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雷鳴のラストピース  作者: 雨車狸
第一章 『氷結のマリオネット』
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第一章6 『相談事』

「失礼しました」


 あれから十分ほど職員室の前で少し待っていると、扉が開いて心音が出てきた。


「よう」


「あれ?鳴神くん?」


 彼女はやや驚いた表情を浮かべて翔太郎を見つける。


「始業式で別れてすぐで悪いんだけど、ちょっと心音と話したいことがあって会いに来た。B組の女子から聞いたら、職員室にいるって聞いたんだ」


「ごめん。ちょっと待たせちゃったかな」


「いや別に。でも、ここじゃなんだから、場所を移動しようかと思って」


「だったら図書館はどう? 私、この後図書館で人と会う約束してるんだよね」


「アリシア・オールバーナーか?」


「えっ……まあ、そうだけど。何で知ってるの?」


「それもB組の女子から聞いたんだ。普段、アリシアと図書館にいることが多いって」


「そっか、なら話は早いね。じゃあ図書館まで一緒に行こっか。改めてアリシアにも鳴神くんのことを紹介しないとだね」


 翔太郎は少し頷いて、彼女の提案に従うように歩き始める。二人は学校内を歩きながら、図書館へ向かった。




 ♢




「うわ、図書館も広すぎるだろ……」


 図書館は、零凰学園の中でも特に広大な空間を誇る場所の一つだ。

 天井が高く、壁一面には無数の本棚が並んでおり、所狭しと本が積まれている。

 特に目を引くのは、書架の高さだ。

 天井まで届く巨大な本棚には、専門書や古典文学、学園内での研究資料など、さまざまな種類の本がぎっしり詰め込まれている。


 本棚の間には広い通路があり、各書架にアクセスできるようになっているが、所々には腰掛けられるようなソファやクッションが配置されており、読書や勉強がしやすい環境が整っている。

