第一章3 『転校生』
壇上で零凰十傑とやらの紹介が終わり、始業式が無事に終了した。
式が終わると、列に残された翔太郎は、周囲からの視線を感じるものの、特に気にすることなくそのまま座っていた。
生徒たちは談笑しながら、それぞれ自分たちの教室に戻って行く。
そして、紹介された十人が列に戻ってくると、その一人一人から放たれるオーラが、まるで他の生徒たちとは一線を画すように感じられた。
彼らはまるで特別扱いされている事が慣れているかのように、周囲に注目されても堂々と歩き去って行った。
彼らは傍で座っていた翔太郎に目をくれることもなく、自分たちの教室へと戻って行く。
──しかし、一人を除いて。
心音は翔太郎の様子に気づくと、急に顔を赤らめ、慌てて手を合わせて謝罪の仕草をした。
「黙っててごめん!」
「え?」
いきなり謝罪されたが、何が何だか分からなかった。状況が掴めていない翔太郎に対し、彼女は急いで翔太郎に説明を始めた。
「この学園は生徒一人一人が全学年でランキングされているんだよ。順位は一学期ごとに変動するんだけど、生徒の成績や試験の結果を総合した順位が主に通達されるようになってるのね」
「さっきの零凰十傑って言うのは……」
「そう。前年度の3月修了時点で、この学園で最も優れているとされている十人の事だよ。去年の卒業生を除いてね」
「じゃあ、君も──」
「改めて自己紹介するね。零凰十傑第七席、白椿心音です。よろしくね、鳴神くん」
自分で席次を名乗ることになって、彼女の顔には少しばかりの恥じらいが見えたものの、真剣に翔太郎に説明していることが伝わってくる。
まさかの第七席。
現在、この学園で七番目の実力者とされている少女といきなり出会ってしまった。
「ちなみに、さっき私と話してた金髪の子。あの子は第九席のアリシア・オールバーナーって言うの。今度見つけたら、仲良くしてあげてね」
「……あ、ああ」
知らないとはいえ、かなり訝しんだ態度を取られていたので、あまり仲良くできるビジョンが浮かばないが一先ず頷いておいた。
「鳴神、少し良いか?」
心音から改めて自己紹介をされ、二人で話していると、突然後ろから声をかけられた。
振り向くと、そこには痩せ細った身体の中年の男が立っていた。
顔色は青白く、目元にはくまができ、まるで長い間寝不足なのか、顔つきがどこか不健康な印象を与える。
その風貌に思わず目を細めてしまうが、男はまるで気にする様子もなく、翔太郎に近づいてきた。
「お前が転校生の鳴神翔太郎、だな?」
男は翔太郎に対してそう声をかけた後、わずかに黙ったまま自己紹介を始めた。
「俺は2年A組の担任、岩井大我だ。あとで転校生の紹介をするから、俺のクラスに来るように」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「早々に一言言わせてもらうが、お前遅刻したろ」
その言葉と共に、岩井は翔太郎に遅刻を指摘するように目を細め、注意を促した。
まだ式が終わったばかりだというのに、少し無愛想に見えるその態度に、翔太郎は少し身構えてしまった。
「本来、転校生には最初にこの学園の制度を伝えるために一時間前に体育館に来るよう事前に通達したはずだよな」
「え、そうなんですか?」
「この学園に来る前に推薦した人間から何も聞かされてないのか?」
「……いや、特には」
翔太郎の岩井の間で気まずい沈黙が流れる。
何も知らない少年に呆れたのか、岩井は一度ため息を吐いて頭を掻きむしった。
「まあいい、説明は後ででも出来ることだしな。この後はちゃんとクラスに来て、紹介と説明を受けろよ」
翔太郎は少し困った顔をしながらも、礼儀正しく頷く。
岩井がいなくなると、隣にいる心音が声を掛けて来た。
「それじゃ、私たちはここで一回お別れだね」
「君のクラスって岩井先生のところじゃないのか?」
「ううん、私とアリシアは隣のB組だよ。だから別のクラスだね」
「……そうか」
正直、不安でしかない。
唯一の顔見知りと別クラスということもあって、これから行くクラスは完全に知らない人間ばかりという事になる。
「ただA組かぁ……ちょっと鳴神くんは大変かもしれないね」
「A組に何かあるのか?」
「んーと、この学園って1学年に10クラスあるんだけど、丁度さっきの十傑の内の二人がA組に固まっているんだよね。あと一人はC組にいて、残りの五人は全員三年生だから、A組とB組、C組以外のクラスに十傑の人はいないんだけど」
零凰十傑の内、二人と同じクラス。
先ほど、彼らは翔太郎に目をくれることもなく教室へと去って行った。
白椿心音は親しげに話してくれるが、他の二人がそうだとは限らない。
「A組には第六席の影山くんと第十席の氷嶺さんが居るんだけど、二人とも結構癖強いから、反感を買うような真似はしないようにね。担任の岩井先生は生徒にあんまり関心ない感じだから、喧嘩とかあっても止めてくれないし」
「なんか胃が痛くなってきた」
それに加えて転校生の翔太郎。
