第一章14 『氷嶺凍也という男』
僕は氷嶺家の長男として生まれ、幼い頃から将来当主となるべくして育てられた選ばれた人間だった。
父は厳格な人間だった。
氷嶺家の当主として、常に家の威厳を保ち、僕を跡取りとして厳しく育てた。
正直、僕は父があまり好きではなかった。
しかし、唯一の救いが母さんだった。
冷たく厳しい父や親戚たちとは違い、僕のことを気にかけ、どんな時でも味方でいてくれた。
だからこそ、母さんがいる限り、どれだけ父が厳しくとも僕は耐えられた。
それなのに──母さんは玲奈を身籠った後、出産と同時に命を落とした。
それだけでも、僕は絶望していたのに。
父は、家では厳格な当主のくせに、母を愛していたのか、まるで抜け殻のような存在になった。
ふざけるな。
なぜ、子供よりも先にアンタがそんな情けない姿を晒すんだ?
今まで僕には厳しくしてきたくせに、母さんが死んだ途端、急にやる気をなくしたのか?
そんな父に、僕は失望した。
そして、母さんの忘れ形見である玲奈。
最初は、母さんの代わりとして大切にしていた。
だが──玲奈は、氷嶺家でも歴代最高傑作と称されるほどの才能を秘めていると分かった時、全てが変わった。
僕は、何の為にここまで努力してきた?
僕は、父の跡を継ぐために厳しく育てられた。
なのに──僕よりも才能があるのが、玲奈だと?
自分の中で塞ぎ込んでいたドス黒い感情が吹き荒れる。
妹には言っていなかった。
言ってはいけない言葉だった。
──ずっと、許せなかった。
──こいつのせいで、母さんが死んだんだ。
父はもう無気力で生きていて、玲奈を見ると母を思い出すからと、妹に対しても無関心になっていた。
父が自分にはまるで無関心だという事に玲奈は早々に気付いており、幼い頃から兄である僕にばかり縋るようになった。
最初こそは仲の良い兄妹だったと思う。
だが次第に、僕には鬱陶しくて仕方がなかった。
僕よりも才能があるくせに、母が死んだ原因のくせに、どうして僕に縋る?
お前さえ生まれてこなければ。
母さんは死なず、僕の存在意義が揺らぐことは無かった。
お前の存在そのものが、僕にとっての屈辱なんだよ玲奈。
僕は優しい兄を演じるのを辞めた。
いつからだったか、自分の心の奥底にあった本音に従う様になった。
玲奈は、僕が管理すべき存在だ。
僕が何をしようと、何を命じようと、それは全て正しい。
そもそも、玲奈は僕から母を奪った。
唯一の味方だった人を、何の苦労もせず、無邪気な笑顔で奪い去ったんだ。
それだけじゃない。
本当は、才能ですら玲奈の方が上だった。
この現実を知ったとき、どれほどの屈辱を味わったか、玲奈には分からないだろう。
氷嶺家の嫡男として生まれ、何不自由なく育てられた僕よりも──妹の方が、異能の才に恵まれていた。
そんな事実、認められるはずがなかった。
認めてしまえば、僕は何になる?
だから、僕は玲奈を支配することにした。
優しい兄を辞め、突き放し、時には力で押さえつけ、玲奈が僕に逆らえないようにした。
行動は全て管理し、学園での振る舞いにも口を出し、時には傷を負わせることで自覚させる。
──お前は僕より劣った存在なのだと。
お前は、僕の言うことに従っていればそれでいいのだと。
氷嶺家には、昔から縁のある名家の数々がある。
彼らからは玲奈との縁談の話も少なからず来ている。
それも悪くない。
僕が氷嶺家の当主になった暁には、玲奈をどこかの名家に押し付けてしまえばいい。
それで氷嶺家の立ち位置はより磐石になるし、玲奈の存在も厄介払いできる。
──なのに。
突然、訳の分からない男が現れた。
鳴神翔太郎。
玲奈に近づき、玲奈も最初こそ冷たくしていたが、今では少しずつ彼に絆されている。
そんな光景を、僕が黙って見ているとでも?
