第78話 グールが再び現れた
高度を上げていくと視界がどんどんと広がっていく。耳だけは良いラビィが指さした方向に向かって注意を向けた。
あ!
一人の人間が、もう一人の人間に殴り倒された。その近くに荷車が停まっている。他には二人が荷車から離れる様に走り始めていた。
殴り倒された人間に殴り倒した人間が近寄り、そしてすぐに逃げた二人を追い始める。
俺は降下しながら速度を上げ、その現場に近づいた。
倒れた人間が流した血が地面に染み込んでいるのが見えるころになって、ようやく襲ったヤツが屍食鬼だと判明した。その屍食鬼は農夫が着る様な作業の邪魔にならない質素な服を着ている。元農夫の死体を屍食鬼にしたのだろう。それをやったのは誰だか分からない。まだ謎だらけの魔物だ。
「シェルオープン。ラビィ、屍食鬼が街道で人を襲っている。数は一匹。もう少し空から探ってみるが、周囲にその他の敵は居ない様だ」
俺は魔法装備の巻き貝を使ってラビィに話しかけた。
「分かった。姉貴の応援に行った方が良いな?」
「モモは心配ないが、襲われている人を救助する必要がある。襲われているのは三人だ」
そう言えば、俺たちが野営地から出発する前に、街道をセカルド方面に向かっていた農民が居たな。夫婦と小さい娘だったぞ!?
まずいな。
「分かった! ファングとシャルに伝える!」
「頼んだ。シェルクローズ」
逃げた農民の母娘に屍食鬼が追いつきそうだ。モモはまだそこには到達できない。
足がもつれ転んだ娘を庇う様に屍食鬼に向かって両腕を広げる若い母親。まったく躊躇しない屍食鬼はその鋭い爪で母親の身体を袈裟懸けに引き裂いた。その場に崩れ落ちる母親。娘はその場にうずくまって動かない。
屍食鬼は容赦なく母親に止めを刺し、事もなげにその近くの娘も手に掛けた。
くそっ!
俺は屍食鬼を見失わない様に事件現場の上空を旋回しつづけた。
農民の親子を殺害した屍食鬼は、何事も無かったの様な緩慢とした動きに変わり、ゆっくりと街道の端の木陰に入った。ちょうど街道から木の幹を使って身を隠すように。そして街道の方を見つめ動かなくなってしまった。
なんだ? あの奇妙な動きは。攻撃目標が来るまで待機なのか?
モモが最初の被害者の所に着きそうだったので、そっちに急行した。
「モモ! そいつを襲ったのは屍食鬼だ!」
「……この人はもう事切れてるわ。屍食鬼はどっち!?」
「他にも二人襲われた。さっきやられたばかりだ。まだ生きているかも知れん、急いでくれ! こっちだ」
俺はモモを先導すべく低空を飛ぶ。
「エコー、屍食鬼は何匹なの!?」
飛んでいる俺に並走しているモモが言った。
「一匹だ。街道の陰に潜んでいる。左手に居るから注意しろ」
モモは母娘の元にはすぐに着いた。モモが二人を確認している間、俺はその肩に止まり屍食鬼の動きを見張っていた。だが、そいつは木陰からぼうっとこっちを見ているだけで攻撃してこない。
「あいつ、襲ってこないな。そっちはどうだ?」
「駄目ね。二人共ご丁寧に止めを刺されているわ」
「そうか……」
「絶対に許さない!」
モモが怒りを顕にしている。
「ヤツは何故かまだ動かない。三人分の報復だ、遠慮は要らんぞ」
「違うわよ!! あいつじゃない!」
「どういう事だ?」
「私が許さないのは、屍食鬼に指示したヤツよ!」
「モモ、お前何か掴んだのか?」
「勘に決まってるでしょ! 屍食鬼を操っている人間が必ず居るわ!」
確かに……。単なる魔物なら選択的な危害の加え方はしないだろうな……。
「何ぼうっとしてるの? 行くわよ!」
「あ、ああ」
俺はモモの邪魔にならない様に、その肩から飛び立った。モモはカタナの柄に右手を置いて屍食鬼に急接近する。
反して木の陰から動かない屍食鬼。濁った白目部分の中央にある瞳は怪しく赤黒く光っているが、モモを見ているのか遠くを見ているのか判然としない。
モモは屍食鬼との間を詰めたその勢いで、屍食鬼の横を通り過ぎた。そして三メートル程先に進んで止まると、ゆっくりと振り返った。
屍食鬼がモモの動きを追って右を向き、さらに背後に回ったモモを追う様に首を動かす。と、同時にその頭部は首を堺にしてずれ、落ちた。モモがすれ違いざまに首を斬ったのだ。
殺人鬼を討伐するのは一瞬で終わった。
「絶対に見つけるわよ!」
怒りを押さえられないモモが唸った。
暫くすると足の早いシャルとファングが駆けつけて来た。ラビィは少し遅れて到着した。
「ファング、三人を埋葬するための穴を掘って頂戴。屍食鬼の死体の分もついでに」
屍食鬼に指示を出している犯人が居ないか周囲を確かめながら言った。ファングを犬と呼ばないところを見ると、よっぽど真犯人を許せないらしい。
俺たちの荷車と農民一家の荷車の回収や、彼らの埋葬の準備をしながら、俺はシャルに改めて状況を共有した。モモが真犯人を絶対に許さないと言ってた事も忘れずに。




