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雷鳴のラストピース  作者: 雨車狸
第一章 『氷結のマリオネット』
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第一章13 『寄り道』

 二人はセントラルモール内のゲームセンターに到着し、賑やかな音が響き渡る中、玲奈は思わず足を止めた。


 ジャカジャカと鳴る電子音、ゲームに夢中になる生徒たちの歓声、そして煌びやかなネオンの光。

 玲奈は一つ一つを新鮮そうに見回しながら、ゆっくりと視線を動かした。


「本当に来るの初めてですってリアクションするじゃん」


「……本当に来るの初めてですから」


 からかいのつもりで言った翔太郎だったが、玲奈は真顔で返してきた。

 あまりに素直すぎる反応に、思わず口元が緩む。


「何かやってみたいのとかある?」


「えっと……」


 玲奈は目の前に並ぶゲーム機をじっと見つめるが、どれも馴染みがないらしく、どこか戸惑った表情を浮かべている。


「分からないので、あなたにお任せします」


 そう言った玲奈の声は、わずかに恥ずかしさを帯びていた。

 普段の冷静沈着な態度からは想像しにくい、年相応の少女らしい一面だった。


「時間もないし、メジャーなやつから試すか」


 玲奈をここまで連れ出すことはできたが、翔太郎自身もセントラルモールのゲームセンターに来るのは初めてだった。

 ただ、孤児院にいた頃、高校帰りに地元の友人と立ち寄ったことはある。

 特別得意という訳ではないが、人並みに遊んできた分、初心者の玲奈にいくつか教えるくらいはできるだろう。


 久しぶりだし、自分も一緒になって楽しんでみよう。

 そんな気持ちで、翔太郎は一台のゲーム機へと玲奈を連れて行った。




 ♢




「ぐっ、なんですか……。空飛んでるし、全然レースになってないじゃないですか」


 ハンドルをぐるぐると回しながら混乱する玲奈を横目に、翔太郎はアクセルペダルを思いっきり踏んだ。


 二人が今プレイしているのは、世界で最もメジャーなレースゲームだ。

 ただのレースゲームではなく、アイテムを拾ってライバルを妨害したり、コースの途中で車体が空を飛んだり、水中を走ったりと、中々ぶっ飛んだ要素がふんだんに盛り込まれている。