 図書館の中央には大きな木製のテーブルがいくつか置かれており、学生たちがグループで集まって勉強したり、話し合ったりするのに使われる。


 その一方で、整理整頓されているようで実際には少し乱雑な部分もあり、いくつかの棚には積まれた本が少しずつ崩れそうになっている。

 学園の広大さを反映したような、開放感のある空間だが、細かいところでは学生たちの活気が感じられる。


 窓から差し込む光が、書棚の間に柔らかく差し込み、図書館内は静かで落ち着いた雰囲気を醸し出している。

 時折、読書に没頭する学生たちの足音が静かな空間に響き渡るが、それもまた学びの場としての特別な空気を作り出している。


「私とアリシアが約束してるのはあの部屋ね」


 心音が指さした先には、図書館内にある小さな個室が見える。

 その部屋はガラスの扉で仕切られていて、周囲とは隔絶された静かな空間だ。

 予約制のため、他の学生が勝手に使うことはできず、落ち着いて勉強したり、話をしたりするのにぴったりな場所だ。


「図書館に更に個室があるんだな」


 翔太郎は驚いた表情を浮かべる。

 図書室内にこんな個室があるとは思っていなかったが、心音の言葉で納得がいく。

 学園の施設として、こんな特別な空間が提供されているのは、やはり異能力者たちが集う学園ならではだ。


 翔太郎と心音が個室に入ると、アリシアがテーブルに座って洋書を読んでいた。

 彼女は心音の姿を見つけると頬を綻ばせて手を振り始めたが、隣に翔太郎がいる事に気付いて眉をひそめ、少し警戒するように視線を送る。


「アリシア、待たせてごめんね」


「別にいい。……その人は?」


「今日の朝、始業式で同じ列に座ってたでしょ? 改めて紹介するけど──」


「2年A組の鳴神翔太郎。よろしくな」


 心音だけに任せるのもどうかと思い、翔太郎は軽く自己紹介をしながらアリシアを見た。

 しかし、彼女は特に興味がなさげに翔太郎を無視して心音の方に向き直った。


「……なんでこの人も一緒なの?」


 アリシアは少し声を潜めて心音に問いかける。

 その表情には、先ほどまで心音に優しく手を振っていた柔らかい雰囲気はなく、どこか不信感が漂っていた。


 アリシアの冷たい口調に、翔太郎は少し気まずさを感じたが、心音と一緒にアリシアの近くに座ることにした。


「いや、ちょっと心音と話したいことがあって。人目があるから、図書館ならどうかなって話になったんだ」


 翔太郎は少し肩をすくめて、軽い調子で言ってみたものの、アリシアの冷徹な視線が感じられた。

 心音はその気まずい雰囲気に気づいたようで、軽く頷き、アリシアに向けて言った。


「アリシア、少しだけ鳴神くんとこの場所を使ってもいいかな?」


「すぐ終わるならいいけど」


 そう言ってから、アリシアは自分の本に視線を戻し、無言で読書を始めた。


「ありがとう」


「それじゃ、話に入るんだけど。B組はホームルームで5月の異能試験の話って聞いたのか?」


「うん。すぐに夜月先生から話があったよ。何でも次の試験ってパートナーを組む奴でしょ? 1年生の時はああいうタイプの奴ってやらなかったんだよね」


「1年生の時は?」


「基本的に異能試験って個人戦かクラス対抗かのどっちかだったからさ、パートナーを組んでやるっていうのがそもそも無かったの。だから、ホームルーム終わった後でみんなが組んで欲しいって押しかけて大変で大変で……」


「何となくだけどイメージが付くな」


 やはり、B組でも十傑の生徒は他の皆からは頼りにされているんだなと感じた。心音は玲奈とアリシアと違って誰に対しても親しげに接してくる。当然、友人の数も多く、異能試験の度に頼りにされることもあっただろう。


「単刀直入に聞くけど、心音は既にパートナーとか組んだのか?」


「えっと、私は──」


「パートナーは私」


 二人の会話に割り込んできたのは黙って本を読み続けていたアリシアだった。

 心音とアリシア。この組み合わせは────。


「えっ、十傑同士で組んだのか?」


 翔太郎が思わず口にする。

 アリシアと心音が友人同士である事は知っていたつもりだったが、まさか既にこの二人が組んでいるとは思っていなかった。


「別にルール上、ダメとは言われてない。十傑は単独で参加もできるし、十傑同士で組んでも特に問題はない」


 アリシアが冷静に答えると、翔太郎は少し驚きつつも納得した。

 考えうる限り、現状の2年生で最強のコンビが誕生したと言っても過言ではないだろう。

 玲奈は単独参加を既に決めており、影山龍樹はクラスで見たところ誰かと組んだ様子もない。


 となると、この試験において最も結果を出す可能性が高いのは、間違いなくアリシアと心音のコンビだ。

 それにしても、心音がアリシアとパートナーを組んでしまったということは──。


「鳴神くんは? パートナー組めたの?」


 心音の声が、どこか心配そうに響く。

 翔太郎は少し困ったように顔を曇らせ、彼の反応に気づいた心音とアリシアは、表情を曖昧にしながらお互いに顔を見合わせた。


「「あー…」」


 心音とアリシアは、翔太郎の顔を見てそれぞれに微妙な表情を浮かべた。


「心音とパートナー組みたくてB組来たんだ」


 アリシアの一言があまりにもストレートで、翔太郎は思わず頭を掻いてしまった。

 その言葉に、心音は驚きつつも、どこか嬉しそうな表情を浮かべつつも、少し申し訳なさそうに翔太郎を見つめた。


「え、そうだったの?」


「まぁ……一応な。まだ学園で知ってる人って全然いないし、もしかしたらって思ったんだけど」


 翔太郎は少し照れくさそうにそう言った。

 学園内にはまだ友人と呼べる人間もおらず、A組にも心音のように頼れる相手を作りたかっただけなのだが、雪村との会話が広まったことで転入初日からかなり厳しくなりそうだ。


