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雷鳴のラストピース  作者: 雨車狸
序章 『雷鳴のファーストステップ』
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序章3 『襲撃』

 火柱が徐々に大きくなると、たちまち大爆発を起こし、爆風が翔太郎たちのいる屋敷にまで届き、中庭側に面した襖が派手に吹き飛んだ。


「な……!?」


「チッ、いきなり何だってんだ!?」


 爆風は屋敷の外壁すら大きく吹き飛ばし、巨大な穴を作り上げる。炎が逆光となり、翔太郎からは顔が見えなかったが数人の人影が動いていた。

 普段から異能力者として、数々の犯罪組織と戦っているルーキーの大輝だからこそ分かる。これは事故でも何でもない。狙って行われたものだ。


 即ち──。


「和成! 走馬! 美智子! 親父! 敵襲だ!」


 まだ屋敷の中に残っているであろう他の家族に瞬時に呼び掛けた。大輝は翔太郎を無視して、人影の方に狙いを定めた。


 ゆらりと動いた人影は僅か三人。


「鳴神家に上等くれるたぁ生きて帰る気は無ぇって事だな! クソ野郎共がぁ!!」


 大輝の激昂と共に、彼の腕から青白い雷が放たれた。

 大輝は鳴神家の中でも破壊力に特化した異能力者で、総合的な戦闘力で言えば、陽奈を除いて兄弟内でトップだ。


 この雷の一撃だけで、敵の異能力者を何人も屠ってきた。父や姉にすら認められた威力だったが、彼が届かなかったのは人生において陽奈だけだ。

 故に、普通の能力者相手ならば、大輝に勝てる人間など数えるレベルだろう。


 普通の能力者相手ならば。


「鳴神大輝、鳴神家長男か。どうするかねボス、奴の異能も中々熟れているが?」


 フードの男の一人が呟いて、地面に片足を踏み込むと真っ白な陣が現れ、陣の中に入った雷の一撃は綺麗さっぱり消え去った。


「威力だけなら中々だが、この私が求めているほどの力ではないな。私たちの狙いはあくまで鳴神陽奈だ。その他の家族は全員鏖殺して構わない」


「じゃあアイツ殺していいんだね?」


「ああ。鳴神陽奈だけは殺す前に私の元へ連れて来い。いいな?」


 ボスと思わしき男が冷たい声で言い放つ。

 大輝は自分の雷が全く通用しない事に慄き、既に額や腕から冷や汗が流れ始め、荒れる呼吸を無理矢理にでも押し付けていた。


「大輝兄さん!」


「黙れ落ちこぼれ! テメェは邪魔だからとっとと消えろ! それか肉壁にでもされてぇのか!?」


 大輝に叱咤された翔太郎はその場から逃げ去った。


 一刻も早くここから離れなければ、自分が死ぬ。

 大輝という翔太郎からすれば、絶対的な強者の異能力すら全く通用しなかったのだ。そんな化け物たち相手に、微弱な電気しか扱えない翔太郎に戦う度胸は無かった。


 屋敷から逃げ、夜道を彷徨っている中、翔太郎はフードの男たちの中でもボスと呼ばれていた人物の言葉を思い出した。


「あの男たちは、陽奈を探してた」


 彼らの狙いは現当主・鳴神陽奈。

 それ以外の人間は鏖殺とまで言い切ったのだ。

 あのままでは大輝は殺されてしまうだろう。


 いや、今の翔太郎にとって大輝などどうでも良かった。

 奴らは陽奈を狙っている。戦うことは無理でも、陽奈と一緒に逃げるぐらいのことは出来るはずだ。


 それに雷が防がれたからと言って、実力だけは本物の兄弟たちが簡単に破れるとも思えなかった。


「陽奈は──」


 今、翔太郎にできることは奴らに見つかる前に陽奈を見つけ出して、彼女と共に逃げることだけだ。


「陽奈だけは、絶対死なせない」


 そう決意を固めて翔太郎は陽奈を探す事を優先した。

 陽奈は確か鳴神家の親戚、即ち分家に居る筈だ。

 分家は本家の兄弟たちほど、強大な異能力者がいる訳ではない。直ぐにでも、陽奈に状況を説明する必要がある。


 そうと決まれば、翔太郎は街灯のない村の夜道を必死に駆け抜けた。


 背後には燃え上がる炎柱と硝煙の匂いが漂い、同時に幾つもの稲妻も見える。恐らく正体不明の襲撃者たちに対して兄弟たちや電次郎が交戦しているのだろう。




 ♢




 二十分近く走り、ようやく分家の屋敷が見えてきた。

 既に本家の襲撃が謎の炎柱が上がったことにより察知されているのか、村の住民たちが何人も外に出て騒いでいた。


 人混みを避けて走ると、翔太郎は分家の入口までようやく辿り着いた。