「久しぶりにやったけど、案外上手くいくもんだな」


 悠々と一位を独走しながら、翔太郎はちらりと隣を見る。


 玲奈のハンドル捌きは明らかにめちゃくちゃだった。

 ドリフトもまともに使えておらず、ジャンプ台に乗るたびに「えっ、えっ」と慌てている。


「私、操作方法聞いてません」


「いや、俺も別に説明されてないけど……感覚でなんとかなるって」


「まだ車を運転できる歳じゃないのに分かるんですか?」


 ほぼ真顔で言われ、翔太郎は思わず吹き出しそうになる。


「まあ仕方ない。初見だしな」


「ええ、初見です。でも、だからといって……」


 玲奈が言いかけたその瞬間、翔太郎のカートが画面の中でスピンした。


「おっと、やられた」


 後方から飛んできた赤い甲羅が、翔太郎の車体を直撃したのだ。


「──!」


 それを見た玲奈の目が、一瞬だけ輝いた。


「なるほど……これなら逆転の目があるのですね」


「やる気出てきた?」


「ええ、やる気はあります。ですが──」


 玲奈は真剣な顔で、ゲーム画面を睨みつける。


「このゲーム、運転手が異能力を発動する事は出来ないんですか?」


「──ぶふっ」


 思わず盛大に吹いた。

 いくら何でも本気過ぎるだろう。

 勝ちに貪欲なのは結構だが、普段の冷静な態度とはギャップがあり過ぎて面白すぎる。


 翔太郎はハンドルを握りながら笑い転げそうになるが、左腕で口元を覆い隠しながら、そのまま余裕で一位フィニッシュをした。


「……一位おめでとうございます。先ほどの授業のタイムに続き、二連続で一位ですね。良かったじゃないですか」


 明らかに言葉に棘があった。

 彼女のハンドル捌きは相変わらず滅茶苦茶だったが、何とかゴールしてみせた様子。


「玲奈は?」


「……最下位です」


「まあ、あんまり気にすんなよ。最初なら誰だってこんなもん──」


「──もう一回やります」


「え?」


「もう一回です。鳴神くん」


 玲奈は真剣な眼差しでこちらを見つめていた。


「いやいや、いいの? 迎えの時間もあるし、別のゲームやっても……」


「負けたまま終わるわけにはいきません」


 ふん、と腕を組む玲奈の表情には、先ほどまでの困惑は一切ない。

 完全にスイッチが入ってしまったらしい。


「……まあ、いいか。そんじゃ、もう一回やるぞ」


 翔太郎は苦笑しつつ、玲奈と同時に百円玉を入れた。

 案外負けず嫌いで、乗せられ上手。

 思った以上にゲーム向いている性格でいらっしゃった。


 その後、連敗続きの玲奈があまりにも不憫だったので、一度くらいは勝たせてやろうと手を抜いたのだが速攻でバレた。


「……今、手を抜きましたね?」


 疑いの余地のない冷たい視線とともに、指先から微かな冷気が飛んでくる。


「いやいや、気のせい──って、ちょ、冷たい冷たい!」


 授業以外での異能力の使用は厳禁な筈だ。

 慌てて身を引くも、玲奈の視線はなお鋭い。


「本気で勝負してください」


「……はい」


 結局、この日、玲奈が翔太郎に勝つことは一度もなかった。

 時間も押してきたので、悔しそうにしている彼女を説得しつつ、翔太郎は別のゲームに移ることにした。


 玲奈を誘ったのは大正解だったようだ。

 彼女から氷嶺家での過ごし方を聞いている限り、この手の娯楽には疎いらしい。未知の世界を経験してもらうという点でも、遊びに誘えて良かった。


「鳴神くん、あの二つ並んでる太鼓はなんですか?」


「太鼓? ああ、音ゲーの一つだよ」


「音ゲー、ですか?」


 玲奈が指差したのは、巨大な和太鼓を模したゲーム機。

 プレイヤーはバチを持ち、画面に流れてくる指示に合わせて叩くだけなのだが──


「せっかくだし、やってみる?」


「はい」


 ゲームセンターに入った直後にウロウロしていた姿はどこへやら、レースゲームの敗北が尾を引いているのか玲奈は即答した。

 運転席から立った後、太鼓を凝視していたので余程興味があったのだろう。


 ──開始数秒。


「なんですかこれ。予想よりずっと速すぎます」


「だから初めてで難易度鬼は無理があるって!」


 画面の指示に合わせて叩くはずが、玲奈のバチは空を切り、太鼓を叩く音はほぼ聞こえない。

 対して翔太郎はリズムに乗って軽快に打ち鳴らし、コンボをつなげていく。


「こんなの演奏じゃありません」


「もう少し頑張れよ、太鼓が泣いてるぞ」


「なぜあなたはそんな簡単に出来てるんですか。納得いきません」


「俺は鬼じゃなくて難しいでやってるし……。まあ慣れだよ。慣れ」


「……っ、あっ」


 曲が終わりそうになって玲奈の顔色が一気に変わる。

 しかし、時すでに遅し。


『1P:フルコンボ』

『2P:ノルマクリア失敗』


 無情にも画面に敗北の文字が表示された。

 意気揚々と挑んでいた玲奈の完全敗北である。


「……」


「……」


「もう一回やります」


「うん、知ってた」


 結局、玲奈は最新の曲を知らず、リズムも合わず、何度やってもゲームの太鼓に敗北した。


「もう一回……」


「もうやめとけって。今日はこの辺にしとこう」


 翔太郎が苦笑いしながらバチを取り上げると、玲奈は悔しそうに唇を噛んだ。


「……今度、リベンジさせてください」


「はいはい、今度な。今日は撤収しようぜ」


「むぅ……」


 玲奈はしぶしぶゲーム機から離れたが、何か納得がいかない様子で腕を組んだ。


「本物の楽器演奏なら、私の方が多分上手いのですが」


 あまりにユニークな負け犬の遠吠えに、翔太郎は一瞬返事に困った。

 適当に流すこともできるが、せっかくの話題だ。ここは少し会話を広げてみることにする。


「え、なんか楽器弾けんの?」


「ピアノもヴァイオリンも弾けますし、和太鼓も実技はやったことがあります」


「おぉ、凄いじゃん。てか、和太鼓もいけるのに、なんでゲームの太鼓はダメだったんだよ」


「……知らない曲ばかりだったので」


 玲奈は悔しそうに睨みながらも、しぶしぶ太鼓のゲームから撤退する。


 翔太郎はそんな玲奈の横顔を見ながら、ふと考えた。

 楽器が弾けるということは、当然音楽には慣れ親しんでいるはずだ。

 だが、最新の曲はまったく知らないときた。


(氷嶺家って、よっぽど流行とか娯楽に無頓着なんだな……)


