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雷鳴のラストピース  作者: 雨車狸
第一章 『氷結のマリオネット』
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第一章17 『夜の通話』

 昨日の組み手の一件の影響か、今日は雪村たち七人がそろって学園を休んでいた。

 たった一人に全員が瞬殺された事実は、さすがに精神的にも堪えたのだろう。


「あれは流石にきついよな……」


「七対一で負けたら、そりゃ休みたくもなるわ」


 クラスメイトたちも、雪村の欠席理由をまるで他人事のように噂し合っていた。


 ただし、一つだけ決定的に変わったことがある。

 これまで翔太郎を空気のように扱っていたクラスメイトたちが、雪村たちがいないこともあってか、何事もなかったかのように彼の席へと集まってきた。


「よう鳴神、昨日はマジでヤバかったな!」


「お前、どんだけ強いんだよ? いやー、マジで見直したわ!」


「雪村たち、いっつも威張ってたけどさ、結局あんなもんだったんだなー」


 突然、数人がかりで話しかけられた翔太郎は、思わず目を瞬かせた。

 昨日まで、彼らは翔太郎の存在すら意識していないような態度だったのに、いきなりこれである。


「え……ああ、うん」


 とりあえず適当に相槌を打つが、クラスメイトたちは構わずグイグイと距離を詰めてくる。


「ねぇねぇ、鳴神くんってどこでそんなに強くなったの? もしかして、あの雷の異能力とか、どこかで習ってたの?」


「いや、まあ……ちょっとな」


「ちょっとってレベルじゃなかったよ。だって昨日、雪村くんたちを一方的にぶっ倒してたじゃん! ウチら、途中からビビりながら見てたし」


「最初は『あーあ、推薦生がやられるな』って思ってたけどさ、まさか逆にボコるとはな!」


「お前、普通にすげえよ。推薦生ってだけで微妙に思ってたけど、考え変わったわ」


 分かりやすいぐらいの態度の変わりように翔太郎は内心苦笑しながら、相手の無神経さに軽くため息をついた。


「まあ……あれだ、今まであんまり話せなくて悪かったな」


「うん、そうそう。別に鳴神のこと嫌ってたわけじゃねーんだけどさ、雪村たちがああだったろ? ほら、あいつらって、自分たちの気に入らない奴とつるんでると面倒じゃん?」


「俺たちもさ、できるだけ波風立てたくなかったっていうか……まあ、そういうこと!」


 要するに、雪村たちがいなくなったから、もう気兼ねなく話せるということなのだろう。


 実際、雪村たちは露骨にクラスメイトへ圧をかけていた。

 翔太郎に話しかけようとした生徒がいれば、「推薦生とつるむのか?」と冷ややかに言って釘を刺す。

 結果として、クラスメイトたちは彼を遠巻きにするしかなかったわけだ。


 とはいえ、翔太郎にとっては大して気にもしていなかった。

 どの道、4月下旬となった今、パートナー探しはもう不可能だろうし、今さら気にすることでもない。


「なあ、せっかくだし連絡先交換しようぜ!」


「あ、私も!」


「おっ、俺もいいか?」


「うん、いいよ」


 別に彼らの態度が変わったからと言って、それを不快に思う理由はない。

 連絡先を交換したいと向こうが申し出たのなら、それに応じるだけだ。

 翔太郎はスマホを取り出し、クラスメイトたちと次々に連絡先を交換していく。


「おっしゃ、ありがと! これからは普通に話そうぜ!」


「今度、飯でも行こうな!」


 翔太郎は表面上は快く応じつつ、内心では軽くため息をついていた。


「ああ。これからよろしくな」


 とりあえず、無視されるよりはマシな立場になっただろう。

 それに、こうして馴れ馴れしく話しかけてくる連中の中にも、最初から自分を無視したかったわけじゃない奴もいるのかもしれない。


(……まあ、深く考えても仕方ないか)