「開けてください、鳴神翔太郎です! 本家の状況を当主に説明しに参りました!」


「おい坊主、あれは一体何なんだ!?」


「俺もよく分からないんですけど、とにかくお父様や兄さんたちが正体不明の襲撃者と交戦中です!」


 翔太郎が入口から近くにいた分家の関係者に声を掛けると、緊迫した状況が伝わったのか、すぐに家全体が騒がしくなった。


「お兄様?」


「陽奈!」


 翔太郎と分家の人間が外で騒いでいると、何事かと見にきた陽奈が現れた。

 翔太郎の姿を視界に入れると、すぐさま駆け寄ってくる。


「どうしたのですか? 今、翔太郎お兄様含めて兄弟全員がお父様によって集められていると思うのですが」


「大変だ!家によく分かんない奴らが襲撃してきたんだ! アレを見てくれ!」


「────アレは!?」


 分家の位置から見えるほど巨大な炎の柱。

 翔太郎は恐らく異能力だと踏んでおり、あの巨大な炎が原因で屋敷の外壁は粉々にされてしまったのだ。


「それで、その襲ってきてた奴らのボスみたいな男が陽奈のことを狙ってる! じきにここもヤバくなるかもしれないし、すぐに逃げないと!」


「に、逃げると言われましても……お兄様の言う襲撃者は私のことを狙っているんですか?」


「ああ。それで今、お父様たちが連中と戦ってる。大輝兄さんの異能もまったく効かなくて、とにかくヤバい奴らなんだ!」


 陽奈に捲し立てるように状況を説明するが、周りの大人たちと同様に状況が飲み込めて無い様子だった。

 突然、本家の屋敷の方角に現れた炎柱を指差して、急いで来た兄が襲撃者が自分を狙っていると説明しても混乱するのも無理はなかった。


 分家の能力者たちは既に何人か、本家の方へと加勢に向かって行った様子で、屋敷の外はバタバタと慌ただしくなった。




 ──その次の瞬間だった。




 巨大な炎柱と共に、夜空に一頭の龍が現れた。

 全身を雷で覆う巨大な龍はみるみる膨れ上がり、雄叫びを上げて暴れ回っていた。


「あれはお父様の────!」


 陽奈が思い出したかのように呟く。

 翔太郎も一度しか見たことはないが、あれは鳴神家の前当主・鳴神電次郎の最終奥義『雷龍轟臨』だ。

 龍の形をした雷を招来し、術者の意思で動かし敵を屠るという鳴神家最強の異能力で歴代当主にしか扱えない。


 奥義なだけあって、身体に負荷が掛かるため、本当に追い詰められている時にしか使わない異能力と電次郎は兄弟たちに語っていた。


 それを二十分弱の戦闘で使っているという事は──。


「お兄様! お父様たちが!」


「────っ」


 そう。危機的状況である事を嫌でも分からされる。

 とはいえ、電次郎が最終奥義を使って敗れた事など一度もなかった事も、翔太郎は鳴神家の記録で知っている。

 今回もそうであると信じたい。


 だが、現実はそう都合よく行かなかった。


 召喚された雷龍は何故か一瞬にして消え去り、それと同時に本家が先ほどの炎柱よりも凄まじい爆発を起こした。


 近くに居た野次馬の誰かが悲鳴を上げる。

 3キロ以上離れてるこの地点でも爆風が届くレベルの威力だった。あんなものを近距離で受けたら──。


「陽奈!」


「あっ!」


 翔太郎の行動はその場に居た誰よりも早かった。

 陽奈の手を取り、爆発が起きた本家とは真反対の方向へと走り出す。


「お兄様!お家が!」


「分かってる! 大輝兄さんの時もそうだった。多分、相手に雷を無効化する能力者がいる! それじゃ鳴神家は誰が相手でも勝てない!」


 先ほど、大輝が放った雷を白い陣で消し飛ばした時に咄嗟にその可能性が頭によぎった。

 翔太郎は医学だけでなく、異能力に関する書物も勉強していたり、次男の和成の研究書物を勝手に拝借したりしていたのだ。

 何処かで見た書物に似たような異能力が存在した。


 それでは、歴代最強と呼ばれる現当主の陽奈ですら危うい。異能力を抜きにすれば、陽奈はまだ九歳の幼子であることに変わりはないのだから。


「で、でもお兄様!」


「奴ら、陽奈を狙ってた。多分、本家の方は終わった後だ。今行ったところでもう間に合わない」


 陽奈も頭のどこかでは分かっていたのだろう。

 不安と焦りで歪んでいた顔から一筋の涙がこぼれ落ちる。

 一方で、翔太郎は自分でも信じられない程に冷静だった。陽奈以外の家族に虐げられていた事もあってか、彼らの安否よりも陽奈一人を逃す事を優先し、それだけしか頭に無かった。




