序章2 『鳴神家』
時は2018年11月22日。
鳴神翔太郎の家族構成は両親と姉が一人、兄が三人、そして下に妹が一人。翔太郎を含めれば八人家族という少子高齢化が進む日本にとっては、かなりの大所帯だった。
鳴神家は代々『雷の異能力』を受け継ぐ、日本でも最古の由緒正しい名家だ。
その四男に生まれた翔太郎だったが、優秀な兄弟たちと違い、彼の異能は貧弱そのものだったのだ。
雷の力を自由自在に操ることが出来る兄弟たちと比較して、翔太郎が操ることが出来たのは静電気や砂鉄を少し浮かせる程度の微弱な異能。
最早、雷の異能力と呼べるのかすら怪しいその力は名家生まれという出自で見れば、落ちこぼれの烙印を押されるのも致し方なかった。
一方で末っ子にして次女。
翔太郎の妹である鳴神陽奈は当代どころか、歴代でも最強の雷使いとしての潜在能力を持って生まれてきた本物の天才だった。
鳴神家は完全実力主義で、長男が跡を継ぐという大昔のシステムではなく、兄弟たちの中で最も雷の異能力に優れた者が次代の当主に決められるのだった。
勿論、末っ子の九歳の妹が当主になる事に姉や兄たちは両親に猛反発した。
ただ、翔太郎は歴代最弱の異能力者にして一族の汚点とまで言われるほどだったので、当主決めの話にすら入れてもらえなかったのだが。
一番上の姉の年齢は二十歳。
兄たちはそれぞれ、十八歳、十七歳、十五歳。
九歳の頃──即ち、陽奈の年齢時には既に自由自在に雷の異能力を操ることが出来たのだ。
そこから成長した彼らは『当主決め』の決闘を両親に持ちかけた。九歳とはいえ次期当主と両親から告げられた陽奈に拒否権は無かったが、兄弟たちはしたり顔で申し込んだ。
ここで他の兄弟たちよりも自分の実力が上だと現当主の父に見せつけることが出来れば、次の当主になれると考えたからだ。
しかし、結果は陽奈の全勝。
九歳の幼子相手に勝負にすらならず、改めて両親に陽奈の実力を見せつける形となった。
そのストレスもあったのだろうか、一番年下の妹に完膚なきまでに敗れた兄弟たちは、家で最も下の存在であった落ちこぼれの翔太郎に当たり散らす様になった。
兄弟たちのプライドやモチベーションを保ち続けるという意味では、翔太郎の存在は非常に有用だった。
自分たちよりも下の存在がいるという事実は、それだけで名家生まれのプレッシャーを背負う彼らにとって心の安寧へとなった。
♢
当主任命式が終わった夜。
鳴神陽奈は現当主に選ばれたというのに、いつにもなく暗く沈んだ表情を見せていた。
普段から両親に「次期当主としての自覚を持て」と毎度の如くプレッシャーを掛けられ、兄弟たちから一番遅く生まれた分際で、才能に恵まれて当主に選ばれたとして嫉妬と憎悪を受ける。
齢九歳の少女にとって、鳴神家は生まれながらに息苦しい環境だったのだ。
──ただ一人の存在を除いて。
「お兄様」
「陽奈?」
陽奈は心の平穏が保てなくなると、いつもこの部屋へと縋り付く。
嫌いな家族の中で、唯一愛していると心を込めて呼べる存在。その存在は鳴神家の落ちこぼれと呼ばれる四男の鳴神翔太郎だった。
「お兄様、また勉強ですか?」
「ああ、これ? そうだよ。今のうちに出来ることはやっておかないとだから」
翔太郎はいつも家の雑用を押し付けられ、他の家族から虐げられた扱いを受けており、空いた時間には医学の勉強をしていた。
医学など異能力が発展した現在においては、兄たちから「無能力者のする事だ」と馬鹿にされていたが、そんな彼を応援し一人の人間として扱ってくれる陽奈だけには心を許していた。
一方で陽奈も、一人の妹として接してくれる翔太郎に対しては日頃から救われていた。
落ちこぼれと天才。
歴代最弱と歴代最強。
そんな肩書きを一族から一方的に付けられていても、二人の仲は幼い頃から非常に良好だった。
一歳しか年齢が変わらないという事もあったが、まだ二人とも異能力が目覚めていなかった頃から翔太郎が陽奈の面倒を見ており、陽奈は幼少期からずっと、両親よりも翔太郎に懐いていた。
「お医者さんになりたいんですよね?」