 クラスメイトたちの身勝手さに内心呆れながらも、翔太郎は笑顔を取り繕いながらスマホを操作した。


 翔太郎とクラスメイト達が連絡先を交換していると、教室の扉が乱暴に開かれた。

 その瞬間、周囲の空気がわずかに張り詰める。


「あぁ?」


 ゆったりとした足取りで入ってきたのは、一人の青年だった。


 ワインレッドの髪は長めの前髪を下ろしつつも、サイドは刈り上げられたツーブロックになっており、ラフな印象を与える。

 鋭い切れ長の目元と端正な顔立ちは、一見すれば都会のモデルのようでもあるが、その胸元に覗く割れた胸筋や、制服の着崩し方が与える雰囲気は、どこか危うさを感じさせた。


 黒のワイシャツは第一、第二ボタンが外され、ネクタイは締めるどころか胸元で適当に垂れ下がっている。

 ブレザーも袖を通すことなく肩に引っ掛けただけで、学園の規律など気にしていないのが一目でわかった。


 影山龍樹。

 零凰学園十傑・第六席にして、二年最強の実力者。


 しかし、授業にはほとんど出席せず、サボり魔としても有名だった。

 学園のアウトロー的存在で、彼に喧嘩を売った生徒は全員病院送り──そんな物騒な噂まで囁かれている。

 教師ですら強く注意できないほどの実力と立場を持つ男。


 そんな影山が久々に登校してみれば、教室の片隅に妙な人だかりができていた。

 視線を向ければ、その中心にいるのは鳴神翔太郎だった。


「久しぶりに来てみれば……何だぁ? この人だかりは」


 低くよく通る声が教室に響いた。

 その瞬間、クラスメイトたちはハッとしたように道を開ける。

 まるで影山の存在そのものに圧倒されたかのように。


 影山は人垣を抜け、悠然と翔太郎の席へと歩み寄った。


「確か、推薦の転校生……鳴神なんだっけか?」


「翔太郎」


「そう、鳴神翔太郎。昨日、寮の前のコンビニに寄ったら岩井の先公と会ってよ。聞いたぜ、雪村たちを組み手でまとめてぶっ飛ばしたんだってな?」


「一応言っておくけど、仕掛けたのは向こうだからな」


 翔太郎が淡々と言うと、影山はニヤリと口元を歪めた。


「ああ、分かってるさ。アイツは昔、俺も一度病院送りにしてっからな。俺に絡んでこねぇ限りは放置してたが……まあ、自業自得ってやつだろ」


 そう言うと、影山は無造作に翔太郎の隣の席──玲奈の机に腰掛けた。


「聞いた話だと、随分と氷嶺と仲良くしてるみたいだな」


 翔太郎は何処で聞いた話なのかは分からなかったが、影山の態度からも、二人が放課後に行動を共にしていることは、既に学園内では有名らしい。

 適当に肘をつきながら、ちらりと机に視線を落とし、すぐに翔太郎へと向き直る。


「なるほど。そういうことか」


 影山の目が僅かに細まる。


「お前が雪村に絡まれてた理由、大体察しがついたぜ」


「何の話だ?」


「氷嶺とお前の関係性。そして昨日の組み手。まあ色々繋がるわな。雪村が氷嶺に入れ込んでたのは、この学年の生徒なら大半は知っているしな」


 大して事情も背景も知らないのに、この男は一度でほとんど正解に近い答えを言い当てた。


「確かにそれも雪村から直接言われたな」


「案の定、くだらねぇ事情だったな」


 影山は鼻で笑うと、足を組み直す。


「女絡みで起きるいざこざほど、巻き込まれる側にとっちゃ面倒なもんはねぇ。そうだろ?」


「違いないな」


 影山の態度は粗野で不遜だが、言っていること自体は筋が通っている。

 少なくとも、翔太郎が思っていたような話の通じないタイプではなさそうだ。


(思ってたより、まともに話せるじゃん)


 十傑の一人で、関わった生徒は全員病院送り。

 教師ですら強く注意できない──そんな前評判を心音から聞いていたが、実際に話してみると意外と普通だった。


「話の続きだが、氷嶺玲奈とは仲が良いのか?」


「まあ、放課後に何回か遊ぶくらいにはな。そっちは玲奈と面識あるのか?」


「大して話したことはねぇよ」


「じゃあ、何でそんなこと聞いたんだ?」


「そのまんまの意味だよ。あのコミュ障女と仲良い奴がいること自体が驚きだって話だ」


 皮肉めいた笑みを浮かべる影山。

 しかし、どこかその言葉には含みがあった。

 翔太郎は一瞬、言葉の意味を考える。


(凍也の言いなりって事もあって、やっぱり玲奈って学園だと孤立してんのか)


