第64話 シャルに状況を報告した
* * *
「一匹目の屍食鬼の頭部も体も見つからなかったわ」
シャル達が防具の整備をしている場所に着くなり、モモは言った。アエズはモモの後ろから付いて来ており、もうひとりの隊員はトリマー達が居る駐屯本部に報告するために別行動を取っている。
シャルは作業台で革に穴あけをしていた。ファングはその隣で、分解したクロスボウの金属の弓部分にヤスリをかけてサビを落としている。
俺はモモの肩から、作業台の縁に飛び移った。
「詳しくお願いできますか?」
シャルは作業の手を止めずに言った。
「アエズ、お願いね」
モモはそう言ってその場を離れていった。
「我々はモモさんに導かれて屍食鬼を埋めた場所に行きました。目印の布を付けた棒は発見したときには倒れていました。モモさんが言うには屍食鬼を埋めた場所に挿して立てていたらしいのですが」
「動物が掘り返したのでは無いのですか?」
革を持ち上げ穴あけの具合を見ながらシャルが言った。
「穴は埋め戻されて均されていましたね。おおよそ動物ができるものではないと思われます」
「掘り起こして屍食鬼の死体が見つからなかったから、それが分かったのですね」
「ええ。掘る前は自然と棒が倒れただけだと思ってましたから」
「他に気づいた事は無いのですか?」
「特に無いですね。屍食鬼の死体がないのを確認し、穴を埋め戻した後周囲を捜索してみましたが変わった物は何も無かったですね」
「何も無かったのですか?」
シャルはアエズを見て言った。
「ええ。何も」
「そうなのですね……」
再び武具の修復作業に戻るシャル。
「それでは私は戻りますね」
「宿屋の先代主人の周りで新しい情報が有ったら教えて欲しいのです」
「わかりました」
そう言うと、アエズは駐屯地の建物に向かって行った。
シャルとファングは作業に勤しんでいるからモモは退屈なのだろう。離れたところで素振りを始めていた。
俺はシャル達の作業の邪魔にならないように作業台の近くに停めてある荷車の縁に止まった。
「じゃあ、俺はパイラの様子を見てくる」
「ああ」
シャルが応えない代わりに、ファングが応えてくれた。
『今良いか、パイラ』
『ええ、どうぞ』
パイラの感覚を共有すると、そこは相変わらず荷車の上だった。シャーロットはパイラの横に座っている。
空に浮かぶ雲に夕日が当たる下側がほんのりとオレンジ色になり、逆に上部がやや黒くなり始めている。
『何をやってたんだ?』
『シャーと魔法の研究をしてたのよ』
『シャーロットは編集窓を使えないんだろ?』
『ええ、だから私の感覚を共有して一緒に私の編集窓を見てもらってたの。一人で研究する事も必要だけど、議論すると捗ることもあるでしょ?』
俺もパイラの感覚を共有しているとき編集窓は見えるからな。もちろん俺は詠唱窓も編集窓も使えない。残念ながら魔法使いの素質は無いのだ。
『なるほど。管理窓の事はシャーロットに教えてしまったのか?』
『それはまだよ。ダーシュ、と言うより彼の家、つまりルムクィスト家にすら伝わっていないでしょ? だからそれはまだ秘密の方が良いかなって思ってるわ』
『ああ、その通りだな。まだ秘密にしておいてくれ。まぁ、編集窓が使えなければ管理窓の利用価値はあまりないんだがな』
そう言ってみたものの、果たしてそうなのか? まぁ、今ここで検証はしないが覚えておこう。
『それで昨晩の話の続きだが、数字が理解できたって言ってたよな?』
『ええ、これを見て』
するとパイラの視界に呪文が綴られている編集窓が起動された。
『これは小さな炎を一つ10メートル先に発生させる魔法よ。覚えてる?』
『初めてエディタに記録した魔法の一つだろ?』
『ええ。そしてこれが10を示す文字よ』
パイラは自分の親指と人差指を半透明の編集窓に重ね、ある文字を摘む様に示した。
『これを唱えると……』
詠唱窓が起動され、緑色の文字列が表示されると、荷車の向こう側に小さな炎が発生した。
『そして、ここを10から1に変えて……』
パイラが先程示した編集窓に綴られている呪文の文字が変更された。
『そしてこれを唱えると……』
詠唱窓がさっきと同じ文字列が追加されると、目の前に小さな炎が発生した。
『ね?』
『ああ、確かに。と言うことは距離などを指定している数値を自由に変更できるんだな?』
『ええ。時間も指定している場合はそれも可能よ。もしかしたら単位を示す文字も分かるかも知れないわ』
『ところで、こっちの世界の単位は、言葉と同じ様に種族や地域を問わず共通なのか?』
『ええ。長さはメートル、重さはグラムよ』
……。知識神が各種人類に伝えたって言ってたな。
『そうか……。ところでパイラ、この呪文だがな。空白がところどころ有るだろ? その空白すべての所で改行してみてくれないか?』
『どういう事?』
『恐らく、空白と空白の間の文字列が最小単位の意味の有る手続きだと思う。だから空白部分で改行してもその呪文の魔法の効果は変わらないはずだ。それを確認してみてくれ』
『分かったわ』
パイラがそう言うと、編集窓の呪文が窓の右端に文字列が到達する前に改行されていく様に編集されていった。
『発動させてみるわよ』
『ああ』
詠唱窓に三行目の同じ文字列が追加されると、目の前に小さな炎が発生した。
『本当だわ。効果は変わらないみたいね』
『この小さな魔法を10メートル先に発生させる魔法と似た、大きな炎を10メートル先に発生させる魔法と、大きな炎を20メートル先に発生させる魔法が有ったよな? それらも同じ様に改行してみてくれ』
『それで何が分かるの?』
『恐らく、似た文字列の行が有るはずだ。それを比較しておいて欲しい』
『違う魔法使いが作った全然バラバラの呪文だけど、共通部分を見つけたり、異なる部分が何処なのかを研究するのね?』
『ああ、そうだ。時間が掛かると思うが頼む』
『もちろんよ』