「そっか…」


 心音は少し考え込むように目を伏せたが、すぐに顔を上げると、ふわっとした笑顔を翔太郎に向けて言った。


「じゃあ、もし良かったら私と組まない?」


「え?」


「何考えてるの、心音」


 翔太郎が真意を問うよりも先に、アリシアが反応した。

 明らかに彼女の声には怒気が滲んでいた。

 心音の提案を即座に拒絶したのは、アリシアにとって予想外のことだったのだろう。


「アリシア、ちょっと…」


 心音は戸惑いながらも、少し優しくアリシアを宥めようとした。


「心音。本気で言ってるの?」


 アリシアは少し冷ややかな目で心音と翔太郎を見比べて、口調を強くした。


「え?でも、鳴神くん、パートナーがいないんだし……。ほら、私たち十傑だから、アリシアなら単独でも参加できるじゃん?」


 心音は少し戸惑いながらも、アリシアに申し訳なさそうに言った。


「そんなこと分かってる」


 アリシアは強い口調で遮った。


「でも、それとこれとは別。私たちが組んでるのに、何で転校生と組む必要があるの? 試験で一位を取るなら十傑が単独で参加するよりも、十傑同士で手を組んだ方が確実性が増す」


 その言葉に、翔太郎は少し驚きながらも冷静に聞き返す。


「試験で一位を取るって、どうしてそんなにこだわるんだ? 上位になれば、何かメリットがあるのか?」


 アリシアは一瞬言葉を止め、息を吐いてから答えた。


「本当に何も知らないの? 試験での入賞はただの入賞じゃない。学園のランキングな大幅に変動したり、試験報酬も順位によって段違いに違う」


「ランキングとか報酬ってやっぱり大事なものなのか?」


 イマイチ話が飲み込めてない翔太郎に、アリシアは少しだけ苛立ちを見せたが、それを制するように心音が口を挟んだ。


「この学園島だけで使えるスクールマネーのことだよ。寮費にも使えるし、この学園島の施設なら何でも使えるの。ランキングも同じ。毎月ランキングに応じてスクールマネーが支給されるし、十傑に至っては学園内で様々な特権が適応されるんだよ。今回の試験のルールみたいにね」


「なるほど」


 通りで上位入賞にこだわる訳だ。

 十傑といえど、下位の席次は全て2年生。

 いつでもランキングが変動しても不思議ではないということか。


「試験で一位になれば、学園で自分の立場を確立できるの。それに、私たちが上位を取るってことは、心音が誰かと組んだりしてる余裕はないってこと。二人でトップにならないと、十傑のコンビも意味がない」