 確かに玲奈はクラスでもあまり他人と関わろうとしない。

 それどころか、氷嶺家の跡取りとしての威圧感と、本人の取っつきにくさもあって、周囲の生徒も積極的に話しかけようとはしない雰囲気だった。

 だが、影山の反応を見る限り、どうやら孤立しているというレベルでは済まないらしい。


「っていうか、アンタとは話すの初めてだったな」


 翔太郎が言うと、影山はわざとらしく「ああ」と頷いた。


「影山龍樹。ま、知ってるとは思うが、一応名乗っとくわ」


 その態度には自信と余裕が滲んでいる。


「鳴神翔太郎。よろしくな」


 軽く挨拶を交わしながら、翔太郎は改めて影山を観察した。

 第一印象はアウトローな不良だったが、少なくとも会話はできるタイプのようだった。


 影山はふと興味を持ったように翔太郎を見て、思い出したように口を開いた。


「そういや、お前、五月の異能試験のパートナーは決めてんのか?」


「異能試験?」


 突然の話題に翔太郎が聞き返すと、影山は軽く顎をしゃくる。


「ああ、確か二人一組でやるんだったよな? もしかして、氷嶺と組むのか?」


 影山の言葉に、翔太郎はわずかに視線を落とした。

 玲奈と組めるのなら、それが一番だろう。

 しかし、もうそれは叶わない。


「いや、それはないな。玲奈は昨日から休学中だ」


「へぇ? そりゃまた意外な話だな。氷嶺ってのは休むようなタマか?」


「まあ、色々あってな」


 実際には色々どころの話ではなかった。


 玲奈が休学しているのは、彼女の兄・氷嶺凍也の命令によるものだ。

 彼は精神的にも肉体的にも玲奈の自由を縛り続けている。

 実の妹にそこまで執着する理由は分からないが、玲奈が氷嶺家の令嬢であり、他の名家の許嫁である以上、翔太郎のような余計な存在を排除したがるのも道理だった。


 そして昨日、雪村たちが仕掛けてきたのも偶然ではない。

 彼らの言動から察するに、凍也の差し金によって翔太郎を排除するために動いていたのだ。

 玲奈を休学させ、翔太郎を学園内で孤立させ、最終的には退学に追い込む。

 それが凍也の狙いということになる。


 だが、影山にそんな話をしても仕方がない。

 翔太郎は軽く肩をすくめ、それ以上の説明を省いた。


 影山はしばらく考え込むような仕草を見せた後、面倒くさそうに鼻を鳴らす。


「ふーん。ま、氷嶺家の事情なんざ知ったこっちゃねえが……となると、お前、パートナー決まってねぇんだろ?」


「そうだね」


 影山の言葉に翔太郎は苦笑する。


 確かに玲奈と組めない以上、誰か他のパートナーを探す必要があった。

 だが、すでに大半の生徒はパートナーの申請を済ませており、そもそも学園の空気を考えれば推薦生の翔太郎に近づく者はそうそういない。


(となると、現状フリーなのは……)


 翔太郎はふとあることを思いついた。


「なあ、影山」


「ん?」


「もし良かったら、アンタがパートナーになってくれないか?」


 その瞬間、教室の空気が凍りついた。

 ひそひそと交わされるクラスメイトたちの囁きが、耳に届く。


(今、何つった?)

(氷嶺さんだけじゃなく、あの影山にまでパートナー頼んだ!?)

(マジで怖いもの知らずすぎるだろ、アイツ……)


