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雷鳴のラストピース  作者: 雨車狸
第一章 『氷結のマリオネット』
19/93

第一章11 『気に入らない奴』

「送ってもらっちゃって、ありがとうございました」


 車が学園の門前に到着し、翔太郎は軽く運転手に礼を告げると車のドアを開け、軽快に車から降りた。


「ありがとうございました。帰りの時間になったら、連絡をお願いします」


 玲奈は車の外に出ると、助手席越しに爺やと呼んでいる運転手へとそう告げた。

 運転手が静かに頷くのを確認し、玲奈はドアを閉める。


 ただ、二人は全く気がついていなかった。

 朝のホームルームまで残り十分。

 校門前には登校する生徒たちが溢れている時間帯だということに。


 そして、その多くが目撃した。

 翔太郎と玲奈が、ほぼ同じタイミングで車から降り立つ姿を。


 驚きに目を見開く生徒、二度見する生徒、友人と顔を見合わせる生徒。

 ざわめきが波紋のように広がっていく。


 だが、当の本人たちはそんな周囲の反応などまるで気にしていない様子で、並んで学園の門へと歩き出す。


「悪いな、わざわざ送ってもらっちゃって」


 翔太郎が気楽な口調で言えば、玲奈は少し不機嫌そうに答える。


「悪いと思っているなら、迎えに来るのは今日限りにしてください」


「いや、それは無理だって。まだフードのアイツを捕まえてないし」


「……また来るつもりですか?」


「そりゃあな」


 玲奈の顔が鬱陶しそうに歪む。


「家の前でも言ったけど、車で送り迎えしてもらってるからって襲いに来ない保証はないんだぞ?」


「……こんな事言いたくはありませんが、一応私は十傑メンバーの1人です。あなたがあしらえる程度の相手なら、自衛ぐらいは出来ます」


「そんな事言って、昨日は危なかったくせに」


 翔太郎がからかうように言うと、玲奈はキッと睨んだ。


「……あの時は不意を突かれただけです」


「その一瞬ってだいぶ命取りになると思うけど」


「昨日の礼は既に夕食時に済ませています。あなたも朝から私の登校時間に合わせるのは面倒でしょう?」


「そんな事ないって。俺、本気で心配してるし」


「……」


 玲奈は呆れたようにため息をついた。

 翔太郎の言葉には嫌味も皮肉もなく、本気で自分を心配しているのが伝わってくる。


 だからこそ、余計に反応に困る。


「まあ、俺が一緒に見張ってれば何とかなるよ。それに今更放っておくことも出来ないし」


「……」


「学園の中なら多分安全だし、そこまでべったりする気はないから安心してくれ」


「既に席が隣同士なんですが」


「それはそれ、これはこれ」


「……本当に、図太いですね」


 玲奈は呆れながらも、それ以上は何も言わなかった。


 そのやり取りを、周囲の生徒たちは固唾を呑んで見守っていた。


 無名の転校生・鳴神翔太郎。

 零凰学園の第十席・氷嶺玲奈。


 本来なら交わるはずのない二人が、並んで歩きながら何気なく会話を交わしている。

 その光景は、明らかに場違いで、不釣り合いで、分不相応に映った。


 生徒たちの間に、驚きと好奇心が一気に広がるのが感じられた。

 誰かが小さく息を呑み、何人かは目を見開いたまま、言葉を失っている。


「え、氷嶺さんが男子と歩いてる……」

「さっき一緒の車から降りてくるの、私見たよ」


 ひそひそと囁き合う声が周囲に広がる。

 驚き、疑問、好奇心──さまざまな感情が入り混じった視線が二人の背中を追った。


 だが、その当人たちはまるで意に介さず、自然な足取りで校舎へ向かっていく。