 心音はその言葉に少ししんどそうに顔をしかめ、翔太郎に視線を向けた。


「アリシア、ちょっと言い方」


 翔太郎は少し考え込みながら、言った。


「なるほど、試験で上位に入る事はそんなに大きなメリットがあるのか。確かにそれだと心音は重要な戦力になるな」


 アリシアはその言葉を聞くと、ますます冷たく言った。


「特に上位を目指しているわけでもなく、ただパートナーを探しているだけのあなたに、わざわざ心音が組むのは勿体なさすぎる」


 アリシアはその言葉を、冷徹に投げかけてきた。


「この試験って、基準点に満たなかったら退学処分もあるんだろ?だからなおさら、顔見知りで凄い人を頼りたくなっただけなんだけど……」


 翔太郎は素直に答えるものの、その顔にはほんの少しの困惑が浮かんでいた。アリシアの言葉が鋭く突き刺さる。


「A組には私たち以外にも二人の十傑がいる。心音は既に私と組んでるし、その人たちに頼んだ方が早いと思う」


「いや、アリシア、それは……」


「十傑が簡単に首を縦に振る相手じゃないって、分かってるでしょ?」


 アリシアの言葉には、試験や立場を意識した、どこか厳しさを感じさせるものがあった。

 心音はその事実を十分に理解しているのだ。


 翔太郎は一息ついてから、思わず言った。


「実は、俺、氷嶺玲奈にパートナーを組んでくれないかって声を掛けたんだよな」


「「えっ!?」」


「当然、秒で断られたんだけど」


 心音とアリシアは同時に驚いた表情を浮かべ、目を見開いて翔太郎を見つめた。

 心音は思わず手を口元に当てて驚きながら、「え、氷嶺さんに?」と呟いた。


「氷嶺玲奈と言えば、第八席と第六席の二人よりも可能性が低い」


「そうなのか?」


「そうだよ。氷嶺さん、1年生の時も頑なに誰とも協力しないで一人で試験受けてたんだから」


 心音はどこか残念そうに頷き、翔太郎が天然を発動して玲奈にダメ元で声を掛けた部分を察したようだった。

 アリシアはそんな心音の様子を見てしばらく黙っていたが、やがてため息をついた。


「そんな無茶をするよりも、もう少し現実的に考えたほうがいい。パートナーを探すならわざわざ十傑の生徒でなくてもいいはず。A組には他にも優秀な生徒が多かった」


 アリシアの言葉には、どこか冷たいが割と本心からの助言が込められていたように感じた。


 翔太郎は肩をすくめて苦笑いを浮かべた。


「それがさ、転入初日なんだけど……ちょっとA組で悪目立ちしちゃってさ」


 翔太郎は肩をすくめながら、軽くため息をついて言った。その言葉に心音とアリシアの視線が一斉に翔太郎に集まる。


「え?」


「初日に何したの」


 心音は驚きの表情を浮かべて言った。

 一方、アリシアは少し呆れたような表情で問いかけてきた。

 転入初日でクラスで悪目立ちするような事は、そうそうある話ではない。

 その理由を気にするのも無理はない。


「さっきの氷嶺さんにパートナー組んで欲しいって言った件?」


 翔太郎は少し苦笑いを浮かべながら、答える。

 心音が少しきょとんとした顔をしている間、アリシアは冷たく眉をひそめた。


「まあ、遠からずだな。あの子に断られた後、雪村って奴に話しかけられてさ。最初は普通に話してたんだけど、なんかさ、色々話してるうちにクラスの雰囲気が変わっちゃって」


 翔太郎は少し言葉を詰まらせ、話の流れを考えた。

 雪村に話しかけられて、推薦入学者だということを知られ、急にクラスの空気が変わった。それが、自分にとってあまり気持ちのいいものではなかった。

 しかし、心音とアリシアにそのまま話すのを躊躇っている自分がいる。


「話し辛いこと?」


 心音が心配そうに聞いてきたが、翔太郎は少し目を逸らしながら答えた。


「これを聞いたら、二人も嫌な気持ちになるかもだけど」


 その言葉に心音は少し目を見開き、アリシアは無言でそのままじっと翔太郎を見つめていた。どこか冷たい視線が感じられる。

 翔太郎は少しだけ深呼吸をし、口を開いた。


「実は、俺……推薦入学者なんだ」


 言葉を発した瞬間、心音は驚きの表情を浮かべたが、すぐに落ち着いた様子で話を聞いている様子だった。

 アリシアは無言でその言葉を受け止め、微動だにしなかった。


「推薦……?」


 心音はその言葉を繰り返すように言ったが、特に動揺することもなく、むしろ冷静だった。


「そう、推薦入学者。だから、転校してきたばかりで学園のルールとか空気感とか全然分からなくて……」


 心音は少しの間黙っていたが、やがてにっこりと笑った。


「なーんだ。そんなことだったんだ」


 心音があっさりと答えると、翔太郎は少し驚いた表情を浮かべた。


「心音は何とも思わないのか?」


 心音は不思議そうに首をかしげながら言った。


「え? 別に。学園の制度を使っただけで、鳴神くんが何かズルしたって訳じゃないじゃん。それに、転校の推薦が通るってあんまり無いことだしね。推薦してくれた人がよっぽど鳴神くんのことを学園にアピールしたんだろうし」