「うん。その内この家を出て、遠くで町医者でもやろうかなって」
「この家には残らないのですか?」
「家に残ったところで、俺に出来ることなんて特に無い気がするし。それに父さんや兄さん達も俺に自立してもらった方が有難いんじゃない?」
翔太郎は自分の家での存在意義も理解していた。
要は姉や兄たちのストレスとしてのサンドバッグ要員。父も当主になれなかった彼らが自暴自棄にならず、陽奈に仕えてくれるなら、翔太郎への扱いも黙って見過ごしていた。
故に、異能力者として翔太郎が期待されている事など何一つとして存在しない。
期待されているのはむしろ隣にいる陽奈の方だ。
「私は、翔太郎お兄様が居てくれた方が嬉しいです」
「いや、それは……」
陽奈には申し訳ないが、中学を卒業したらこの家から出て自立するつもりだった。
自分で費用を貯めて医学の知識を勉強し、小さいけれど夢を叶える。これが翔太郎の人生設計であり、大人になってまで家に残るつもりは無かった。
「じゃあこういうのはどうでしょうか? 今日から私がこの家で一番偉いんですし、お兄様が二番目に偉いって事にしてあげます。こういうの当主代理というのでしょうか。それならお兄様がこの家に残っても──」
「陽奈が言ってくれたところで、誰もそれを認めたりしないよ。それに俺は家継ぐより外出て稼いだ方がいいかなって」
「では、私もお兄様と一緒に家を出ます!」
いつにもなく、とんでもない事を言ってきた。
仮にも当主任命式が終わった日だ。
「陽奈は鳴神家の当主になりたくないの?」
「特に……そもそも私からなりたいなんて、一言も言った覚えがありません」
「そうか。まあ、そうだよね」
あくまで陽奈としては、親戚の前で両親の顔を立てただけらしい。ただ任命式が終わってしまった以上は、当主の入れ替えなどそれこそ、陽奈が別の誰かに任命するしかない。
翔太郎は本を読みながら会話を続けて行ったが、いつの間にか背中には陽奈がくっ付いていた。
「あのさ陽奈」
「家を出るなら私も連れてかないと嫌です」
陽奈がそういう事を言ってくれるのは正直嬉しかった。自分自身ですら、自分の能力を認めてなくて価値が曖昧になってるというのに、陽奈はいつにもなく翔太郎を必要としてくる。
兄妹でありながら、ある意味共依存的関係だったのかもしれない。
もし、陽奈を家から連れ出したとしても、鳴神家が親戚一同総力を上げて連れ戻しに来るだろう。当主と決まってしまった以上、姉や兄たちも嫌いとはいえ陽奈に忠誠を誓う身となり、家と縁を切った翔太郎のことは部外者として排除する。
「私のこと一人にしないでくださいね」
「しないよ」
少なくとも、家にいる間は。
陽奈が寄りかかれる場所になれるのなら、それだけでも翔太郎は自分自身に価値を見出すことが出来た。
♢
2018年12月22日。
鳴神陽奈の当主任命式も終わり、その1ヶ月後の事だった。
「ったく、やってらんねえよな」
鳴神家の長男・鳴神大輝。
金髪で長身、全身にピアスと三白眼が目立っている為か素行不良に見えるが、日頃から異能力だけでなく武術全般を鍛えた本物の強者だ。
その大輝がまだ飲める年齢でも無いのに、日本酒を飲み尽くして、顔を酔いで赤面させて翔太郎を乱暴に呼び付けた。
「おい落ちこぼれ。酒」
こういった扱いは慣れてることもあって、翔太郎は特に何も言わずに大輝の盃に日本酒を注いだ。大輝はいつになく不機嫌そうに一気に盃の液体を飲み干した。
「兄さん、いつになく機嫌が悪いね。僕はどうでもいいんだけど一応聞いてあげるよ。何か嫌なことでもあったのかい?」
鳴神家の次男・鳴神和成。
大輝と同じく長身で金髪の糸目の男。武術に秀でた大輝と比較して、和成は異能力の知識量に関しては兄弟一の賢者だった。
「ケッ、今の御当主様は俺たちの事なんざ何とも思っちゃいねえのがムカつくのさ。奴自身は何も努力しちゃいねぇ。最初っから才能に恵まれただけのクソガキが親戚のおっさん共に愛想尽かしてんのが気に食わねえんだよ」