 翔太郎は気楽な様子で歩き、玲奈も表情一つ変えずにその隣を進んでいた。


 それがまた、周囲の生徒たちの困惑を深める。


「ていうか隣の男子って誰だっけ?」


 二人の姿が次第に遠ざかる中、生徒たちはその光景を目で追いながら動揺を抑えきれない様子だった。

 まるでありえないものを見てしまったかのように、誰もが言葉を探していたが、結局のところ確かな答えは見つからない。


 だからこそ、ますます関心が募る。


 鳴神翔太郎と氷嶺玲奈。

 本来なら結びつきのない二人が、なぜか並んで学園へと歩いていく。


 特に玲奈の存在は学園内で異質だった。

 彼女は十傑の一人でありながら、他の生徒と積極的に関わることはなく、むしろ距離を置いていた。

 話しかけられても必要最低限の応答しかせず、親しくなろうと近づく者がいれば、冷たい態度で遠ざける。

 その徹底した一線の引き方は学年でも有名で、彼女の周囲には常に誰もいないのが当たり前だった。


 そんな玲奈が、なぜ無名の転校生と一緒にいるのか。

 しかも、気まずそうにしているわけでもなく、自然に並んで歩いている。


 その違和感と謎めいた光景に、誰もが目を離せずにいた。




 ♢




「なぁ」


「なんですか」


「いや、なんか……視線感じないか?」


「今更ですね」


 教室に入って席に着くなり、翔太郎は自分に向けられる視線の数に気圧されていた。

 昨日のように敵意や嘲笑ばかりではなく、妙な興味を含んだものが混じっている。

 それだけならまだしも、どうも視線の半分は隣の玲奈に向けられているようだった。


「……」


 玲奈は顔には出さないものの、不機嫌な空気を纏っている。

 校門をくぐった直後から雰囲気が険しくなった理由は、間違いなくこれだろう。


 翔太郎が苦笑混じりに視線を送ると、玲奈はわずかに眉を寄せた。


「……何か?」


「いや、お前も感じてるんだろ?」


「当たり前です。これまで関わりを持たなかった相手と一緒に登校してきたら、そうなるのは分かりきっていましたから」


「なるほどね……けど、それならなんで──」


「──朝のホームルームを始めるぞ」


 話を遮るように気だるげな声が響いた。

 欠伸を噛み殺しながら教室に入ってきたのは、担任の岩井だった。


「出席を取る。立ってる奴はさっさと座れ」


 生徒たちが椅子を引く音が教室に響く。

 クラスの出席確認が進むが、その間もクラスメイトたちは、ちらちらと翔太郎と玲奈を見ていた。

 時折、何か囁き合う声も聞こえる。


 昨日まで、玲奈は孤立していた。

 クラスメイトが無視していたわけではないが、本人が関わろうとせず、周囲もそれを暗黙の了解としていた。

 なのに今、彼女は推薦転入生と並んで登校して来た。


 翔太郎はまだ学園の空気感を理解していないが、普段と違う光景に周囲が戸惑うのも無理はなかった。


「──連絡事項だ」


 岩井が教卓に書類を置きながら口を開いた。


「昨日、4月8日火曜日の夕方四時半頃。学園島の第二海浜公園で、不審者の目撃が確認された」


 一瞬、教室の空気が変わった。

 軽い気持ちで聞いていた生徒たちの表情が、やや真剣なものに変わる。


「狙われたのは学園の生徒の一人だ。それを見ていたもう一人の生徒が助けに入り、異能力で応戦したが、不審者は逃走中で学園側が現在足取りを追っている」


「……」


 その瞬間、翔太郎は隣の玲奈をちらりと見た。

 玲奈は微動だにせず、表情を変えないまま岩井の話を聞いている。

 だが、その指先がわずかに握られているのを見逃さなかった。


(やっぱり、あのフードの女だよな……)