 昨日のファミレスの件といい、今日のゲーセンの反応といい、玲奈は驚くほど普通の娯楽に触れていない。

 まるで、日常の選択肢に「遊ぶ」という概念がそもそも存在しないかのように。


「氷嶺家って、音楽とか掛かってたりしないの?」


 何気なく尋ねると、玲奈は少し考えた後、


「クラシックなら、日常的に流れています」


「……だよなぁ」


 妙に納得してしまった翔太郎だった。


「じゃあ、次はこれやるか」


 気を取り直した二人が足を止めたのは、小型のフライングディスクを打ち合うホッケーゲームだった。


「これは、何をするゲームなんですか?」


「簡単だよ。ディスクを打ち返して、相手のゴールに入れれば勝ち。単純な反射神経がモノを言うゲームだから、前よりもちょっと玲奈向きかも」


「反射神経……」


 玲奈は少し考えたあと、興味を持ったのか席に座った。


「つまり、知識も経験も関係なく、純粋に動体視力と反応速度で勝負が決まるゲーム、ということですね?」


「そういうこと。まあ、俺も反射神経には自信あるし、簡単に勝ち星はあげないけど」


 翔太郎が言い終える前に、玲奈がすでに百円玉を投入し、ディスクが勢いよく滑り出した。


「ちょ、待っ──」


 玲奈が容赦なくディスクを弾き、翔太郎のゴールに一直線に突き刺さった。


「──は?」


「1点、私の先制点ですね」


「……不意打ちとは卑怯だぞ」


「いいえ、油断したあなたが悪いです。というか、ここまで連敗続きで気分が悪いのですから、このぐらいのハンデは妥当とは思いませんか?」


 玲奈は涼しい顔でパドルを構え直す。

 翔太郎も負けじと姿勢を整え、真剣な目つきでディスクを見つめた。


「あーあ。お前、俺のこと本気にさせたぞ」


「御託はいいので、いつでもどうぞ」


 翔太郎の鋭い一撃がゴールを狙うも、玲奈はほぼ無意識のような速さでカウンターを叩き込む。

 再びディスクが翔太郎のゴールに突き刺さる。


「え」


「2点目です。経験が無くてもできるタイプのゲームなら、案外、鳴神くんも大したことありませんね」


「ぐっ……」


 異能力を使えなくなった時の為に、無能力状態での訓練も剣崎と欠かさずに行っていた筈だが、それでも反射神経においては玲奈の方が圧倒的だ。


 まるで異能力バトルのような超人的な反応速度でディスクを捉え、玲奈は次々と翔太郎のゴールへと打ち込んでいく。


 翔太郎も必死に応戦するが、玲奈の動きが速すぎる。

 というか、反応速度が異常だ。


「単純な動体視力勝負なら、私も負けませんよ」


 翔太郎は額に手を当て、深々とため息をついた。


「もうプロの域じゃん」


「まあ、今までのゲームが向いてなかっただけでしたね。ようやく勝てたので気分が良いです」


「なんか納得いかねぇ……」


 最終的に玲奈が圧勝し、初めてゲームセンターでの勝利を飾ることとなった。

 玲奈は珍しく満足げな顔でパドルを置き、勝ち誇ったように翔太郎を見つめる。


「どうしました? もう一回やりますか?」


「いや、もう十分です」


 ボロ負けした翔太郎は肩を落としながら、玲奈に続いて席を立ったのだった。




 ♢



 帰りの車内、ゲームセンターでの余韻を引きずりながらも、二人はそれぞれ沈黙の中で座っていた。

 朝は玲奈が助手席に座っていたが、帰りは自然と二人とも後部座席に座る形になった。


 玲奈は窓の外をぼんやりと眺め、目の前を流れる夕暮れの景色に一時的に心を委ねていた。

 ふとした瞬間、彼女は隣に座る翔太郎に視線を向け、静かな声で口を開く。