許せない。
母を奪い、力に恵まれたお前が、誰かと楽しんだり、幸せになる権利はない。
玲奈は、僕の言うことだけを聞いていればいいんだよ。
♢
4月18日・金曜日。
翔太郎が初めて玲奈を迎えに行ってから、一週間以上が経過していた。
あれから、朝の送迎は氷嶺凍也が同乗している。
先日、学園の前でばったり顔を合わせたが、特に言葉を交わすこともなく、翔太郎は軽く会釈を返した。
その際、凍也が冷たい眼差しで自分を凝視していたことには気付いていた。
一方、帰りは変わらず翔太郎が玲奈を氷嶺家まで送っている。
運転手である「爺や」は交通状況次第で迎えの時間がバラバラだったため、待ち時間がある日は玲奈をセントラルモールに連れ出し、時間を潰すのが習慣になりつつあった。
最初こそ玲奈は鬱陶しそうにしていたが、次第に態度を軟化させ、今では翔太郎が車に乗り込んでも何も言わなくなっている。
肝心のフードの女は、あれ以来姿を見せていない。
剣崎が学園側に問い合わせた結果、既に学園島から姿を消している可能性が高く、追跡も難航しているとのことだった。
翔太郎は、夜空の革命の動向を掴む機会を逸したことに落胆したが、それでも玲奈を家まで送るのは続けている。
そして、翔太郎のクラスでの立場は孤立に近い状態だった。
入学から二週間。
彼なりにクラスメイトと打ち解けようと努力しているものの、話しかければ会話を切り上げられるか、気まずそうに避けられてしまう。
元々、推薦生というだけで見下される立場だった翔太郎が、実力を示したことで却って距離を置かれる形になった。
プライドの高い彼らにとって、今さら非礼を詫びることも難しく、結局は雪村らと共に翔太郎を遠ざけるしかなかったのだろう。
結果として、翔太郎が唯一気軽に会話できるのは、隣の席の氷嶺玲奈だけだった。
もっとも、玲奈自身が翔太郎を友人だと口にしたことは一度もないのだが。
放課後、翔太郎と玲奈は並んで送迎の車を待っていた。
穏やかな夕暮れが学園を包み込む中、玲奈がふと口を開く。
「鳴神くん」
「ん?」
「そういえば、5月の異能試験のパートナーは見つかったんですか?」
「ああ、それが全然ダメでさ。なんせ話しかけても避けられてるみたいで」
翔太郎は苦笑混じりに肩をすくめる。
「この前も何人かにパートナー組もうって持ちかけたんだけど、“もう決まってるから”の一点張り。まあ、みんな俺とは組みたくないんだろうな」
玲奈は思わず口をつぐんだ。
翔太郎の言葉は軽い調子だったが、どこか寂しげな色が滲んでいる。
(やっぱり……)
推薦生というだけでクラスメイトに避けられていることを、翔太郎自身も痛いほど自覚しているのだろう。
表面上は気にしていないように振る舞っていても、クラスで孤立している状況を完全に割り切れるほど、彼は無神経ではない。
「試験通達からもう二週間経ってるし、諦めてペナルティ覚悟で単独参加するしかないのかなー」
そう言ってはいるが、異能試験はペア戦が前提。
十傑ではない彼はペナルティが免除されない。
そんな状態で、単独参加すれば圧倒的に不利なのは明白だった。
玲奈が何か言おうとしたその時——
「あ、爺やさんの車が見えたぞ」
翔太郎が前方を指さす。
氷嶺家の送迎車が、学園前の道路を滑るように走ってくるのが見えた。
こうして彼と帰るのも、もう何度目になるだろうか。
当然ながら、玲奈が学園内で翔太郎と行動を共にする姿は目立つ。
すでに何人かの生徒には、彼と共に車に乗り込む姿を目撃されていた。
(今日も、また……)
玲奈は微かに息を吐いた。
数日前の休み時間、クラスの女子数人から遠慮がちに問いかけられたことを思い出す。
「氷嶺さんって、鳴神くんと仲いいの?」
「いつも一緒に帰ってるみたいだけど……?」
凍也が”フードの女”の件を箝口令で封じている以上、事情を話すわけにはいかない。
「私と彼は家が近いんです。転入したばかりで不便そうだったので、しばらく送る事にしました」
玲奈は少し考えた後、当たり障りのない答えを返した。
それ以上、詮索されることはなかったが、クラスメイトの微妙な反応は今でも引っかかっていた。