「──推薦してくれた人、か」


 翔太郎はその言葉に少し黙って考え込んだ。

 今こうして零凰学園にいるのは、剣崎のおかげだ。

 剣崎は世界を広く知って欲しくて、翔太郎をこの学園に入れた。

 いずれ、自分と一緒に強大な敵に立ち向かうために。

 だがその気持ちを、翔太郎はまだ完全に理解していない。


「私はそんなの気にしてないよ。入学方法が違っても、同じ学園の同級生ってことに変わりないんだし。誰が推薦で入学しても、その人なりに普通に頑張ればいいんじゃないかな」


 心音の言葉は、翔太郎にとってはとても安心できるものだった。

 どんな背景であれ、今自分がここにいることを受け入れてくれているように感じた。


「……」


 翔太郎は少し黙ったまま、心音の言葉を噛み締めていた。


「アリシアもそう思うでしょ?」


 心音がアリシアに問いかけると、アリシアは無表情のまま、ゆっくりと首を縦に振った。

 その態度はあまりにも淡々としていたが、逆にそれがアリシアらしさを感じさせた。


 翔太郎は最初、アリシアの冷たさに気まずさを覚えたが、心音がいたおかげで、その空気も少し和らいだ。

 それに、心音の言葉が自分を理解してくれているように感じ、少し安心した。

 どこかで、心音なら違う答えをくれるだろうと信じていたのかもしれない。


「ありがとう、心音」


 翔太郎は心音に微笑みかけ、そしてまた少し考え込んだ。

 自分が推薦入学者だという事実、そしてそのせいで周囲の反応が変わってしまったことを素直に伝えたかった。


「ただ、私たちは気にしなくても、他の子たちがどう思うかだよねー。この学園って無駄にプライド高い人たちが多いから、推薦ってだけで同じ学生として認めてくれないかも」


 心音が軽く笑いながら言うと、翔太郎も苦笑いを浮かべた。


「そうなんだよなぁ……」


「しかも雪村くんだっけ? あの子も影山くん程じゃないけど、色んな意味で有名だよ」


「そうなのか?」


 翔太郎は興味深く聞き返した。


「そうそう。なんでも1年生の時からずっと氷嶺さんに言い寄ってて、その度に氷嶺さんから無視されてたのを、他の子たちに当たったりしてたんだよね。氷嶺さんが誰とも仲良くしようとしなかったのもあるけど、雪村くんが彼女に対して周りがちょっかい掛けないように普段から威圧してたから、氷嶺さんはいつも一人だったの」