自分でも、どう考えても厄ネタにしか思えなかった。
「ちょっと待て、喧嘩とかあってもって言ったな。好戦的な奴ってことか?」
「うん……第六席の影山龍樹くん。結構、この学園でもアウトローな人なんだけど、彼と揉めた人は全員重症で病院送りらしくて話聞く限りは問題児っぽいんだよね。本人の順位も第六席で2年生の中だとトップだから、先生たちも強く言えないみたいで」
「マジかよ」
翔太郎は思わず息を呑んだ。こんなエリート校にも、不良という存在がいるのかと驚かされたからだ。
しかも、話を聞く限り実力は本物。
教師ですら手をつけられないほどとなれば、もはや学園内で無敵のようなものだ。
しかし、ここで本来の目的を思い出す。
自分は強くなるためにここへ来た。
いずれ剣崎の仕事を手伝い、夜空の革命と決着をつける。
その為の学び舎で、無駄なトラブルに首を突っ込む必要はない。
明らかに厄介な相手と分かっているのに、わざわざ関わるのは得策じゃない。
翔太郎はそう結論を出し、影山龍樹という名前を頭の片隅へと追いやった。
「色々教えてくれて助かった。おかげでこの学園のこと、少し分かった気がする」
「そっか、役に立てたようで良かったよ! 私、普段は隣のB組に居るから、何か聞きたいことがあったらいつでも聞きに来てね!」
「ありがとう、白椿」
翔太郎が礼を言うと、心音は少しだけ無表情になって頭を掻いた。
「下の名前で良いよ」
「え?」
「白椿って長いし、ちょっと呼びづらいでしょ?」
「……まぁ確かにそうだな。呼び辛いとは思ったけど、会ったばかりでいきなり名前呼びだと馴れ馴れしいかなって気を遣ってたんだ」
「そんなこと気にしなくて良いのに。学園のほとんどの人は私のこと『心音』って呼んでるし、鳴神くんもそうしていいよ」
明るく笑いながら、心音はひらひらと手を振る。
確かに長い名字より、短い名前の方が呼びやすい。それに、まだ特別親しいと言えるほど仲良くはないが、彼女自身がそうしてほしいと言うなら、遠慮する理由もない。
「じゃあ改めてよろしく、心音」
「うん。そっちの方がやっぱりしっくりくるね」
翔太郎がそう呼ぶと、心音は満足げに頷いた。
♢
「お前ら、喋ってないでさっさと席に着け」
零凰学園2年A組。
担任教師は放任主義の岩井大我。
このクラスには個性的な生徒が揃い、その筆頭は零凰十傑の第六席・影山龍樹と第十席・氷嶺玲奈の二人。
彼らはいずれも学園内でも一目置かれる実力者であり、クラスの空気を大きく左右する存在でもあった。
そんな2年A組に、新たな生徒が加わることになる。
「始業式前に連絡していたが、このクラスに転校生が来ることになった」
“転校生”という言葉が教室に響くと、来る事が予め分かってはいても、やはり騒めきが広がった。
零凰学園は日本でも最難関とされる名門校。
その入試を経ずに学園に編入する者は極めて少なく、外部からの転入生は否応なく注目を集める存在となる。
始業式では翔太郎に目もくれなかった十傑の二人も、この時ばかりは教卓に視線を向けた。
彼らの関心を引くほどの転校生とは、果たして何者なのか。
静まり返る教室の中、扉がゆっくりと開かれる。
現れた鳴神翔太郎は一歩踏み出し、教卓の隣へと進んだ。
全員の視線が自分に向けられているのを肌で感じる。
(だからって、どうということは無いけど)
零凰学園の転校生というだけでも話題になる。
だが、その視線には好奇よりも値踏みするような冷静さが混じっていた。
この学園に外部から入ってくるということは、それなりの理由があるはず──クラスメイトたちはそれを探ろうとしているのだろう。
翔太郎は自然体を崩さず、淡々と教室を見渡した。
空色の柔らかい髪がわずかに揺れ、真っ直ぐな橙色の瞳はどこか穏やかな雰囲気を醸し出している。
派手さはないが整った顔立ち、親しみやすい空気感──だが、その奥に秘めた強さを感じさせた。
そんな彼の姿を見たクラスメイトたちは、一瞬、評価に迷った。
──普通?
誰もがそう思った。
特別に大柄というわけでもなく、威圧感もない。だが、よく見れば鍛えられた体つき、無駄のない動きが目につく。
普通というには、どこか違和感があった。
翔太郎は先ほどの十傑の列に並んでいた二人をすぐさま発見したが、特に視線を合わせる事なく真っ直ぐと教室全体を見渡した。
しかし、そんな彼に対して、零凰学園十傑の二人は特に関心を示さなかった。
影山龍樹は机に頬杖をついたまま、面倒くさそうに小さく欠伸を漏らす。
氷嶺玲奈に至っては、一瞥すらせず静かに窓の外を眺めていた。
(まあ、面識も無いしそういうもんか)
心音は彼らの反感を買わないようにと念を押していたが、特に問題なかったと翔太郎は内心で苦笑しつつ、ゆっくりと口を開いた。
「今日から零凰学園の2年A組にやって来ました。鳴神翔太郎です。よろしくお願いします」
教室の空気が微かに揺れる。
自己紹介の言葉には余計な飾りも、不必要な気負いもない。
しかし、それだけだった。特に反応を示す者もなく、クラスの雰囲気はすぐに落ち着いた。