 通報したのは翔太郎自身なので、特に驚きはない。

 警備部に報告すれば、学園全体で即座に警戒網を敷いてくれることも理解していた。

 岩井は関係者の生徒の名前こそ伏せたものの、時折、教卓から翔太郎と玲奈に視線を送っていた。


「不審者情報は以上だ。あとは授業の話になるが、電子生徒手帳に連絡していた通り、今日の体育は異能の実戦形式で行う」


「……異能の実戦形式?」


 聞き慣れない単語に、翔太郎は思わず呟いた。

 異能の授業があることは知っていたが、詳細までは把握していない。

 電子生徒手帳の機能もまだ完全に理解しておらず、定期的に送られてくる学園からの通知をほとんど確認していなかった。


「今知ったみたいな顔してますね」


 玲奈が半眼になりながら、ため息混じりに言う。


「いやだって、今知ったんだもん」


「……人の心配をする前に、まず自分の心配をしたらどうですか」


「おっしゃる通りで」


 軽く呆れられながらも、翔太郎は異能の実戦形式という言葉の意味を考えた。


 零凰学園の体育は通常の運動だけでなく、異能を活かした戦闘訓練を行う時間が設けられている。

 異能力の基礎を学ぶ座学と、実戦形式の訓練が組み合わさったカリキュラムになっており、特に実戦形式では模擬戦を行うことが多い。

 生徒同士が異能力を駆使して対戦することで、実戦的な経験を積むことが目的とされている。


「時間は5時限目、集合場所は学園の第一グラウンドだ。緊急性のある理由以外で遅れた場合はペナルティになるから、忘れないように。朝のホームルームは以上だ。日直、号令」


 岩井は要件を伝え終えると、怠そうに教卓を離れ、そのまま教室を出ていった。

 生徒たちが異能の実戦形式に騒つく中、翔太郎は隣の玲奈に向かって小さく声をかけた。


「なあ、昨日の件なんだけど、岩井は特に俺たちの名前を出さなかったな」


「そうですね。恐らく兄さんが口止めをしたのでしょう」


「え、なんで?」


「学園全体で警戒を強めるために不審者情報を公開するのは当然ですが、襲われた生徒の名前が明かされれば、余計な騒ぎを生む可能性があります」


 玲奈は静かにそう言いながら、艶のある黒髪を耳にかけた。


「例えば、もし私たちの名前が出れば、皆さんは色々と事情を聞いてくるでしょうし、噂も立つでしょう。そうなると、学園側は騒ぎを抑えるために余計な対処を強いられる……。兄さんはそういう事態を避けたかったのでは?」


