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雷鳴のラストピース  作者: 雨車狸
序章 『雷鳴のファーストステップ』
1/87

序章1 『プロローグ』

 どうして。

 どうしてこうなったんだ。


 燃え盛る村の中をただひたすらに走り続ける。

 周囲からは悲鳴やら断末魔やら、耳を塞ぎたくなるような叫び声が蔓延する。


 少年はひたすら走った。

 死にたくなかったから。


 つい一時間前までは家の隅で静かに座り、兄や姉の罵声を浴びていた。

 昔から父や母からは落ちこぼれだと言われ続け、そんな両親に育てられた兄たちも真似するように落ちこぼれの少年を嘲笑っていた。


 こんな日常にも慣れ、最早浴びせられる暴言の数々に何とも思わなかった時期だ。今更、家族に対してどうこう言うつもりは毛頭無い。



 ──ただ、妹だけは違った。



 一族の中で歴代最強の潜在能力を生まれ持った妹は次期当主と目掛けられていた。

 そんな妹だけは少年を落ちこぼれと扱うことはなく、一人の人間として対等に接してくれた。


 家族の中で唯一信頼できる人間。

 そんな大切な妹が──目の前で殺された。


 村に上がっていた炎が徐々に鎮まっていく。

 時刻は真夜中。今日は満月という事もあって、雲一つない夜空が輝いて見えた。


 だからこそだ。

 炎が鎮まり返り、全てが無に帰した村がかえって凄惨に見える。


 その惨状を見て、ただひたすら叫んだ。

 無力で、無能で、死にゆく家族を助けられず、滅びゆく村を眺める事しかできなかった。


 ただひたすらに叫ぶ。

 ただ、ひたすらに──────。





 この日、日本最古にして最強の雷の一族『鳴神家(なるかみけ)』は、ただ一人生き残った少年・鳴神翔太郎(なるかみしょうたろう)を除いて、全滅した。




 ♢




 あのまま気を失ってしまったのか、目を覚ますと辺りは日が出ており、空を見上げると雲一つない青空だった。


「本当に、みんな死んだのか」


 唯一生き残った少年・鳴神翔太郎は呆然と呟いた。

 あれ程燃え盛っていた炎は時間経過と共に鎮まり返っていたが、立ち昇る硝煙と、そこら中から漂う血の匂いに翔太郎は吐き気を覚え、近くの草原で一気に吐瀉物を撒き散らした。


陽奈(ひな)


 妹の名前を呼ぶ。

 他の家族の安否など、この際どうでも良かった。

 妹さえ、陽奈さえ生きてくれれば────。


「陽奈ぁあああああああああああ!!!!!」


 妹の名を叫んで思い出す。

 昨晩、彼女の首元を掴み上げ、倒れる翔太郎を見て冷たい笑みを浮かべるフードの男が居た。


 あの男が妹を、家族を手に掛け、そして鳴神家ごと翔太郎の故郷の村を一夜にして滅ぼした。


 何が起こったのか理解が出来なかった。

 何故妹が殺されてしまったのか、何故村が滅ぼされてしまったのか。

 そんな何故が頭を占め、翔太郎は理由も分からず一晩で全てを失った。


「陽奈、陽奈、陽奈ぁ‥‥」


 滅んだ村を一人で歩き続ける。

 目の前で殺されたというのに、未練がましく妹の名前を呟きながら辺りを見渡す。


 ただの地獄だった。

 齢十年の少年に耐えられる光景では無かった。

 黒く焦げた建物や、血の池に倒れる顔見知りの人々を見て途中で何度も吐いた。


 意識が遠のいていく。

 そういえば、昨晩は自分の分の夕飯が出されず、村が滅ぼされる前から何も食べていなかった事を思い出した。


 正直、両親や兄たちが死んでも何も感じなかった。

 普段からあれだけ虐げられていれば尚更だ。


 だから、そんな虐げられていた自分にも優しくて、落ちこぼれの翔太郎を「お兄様」と慕い、幼少の頃から付いてきてくれた妹の死だけが何よりも悲しかった。


 このまま自分も死んだ方が良いのだろうか。

 翔太郎は遠のく意識の中で、滅びゆく村の道の真ん中で倒れ伏せた。


「……!……!」


 誰かが身体を揺さぶってくる。

 村に誰か生き残りが居たのだろうか。

 もう死にたいんだ。死んでしまいたいのだ。

 放っておいて欲しいと、翔太郎は返事をしなかった。


「……きろ、……ぬな!」


「……ぁ」


 閉ざしていた心に語りかけてくるように、男の声が響いてくる。あれだけ死にたかったのに、少しだけ思わず目を少しずつ開いていた。


「死ぬな、少年! もう村の生き残りは君しかいないんだ!」


「……ここで、死なせてくれ」


 翔太郎の乾いた喉で絞り出した言葉を聞いた男は、思わず息を呑んで憤りを露わにした。


「ふざけるな!子供がそう簡単に死にたいだなんて言うな! 俺は決してお前を死なせない!」


 男に抱えられているのだろうか。

 翔太郎は薄れゆく意識の中で、男の声を聞いた。


「生き残った君は、生きなければならないという責任がある。見つけた俺にも、助けなければならないという責任がある。だから死なせん! 君が何と言おうと、俺は絶対に君を助ける!」


 随分勝手なことを言う男だ。

 生き残った責任なんて押し付けないで欲しい。

 大切な妹があんな風に死ぬぐらいなら、代わりに落ちこぼれの自分が死ねば良かったのだ。


「……おれ、は──────」


 最後に何かを男に言った。

 自分でも考えられないような何かを。

 その言葉を聞いた男は力強く頷き、俺を抱えながら歩いて行った。

 そんな男の余計なお世話も虚しく、徐々に薄れていた意識は完全にシャットアウトされた。


 しかし、鳴神翔太郎は此処では死ねなかった。

 不本意ながら、男の余計なお世話によってこの先も生き永らえる事となった。


「こんな所で死にたくない、か。奴ら、子供相手にも何て惨い事を……」


 男は翔太郎を抱えて、滅んだ村から姿を消した。

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