 ごくり、と誰かが唾を飲む音が聞こえた。

 クラスの誰もが、この場で不用意に声を上げることすら躊躇っているのが伝わってくる。


 しかし、そんなざわめきをよそに、影山はゆっくりと視線を翔太郎へ向けた。

 その表情は、先ほどまでの気だるげなものとは違う。


 影山の目が変わった。

 それまでの気だるげな態度は消え、鋭く翔太郎を睨みつける。

 足を机から下ろし、ゆっくりと立ち上がった。


 そして、次に彼の口から発せられた言葉は——


「──あ? 調子に乗んなよ。誰がテメェなんかと組むかよ」


 低く、威圧感のある声音に、周囲のクラスメイトたちが息を呑む。


「今、普通に会話してやってんのは俺の温情ってことを理解してねぇみたいだな」


「何だよ温情って? てか、急に態度悪くなったな」


 あまりの変わりように翔太郎は困惑する。

 さっきまで普通に会話していたはずなのに、影山の空気は明らかに違っていた。


「そもそも俺は推薦制度なんてクソみてぇなモンを使って入学してきた野郎を認めてねぇ」


「え」


 まさかの雪村と同じ理由だった。


 影山の目には、明確な拒絶があった。

 しかし、それは雪村たちのような偏見とはどこか違う。

 もっと根深く、もっと強い嫌悪がそこにはあった。


「勘違いするなよ? 雪村がお前に絡んでたのは氷嶺絡みってのもあるんだろうが、俺は最初から推薦生そのものが気に食わねぇ」


 その声はただの不満ではなく、確固たる信念のようにさえ聞こえた。


「いずれ十傑の第一席になった時、学園側に推薦制度を撤廃させるように直接交渉をするつもりだ」


 翔太郎は目を瞬かせる。


「何でそこまで……?」


 推薦制度を廃止する?