「相変わらず粗暴だな、兄さんは。単純に自分がなりたかった当主の座を奪われて僻んでるだけじゃないか」
「別に今の俺が陽奈に勝てるほど思い上っちゃいねえよ。アレはもう人間じゃねぇ。普段から雷の異能力を深く研究してるお前なら尚更分かるんじゃねえか?」
「まあね。正直同じ血を分けてる兄妹だとは思えないよね。僕の研究データでも、歴代当主に比べて陽奈の能力値は群を抜いている。まあ、歴代能力者に比べても群を抜いて下の下の下の落ちこぼれも、僕らと同じ兄弟な訳だけど」
誰の話とは言わずとも分かっている。
大輝は酒を注ぐ翔太郎を一瞥すると、話を鳴らして笑った。考えてみればおかしな話だ。
陽奈は歴代最強の能力者として生まれたにも関わらず、彼女の一歳上の翔太郎は歴代最弱の能力者というのも何の因果か。
「なーなー。もしかしたらだけどよ、翔太郎の本来持ってた能力って陽奈に吸い取られたんじゃねーの? だから陽奈が普段の鳴神家の倍の力を持ってるとか?」
鳴神家三男・鳴神走馬。
マッシュの茶髪で小柄な彼は、侮蔑する様に翔太郎を見つめて言い放った。
歳が然程変わらなければ、兄弟の才能を奪い取るという事例が無い訳ではない。異能力者から生まれた双子で片方は異能力者。もう片方は無能力者というケースも日本には存在する。
「いや、あり得ないね。陽奈の能力は今現在でも鳴神家十人分の実力がある。そこの落ちこぼれが、もし鳴神家の平均的な異能力者として生まれたところで、その分を吸い取っても二人分にしかならない。説明がつかないだろう?」
「まあ確かにな。じゃあ結論としては陽奈は突然変異の才能で、対する翔太郎は本当に何の関係もなく弱いって事?」
「だろうね。良かったじゃないか、翔太郎。君が無能の理由は、大好きな妹ではなく君自身が原因なんだから」
「ククッ、まあそう言ってやるなよ和成。翔太郎も翔太郎なりに、御当主様に取り入ろうと頑張ってんだからよ」
大輝が軽く翔太郎を背中を叩くと、急激な勢いで吹き飛び近くの壁に乱雑に叩き付けられた。
「がはぁっ!」
「あ? あー悪い悪い。お前、このぐらいの微弱な電力でも吹っ飛んじまうんだったよな。この家に居ると、雷耐性が無い奴のこと忘れちまうよ」
「大輝兄ちゃんが一番性格悪いじゃんか」
吹っ飛んで痛そうに立ち上がる翔太郎を見て、走馬と大輝は顔を見合わせて笑った。
というのも幼い頃からこんな扱いなので、今更彼らに刃向かうつもりも無い。確かに五歳ぐらいまでは泣き喚いていたのだが、両親も誰も助けてくれない事を悟り、兄たちの前では基本的に心を閉ざす事を決めた。
そうすれば傷付かないで済むから。
いや、傷付かないフリをしていれば、心の形を保ってられると思っていたから。
「大輝、またイジメ?」
鳴神家長女・鳴神美智子。
兄弟の中で最も年上で、力、頭脳、親戚たちの信頼など、全てにおいて優秀さから陽奈が生まれてくるまでは次期当主確定とまで言わしめていたほどの異能力者だ。
鳴神家の当主任命式というのは、一番上の兄弟が二十歳になった時に行われる。
美智子は今年に二十歳になった為、任命式は必然的に今年になるというしきたりだ。
「イジメじゃねぇよ。軽い兄弟のスキンシップしてたら、予想以上に吹っ飛んだだけだ」
「程々にしておきなさい。この子が御当主様に告げ口したら、あなた何されるか分かんないわよ?」
「……ハッ! そんなもん別に恐れてねえよ! それにこんな貧弱な奴が、大事な妹にチクリなんざ出来るわけねえだろうしな」
一瞬だけ回答に詰まった大輝だったが、特に反抗もして来ない翔太郎を一瞥して鼻を鳴らした。
美智子は他の兄弟と違って、翔太郎に直接的な害をもたらす事は無いが、特に関心を寄せることもなく席に着いた。彼女が嫌っている対象は翔太郎ではなく、どちらかと言えば当主の座を奪った陽奈の方だ。
とにかく、これで当主の陽奈以外の兄弟が同じ部屋に揃い、全員の着席を確認した近くの使用人が外にいる人物を呼びかけた。
「大体、兄弟全員呼び付けて何の用だってんだ」
