第88話 使い魔の登録を誤魔かした
飼い主に抱えさせた黒猫の胸に右手を当て、左手の魔導書を見ながら呪文をブツブツを詠唱する教官。三十秒ほどかけて呪文を唱え終わった。一瞬、黒猫がビクッと動いたがそれ以外の変化は特になかった。
「さて、終わりました」
教官がそう言うと、手帳に何かを記した。
『護符と同じカラクリを利用して位置を知るのだとすると、使い魔の聖刻を知ることができる魔法じゃないか?』
『その魔法は何かに使えそうだから、覚えたいわね』
『ああ、だがそんな呑気な事を言ってる場合じゃないぞ。俺の聖刻を知られてしまうじゃないか』
聖刻を知られるとかなりマズい状況になる。考え過ぎだろうが、悪意を持った誰かに爆弾を間近に転送させられるかも知れない。
教官が次の生徒の前に移動した。その生徒は蛇を使い魔としていた。どこかで見たことが有る子なんだが……。
あ! シャーロットの取り巻きの一人だ。今は、取り巻きの一人だったと言った方が良いのか?
「登録を拒否したいのですけど」
教官に生徒が言った。
「それは許しません。ここで登録を断れば、その蛇は今ここで殺しますよ?」
「……」
「選んで下さい。登録か殺処分か。もしかしてあなたその蛇を使って何か企んでいましたか?」
「そ、そんなことは無いです」
「でしたら、登録しておきましょう」
「……」
「さぁ、こちらに差し出して下さい」
そう言われた生徒は、渋々その蛇を教官に差し出した。
最初の黒猫の時と同じ様に魔導書を見ながら魔法を唱えはじめた教官。
『どうするの? このままだとエコーの聖刻を奪われちゃうわよ?』
『何かいい方法は無いか?』
『魔法を受け入れない様にすれば良いはずだが……』
呪文を唱え終わった様子の教官が、突然腰からナイフを取り出した。
「使い魔に私の魔法を受け入れる様にしませんでしたね? 殺処分を望んでるのですか?」
「こ、この子が言うことを聞かないの!」
蛇を守るように抱きかかえながら生徒が言った。
「使い魔の契約魔法を使ったのだからそんな訳ないでしょ? 先程の札を持ってくる試験であなたと使い魔の間で契約が成されているのを確認しましたからね。感覚共有ができていると言うことは確認済みなのです。つまり、あなたはこの蛇に命令をする事ができると言う事ですよ。もう一度だけチャンスを与えます。次はちゃんと受け入れる様に命令しておいてください」
そう言うと、ナイフを戻した教官は蛇を差し出すように指でジェスチャーをした後、右手を蛇に当て魔導書を見ながら魔法を唱えはじめた。
『拒絶できないみたいだぞ』
『私はエコーに魔法を受け入れる様に命令できないから、エコーの意志次第よ。どうするの?』
『……』
呪文が唱え終わった様子の教官。黒猫の時と同様に右手を当てていた蛇がビクッと動いた。
「さて、色々ありましたが終わりました。最初から素直に応じていれば良かったのですけど。皆さんも気をつけてください。では、次です」
手帳に何かを記した教官はそう言うと、次の生徒の前に移動した。
『おい、パイラ! 一か八かだ! 護符のアリシアを転送させてくれ。そしてこっそり俺のハーネスの胸元に滑り込ませるんだ』
『それで上手くかしら?』
『俺は魔法を拒絶しておくから、教官の登録用の魔法は無防備の護符に作用するんじゃないか?』
『分かったわ。アリシアをエコーの10センチ後ろに飛ばす魔法を用意するわ。ちょっと待ってて』
『ああ、頼む』
三人目の生徒の使い魔の犬は、主人の足元で大人しくおすわりをしている。教官はしゃがみ込み右手を犬の胸に当て呪文を唱え始めていた。
『準備できたわ。飛ばすわよ』
『ああ、ばれない様にな』
『左手に止まって動かないで』
『分かった』
俺は小さく前に差し出されたパイラの左手に飛び移った。パイラから見て左側を向いているので、背後10センチはちょうどパイラが右手の平を上に向けている位置だ。
『飛ばすわ。五、四、三、二、一、今』
護符が俺の背後に現れ、ポトリとパイラの右手の平に収まった。
『エコー、ゆっくりと反対を向いて』
教官がしゃがんで犬の相手をしているのを確認しながら振り向いた俺に、パイラは護符を素早くハーネスと俺の胸の間に滑り込ませた。
胸が締め付けられる様になったが、暫くの我慢だ。
『どう?』
『ああ、胸がキツイが暫くの我慢だ』
『ハーネスを外せとは言われないわよね?』
『どうだろうな……』
『そう言われたらどうするの?』
『……、分からん』
その後、大きな問題はなく生徒たちの使い魔の登録が進み、いよいよパイラの番となった。
教官がパイラの前に立ち、肩に止まっている俺に右手を伸ばしてきた。
「あら?」
教官が俺のハーネスを見てる。
マズいのか?!
