第60話 グールを倒した
俺はモモ達の居る場所に飛んで戻った。
「おいモモ!! 人間の死体を食ってるヤツが居た! 何だあれは!?」
「何それ!? 魔物かしら?」
飛んで来るや否や慌てて言った俺に反応して、剣の柄に右手を添えながらモモが言う。
「知らないのか? シャル達はどうだ?」
「知らないな」「情報が少なすぎるのです」
ファングとシャルが同時に応える。
「ゴブリンじゃないの? 奴らも悪食、雑食だし」
モモが柄に添えた右手を離しながら言った。
「いや、違ってた。体格はほぼ人間、つまり丸耳族と同じだったぞ。ゴブリンより明らかに大きい。あと、肌の色は土気色だった」
「その他の特徴は?」
「上空から見てただけだからな。顔は見てない」
「そう。で、何匹居たの?」
「森の中に他にも居たかも知れんが、一匹だ」
「行くわよ! 案内して」
「行くのか?」
「当たり前でしょ。そんな得体の知れない魔物を、宿場町の近くで放置できないでしょ。離れ離れになるのも得策じゃないからシャルも私から離れて着いてきて。犬はシャルから離れないで」
「分かったです」「勿論だ」
「エコー、さっさと案内しなさいよ」
「ああ、暫く街道をまっすぐ進んでくれ。俺は先に行って、道から外れる場所で待ってるからな」
そう言うと俺は再び空に舞い上がり、そのまま先程の空き地まで飛んだ。
『パイラ、ちょっと良いか?』
『ええ、良いわよ』
『今、視界を共有するから見てくれるか?』
俺はパイラに視界を共有する様に意識した。
『あら、綺麗な夕日。ちょうどこっちも日が暮れようとしているわ。こちらも隊商と合流して野営の準備をしようと思ってたところよ』
呑気なことを言うパイラ。
『今から綺麗じゃないものを見てもらおうと思っている。その魔物の正体を知ってるか聞きたいんだが』
『分かったわ』
俺は空き地に近づき、その中心で食事をしている魔物を視界に入れた。
『あいつなんだが』
『あら? 普通の人間じゃない。きちんとした服も着ているわ――』
そいつが何をやってるかを知っただろうパイラの言葉が一瞬途絶えた。
『な、何をしてるの?』
『見ての通りだ。どうだ、分かるか?』
『……。ちょっと待って……。シャーも知らないらしいわ』
パイラは魔物の特徴を裏でシャーロットに言って確認したのだろうが、情報は得られなかった。
『屍を食う鬼、屍食鬼ってのが俺の前の世界の物語で出てくる。グールとも言うんだが、こっちの世界の魔物として知られていないのか?』
『少なくとも私たちは知らないわね』
『そうか。あいつは能力持ちかどうか分かるか?』
『……。ノーね』
『助かった』
俺はパイラに能力を確認してもらっていると同時にヤツの戦闘力を測ってみた。
仮称屍食鬼、武器は持っていない。
攻撃 5
技 3
速度 3
防御 5
回避 3
油断しなければ問題はなさそうだが……。
『モモはアレがそこに居ることを知ってるの?』
『ああ』
『じゃぁ、モモは討伐しに行くわね。くれぐれも気をつけてね』
モモが突っ走っていくことを読んでいるパイラ。
『分かった。また後で連絡する』
『エコーも無茶しないでね』
俺はパイラとの念話と共有を切り、そこから最寄りの街道まで飛んだ。
そしてすぐにモモ達と合流した。
「パイラもあの魔物のことを知らないらしい。仮に屍食鬼と呼ぶぞ。前の世界で屍を食う鬼をそう呼んでた」
「分かったわ」
「その屍食鬼だが、戦闘力自体はお前より低い。力と防御は高い様だが動きが鈍いな。だが、油断するなよ」
「勿論よ。私はいつも全力よ!」
藪を掻き分け先陣を切るモモ。俺はその左肩に止まっている。十数歩遅れてシャルとファングが着いてきていた。
森に入ると下木の数がぐっと減り歩きやすくなった様だ。
「そろそろだ警戒しろ」
「分かった」
モモは腰の袋からキビナッツを一つ取り出し、口に放り込んだ。
「あんたも要る?」
口の中でナッツを転がしながらモモが言った。
「いや、いい」
モモは森の中の広場に接する木の幹の陰にしゃがんで身を隠し、ファング達に止まれの合図を出した。シャルは身近な木に身を隠しファングがその後ろを守った。
広場の真ん中に居る屍食鬼の体格はほとんど丸耳族と変わらなかった。ただ、肌の色が土気色で死人の様であり、両目の白目部分は濁り瞳は怪しく赤黒く光っている。薄く裂けた様な唇は、乱杭歯を隠す役にたっていない様だ。