「なるほどな」


 確かに、学園の中で不審者に襲われた生徒として注目されるのは、妹を許嫁に出そうとしている凍也的にも面倒なのだろう。

 それは玲奈にとっても同様で、特に人との関わりを極力避けているタイプの人間にとっては、余計な詮索は煩わしいだけだ。


「学園がしっかり警戒してるなら、それでいいんだけど」


 翔太郎が腕を組みながら呟くと、玲奈が横目でじっと彼を見た。


「どうした?」


「あなたの態度が少し気になりました。妙に達観しているというか、割り切っているというか……」


「そりゃそうだろ。昨日の時点で警備部に通報したし、学園側が動いてるなら俺たちが何かする必要はないしな」


「そうですね」


 玲奈は少しだけ言葉を区切った後、小さく息を吐いた。


「それが分かっていても、あなたは迎えに来たんですね」


「学園の中ならともかく、学園に向かう時は別だろ。俺がいた方が安全だと思ったからな」


 即答する翔太郎に、玲奈は一瞬だけ視線を落とした。

 何かを考えているようだったが、すぐにいつもの冷静な表情に戻る。


「本当に明日も来るつもりですか?」


「当たり前だろ」


 当然のように答える翔太郎を、玲奈はじっと見つめる。


「学園内にいる限り、特に問題はないはずです。あなたがわざわざ来る必要はありません」


「そう思うなら、昨日の時点で俺を帰らせればよかったんじゃないのか?」


「それは……」


 玲奈の表情が、ほんの少しだけ曇る。

 昨日の帰り道、フードの女の襲撃を受けた直後、彼女は翔太郎の申し出を拒まなかった。


「あなたが言っても聞かないと思ったからです」


「まぁ、それもあるな」


「開き直らないでください」


 玲奈は呆れたように溜息をつく。


「言っておきますが、私はあなたに護衛を頼んだ覚えはありません」


「頼まれなくてもやるよ。気にすんな」


 あまりにも軽い口調に、玲奈は少しだけ眉をひそめる。


「普通、そういうのは頼まれてからするものです」


「そうか?」


「そうです」


「じゃあ、玲奈は誰かに頼まれたら素直に護衛されるのか?」


「それは……」


 玲奈は言葉に詰まる。

 彼女の性格上、たとえ危険があろうとも、誰かの世話になることを良しとはしないだろう。

 ましてや、十傑の能力者であれば、周囲が放っておくことはない。


「ほら、やっぱり嫌なんじゃないか」


「……言いたいことは何ですか?」


「つまり、玲奈が嫌でも、俺は勝手にやるってことだ」


「……っ」


 玲奈が睨みつけるが、翔太郎は気にも留めない。


 そのやり取りを、周囲の生徒たちは固唾を飲んで見ていた。

 ──いや、見ているというよりも、驚きと興味を隠せずにいる、と言った方が正しいだろう。


 玲奈は普段、他人と深く関わろうとしない。

 同じクラスメイトであっても、必要最低限の会話しか交わさず、距離を置いている。

 話しかける側も冷たく突き放されるのが分かっているから、積極的に絡もうとする者は少ない。


 だが、今の彼女はどうだろう。


 確かに表情こそ素っ気ないが、翔太郎と普通に言葉を交わし、さらには軽口まで叩き合っている。

 その光景が、クラスメイトたちにとっては信じられないものだった。


「……何で氷嶺さんが転校生とあんなに普通に話してるんだ?」


「昨日までいつもの態度だったよな。なんであんなに馴染んでるんだ……?」


 小声で囁き合うクラスメイトたち。

 驚きと興味が入り混じった視線が、次々と翔太郎と玲奈に注がれていく。


 しかし、そんな周囲の反応に気づいていないのか、あるいは気にしていないのか、翔太郎は気楽に続けた。


「ま、そんなわけで、しばらくは玲奈の送り迎えするから」


「しなくていいです」


「俺の気が済まない」


 玲奈は明らかに不機嫌そうに視線を逸らしたが、翔太郎は見逃さなかった。

 表情こそ冷静を装っているものの、その仕草はどこかぎこちなく、紛れもなく動揺しているのが伝わった。


 それ以上は何も言わなかった。

 これ以上突っ込めば、間違いなく彼女の機嫌を損ねるのは目に見えている。