「どうしました?」
パイラがしれっと言った。
「よく見ると、小さな巻き貝がアクセサリーとして付いてるのですね」
人差し指で巻き貝の魔法装備を軽く突きながら教官が言った。
『あまり多くを語らなない方が良いんじゃないか?』
俺は右羽の根本を嘴で毛づくろいしながら、パイラに念話で言った。
「ええ」
とだけ応えるパイラ。
「では始めましょうか」
そう言うと教官は手のひらを俺の胸の前、つまりハーネスの真上にかざした。
『上手くいきそうだ』
『ええ』
教官が呪文を紡ぎ終わった時に合わせて、俺は冠羽を僅かに立ててみた。
「……、はい完了です」
そう言うと手帳に何かを記しながら次の生徒の方に移動を始める教官。
『上手くいったな!』
『ええ。さすがエコーね』
『何がだ?』
『咄嗟に護符を身代わりにしようと考えたでしょ?』
『今朝、シャルにハーネスを作ってもらったばっかりだし、咄嗟に対策できたのは偶然だがな』
『そうなのね』
『ま、いずれにせよ助かった。護符のアリシアはお前の部屋に置いておくんだ。そうすればパイラの使い魔の白いオウムは常に部屋に居ると思わせられる』
そうして全ての使い魔の登録を終えた教官は、並んでいる生徒の前に立って話し始めた。
「それでは、これからも今まで同様に基本的に自室から使い魔を出さない様にしておいて下さい。連れ出すときは私を含めた使い魔管理委員に事前連絡しておくこと。無許可で使い魔を部屋から出した場合は、殺処分されても仕方ないと思っておいてくださいね。あ、そうそう、今の魔法で部屋から出た場合は直ぐに認知できる様になりましたから、今までこっそり部屋の外に連れ出していた調子でうっかり連れ出すと後悔することになりますよ。では、本日の使い魔講習はお仕舞いです」
そう言って教官は広場を後にすべく歩き始めた。
『エコーが学園内を動き回るときには、アリシアと一緒に居なきゃね』
『そんな機会があるのか?』
『分からないわ。じゃあ、自室に戻るわよ』
『ああ』
他の生徒たちもバラバラに移動を始めていた。蛇を使い魔としている生徒がチラリとこちらを見た気がする。
『なあパイラ、以前シャーロットには二人の取り巻きが居ただろ?』
『え? そうなの? その時は他の生徒は眼中に無かったから気づかなかったわ』
『復讐の算段ばっかりってか?』
『ええ』
『まぁ良い。蛇の使い魔の主人が居ただろ? その子が以前シャーロットの取り巻きの一人だったと思う』
『登録を逃れようとしてた子ね』
『ああ、具体的にどうと言えることは無いのだが、少し注意しておいた方が良いかも知れない。シャーロットにも言っておいてくれ』
『あの蛇を使って何かやっていた、あるいはしようとしているかも知れないってことかしら?』
『まぁな。使い魔が学園側に管理されることに対する拒絶がひどかったからな』
『分かったわ』
パイラの肩に止まりその子を観察していたが、何か考え事をしている様にじっとその場で動かなかった。




