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雷鳴のラストピース  作者: 雨車狸
第一章 『氷結のマリオネット』
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第一章5 『推薦』

 玲奈が教室から出て行ったのを目で追い、翔太郎も頃合いかと席を立った。

 本来の第一希望である心音のいるB組に向かおうとしたその瞬間、背後から声がかかった。


「よう、転校生」


「ん?」


 振り返ると、白髪のマッシュヘアに数多くのピアスを付けた男子が、にやにやと笑いながらこちらを見ていた。

 その後ろには、数人の男子生徒が控えており、値踏みするような冷ややかな視線を翔太郎に向けている。


「確か鳴神翔太郎、だっけ? 俺は雪村真(ゆきむらまこと)。一応、零凰学園のランキングで言うと17位だ」


「おお、めちゃくちゃ高いじゃん」


 17位となると、十傑の後ろに控える実力者と言ったところだろうか。

 ランキングは1年生から3年生までの全ての生徒が順位付けされており、学園全体で約1200人程度の生徒がいるため、17位という順位はかなり高いレベルだ。


「分かってるようで何よりだ。それで質問だけどよ。さっきのアレは何だ?」


「ん?さっきのアレって?」


 特に何かした覚えもないので疑問符を浮かべる。


「第十席の氷嶺玲奈。アイツにパートナーの契約を持ちかけた件についてだよ」


「あー、アレね。見てたなら分かるだろうけど、俺、転校してきた直後で試験のこととか全然分からなくてさ。それで、教えてもらうついでに組んでもらえないかなーって感じで頼んだんだよ」


 雪村は翔太郎の返答に少し顔をしかめ、唇をわずかに歪ませた。


「なるほど、そういうことか。まぁ、転校生だからルールも分からず、いきなり玲奈に声をかけてきたのは仕方ねえよな」


「ルール?」


 翔太郎は少し困惑しながらも、雪村を見返す。


「お前、本当にクラスの空気感みたいなモンを何も知らねぇんだな」


 雪村は鼻で笑いながら、翔太郎に視線を向けた。


「玲奈はただの生徒じゃねぇ。アイツは単独で試験に出るような奴だって知ってるか?」


「まあ本人から聞いたし」


「だったら分かるだろ、転校生がいきなり声をかけてきて、いきなりパートナーを組もうだなんて、どう考えてもおかしいんだよ」


 翔太郎は少し戸惑いながら、雪村の言葉を受け止めた。


「そういうモンなのか?」


「そうだ」


 雪村は冷たく言い放つ。


「お前みたいな新参者が、いきなり十傑のおこぼれに預かろうとしてるのが気に入らねえんだよ」


 翔太郎はその言葉に少し驚き、黙って雪村を見つめた。すると、雪村はわざとらしくため息をつき、冷ややかな笑みを浮かべた。

 ここで翔太郎は初めて彼から、敵愾心か苛立ちのような感情を抱かれているのを思い知った。


「まあ確かに、あの子には気を遣わせたな」


 その点については素直に悪いと思っている。

 初対面とはいえ、彼女にとっては図太すぎた。


「転校生が何も知らないのは分かるけどな、学園のルールとか空気ってもんがあるんだよ」


「了解、次からは気を付けるよ」


 少し雪村の物言いに驚いたが、翔太郎は特に気にすることなく、素直に返答した。

 全く意に介していない翔太郎の態度に、雪村は少し不快に思ったのか、耳元のピアスを揺らしながら近付いてきた。


「そういえば、お前の自己紹介って名前だけで他は何も聞いてなかったな。どこの高校出身だ?」


「千葉県の下の方にある高校だけど……」


 翔太郎がかつて通っていた高校名を言うと、雪村は後ろに控えている男子生徒たちにその高校の所在を尋ねた。

 その内の一人がスマホで検索し、雪村に見せると、少し興味深げに翔太郎を見返した。


「へぇ、この学園に転校してくるから、どれほどの異能力者の学校だと思ったが、ただの普通高校かよ。よくそれで、こんな学園の編入試験を突破できたな」


 その言葉はあからさまな挑発だった。

 教室に残っていた生徒たちも、誰もがその挑発的な言葉に気づいていたが、翔太郎本人はまるでその意味に気づいていないかのように、首をかしげながら答える。


「編入試験……? なんだそれ。そんなのあったのか?」


「は?」


 雪村は目を丸くして驚いた。

 翔太郎の反応に教室の空気が一瞬、硬直した。


「受けてないのか、編入試験」


「受けてないよ、編入試験」


「……」


 翔太郎は首をかしげながら答える。

 その無邪気とも言える反応に、雪村は驚きの表情を一瞬見せたが、すぐにその目に鋭さを増し、口元を歪めた。


 翔太郎が困ったように肩をすくめるのを見て、雪村は納得したように小さく笑った。

 その笑みの中には、明らかに侮蔑と不信感が含まれていた。そんな感情を向けられる覚えもないので、翔太郎は更に困惑した。


「なるほどな、分かったよ。お前、推薦転入で来たんだな」


「おお、よく分かったな。そうだよ、それだよ。だから、この学園のこともよく知らないまま入ったんだよな」


 翔太郎がそんな無邪気な調子で言うと、教室の空気が一瞬にして凍りついた。


 零凰学園は、日本トップクラスの異能力者専門の高校。

 その入試は、並大抵の努力では到達できないほどの難易度を誇る。

 エリートの家系の異能力者でさえ、努力と才能を兼ね備えなければ生き残れないような環境で、翔太郎のように編入試験を免除された推薦入学でやって来る者は異端とも言える存在だった。