 ♢




 二人で走り続けること三十分。

 街灯のない山道をひたすら降り続けた。

 村を囲う山を降れば、車道に出る。

 通りかかった車を見つけて逃げ出すことが出来れば──。


「翔太郎お兄様……」


「大丈夫か!」


 走ることに疲れたのか陽奈が息を切らし始めた。

 まだ陽奈は九歳という事もあって、異能力は最強でも純粋な身体能力では翔太郎以下だ。

 石につまづき、転びそうになった陽奈を翔太郎は下敷きになって抱き止めた。


「ごめんなさ────」


「ごめん、疲れてるの気付かなかくて。陽奈だけは絶対俺が守るから」


 翔太郎は陽奈を強く抱きしめた。

 陽奈の方が何倍も強いはずなのに、昔から二人の関係はこうだった。他の家族に疎まれ兄離れ出来ていない陽奈が、唯一優しく接してくれる翔太郎にはこうして甘えることも多かった。


「お兄ちゃん、私────」


 鳴神家の格式も捨てて、お兄様という距離のある呼び方を辞め、昔のように呼んできた。


 不安がって二人きりになると、いつも陽奈は翔太郎を「お兄様」ではなく「お兄ちゃん」と呼び方を変える。彼女本人は自覚していない様子だったが、翔太郎はそれが陽奈の持つ弱さの一つだと強く理解していた。


「行こう」


「私たち、どうなっちゃうのかな。村のみんな、どうしたんだろう」


「……」


「私、当主なのに。一番に戦わなきゃいけないのに」


 当主の重責。

 任命式の夜も、陽奈は翔太郎に縋りに部屋までやって来た。早く兄離れして欲しいと思う反面、彼女がプレッシャーを感じている事も誰よりも理解していた翔太郎は、その夜は散々彼女を甘やかして過ごした。


「私が狙いなら」


 緊迫した場面が来れば、いつかこうなってしまうのではないかとずっと危惧していた。


「私が最初にあそこに居れば、みんな死ぬこと無かったのかも────」


「そんなこと言うな馬鹿!」


「お兄ちゃん……」


「さっきも言ったけど、陽奈だけは絶対死なせない! 鳴神家の当主だとしても、陽奈は俺のたった一人の妹なんだ!」


 それに奴らは他の人間は鏖殺とはっきり告げた。

 つまり、陽奈が無抵抗で出て行ったところで、残りの人間を生かす気は最初から無かった。

 それを分かっていたからこそ、翔太郎はあの場で誰にも気付かれることなく陽奈を連れ出したのだ。


「逃げていいのかな」


「ああ」


「私、みんなを置き去りにしたのに」


「陽奈は何も悪くない。全部は連れ出した俺が悪い。それに俺がずっと隣にいるから」


「ずっと……?」


「ああ、ずっとだ」


 弱々しく陽奈が抱きついて来た。

 数回背中を撫でると落ち着いたのか、顔を上げて小さく呟いた。


「翔太郎お兄ちゃん、ずっと言いたかった事があるんだけど。今言ってもいい?」


「どうしたの?」


 少女のたった一つだけの願い。

 陽奈がずっと、翔太郎に対してだけ心の奥底で秘めていた想い。

 鳴神家当主としての重責もそうだが、心のどこかでずっと孤独だった。それでも寂しくならなかったのは、傍に翔太郎が居てくれたからだ。


 普段から忌々しげに陽奈を見つめる美智子と大輝。化け物でも見るかのように研究対象として接してくる和成、よそよそしい走馬に、自分を娘ではなく当主としてしか接しない両親。

 そんな歪な家族の中で、唯一優しく対等に接してくれた存在が翔太郎だけだった。


 翔太郎が居たから、泣かずにやって来れた。

 陽奈は彼もまた何処かで孤独な存在だと気付いていた。普段から兄を落ちこぼれと扱う人間は本家も分家も非常に多かったが、翔太郎はそれ程気にしている様子は無かった。


 だから──────。


『その内この家を出て、遠くで町医者でもやろうかなって』


 そんな兄の言葉を聞いた瞬間、胸の動悸が治らなかった。

 私を一人にしないで、と心の奥底で必死に叫んだ。

 今こうして、普通の少女のように陽奈を抱きしめてくれる存在は翔太郎以外にいない。そんな彼が鳴神家から出たら、残された自分はこれからどうやって生きていけば良いのか分からなかった。


 だから、今から言う言葉は願いだ。

 ずっと陽奈が翔太郎に思っていた事への。




「──お願い、私をここから連れ出して」




「陽奈が望むなら、俺がどこにでも連れて行く。二人で一緒に逃げよう」


「うん!」


 力強く互いに頷き合うと、手を繋いで走り出した。

 背後からは爆発音や誰かの叫び声が聞こえてくるが、それでも二人は振り返る事は無かった。

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