──結局、自分はどうしたいのだろう。
そんなことを考えながら、玲奈は送迎車のドアに手をかけた。
しかし、開いた扉の向こうで、既に先客が待っていた。
「……え?」
後部座席に座っていたのは、白いコートを纏った氷嶺凍也だった。
「やあ、玲奈」
低く落ち着いた声が響く。
玲奈が戸惑いながら車内に足を踏み入れると、すでにそこには白いコートに身を包んだ凍也が座っていた。
翔太郎も続いて乗り込もうとする——が、次の瞬間、凍也の鋭い視線が彼を射抜いた。
「言わなければならないことがあったよ。鳴神翔太郎くん——君はもう必要ない」
「……」
翔太郎は表情を変えずにいたが、僅かに眉が上がる。
彼が氷嶺家の人間ではない以上、いずれそう言われる日が来ることは予想していた。
だが、こうして真正面から突きつけられると、やはり多少の引っかかりを覚えた。
「夏にかけて、仕事の方が早く片付きそうだからね。これからは帰りの迎えも僕が担当しよう。今まで妹を送ってくれてありがとう」
凍也の言葉には礼を述べる体裁を取っているものの、声色には一切の温かみがなかった。
玲奈を送るという行為自体がそもそも間違っていたとでも言いたげだった。
「って言っても、アンタも毎日暇ってわけじゃないんでしょ? だったらアンタが来れない日ぐらいは俺が──」
「僕が来れない日は、氷嶺家の関係者を寄越す。それに玲奈の送迎は元々、氷嶺家の人間が行うものだ。君のような部外者が、貴重な放課後の時間を割いてまで関与する必要はない」
「別に大丈夫っすよ。放課後は暇なんで、特に貴重って訳じゃ──」
「──君は必要ない、と言ったのが分からなかったのか?」
「……」
静かに、しかし決定的に言い放たれる。
翔太郎は凍也の視線を真正面から受け止めながら、ゆっくりと息を吐いた。
「玲奈から既に聞いていると思うけど、僕の妹は卒業と同時に、氷嶺家と関係のある名家に嫁ぐことになっている」
「まあ聞いてますね。玲奈が本心で同意してるかは置いておいて」
「もし彼らに君と玲奈が共に行動しているところを見られればどうなる? あらぬ誤解を受け、縁談が破談になれば氷嶺家全体が莫大な損害を被る。部外者の君に、その責任が取れるのかい?」
家の内情を持ち出されれば、翔太郎には反論の余地がない。
確かに、許嫁がいる身で異性と親しくしているのが誤解を生む可能性はあるだろう。
——ただ、それは玲奈が本当にこの縁談に納得している場合の話だ。
「一つ聞いていいか? 部外者だから、あんまりこういうこと言いたくないけどさ。その縁談って玲奈は本当に同意してんのか?」
踏み込んだ問いかけに、玲奈の肩がわずかに震える。
対して凍也は、ほんの僅かに眉を寄せたが、すぐに冷静な表情を取り戻した。
「同意という問題ではないよ、鳴神くん。君には縁遠い話かもしれないが、一族のしきたりや約束事は当人たちが最もその重さを理解している。これは生まれた時から既に決まっていることなのさ」
「生まれた時から、か」
その言葉に、翔太郎はふと過去の記憶を呼び起こす。
鳴神陽奈——生まれながらの神童で、当主となった瞬間から鳴神家に身も心も捧げることを義務付けられた最愛の妹。
翔太郎が連れ出そうとして、救えなかった少女の姿が脳裏に蘇る。
(……初めて見た時から、どこか似てるって思ってたんだよな)
玲奈を気にかける理由——それは、フードの女の件でも、剣崎の頼みでも、凍也への反発心でもない。
時折、あまりにも切なげな表情を浮かべる玲奈が、妹と重なって見えたからだ。
「にしては、ずいぶんと玲奈の行動を縛るんだな。学園生活と将来の縁談は別の話だろ?」
「氷嶺家の教育方針だ。俗世間に触れて、外部から余計な影響を受けてほしくないからね。何か問題でも?」
「高校二年にもなって、どこにも遊びに行けないとか、はっきり言って普通じゃない」
「君が他所の家の教育方針に口を出す意味は?」
「少なくとも、不審者の話も出てるんだし、俺が同行しても何の問題もないと思うけど」
「不審者情報が出てから、君は随分と玲奈に肩入れするね。もしかしてだけど、そういう事情でもあるのかな?」
凍也の目がスッと細まる。