 そして、そんな二人の様子を目撃したクラスメイトたちは、ますます興味津々な様子で囁き合っていた。

 しかし、当の本人たちは──特に玲奈は、周囲の視線にすら気付いていないかのように、無言で自習用のノートへと視線を向けていた。




 ♢




 昼休みのチャイムが鳴ると同時に、翔太郎は軽く伸びをして席を立った。


「さて、飯でも買いに行くか」


 この学園の購買は品揃えが豊富で、昼休みには多くの生徒が押し寄せる。

 食堂でゆっくりするのもいいが、初日からそんな余裕もない。とりあえず、適当にパンでも買って済ませるつもりだった。


 玲奈はといえば、昼食を持参しているのか、机の上に弁当箱を取り出していた。

 何も言わずに席を立つ翔太郎を見送るが、特に引き止める様子もない。


 廊下に出ると、すでに購買に向かう生徒たちで混雑し始めていた。

 翔太郎もその波に乗りながら、購買へと足を向けたその時だった。


「おい、転校生」


 苛立ちの滲む声が背後から響いた。

 翔太郎はわずかに眉をひそめ、振り返る。


 そこには、明らかに不機嫌そうな表情を浮かべた雪村が立っていた。

 目つきは鋭く、わずかに肩を揺らしながらこちらへ歩み寄ってくる。


「雪村」


 軽く名を呼ぶと、雪村は皮肉げに口の端を吊り上げた。


「へぇ、俺の名前を覚えてたんだな」


「そりゃまあ、一度絡まれたら忘れないだろ」


 翔太郎にとって、向こうから話しかけて来た相手の名前くらいは自然と記憶に残るものだった。

 しかし、翔太郎はなぜ雪村がそんなに機嫌が悪いのかが分かっていなかった。なにせ、今日はまだ一度も雪村と話していない。

 特に気に障るようなことはしていないはずなのだが。


「まあいい。少しツラ貸せよ」


 雪村は腕を組みながら、ぞんざいな口調で言い放つ。

 その態度からは明確な敵意が感じ取れた。


「別にいいけど、昼飯食べてからでいいか? 今日は朝早かったから何も食べてないんだよ」


 翔太郎がそう言うと、雪村の表情が一気に険しくなる。

 ピクリと眉が跳ね、目つきがさらに鋭くなった。


「……テメェ、俺を舐めてんのか?」


 低く、抑えた声に込められた苛立ちが、周囲の空気をわずかに張り詰めさせる。

 廊下を行き交う生徒たちも、二人の様子をちらちらと気にし始めた。


「いや、本当なんだって。ちゃんと後で時間作るから、そんなに怒るなよ」


 翔太郎は肩をすくめながら軽く言い放つ。


 実際、彼は早起きして朝食も取らずに電車で氷嶺家まで向かったのだ。

 午前中の授業中は空腹に耐えながら過ごし、腹が鳴るたびに隣の玲奈から冷たい視線を浴び続けていた。

 本来なら、学園に向かう途中でコンビニにでも寄ろうと考えていたが、思いがけず車で送迎されたため、その機会もなかった。


「はっ、随分と偉そうになったもんだな、推薦生様よ」


 雪村の口調は、あからさまに嘲りを含んでいる。


「だから、ちゃんと時間作るって。なんなら連絡先交換するか?」


 翔太郎が冗談めかして提案すると、雪村の表情が一瞬険しくなる。


「……ふざけんな。俺は今来いって言ってんだ」


「用件があるなら、飯食べながらでも話せるだろ? マジで腹減ってるんだよ」


 翔太郎の軽い態度が、雪村の苛立ちにさらに火をつける。

 その目つきは明らかに敵意に満ちていた。

 周囲の生徒たちも、二人の間の不穏な空気を感じ取り、遠巻きに様子を伺い始める。


「ハッ、十傑にあんなに媚を売っておいて、それ以外には眼中にもねぇってか? 人に取り入ることしか脳のない推薦生様は、やることが極端だな」


 雪村の言葉は、冷徹な嘲笑とともに翔太郎に向けられた。

 翔太郎は一瞬目を細め、どこか冷静にその言葉を受け止める。


「……え、何の話だ?」


 翔太郎の疑問に、雪村は明らかに苛立ちを隠せなかった。


「とぼけんなよ。お前、まさか本気で玲奈と仲良くしてるつもりじゃねぇだろうな?」


 雪村の声には、あからさまな敵意と憎悪が滲み出ている。

 単純に学園で出来た初めての友人と話していただけなのだが、周囲の人間からはそんな風に見えてるのかと少し翔太郎はショックを受けていた。


「向こうがどう思ってるかは知らないけど、少なくとも俺は仲良くしたいって思ってるよ。席も隣同士だし、友達だし」