 そこまで強く否定する理由は何なのか。

 影山の態度は、ただの選民思想やエリート意識とは違う気がした。


 しかし、影山はそれ以上説明するつもりはなかった。


「テメェが雪村をボコろうが、氷嶺と仲良くしようが勝手だが──もし、変な動きをしたらただじゃ済まねえぞ」


 影山の目が冷たく光る。

 彼のあまりの冷たい態度に、翔太郎は僅かに眉を寄せた。


「変な動き?」


「つまり──俺の目障りになるようなことはすんなって話だ」


「……余計分かんないぞ。やっぱりお前も推薦生は嫌いな口か?」


 影山は答えず、ただ無表情のまま翔太郎を見下ろす。

 その瞳には明確な拒絶と、何か別の感情が混じっていた。


 しかし、翔太郎がそれを問い詰める前に、影山は無言で踵を返し、自分の席へと戻っていった。


 彼の足取りには迷いがなかった。

 まるで、翔太郎とこれ以上話すことはないと言わんばかりに。




 ♢




 その日の夜。

 翔太郎はアパートの一室で、スマートフォンを耳に当てながら窓の外を眺めていた。


 昼間の影山とのやり取りが頭をよぎるが、今はそれよりも気がかりなことがある。


 玲奈のことだ。

 通話のコール音が数回鳴った後、ようやく玲奈が応答する。


『もしもし?』


 少し眠たげな、けれど相変わらず澄んだ声。

 翔太郎はほっと息をつきながら、口を開いた。


「玲奈、今大丈夫か?」


『鳴神くん……』


「休学してるって爺やさんから聞いたからさ、ちょっと気になって」


『よく兄さんにあそこまで言われて、こんな風に電話をかけて来ようと思いましたね』


 電話の奥から聞こえるのは気まずそうな声。

 先週の金曜日に、あんな別れ方をしたので彼女なりに心に引っ掛かっていたのだろうと推測した。

 言葉ではツンケンしているが、彼女の吐息がどこか動揺していることを翔太郎は見逃さなかった。


 玲奈が休学したのは、兄・氷嶺凍也の命令によるものだ。

 その理由にも思考も、翔太郎には分からないが、強制的なものであることは間違いない。


「別に会いに行ってないからセーフの範疇でしょ。通話程度にごちゃごちゃ言われたら、それこそどうかと思うけど」


『……』


「一応、心配してたんだ。学園に来てないし、様子が分からなくて」


『お気遣いありがとうございます』


 短くも丁寧な一言だった。

 彼女にとって学園は家とは違い、多少は自由になれる数少ない場所だったはずだ。

 それを奪われた今、どんな気持ちでいるのか。


「授業の方は大丈夫なのか? 何日かならまだしも、長期的に休学してると出席日数とか単位とか、色々問題になるんじゃ……」


『日数や単位の方は兄さんがおそらく学園側に手を回してくるでしょう。内容の方は既に高校卒業までの範囲なら予習済みですので、安心してください』


「え、高校卒業まで……?」


 さらっと凄いことを言いのけられた気がする。

 玲奈は淡々と答えたが、そこに本人の意思は感じられない。恐らく、そこまで勉学に傾倒しているのも兄に命じられているからであって、それ以外する事が無いからなのだろう。


 そして、氷嶺家は名家の一つでもある。

 凍也が学園側に圧力をかければ、出席日数ならどうにかできるのだろう。


「今日電話を掛けたのは玲奈の様子見が第一だったけど、学園で何があったか色々話しておこうかなって思ってさ」


『必要ありません。私は普段、誰とも関わってないので特に興味も無いです』


「そうしたら、俺の話し相手になってよ。隣の席に誰もいないって言うのも結構寂しいんだぜ?」


『……』


 玲奈の言葉や口調はいつも通り冷たいが、特に通話が切られる気配はしなかった。

 このまま会話を続けることに了承してくれている。


 気を取り直して、別の話題に移ることにした。


「何かさ、玲奈だけじゃなくて雪村たちまで学園に来なくなっちゃったんだよな」


『雪村くんが? 何かあったんですか?』


「いや、その……昨日の5時限目の体育って異能の実戦訓練だったんだけど、そこで雪村たちと一悶着あったっていうか」


 一瞬の沈黙。

 通話の向こうからため息が聞こえてきた。


『あなたも相変わらず無茶しますね。怪我はしてないんですね?』


「俺はね。向こうも特に怪我はさせなかったんだけどな」


『そうですか。あなたが怪我していないのなら良いです』


「……」


 何というか、玲奈が他人の心配をするとは珍しい。

 若干、強張っていた彼女の声が少し安堵しているようだった。


「雪村たちは最初から結構怒ってる感じだったし、理由を聞いたら俺が玲奈に言い寄ってるとか何とか言ってたな」


『……』


 放課後に彼と行動を共にし、実際にクラスの女子たちから翔太郎と付き合っているのかと聞かれ、ある程度心当たりのあった玲奈は押し黙っていた。


 そんな事があったとはつゆ知らず、翔太郎は苦笑しながら軽い調子で話を続ける。


『兄さんが雪村くん達に裏で吹聴していましたか』


「え、何で分かったんだ? 俺、そこまでは言ってなかったよな……?」


『あの人の考えそうなことです』


 玲奈は静かに呟いた。


『すみませんでした』


「なんで玲奈が謝るんだよ」


『私たち兄妹の問題で、無関係のあなたを無駄な諍いに巻き込んでしまったからです』


「それこそ謝る必要なんてないよ。凍也が俺にどう思ってるかなんてのは、俺と凍也の問題でもある訳だし」


 翔太郎の言葉に、玲奈は黙る。

 彼女はきっと、兄の所業を止められないことに無力感を抱いているのだろう。


「あとさ、今日、影山が久しぶりに学園に来たんだ」


『影山くんが?』


「ああ」


 翔太郎は今日の出来事を簡潔に話した。

 影山から雪村たちの諍いについて聞かれたこと。

 異能試験のパートナーについて尋ねられたこと。

 そして影山が推薦生を嫌悪していたこと——。


 影山の目には、ただの偏見とは違う何かがあった。

 それは個人的な憎悪。

 根本的に、推薦制度そのものを否定する強い意志だった。


『……彼の場合は仕方ありませんね』


「え?」


『あなたには理不尽と思えるかもしれませんが、彼が推薦生を嫌う理由は雪村くんのような理由ではありません』


「それって──」


 その事について尋ねようとした時、電話の向こう側から足音のようなものが聞こえてきた。


『すみません。兄さんが部屋の近くに来たので、今日はこれで切ります』


「分かった。それじゃ、おやすみ」


『……おやすみなさい』


 通話が切れたスマートフォンの画面を見つめながら、翔太郎は窓の外を仰ぎ見た。


 そのまま、しばらくの間、一言も発することなく静かな時間が流れる。

 玲奈と電話で話せるのは嬉しいが、それ以上に彼女の立場を思うと、どうしようもない苛立ちが胸に募る。


 今は、何もできない。

 そう分かっていても、何とかしたいと思うのが翔太郎の性分だった。


 暗く広がる夜空に、玲奈の姿を重ねながら——。

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