異性として玲奈に近づいたのでは——という含みを持たせた言葉に、翔太郎は即座に首を振った。
「純粋に友達として心配してるだけだ。友達が一人で帰ったら危ない目に遭うかもしれないなら、不審者が捕まるまでは送るのが普通だろ」
彼の言葉に、玲奈が小さく息を呑んだ。
驚きと動揺が入り混じった彼女の瞳が、不安げに揺れる。
その目はまるで、沈みゆく船の上で最後の浮き輪を探すかのように、縋るように翔太郎を見つめていた。
凍也の視線が細まり、微かに表情が険しくなる。
玲奈のその反応を、彼も見逃してはいなかった。
「友達……?」
凍也が冷笑する。
「君の言う『友達』に、どれほどの価値があるのか知らないが、玲奈にとっては迷惑なだけだ」
「それを決めるのは玲奈だろ。少なくとも、アンタじゃない」
「玲奈が何も言わないのは、君のしつこさに反論する気力を奪われているだけだ。この子は、昔からそういうものに流されやすい。だからこそ、僕が管理しなければならない」
「……玲奈のこと、随分よく分かってるみたいな言い方だな」
「当然だ。僕は兄だからね」
「兄だからって、何をしてもいい訳じゃない」
睨み合う二人。
凍也の目が冷たく細められる。
「君が何を考えようと関係ない。ただ、これ以上余計なことをしない方が身のためだよ」
翔太郎は、静かに拳を握りしめた。
その拳の中で、無言の決意が固まる。
爺やは車のハンドルを握りしめたまま、静かに目を閉じてことの成り行きを見守っていたが、凍也の無言の合図に気付いた。
「早くドアを閉めろ」
玲奈は一瞬、翔太郎を見つめる。
「……これまで、ありがとうございました。鳴神くん」
彼女の声が翔太郎の胸に響く。
それ以上は何も言わず、ただその一言だけを告げると、車の中に姿を隠した。
そのまま、静かにドアを閉めると、車は静かに発進を始めた。
翔太郎は去っていく高級車のテールランプをじっと見つめ、しばらく動かなかった。
その瞳の奥には、抑えきれない怒りや悲しみ、そして何かしらの決意が浮かんでいた。
やがて、ポケットに手を突っ込んで小さく舌を打つ。
「俺にできることは、まだあるはずだ」
夕焼けに染まる学園の正門前で、翔太郎はひとり、立ち尽くしていた。
周囲の音が遠くに感じられ、彼はただ、目の前の出来事を反芻しながら一歩も動けなかった。
♢
四月も上旬が終わりかけ、例年通り夕方も気温が上がるはずだが、氷嶺家の送迎車内はまるで冷気に包まれたように、ピリついた静寂が支配していた。
凍也はサイドミラー越しに、あの忌々しい男が視界から消えたのを確認する。
満足そうに息をついたが、妹に向ける視線は冷徹そのものだった。
「玲奈」
凍也の声が低く響く。
隣に座る妹は、微かに肩を震わせ、恐る恐る顔を上げた瞬間だった。
パシンッ、と乾いた音と共に頬に鈍い痛みが走る。
「お前、自分が氷嶺家にとってどういう立場か分かっているのか?」
先程、翔太郎に向けた無関係の人間に対する様な最低限の礼儀は何処にもない。
兄妹としてではなく、支配者と支配される者としての明確な上下関係を示していた。
「……」
「お前は昔から僕の足しか引っ張らないよな。せめて出来損ないのお前でも氷嶺家に貢献できるように、心優しい長男が、妹の幸せを願って縁談の話を持ってきてやったのに、それも無駄にしている」
「……」
「──何とか言えよっ!」
「──っ」
玲奈は何も言わず、ただ俯いた。
兄の冷徹な手が、無理矢理彼女の前髪を掴み上げる。今度は左手から冷気が立ち上る。
頬を叩かれたばかりというのに、ムカつくほど綺麗な横顔だ。
妹の諦め切った表情が、むしろ凍也の心を苛立たせる。
彼女が放つ冷たさに、手を出すべきか、耐えるべきか迷う。
異能力を使い、低温火傷を与えて後悔させるか、そんな考えが頭をよぎる。
しかし、玲奈は氷嶺家が他の名家に出せる最も価値のある存在だ。
無闇に傷つけてその価値を下げる訳にはいかない。
妹の容姿だけは素直に認めているのもあって、他の名家に献上するために温存することが重要だと分かっているからだ。
「そうだ、玲奈に言い忘れてたよ。新学期入って早々だけど、来週から学園を一時休学させる」
