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雷鳴のラストピース  作者: 雨車狸
第一章 『氷結のマリオネット』
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第一章8 『フードの女』

 放課後。

 チャイムが鳴ると、A組の生徒たちは次々と荷物を片付け、教室を出て行った。

 特に雪村は、機嫌が悪いのか居心地が悪いのかは分からなかったが、一度翔太郎を憎しげに見つめた後、玲奈に対して寂しそうな視線を送っていた。


 あれからというもの、クラスの雰囲気は最悪だった。

 その理由は昼の翔太郎と玲奈、そして雪村の三人の会話で、雪村の機嫌が絶不調だったからだろう。


 心音の話によると、雪村は1年生の頃から玲奈に言い寄っていたことがあったとの事だ。

 また、17位という順位に誇りを持っている典型的なエリートタイプの学生である為、推薦生に対しては侮蔑に近い偏見を抱いているらしい。


 翔太郎なりにこれらの情報を総合し、雪村の人物像を照らし出すと、自分の実力に誇りを持つ一方で、推薦で入学してきた者には強い抵抗を感じていると思われる。


 一方で、他の十傑メンバーである影山龍樹は朝からサボっていたので、朝の一幕を見ていなかった。


 玲奈はクラスの空気に無関心で、雪村が不機嫌な状態で授業を受けていても、誰も彼を注意することはできなかった。

 結局、彼の機嫌の悪さがクラス全体に影響を及ぼしていたが、玲奈はそれを気にする様子もない。


「さっきの話、もしかして気を遣わせたのか?」


 翔太郎は気まずそうに玲奈に声をかける。

 玲奈が雪村を突き放し、その結果彼の機嫌を損ねてしまったことを、どこか気にしている様子だった。


 玲奈はその問いに、冷静に答えるように肩をすくめた。


「気を遣わせた? 私が誰に対してですか?」


「いや……もしかしたら、俺のこと庇ってくれたのかなと」


 彼女の言葉に翔太郎は少し驚いたような表情を見せたが、玲奈はさらに続けた。


「単純に彼が鬱陶しかっただけです」


 その言葉が余計に冷たい印象を与えたが、玲奈の態度には全く揺らぎがなかった。

 翔太郎がどんなに気を遣っても、玲奈は自分が感じたことをそのまま言葉にするだけだった。


「中々、冷たい言い方だったな」


「そうですね」


 翔太郎が少し心配そうに言うと、玲奈は無表情に答えた。

 明らかにその問題を重要視していない様子だったが、翔太郎は何となく心配してしまう。


「まあ、私には関係ない話ですが。推薦生はあなたですし」


 特に気にもしていない玲奈の言葉に翔太郎は少しだけ安堵したが、同時に彼女の冷徹さを改めて感じていた。


 悪い奴ではないんだろうけど、冷たい奴。


 翔太郎の中で氷嶺玲奈の人間性はこんな感じで評価されていた。

 彼女の冷静で無駄な感情を表に出さない態度に、翔太郎は少しだけ距離を感じる。

 だが、先ほどの雪村の皮肉が翔太郎に全く通じていなかった時、面白いと感じたのか、思わず声を抑えて笑うなど、少しだけ人間味のある一面を見せた。

 それも一瞬の出来事であり、すぐにその笑みは消え、再び無表情な彼女に戻った。


 今日一日、玲奈はほとんど誰とも話さなかった。

 誰かが声をかけようとしても、微かに目を合わせることはあっても、それ以上の会話は一切交わさない。

 むしろ、彼女が誰かに近づくこともなければ、誰かが玲奈に話しかけることもない。

 その冷徹さと孤高の雰囲気に、誰も積極的に関わろうとはしないようだった。


 その姿に、翔太郎は一つの確信を持った。

 やはり、玲奈は1年生の頃から誰に対しても壁を作っていたのだろう。

 仲間意識や友情を深めることなく、ただ淡々と自分の世界に閉じ込めているように見えた。

 それ故に、周囲は玲奈に話しかけづらく、逆に彼女自身も孤立しているように感じられた。


 彼女が自分の周りをどう思っているのか、翔太郎にはまったく想像がつかなかった。

 しかし、一つだけ分かることがある。

 それは、玲奈が決して他人に心を開かないタイプだということだ。