「……今日は、ありがとうございました」


 予想外の言葉に、翔太郎は少し驚いてその顔を向けた。思わず目を瞬かせる。


「え? 何が?」


 突然のお礼の言葉に、なぜ玲奈がそれを口にしたのか、翔太郎は一瞬わからなかった。


 玲奈は少しだけ黙り込み、再び窓の外に視線を移す。

 静かな車内の中で、その小さな間が一層長く感じられた。

 彼女はやがて、再び翔太郎の方を向き、少し気まずそうな表情を浮かべながら口を開く。


「遊びに連れて行ってくれたことです。案外、楽しかったので」


 言葉は静かだったが、その中に込められた感謝の気持ちは確かで、翔太郎にはそれがしっかりと伝わった。


「楽しかったなら良かったよ。提案した甲斐があった」


 普段の冷徹さからは想像できないような、彼女らしくない素直な一面に少し驚きながらも、翔太郎は笑みを浮かべて返した。


 しばらく沈黙が続いた後、玲奈が再び口を開いた。


「話は変わりますが、明日の迎えはやはり必要ありません」


 玲奈が静かに告げた言葉に、翔太郎は一瞬驚き、反応が遅れてしまった。


「……え?」


 突然の拒絶に少し戸惑う。

 さっきまで楽しい時間を過ごしていたのに、あっさりとその距離が置かれたような気がして、どこか心が浮かない。

 ゲームセンターでの玲奈の意外な表情や、感謝の言葉が、どこか温かく響いていたからだ。


「もちろん、あなたの言いたいことは分かっています」


 玲奈はしっかりとした口調で続け、少し目線を落とす。


「先ほどメールをもらったのですが、登校時のみは兄が同伴することになりました」


「凍也が……?」


「はい。学園の中までは入ってきませんが、車で一緒に登校することになっています」


 その一言に、翔太郎は複雑な気持ちになった。

 玲奈の兄、凍也は名家の許嫁にしようとして妹の行動を制限していると聞いており、あの態度には鳴神家の兄たちと同じ匂いを感じて、できれば関わりたくないと思っていた。


 今朝も対面時、気まずい空気が流れ、どうしても翔太郎は兄たちを思い出して萎縮してしまうのだ。


「そうか」


 翔太郎は顔に出さないようにしながらも、内心では微妙な感情が渦巻く。

 凍也が同伴するということは、少なくとも自分が送り迎えをする必要は無いということだ。

 だが、どこかで納得がいかない気持ちもある。


「安心してください。あなたの力は今日の授業で把握しています。決して力不足だと思っているわけではありません」


 玲奈は翔太郎を気遣うように言葉を続けた。


「ただ、兄は高校を卒業と同時にA級能力者になった人です。護衛の面では安心である事に間違いはありません」


「玲奈の兄貴って、A級能力者だったのか?」


「はい。ご存知の通り、A級能力者は国内でもエリート揃いの猛者たちばかりで、数えるほどしかいないS級を除けば、彼らが異能社会の頂点に立つ存在です」


 異能力者は18歳以上から政府が定めたランク付けがされる。

 ランクはA、B、C、Dの四段階、さらにその上にS級が存在する。

 大多数はB級かC級に査定されるが、零凰学園の卒業生や名家の跡取りなどはA級、あるいはS級に査定されることが多い。


 S級はその異能が特に危険視され、異能犯罪者にも同じランク付けがされる。

 例えば、夜空の革命のメンバー全員がS級能力者に分類されており、その異能の凶悪さは社会にとって脅威だ。


 翔太郎の知るS級能力者は、剣崎大吾ただ一人。

 剣崎からは、国内にも何人かのS級能力者がいることを聞いているが、翔太郎はまだ一度も会ったことがない。