「特に聞かされてないけど、お父様の事だ。また当主の側近として陽奈に仕えるように釘を刺すんじゃないかな」
「それだけの理由で集めるかねぇ。和成兄ぃの言ってる事だけなら、わざわざ電話で連絡するぐらいで良いのにさ」
「中学生の走馬は特に予定も無いでしょうに」
「うるさいなぁ、今日はクラスの女の子とデートする予定だったんだよ!」
「子供のくせに随分と色気付いてるのね」
成人の美智子と大輝は大人の異能力者として、外部から依頼を受けた数々の異能事件の解決に当たったり、異能力を使ったエネルギーの管理などを普段から行っている。
高校生の和成は、わざわざ村の外にある学校に日頃から長距離通っており、走馬に至っては最近では村の中学校をを休み始め、夜はどこかにほっつき歩いている始末だ。
ただ、二人とも異能力者という事もあって、父の命令で大輝たちの仕事の手伝いをしたり、村の電力エネルギーの補給などを行う事もある。
そして翔太郎はというと、日頃は小学生で無能力者と混じって勉学に勤しみ、家に帰れば雑用やら医学の自主勉強などを行なっており、異能力者としての活動はほとんど無いに等しい。
つまり、各々違う活動をしている為、こうして兄弟一同が揃う日は案外珍しいのだった。
「鳴神家の皆様。前当主様がご入室いたします」
使用人の老人は一度お辞儀をして、背後にいる男を大部屋に通した。
灰色の袴を着た白髪の大男は、この兄弟たちの父親にして鳴神家の前当主・鳴神電次郎。陽奈が能力に目覚めるまでは自他共に認める最強の雷の異能力者だった。
「揃ったか。お前たち」
佇まいと周囲を威圧する低い声は、いつにもなく真剣な表情だった。
「一度、全員席に着け。それと翔太郎、その壁の凹みは何だ」
「先ほど、俺が重いものを運んでいた際にぶつけてしまったものです」
大輝に吹き飛ばされた際に出来た凹みだったのだが、それを告げたところで電次郎は大輝に叱る事も無いだろうし、大輝は後で父の前で恥をかかせたと折檻してくるかもしれない。
そう考えると、翔太郎は自分で付けた傷だと告げる他無かった。
「……まあいい。お前たち兄弟に集まってもらったのは他でも無い。この鳴神家に政府上層部からの直々の依頼だ」
政府上層部からの依頼。
そういったものに疎い翔太郎ですら、重要な案件であると瞬時に理解した。戸惑いの広がる大部屋内で、電次郎は兄弟たちを見渡した。
「随分前になる。かつて日本の裏社会を牛耳っていた闇の帝王・コードネーム『エニグマ』が何者かによって殺害された。そしてそのエニグマを殺したフードの集団が日本政府に犯行予告を行なった」
「それってまさか……最近、異能上層部の方でも問題視されてる、例のテロ組織の事かしら?」
「察しが良いな、美智子。そう、日本政府に犯行予告を行なったのは『夜空の革命』となるテロ組織だ。奴らは全身黒いフードを被っていて、組織のシンボルの旗は黒背景に七つの白い星が付いている。日本でもS級クラスの犯罪者集団だ」
「政府からの要請って、俺たちにその夜空の革命をどうにかしろってことかよ、親父?」
話を聞いてニヤリと笑う大輝。
最近では強い異能力者と戦う機会も無かったのか、かなりの大事な話に腕を鳴らしていた。
「奴らの犯行予告は、一週間後の深夜零時に都心の重要施設を複数破壊する事。四十年近く日本の裏社会を牛耳っていたあのエニグマをも組織ごと潰した連中だ。政府側も事態を重く見たのだろう」
「それでわざわざ僕らに依頼を?」
「ああ。現在戦える異能力者が人員不足らしくてな。特にS級異能犯罪者と戦えるクラスが現在日本では数える程しか存在しない。我々が束になっても難しい相手だろう。他の名家にも声を掛けているようだが、その内の一つが先祖代々政府と懇意にしてる鳴神家という訳だ」
異能力者とは人間たちの中で全体の一割程度しか存在しておらず、基本的に無能力者の方が多い。その為、政府や警察関係者が対処しきれない事例が国に認可された異能力者たちに依頼が回る事も非常に多いのだ。
そして、鳴神家は日本最古の異能力一族だ。