「とはいえ……この手のタイプって、何度も孤児院で見てきたんだよな」


 思わず独り言が漏れる。

 孤児院でも、捨てられた直後で誰にも心を開かない子供たちは数多くいた。しかし、翔太郎はそんな子供たちにも目線を合わせ、気がつけば彼らを仲間たちの輪に加えていた。


 ただ、ここは孤児院ではない。

 彼女ももう子供ではないし、会ってまだ二日しか経っていない他人に、そんな風に無理に関わられても、きっと煩わしいだけだろう。


「あ……そう言えば、パートナー探しすっかり忘れてた」


 今日一番やらなければならないことを完全に忘れていた。


 いや思い出しても、パートナーができていたかどうかはかなり怪しい。

 というのも、昼間の出来事でクラスメイトたちに完全に壁を作られた気がするからだ。

 ランキングという学内のヒエラルキーが存在する以上、昼のように雪村がクラスで醜態を晒したとしても、依然として彼には求心力がある。


 その雪村に一方的に敵視され、加えて学園内では推薦生に対して「悪」や「ズル」といった偏見を持つ傾向が強い。

 そこまでマイナス要素がある翔太郎に近づく人間など、どこを探してもいなかった。


「やばいな。本格的にぼっちになり始めてる」


 ふと呟いた言葉に、翔太郎は少しだけ肩を落とす。

 彼にとっての学園生活が、思っていた以上に厳しく感じられた。




 ♢




 学校を後にし、バス停へ向かう道を歩いていると、ふと遠くに玲奈の姿を見つけた。

 彼女は周囲と距離を置くように、静かに歩いている。

 人々が行き交う中、まるで彼女だけが別の世界にいるような気がして、翔太郎は思わず足を止めた。


「あ、氷嶺玲奈……と、誰だ?」


 玲奈が誰かに声を掛けられたのを見かけた。

 その人物は黒いフードをかぶり、顔を隠すように歩いている。

 何気ない言葉で声を掛けられた玲奈は、一瞬その人物を見た後、特に疑問を感じることなく、足を止めずにその人物の後ろについて歩き出した。


「……何だ?」


 翔太郎は少し驚いた。

 玲奈がそんな人物について行くとは思ってもみなかった。

 彼女ならば、警戒心を持つだろうと予想していたからだ。

 だが、あまりにも自然にその人物に従っている様子に、翔太郎は次第に不安を覚える。


 黒フードの人物が玲奈を人気のない場所、少し離れた公園へと誘導している。

 その動きがあまりにも不自然で、翔太郎の胸にひやりとした感覚が走った。


「──黒フード、だって?」


 その一言が翔太郎の胸に突き刺さる。

 黒いフードをかぶった人物の後ろ姿を見た瞬間、翔太郎の脳裏にあの日の記憶が蘇った。


 あの日、彼が最も恐れていた出来事が。

 一日たりとも忘れたことのない地獄のような光景が。


 すべてを焼き尽くした炎。

 血を流して倒れた人々。

 そして最愛の妹が心臓を貫かれる姿を──。


 翔太郎は喉の奥が渇き、吐き気を抑えながら思わず口を押さえた。

 黒フードの人物が、あの集団の一員だとしたら。


「いや、まだだ。まだ確信が持てたわけじゃない」


 翔太郎は心の中で自分に言い聞かせる。

 彼の胸の中に冷や汗が流れ、手足がわずかに震えていることに気づいた。


 嫌な予感が、全身を支配していく。

 だが、まだ何も確証はない。


 ただの偶然かもしれない、彼が夜空の革命に関わっているという証拠はどこにもないのだ。


 だが、それでもその黒フードの人物が玲奈を誘導する姿を見た瞬間、翔太郎の頭に浮かぶのは、他でもない──あのテロリストたちだった。


「──夜空の革命」


 翔太郎は呟いた。

 その名を口にした瞬間、心の中で溢れ出す感情を抑えることができなかった。

 疑念、嫌悪、そして最も恐れるべきもの──怒り。

 目の前の人物がもしも、あの集団の一員だとしたら、玲奈はただの巻き添えになりかねない。


 翔太郎の心臓が激しく鼓動を打ち、息を呑んだ。

 あの業火の記憶が、まるで今も焼き付いているかのように頭の中を支配していた。

 燃える集落、血の海、妹が取り囲まれ、心臓を狙うあの連中の顔──思い出したくもないが、それが全て蘇る。


 怒りと共に、恐怖も、絶望も。

 だが、翔太郎は決してそれを認めたくはなかった。


