだ見ぬ最初の試験へと踏み出していった。

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