 零凰学園の風潮として、推薦で入学した生徒を嫌う傾向が強い。

 エリート校で試験を突破してきたプライドの高い生徒たちにとって、推薦入学者はその努力を省略した、無駄に恵まれた存在として映るからだ。


 その為、翔太郎の一言が響いた瞬間、周囲の視線が一斉に翔太郎に集まり始める。

 その視線の中には、冷ややかなものや、軽蔑の感情が込められているものも少なくなかった。


「推薦……」


 ある生徒が呟き、その声に何人かが耳を傾け、微妙な空気が広がる。

 翔太郎はその変化に気づかず、ただの好奇心から口を開いただけなのだが、周囲の反応は全く違っていた。


 翔太郎は天然そのもので、何も知らないままに学園のことを話してしまったが、その無自覚さが周囲を更に苛立たせていった。

 彼が田舎から来た本物の素人であることが、逆に今の状況を際立たせていた。


「なるほどな。そりゃ、零凰学園のことを何も知らねぇ訳だ。編入試験を受けてれば分かるようなことを何も知らねぇってのは、つまりそういうことだったのか」


 雪村の言葉は冷ややかで、少しばかり苛立ったような響きがあった。

 周囲の生徒たちも、その言葉に反応して少しずつ静まり返る。

 翔太郎はそれに気づかず、ただ頷きながらも困惑した表情を浮かべる。


 雪村は一度、翔太郎をじっと見つめてから、軽くため息をついた。


「推薦で来たってことは、普通の試験じゃなくて、特別なルートでこの学園に入ったってことか」


「そうだな。決まったのもつい先月だったし」


「まあ、事情は色々あるだろうが、こういう学園の空気を読むのが大事なんだよ。推薦入学者ってのは、他の生徒たちからしてみれば、何かと優遇されてる存在だろ?」


「そうなのか?」


「ああ。そういうモンだ」


 雪村の言葉は、翔太郎が無意識に振りまいた緊張を和らげるどころか、むしろ彼の立場をより一層厳しくした。


「だから、お前みたいに何も知らないガチの田舎者が、いきなり十傑に話しかけて、パートナーに組もうだなんて、周りからしたらありえないって思われるんだよ」


「……あー」


 翔太郎はその言葉に、初めて自分の無自覚さが周囲にどう映っているかを実感した。


 雪村はその後、再び翔太郎の顔をじっと見つめ、冷徹な視線を向けながら、こう言った。


「でもまあ、教えてやるよ。お前が何も知らないのは分かってる。だけど、こういう場所ではもっと空気を読むことを覚えた方がいい。じゃないと、その内誰かに痛い目に遭わされる事になるかもなぁ」


 そして、雪村はちらりと周りの仲間たちに目をやりながら、翔太郎の前から離れた。

 まるで最初から話をするつもりなどなかったかのように、無関心を装いながら。


 翔太郎はその後ろ姿を見送り、しばらく黙って立ち尽くした。


「転入してすぐなのに、みんなの反感を買っちまったかも……」


 翔太郎は頭を抱えたくなる気持ちで、教室の空気を感じ取った。

 周囲の視線が一気に冷たくなり、何かを察した瞬間、自分がどれだけ周りに無自覚だったのかに気付く。

 推薦入学者に対する学園の偏見、そしてそれが自分に向けられていることを実感した。


「初日からこんな事になるなんて……パートナー探し、まずい事になったな」


 まだ何も決まっていないし、パートナーの選び方もよく分かっていない。

 しかし、これから試験を受けるためには誰かと組まなければならないのに、いきなり周りから反感を買ってしまったとなれば、選択肢は狭まる一方だ。

 どこかで期待していた助けの手も、今や遠く感じられる。


 不安と焦りが心の中で渦巻いていた。

 翔太郎は気づけば、またもや周囲の視線を避けるように顔を下げ、手元の生徒手帳に視線を落とした。




 ♢




 翔太郎は心音を探してB組に足を運んだ。

 廊下に足を踏み入れると、教室の扉を開ける前に少し躊躇した。

 A組での冷たい視線がまだ頭に残っているせいか、なんとなく気が引けたが、心音に会えばパートナー探しのヒントが得られるかもしれないと思い、意を決して扉を開けた。


 中に入ると、B組の生徒たちは各々の席で雑談していたり、持ち物を整理したりしている。

 だが、心音の姿は見当たらない。

 軽く教室を見渡した翔太郎は、すぐに近くの席にいる女子生徒に声をかけた。


「ちょっと良い?」


「ん?」


「白椿心音って、今いる?」


 その女子生徒は少し驚いた表情で翔太郎を見た後、すぐに答えた。


「心音ちゃんは今いないよ。普段はアリシアさんと一緒にいることが多いから、図書館にいるかも」


「アリシア……」


 アリシア・オールバーナー。

 心音の話によれば十傑の第九席だ。確か小柄な金髪の外国人だったような気がするが──。


「あ、私さっき心音ちゃんが夜月(よるつき)先生の手伝いをしに職員室に向かったのを見たよ」


 そう言ってきたのは、翔太郎が声をかけた女子生徒のひとりだった。

 彼女は翔太郎をじっと見つめ、少し戸惑いながらも、情報を教えてくれた。


「夜月先生?」


 翔太郎が少し疑問の表情を浮かべると、その女子生徒は軽くうなずき、続けた。


「うん、ウチらのクラスの担任の先生だよ。何か二人で話があるって」


「職員室だな。ありがとう」


 翔太郎は軽く会釈して、教室を出ると職員室へ向かう足を速めた。

 心音を見つけたら、これからのことについて少し話してみよう。

 パートナー探しも含め、少しでも自分の不安を解消できるかもしれないからだ。

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