「──いや、まだだ」


 彼の胸の内で、冷徹な判断力が言う。

 証拠がない以上、確定してはいけない。

 だが、もしも本当にそうだったら──


 翔太郎は否応なく足を速めた。

 歩道を踏みしめる音が、いつもより大きく響く。

 心の中で予感が強くなるにつれて、足取りは自然と重く、警戒心が増していく。


「このままじゃ……」


 翔太郎の目の前で玲奈が、まだその人物の後を追いかけている。

 その姿を見るたび、翔太郎の胸は締め付けられるような苦しさを感じた。

 もしも彼女が巻き込まれたら──


 嫌だ。

 絶対に、嫌だ。


 翔太郎は無意識に胸を押さえる。

 もう一度、あの時のような絶望を味わうくらいなら。


 だがその一方で、頭の中で冷静な声が響く。

 まだ確証はない、まだ確証は──


「──だが、万が一があるんだ」


 翔太郎は駆け出した。

 足音が静かに夜の空気に消えていく中で、胸の中で高まる恐怖と憎しみを感じながら、彼はただ玲奈を追い続ける。


 公園の入口近くに差し掛かると、玲奈が足を止め、ふと後ろを振り返る。

 その瞬間、黒フードの人物が不自然に動き、まるで何かを企むように手を伸ばした。

 玲奈がその動きに気付くことなく、目の前で何かをしようとしている。


 翔太郎はその一瞬で、すべてを察知した。


「──っ!」


 心臓が一瞬で跳ね上がる。

 嫌な予感、そしてそれを確信に変える瞬間。

 何かが起こる。

 その黒フードの人物はただの通りすがりじゃない、玲奈を狙っている。

 何かを企んでいる──それが確実だ。


 思考が先行する前に、体が反応していた。


「紫電」


 翔太郎は瞬時に力を集め、雷撃の準備をする。

 体の中に走る電気を感じ、指先までそのエネルギーが集まるのを感じ取った。

 彼の周りの空気が震え、かすかな音を立てながら電流が放たれる瞬間を待つ。


「──!」


 その瞬間、翔太郎の中で力が解放され、黒フードの人物の近くに雷が炸裂した。

 音を立てて空気が震え、その一瞬で周囲の景色が変わった。


 翔太郎の視界は雷の光に一瞬染まり、気づけば黒フードの人物が体を反らせていた。

 その瞬間、翔太郎の本能がすぐさま行動を促していた。


「──!」


 雷撃が放たれ、瞬間的に黒フードの人物の周囲が光に包まれる。

 人物は急激に身を引き、玲奈もその雷光に驚き、立ちすくんだ。


「──っ! 何、今の!?」


 玲奈は驚きと警戒の混じった声を上げ、翔太郎を見た。

 彼の予期しない行動に目を見開き、どこか動揺した様子を見せる。


 翔太郎はすぐにその驚きに反応した。

 玲奈を守るためだ。

 彼女に何かされる前に、フードの人物を何とかしなければ。


「早くここを離れろ! あいつが何を企んでたか知らないけど、今危なかったぞ!」


 翔太郎は冷静を保とうとするも、その声には焦りが滲んでいた。

 視線は黒フードの人物に固定したままだが、玲奈に向かって必死にその場を離れるように促す。


 玲奈は一瞬、呆然とした表情を浮かべた後、翔太郎の言葉にようやく反応する。


「……あなた、何故ここに? それに、今の異能力って」


 その問いを口にした瞬間、玲奈の目は翔太郎に向けられ、驚きと疑問が入り混じった表情を浮かべる。

 彼女自身、何が起きたのか理解できていない様子だった。

 どうして翔太郎がここに来たのか、そしてあの雷の力が一体何なのか。


 玲奈が何かを返答しようとする前に、翔太郎は黒フードの人物に近づき、激しく問いかけた。


「お前今、この子に何しようとした?」


 その声は明らかに怒りを含んでいて、黒フードの人物が一歩後退する。

 翔太郎の眼は鋭く、相手の反応を一瞬たりとも逃さないように凝視していた。


「答えろ。返答次第じゃ加減は出来ないぞ」


 問いかけと同時に、翔太郎は指先から放電を強めた。

 黒フードの人物が玲奈に手を出そうとしていたことは明白だった。

 しかし、その目の前で黙っているだけで、口を開くことはなかった。


 翔太郎は迷わず雷撃の力を掌に集め、相手が何かを仕掛ければ即座に次の攻撃を放つ準備をした。