「なるほど。だから、あそこまで俺に突っかかってきたのか」


 翔太郎はすぐに状況を理解した。

 どうやら雪村は玲奈に並々ならぬ想いがあるらしい。

 色恋沙汰となると、どうしても面倒事が絡む。

 だが、背景を知ると雪村の行動には納得できる部分もあった。

 あの状況で、よく知らない転校生の翔太郎が氷嶺にパートナー契約を申し出たのは、彼にとっては思わぬ抜け駆けに見えただろう。

 しかも、意中の相手に無遠慮に話しかけてきた転校生が推薦入学者ときた。

 あの反応が無理もないことだと感じた。


「雪村からすれば、推薦入学の転校生が無神経に声をかけてパートナー契約を申し出たんだから、気分が良くなかっただろうな」


 翔太郎はその思いを口に出すと、少し冷静になった。

 自分の行動が周囲に与える影響をもう少し考えなければならなかったと反省の念が湧いてくる。


「いや話聞く限り、鳴神くんは何も悪くないよ。あんまり気にしないよう方がいいんじゃないかな?」


 心音の言葉に、翔太郎は少し自分を納得させるように頷いた。


 確かにそれもそうだ。

 何の運命か、玲奈とは隣の席だ。

 もし、雪村の目を気にして玲奈と気まずそうにしていたら、それこそ学園生活が居心地悪くなるだけだろう。

 入学した以上、翔太郎はそれだけは避けたかった。


「色々相談聞いてくれてありがとう。やっぱり、心音は凄い頼りになる奴だ」


 翔太郎が感謝の気持ちを込めて言うと、心音は照れくさそうに笑って答える。


「いやいや、私なんにもしてないような…」


「でも、気持ちだけでもすごく助かるよ」


「それならよかった」


 翔太郎は少し考え込みながら、決意を固めた。


「とりあえず、明日もう一度A組の人相手にパートナー組んでくれるかどうか聞いてみるよ。アリシアも邪魔して悪かったな」


 翔太郎は、改めて二人に頭を下げた。

 自分が心音に話しかけたことによって、アリシアの約束に割り込んでしまったことが少し気まずくなったからだ。

 アリシアは黙ったままだったが、翔太郎はそのまま部屋を出ることにした。


「それじゃ、またな」


 翔太郎は軽く手を振りながら部屋を出た。




 ♢




 翔太郎が出た後、心音は少し間を置いてから、アリシアに声をかけた。


「ねぇ、アリシア。鳴神くんに自分も推薦で入学したって言わなくて良かったの?」


 アリシアは少し驚いたように心音を見つめるが、すぐに無表情に戻った。


「別に、どうでも良かったから。彼が推薦入学者だって言った時、私も驚いたけど……でも気にするほどのことじゃないでしょ?」


「さっき私が鳴神くんに気にしてないって言った時、アリシアも頷いてたじゃん」


「……」


「でも、鳴神くんがあんなに気にしてるの、少し意外だったな。話聞く限りだと、鳴神くんよりもA組の子たちの態度の方が問題だった気がするけど」


 心音はそう言いながら、ふと視線をアリシアに向けた。

 先ほどからずっと黙ったままの彼女は、何かを言おうとしているように見えたが、結局口を開くことはなかった。


 アリシアが話しづらそうにしているのを察して、心音は推薦の話題を変えるようにあえて翔太郎自身の話を振ってみた。


「ねえ、もしかして鳴神くんのこと苦手?」


 アリシアは少しだけ間を置いてから、淡々と答えた。


「あの人だけじゃなくて、心音以外はみんな苦手」


「もう、またそんなこと言って……」


 心音は呆れたように肩をすくめた。


「そんなんだと、いつまで経っても友達増やせないよ?」


「別に増やしたくないし」


「えぇー、そんなの寂しすぎるよ。アリシアだって、一緒にいて楽しい友達が増えたら嬉しいでしょ?」


 心音は少し考えたものの、それ以上強く言うのは控えた。

 アリシアにも彼女なりの考えがあるのだろう。無理に変えようとしたところで、余計に壁を作られるだけかもしれない。


 それでも、翔太郎のことを完全に拒絶しているわけではなさそうだ、と感じる。

 表情こそ変わらないが、彼の話題が出たときの微妙な間や、心音の問いかけに即答しなかった様子から、ほんの少しだけ迷いがあるようにも見えた。


 ——できれば、翔太郎には頑張ってほしい。

 彼は推薦入学というだけで理不尽な態度を取られたが、決して悪い人間じゃない。

 むしろ、最初から気さくに話しかけてくるくらいには真っ直ぐな人だ。


 それに、アリシアにももう少し交友関係を広げてほしい。

 極端に人付き合いが苦手で、心音以外とはまともに会話をしようとしない。

 けれど、心音から見れば、そんなアリシアが誰とも関わらずに学園生活を終えるのは、やっぱり寂しい気がする。


「……楽しい友達なら、ね」


 アリシアがぼそっとつぶやく。


 その言葉に、心音は少しだけ安心した。

 翔太郎がアリシアにとって“楽しい友達”になれるかは分からない。

 でも、同じ境遇の彼ならもしかして——そんな期待が、心音の中にほんのわずか芽生えていた。

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