屍食鬼の周りには蓋が開かれた棺桶と、脱いだばかりの様なローブが地面に放り出されていた。そしてパイラが指摘した様にそいつは洗ったばかりの様に見える服を着ていた。
「行くわよ」
モモはそう言うと立ち上がって、剣の柄に右手を置いたまま身を低くしたまま広場の中央に向かって駆け出した。俺はモモの戦闘の邪魔にならない様に飛び立ち、上空を旋回した。
モモの接近に気がついた屍食鬼は、手に持っていた屍体の脚をぼとりとその場に落とす。そして鋭い爪が伸びた両手を広げ、肩のあたりまで持ち上げていつでも攻撃できるように構えた。その双眸と裂けた口を大きく広げ、モモに対する怒りを顕にしている。
抜剣したモモの気が跳ね上がった。
一気にモモとの間を詰めた屍食鬼。左手の爪を上段から振り下ろすと同時に、右手の爪をモモの胴に向けて突き出す。
モモは右手の剣で上段からの攻撃を受ける。同時に左手で鞘から刀身を僅かに出したカタナで、突き出された屍食鬼の右手の攻撃を受けた。その刀身は人差し指と中指の間に入り、中指から小指を手のひらの半分と一緒に削ぎ落とした。
痛みを感じていない様子の屍食鬼は、残った右手の人差し指の爪を突き出したが、モモはカタナを軸に体をひねりその攻撃を躱す。
一旦屍食鬼との間を取り、カタナを鞘に納めるモモ。そして右手の剣の剣先を屍食鬼に向けて構えた。
屍食鬼は再び両手を広げ攻撃の構えを取った。半分削ぎ落とされた右手は出血しておらず、土気色の肉と灰色の骨の断面が見えていた。
こいつは生き物じゃない、のか?
屍食鬼は再びモモに詰め寄り、左手の爪を水平に振るった。素早いが単調なその攻撃を、モモは躱すと同時に手首を狙って斬撃を放つ。
くるくると回転しながら放物線を描く、屍食鬼の左手。
それを意に介さず屍食鬼はモモの左肩と首筋の間に噛みついた。だが、そこにはすでにモモの体は無く、バックステップした後だった。
それからは一方的な戦いだった。胸を剣で突かれても腕を斬り落とされてもしつこく攻撃を繰り返してくる屍食鬼は、その首を落とされてようやく動きを止めた。
フッと息を吐き、納剣するモモ。動かなくなった屍食鬼から目を離さず、油断はしていない。
「終わったな」
「ええ」
モモの肩に止まりながら言った俺にモモはそう応えた。
「終わったか」
シャルを引き連れてファングがモモの元に駆け寄ってきた。と同時に、ファング達とは逆の方向の森から一人の見知らぬ男が姿を現した。その男は涙を流しながら俺たちの方に駈け寄ってくる。
「ああぁぁ……。あ、あ、ありがとうございます。た、た、助かりました」
神父っぽい身なりの初老の男がそう言った。こっちの世界の神父だよな?
「あなた誰? こんなところで何しているの?」
誰何するモモ。
「わ、わ、私はこの遺体を街に運んでいたのですが、き、急にこの、この、ま、魔物に襲われたのです」
屍食鬼に食われた遺体を運んでいたらしい。
「良く無事だったわね」
「お、お、恐らく、ま、魔物は私ではなく死体を狙っていたのだと思います」
口ごもりながら答える男。よほど怯えていたのだろうか、両目が充血しており両手がブルブルと震えている。
「そう。でも無事で良かったわ。ご遺体は残念なことになったけど」
「それは無縁な人ですから、それ程でも……」
無縁仏を運んでいたのだろう、運んでいた遺体が損傷したことは気にしていない様だ。きっと、我が身が助かった事に安堵しているのだ。魔物に襲われたのだし、それは仕方ない。
「い、命の恩人のお名前を伺っても宜しいですか?」
「モモよ」
「モモ、……さん、ですか。冒険者ですね?」
「ええ」
「セカルドの街に向かわれているのですか?」
「ええ」
「そう……、ですか。あ、申し遅れました、私はセカルドの街の教会で勤めているキートォです。この度はお世話になりました。それではこれにて」
そう言いながら深々とお礼をし、踵を返してこの場から離れていくキートォ。
「あ、ちょっと!」
モモが声を掛けるがキートォはその場から早足で離れていった。
「一人で大丈夫なのか?」
「街道から離れなければ大丈夫じゃない? それより残された遺体を埋めた方が良いんじゃないかしら」
俺の問いに半分呆れた様子で答えるモモ。
「無縁仏だからって、放って行かなくても良いのにな」
「そうね……。出番よ! 穴掘り名人!」
「……そう言うと思ったぜ」
ファングも呆れた様子でモモに応えた。