 だが、相手の無言の態度がますます彼を怒らせ、警戒を強めさせる。


「さっさと答えろ。お前、どこの誰だ?」


 翔太郎はその言葉を絞り出すように言い、さらに警戒の目を黒フードの人物に向けた。

 全身から雷の力が放たれる寸前だ。

 だが、玲奈がその光景を目撃していることに気づき、ふと顔を一瞬引きつらせた。


「鳴神くん……?」


 教室で見せていたいつもの冷静な彼とは違い、今の翔太郎はまるで別人のようだった。

 怒りに満ち、そして何かを守るために戦おうとしているその姿。

 あまりのイメージのズレに動揺し、言葉を失う。


 その瞬間、黒フードの人物が一瞬だけ薄く笑った。

 その笑いはただの嘲笑ではなく、どこか悪どく、冷酷に響いた。




「──やっぱり生きてたんだ。お兄さん」




「お前、は──」


 黒フードの人物の声が響いた。

 その声は、女のモノだった。

 その瞬間、翔太郎の脳裏に警鐘が鳴る。


 ただの不審者ではない。

 間違いなく、“関係者”だ。


「紫電!」


 考えるより先に、翔太郎の手が動いた。

 雷撃を叩き込むべく、一瞬で電流を収束させ、放つ。


 しかし──


 雷が閃光を放ち、公園の静寂を切り裂いたその先には、何もなかった。

 黒フードの人物の姿は、煙のように掻き消えていた。


「……クソッ!!!」


 怒りが爆発し、翔太郎は拳を握りしめると、空へ向かって咆哮した。

 雷鳴のような叫びが、公園の静けさを切り裂く。


 しかし、すぐに深く息を吐き、荒ぶる気持ちを抑え込んだ。

 今は怒りに身を任せる時じゃない。

 玲奈の身が第一だ。


「……おい、大丈夫か?」


 そう言って振り返ると、玲奈は驚愕した表情のまま、言葉を失っていた。


「……」


 教室で見せていた無気力な態度とはまるで違う、怒りに燃え、激しく咆哮する翔太郎。

 そのギャップに、玲奈は完全に混乱していた。


「悪い、いきなり出てきてビックリしたよな」


 翔太郎は荒い息を整えながら、玲奈の顔を見た。

 彼女は未だに状況を飲み込めていない様子で、混乱した表情のまま固まっている。


「……あいつ、アンタのこと殺そうとしてたぞ」


 その言葉に、玲奈の肩がピクリと震えた。


「え……?」


「まさか、気付いてなかったのか?」


 翔太郎は眉をひそめる。

 玲奈の様子を見る限り、本当に何も知らなかったようだ。


「第一、アンタもアンタだ。何であんなあからさまに怪しい奴について行ったんだ」


 語気が少し強くなる。

 怒りというより、呆れと心配が入り混じった声だった。

 それに対して、玲奈は口を開きかけたが、すぐに閉じる。

 視線を逸らし、わずかに唇を噛んだ。


「それは────」


 どことなく迷いが見える。

 何か言いにくい事情があるのか、それともただ単に説明しづらいだけなのか。


「……まあ、いい。今、不審者通報するからちょっと待ってろ」


 翔太郎は深く息を吐き、頭を軽くかいた。

 これ以上詰めても、彼女が話したくないなら意味がない。


 翔太郎は懐からスマホを取り出し、すぐに学園の警備部門に連絡を入れた。

 深夜まで対応しているはずの通報窓口に接続すると、すぐに低い男性の声が応答する。


 翔太郎はスマホを耳に当て、学園の警備部門へと通報を入れた。


『はい、零凰学園警備部です。どうされましたか?』


「学園島から少し外れた公園で、不審者を目撃した」


『失礼ですが、お名前をよろしいですか?』


「零凰学園2年A組の鳴神翔太郎です」


『鳴神さん……確認しました。詳しい状況を教えてください』


 翔太郎は、玲奈が黒フードの人物に連れられそうになった事。

 相手が明らかに危害を加えようと企んでいた事。

 そして自分が異能力を使って応戦したものの、逃げられた事を簡潔に説明した。


『至急、こちらから現場へ向かいますので、その場で待機してください』


「お願いします」


 通話を切ると、翔太郎は大きく息を吐いた。

 怒りはまだ完全に収まっていない。

 学園内であれば厳重なセキュリティが敷かれているが、ここはその外。

 監視の目が緩い場所である以上、こうした不審者が入り込む可能性は十分にある。