 とはいえ、凍也はA級で、夜空の革命はS級だからなと翔太郎は考え込んだ。

 フードの女が夜空の革命である可能性を感じ、結局自分も同行しようと決意する。


「玲奈、やっぱり俺も一緒に行くよ。フードの女は凍也が思っている以上に危険かもしれないから、俺も念のためいた方がいいだろ?」


「……だから、駄目なんです」


 玲奈は少し視線を逸らし、強く拒絶する。

 それでも、翔太郎がしばらく納得できないでいると、彼女はようやく小さく息を吐いて、呟くように続けた。


「兄さんの機嫌を損ねたら、学園に行けなくなるかもしれません」


 その言葉に翔太郎は驚き、玲奈を見つめた。


「学園に行けなくなる? それは……」


「兄さんは、私が好き勝手に動くのを許していません。兄さんが認めないことをしたら、学園に行けなくなるかもしれません」


 その言葉に翔太郎は、玲奈が抱えるプレッシャーを感じ取った。

 だが、それでも彼女が少しでも安心できるようにと再度提案する。


「でも護衛の人数を減らして、それで危険な目に遭ったらどうすんだよ?」


 玲奈は黙っていたが、しばらくしてから小さく首を振った。


「……私は大丈夫です。少なくとも兄も、私のことを守るために動いていますから」


 訴えるような彼女の視線を見て思う。

 出来ればこれ以上は深入りしないで欲しいという一種の線引きにも見えてしまい、思わず声をかけるのを躊躇った。


「まぁ……分かったよ。今日は特にフードの女が襲ってくる気配は無かったし、凍也がいるなら朝はいいか」


 翔太郎は渋々引き下がりつつ、続けた。


「でも帰りは付き添うぞ」


 玲奈の肩がピクリと動いた。


「え……?」


 それは予想外の言葉だったのか、玲奈は思わず翔太郎の顔を見つめる。


「朝は兄貴がいるんだろ? でも帰りは? どうせ一人なんだろ?」


「……それは」


 玲奈は即座に断るつもりだったが、なぜか言葉が出ない。


 今朝の自分なら、「必要ない」と言い切れたはずだ。

 だが、翔太郎が当然のように付き添うと言った瞬間、心の中に不思議な違和感が生じて、それが言葉を詰まらせた。


 ──誰かと帰り道を共にする。


 そんなことはこれまでほとんど無かった。

 けれど、ゲームセンターでのやり取りや、今までの会話を思い返すと、それがそこまで悪いものだとは思えなくなっていた。


 玲奈は小さく息を吐き、わずかに眉を寄せて言った。


「……別に、そこまでしてもらわなくても」


「俺が勝手についてくだけだから気にすんな」


「──っ」


 翔太郎の飄々とした態度に、玲奈はますます混乱する。今までならすぐに「必要ない」と突き放せたのに、なぜか即答できない自分がいる。


「なぜそこまで私を送り迎えしようとしてくれるんですか?」


 その問いに翔太郎は少し考えてから、何の気なしに答える。


「友達が危ない奴に襲われそうだったら、助けるだろ?」


 その言葉に、玲奈は何も言えなくなる。

 翔太郎の言葉には、何の裏も無いただの友人としての心配が込められていた。


 それを理解する一方で、玲奈は自分の中で何かが変わったような気がして、ますます混乱した。


「──っ」


 何も答えられず、玲奈は無言で翔太郎の隣に座り続ける。

 静かな車内の雰囲気の中で、自分の気持ちに戸惑いながら──それでも、不思議とその時間が嫌ではないことに気付きつつあった。

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