「友達だと?」


 雪村は鼻で笑い、軽蔑を込めた視線で翔太郎を見下ろした。

 その視線からは、怒りと嫌悪が隠しきれずに滲み出ていた。


「たまたま席が隣だからって勘違いするなよ。お前、何も知らねぇんだな。玲奈がどれだけの存在か、少しでも理解してから話せよ」


 翔太郎は一瞬、雪村の言葉に違和感を感じるが、すぐに顔を無表情に保ちながら答える。


「話してみたけど、あいつ結構普通だぞ。確かにこの学園のランキングは上から十番目みたいだけどな。別に、だからって距離を置く理由にはならいし」


 この言葉が、雪村の怒りをますます煽るのが分かる。


「なら尚更だ。順位四桁台のクソ雑魚が玲奈と並び立てるとでも思ってんのか?」


「並び立つっていうのはよく分からないけど、普通に話しかけたら向こうも返してくれるけどな」


 翔太郎が無神経に答えると、雪村の顔色は一層険しくなった。

 その言葉がまるで火に油を注いだかのように、雪村の怒りは爆発寸前に達していた。


「お前、まさか玲奈に手を出したのか?」


 翔太郎は一瞬、雪村の言葉が理解できなかった。


 その問いに混乱していると、雪村の表情が一層険しくなり、拳を握りしめているのが目に入る。

 その手は僅かに震えており、まるで抑えきれない怒りを露わにしているようだった。

 目の前で放たれる殺気は、まさに命を奪いにかかるかのような、側から見れば息を呑むような威圧感を漂わせていた。


「とぼけるんじゃねぇよ。じゃねぇと、アイツと同じ車で学園に来たって話はどうなるんだ?」


 翔太郎は内心で何が起こったのか理解した。

 驚きが隠せなかったが、すぐに気を取り直す。


「やけに視線が多かったのは、それでか。でも誤解だよ。遅刻しそうなところをたまたま拾ってもらっただけだ。冷たい奴だと思ってたけど、案外良い奴だよな」


 だがその説明にも、雪村はまったく納得しない様子で顔を強張らせていく。

 翔太郎の言葉は、雪村にとってはただの言い訳にしか聞こえなかった。

 心の奥底にある嫉妬と劣等感が、それをさらに強めている。


「気に入らねえんだよ。テメェみたいな場違いな奴が、調子に乗ってんのが」


 その言葉には、翔太郎への激しい反感と、玲奈に対する所有欲が滲んでいた。

 一年生の頃、雪村は玲奈に何度も接近を試みたが、どれも冷徹な態度で拒絶され、ついには諦めざるを得なかった。

 だが、その経験が雪村にとっては誇りとなり、玲奈に簡単に近付く者が、今ここに現れることを許せなかった。


 翔太郎は雪村の表情をじっと観察する。

 その顔には怒りだけでなく、焦りと恐れも見え隠れしていることに気づく。

 しかし、その感情をさらに煽るつもりはなかった。


「勝手に勘違いして勝手にキレられても困るんだけどな」


 翔太郎は肩をすくめ、歩き出そうとするが、雪村はその動きを許さなかった。

 素早く歩み寄り、翔太郎の肩を強く掴む。

 その力は、まるで翔太郎が逃げられないようにと決意を込めていた。


「……忠告してやるよ、田舎者」


 低く、抑えた声が翔太郎の耳元でささやかれる。

 その言葉に込められた冷徹な威圧感が、肩にかかる手の重さと相まって胸に響く。


「テメェみたいな奴が調子に乗ってると、どうなるか……身をもって知ることになるぜ?」


 その言葉に、翔太郎はそれでも動じることはなかった。

 雪村の背後で一瞬、顔が歪んだのを見逃すことなく、そのまま反応せずに言った。


「お前も俺じゃなくて、ちゃんと玲奈と話してみろよ。アイツ、意外に話しやすいのに、友達いないのが不思議なぐらいだ」


 その一言が、雪村の胸に突き刺さったのが分かった。


「待てよ。なんでアイツの名前を気安く呼んでんだ?」


「一応、本人から許可はもらったぞ」


 彼の顔には一瞬、動揺と怒りが入り混じった表情が浮かんだが、すぐにそれを隠すように顔を背けると、強く舌打ちをした。


 翔太郎が購買へ向かうと、雪村はその場で立ち尽くし、しばらくの間、彼の背中を睨みつけていた。

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