凍也の言葉に、玲奈は驚きのあまり目を大きく見開いた。
「え……?」
彼女の反応を気にも留めず、凍也は冷徹な目で前方を見つめる。
まるでその言葉を聞くことが当然であるかのように、彼は続けた。
「鳴神翔太郎。彼がいる限り、玲奈は僕の言いつけを守らないだろう?」
その一言で、玲奈は自分の心臓が一瞬で凍りつくのを感じた。
胸の奥が冷たく、苦しくなる。
自分が何か大きな過ちを犯したような、でもそれが正当化されているかのような感覚。
「──っ」
「気が付かないとでも思っていたか? ここに来る途中、様々な生徒から話は聞いておいた。彼との放課後はさぞ楽しかったんだろう?」
その言葉に、玲奈の喉が乾いたように痛んだ。
彼の言葉は冷徹で、鋭い刃物のように胸に突き刺さる。
翔太郎との時間を思い出すと、心が締めつけられるようだった。
彼と一緒に過ごした放課後は、確かに楽しかった。
それが今、こんな風に責められる理由になっているとは。
「許嫁である事を忘れ、偶然、不審者に襲われた事を口実に、放課後は学生気分で男と遊んでいる」
「……申し訳ありませんでした」
玲奈は言葉を絞り出すことしかできなかった。
心の中で必死に言い訳を探そうとしたが、それは全て無駄だと感じた。
自分が悪いのだ。
翔太郎のことを無理に押し込めようとしても、何も変わらない。
「いいよ、許そうじゃないか。可愛い妹だし、間違いは誰にでもあるからね。だからこそ、原因には責任をとってもらうんだ」
その言葉が、玲奈の中に重く響く。
責任という言葉が、まるで重りのように彼女の心を押し潰すようだった。
彼の優しさの裏に潜む冷徹さを、玲奈は痛感していた。
「責任って……」
自分がどんな表情をしているのか分からないが、凍也からすればさぞ愉快に映ったのだろう。
口元が三日月のように歪んだその表情に、玲奈はますます胸を締め付けられた。
怒り、恐れ、そして無力感が入り混じった感情が、心の中で渦を巻いている。
「彼を零凰学園から退学させる。その後、休学を解除しようじゃないか」
「──彼は関係ありません。全ては私が勝手な振る舞いをしたせいで……」
「元々、彼は推薦であの学園に入学したんだろう? 僕も卒業生だから分かるよ。推薦生にろくな奴なんていやしない。親が金持ちか、推薦先のコネで入った能力者なんか無能ばかりだったからね」
凍也の言葉が刺さる。
推薦生に対する偏見が、まるで玲奈自身の存在を否定されているように感じられる。
彼の視線が、ただの偏見ではなく、玲奈自身をも否定しているように思える。
「それに、僕の性格も分かるだろう? ここまで彼に何もしなかっただけで十分温情を与えた。名家の許嫁だと分かっている相手にちょっかいをかける男を、零凰学園に残す価値はない」
その言葉に、玲奈は胸が痛んだ。
翔太郎に対する何とも言えない感情が湧き上がる。
しかし、彼女はその感情を抑え込んで、口を閉じるしかなかった。
翔太郎がどうであれ、今自分が置かれている状況は変わらない。
凍也の決定は、もはや止めようもないものだと感じた。
「そんな……それは……」
「それに僕も個人的に彼が嫌いだしね。家の問題、名家のしきたりを守るためにも、あんな男は排除しなければならない」
玲奈の頭の中で、凍也の冷徹な言葉が反響する。
それはまるで、彼女がこれからも従わなければならない命令のように響き渡った。
翔太郎のことが頭をよぎり、心が締め付けられたが、玲奈は何も言えなかった。
「まあ、僕から何かをするつもりはないさ。ただ、彼が自分から辞めたいと思わせるだけさ。仕込みはもう終わってるし、来週が楽しみだね」
凍也は冷笑を浮かべながら言葉を続け、その笑いが玲奈の胸に圧し掛かるようだった。
まるで、彼の計画がすでに動き出していて、彼女にはどうしようもないと告げられているかのように。
その言葉に玲奈は言い返すことができず、ただ黙り込む。
何か言いたいのに、言葉が喉に引っかかって出てこない。
胸の中で悔しさがこみ上げてくるが、どんなに心の中で叫んでも、声にはならない。
彼女は、いつもと同じように、凍也の言いなりでいる自分を感じていた。