 しかし、クラスメイトが狙われるとは──。


「……大丈夫か?」


 翔太郎は隣の玲奈に声をかけたが、彼女はまだ状況を完全に理解しきれていないようだった。

 僅かに伏し目がちに、ゆっくりと頷く。


「……はい。でも、本当にあの人は私を襲おうと?」


 玲奈の声には、まだ信じられないという感情が滲んでいた。


「この目で見たから間違いない。アンタは背中を向けてたみたいだけど……アイツ、完全に悪意があって手を伸ばしてた」


 翔太郎の語気は強めだったが、それは先ほどの出来事への苛立ちと、玲奈が無警戒でいたことへの焦りから来るものだった。

 玲奈は不安そうに眉をひそめ、何かを考え込むように沈黙した。


 ──その静寂を破るように、公園の入口付近で複数の足音が響く。


 数分後、黒服姿の警備部の隊員が数名、素早く公園へと到着した。

 彼らの顔には緊張感があり、事態の深刻さを悟ったかのように、すぐに翔太郎と玲奈へと向かってきた。


「鳴神翔太郎さんですね? 通報ありがとうございます」


「助かります。もう逃げた後ですが……ここにいたのは確かです」


 翔太郎は現場の状況を簡潔に説明しながら、黒フードの人物の特徴や、玲奈が狙われたことを伝えた。

 警備員たちは真剣な表情で耳を傾け、時折確認のための質問を挟む。


「異能力を使って応戦した、とのことですが、どの程度の交戦がありましたか?」


「いや、そこまで戦ったわけじゃないです。雷撃を放ったら、あいつはすぐに姿を消しました」


 翔太郎がそう答えると、警備員の一人が無線機に手をかけ、別の隊員と連絡を取り始めた。


「周囲の状況を確認しながら、周辺の監視カメラの映像もチェックする。島の外側のエリアとはいえ、何かしらの映像が残っているかもしれない」


「この近くに監視カメラは?」


「あります。ただ、学園内部ほどの精度は期待できません。しかし、少なくとも不審な影が映っていれば追跡の手がかりになるでしょう」


 玲奈は警備員たちのやり取りを聞きながら、どこか落ち着かない様子で視線を彷徨わせていた。


「……私は、どうすれば?」


 警備員の一人が玲奈に向き直ると、やや柔らかい口調で答えた。


「本来なら、あなたにも詳しい事情をお聞きしたいところですが、今回は未遂に終わったため、学園側で調査を進めます。ただし、しばらくは警戒を怠らないようにしてください。不審な人物を見かけたら、すぐに報告をお願いします」


 玲奈は少し考え込んだが、やがて小さく頷いた。その表情にはまだ動揺の色が残っている。


 事情聴取はさらに数十分続いたが、翔太郎も玲奈も提供できる情報は限られていた。

 黒フードの人物の正体も目的も分からず、手がかりは乏しい。

 それでも、警備部は警戒を強化し、学園内外の巡回を増やすことを決定した。


「ご協力ありがとうございました。しばらくの間、何か異変を感じたら、すぐに学園側へ連絡をお願いします」


 そう言って警備員たちは公園を後にし、翔太郎と玲奈はようやく解放された。


 気がつけば、空はすっかり暗くなっていた。


「すっかり暗くなったな……」


 翔太郎は夜空を見上げながら、肩を回す。

 いつの間にか時間が経ち、あたりは静まり返っていた。


「……あの」


 隣から玲奈の声が聞こえた。

 翔太郎が視線を向けると、彼女は少し躊躇いながら口を開く。


「折角なので……この後夕飯でも、ご一緒しませんか?」


「……は?」


「こういうことがあった後ですし、少し落ち着きたいんです。あなたも、聞きたいことがあるんじゃないですか?」


 翔太郎は玲奈をじっと見つめたが、彼女の表情は至って真剣だった。


「そうだな。そっちが教えてくれるなら、聞きたいことは山程ある」


 彼女が誰かを食事に誘うこと自体が意外な気がして、翔太郎は少しだけ驚きつつも、断る理由もなかった。


「行きましょう」


 玲奈が前を向いて歩き出し、翔太郎もそれに続いた。

 不審者の問題はまだ解決したわけではないが、ひとまず今は──玲奈の誘いに乗ることにした。

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