当然政府上層部とも繋がりがある為、こういった大事には先祖代々力を貸していたらしく、何度か国を救った場面もあったらしい。
「で、鳴神家に依頼って訳だけど、まさか親戚一同全員が参加って訳じゃないよね?」
単純な疑問に思った走馬が質問する。
「さすがに我々からそこまで人員を出す訳にも行かない。今回は本家である我々と分家の複数人という形で選抜メンバーを取っている」
「本家って事はお父様と俺たちは全員参戦って訳か。ククッ、久々に骨のある敵とやれそうだな」
本気でそう思っているのか、それとも電次郎へのアピールなのかは翔太郎からは判断が難しいが、少なくともテロ組織相手に臆しているわけではなさそうだった。
「大輝、顔が悪人面になってるわよ」
大輝の表情を見て美智子は無感情で呟いた。
「ちょっと待ってくださいお父様。鳴神家の中でも選ばれた能力者が今回の仕事に参加するという訳ですよね?」
「ああ」
「では当主の陽奈と前当主のお父様は勿論、僕たちも参戦という訳ですね?」
「その通りだ」
「何だよ和成兄ぃ。もしかしてビビってんの?」
「違うよ走馬、僕が言っているのは翔太郎の事だ。微弱な電力しか操れない翔太郎は戦力にならない。ほとんど無能力者と変わらない落ちこぼれを連れていくのか聞いてるのさ」
「翔太郎は後方支援として連れて行く」
「はぁ!?何言ってんだよ親父!」
翔太郎の同行に一番に声を荒げた大輝は、翔太郎を思わず睨み付けた。自分が翔太郎と同じ十歳の頃は今ほど鳴神家の戦力が整っていなかった事もあって、危険な任務に連れて行っては貰えなかったからだ。
「翔太郎を連れてったところで、相手はクソやべえテロ組織なんだろ!? こんなカスなんざ、二秒で殺されちまうよ!」
「無論、翔太郎を戦力としてカウントしてる訳ではない。 翔太郎を任務に連れて行くのは、現当主・陽奈の意向だ」
電次郎からの一言でその場に居た全員が息を呑んだ。
当主の命令は絶対。
本来であれば、翔太郎と陽奈は全く対極の存在でもあり、陽奈が一声掛ければ兄弟たちはすぐにでも翔太郎の扱い方を変えるだろう。
陽奈がそうしないのは、まさか自分たちの兄が翔太郎を自分の見ていないところで虐げているとは考えていないからだ。九歳の幼子がそこまで頭が回らないのも無理は無く、翔太郎自身特に兄弟のことを当主である陽奈に告げ口する事は無かった。
「話は以上だ。とにかくここにいる全員に、来週の任務は当たってもらう。各自、準備を進めておくように。正確な時間や集合場所、任務の詳細はまた追って連絡する」
話は済んだとばかりに電次郎は部屋から去って行った。残された兄弟たちは互いに顔を見合わせるも、最終的に翔太郎へと向けられる。
「チッ、当主様に偉く気に入られてんな。落ちこぼれ」
「……俺は何も」
翔太郎は何も聞かされていない。
任務に行きたいと一度でも翔太郎から言ったわけでも無く、淡々と陽奈と電次郎の間で話が進んでいるだけだった。
「決まってしまったものは仕方ないわ。とにかく後方支援だけと言っても、陽奈の付き添いぐらいでしょう?」
「あの子のモチベーションを保つ為、という意味なら今回の人選も分かるのですがね」
「なあ翔太郎、間違っても前線に出てくんじゃねーぞ? 足引っ張られても困るし、お前だって早死にしたくねーだろ?」
特に興味がなさそうに、美智子と和成、走馬が次々と部屋から出て行く。残されたのは、兄の顔を見上げることが出来ずに俯いている翔太郎と、鬱陶しそうな目で見下ろす大輝だった。
「おい、落ちこぼれ。まさか陽奈の推挙だからって調子乗ってんじゃねえだろうなぁ?」
「……っ」
「まただんまりか。昔から全てを諦めたようなその目が気に食わねえんだよ。才能無ぇなら才能無ぇなりに身の振り方考えろカス」
再び大輝が翔太郎に手を伸ばし、軽い電撃で吹き飛ばそうとした時だった。
「────あ?」
大輝が何かを感じたように、大部屋の開かれた襖から見える中庭を見た瞬間。
翔太郎も大輝が突如自分に手を出すのを辞め、彼に釣られて外に目を向けた。
──二人の視界の中で、夜空に大きな火柱が膨れ上がった。