第42話 パイラが助手に勧誘された
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モモがチシャオーガーを討伐した二日後、モモとファングはルーラルとシムと共にクエストに向かった。数日の遠征でゴブリンの群れを討伐するらしい。シャルと俺は宿屋で留守番だ。俺はシャルとモモが借りている部屋の窓枠に止まって、シャルが乳鉢や秤を使った作業をしているのを眺めている。
「それは何だ?」
「発火弾を補充しているのです」
「硫黄とか硝石とか使ってるのか?」
「それは何ですか?」
「知らないのなら俺の質問は忘れてくれ」
俺の前世の知識を引き合いに出してみたが、こっちでは名前が違うか、そもそも物質が違うのかは分からない。まぁ、確かめるのは今じゃなくても良いだろう。こっちの世界ならではの物質か魔法を使っているかも知れないし。
『エコー、ちょっと対応に困っているのだけれど、私の感覚を共有してもらっても良いかしら?』
突然、パイラから念話の連絡が来た。
『ああ、少し待ってくれ』
『急いでね』
俺は隣の部屋の窓に飛び移り、ファングと俺が泊まっている部屋の中に入った。そしてパイラの感覚を覗き見た。
パイラは廊下をゆっくりと歩いていた。右手には窓が並び、その窓の向こうの眼下には木々が並びレンガが敷かれている庭には学園の学生達が数人歩いている。左手には等間隔でドアが並んでいた。
『待たせた。感覚を共有してくれ』
俺はパイラの感覚は自由に覗き見できるのだが、パイラに許可を求めた。
『どうぞ』
いくつかのドアを通り過ぎた後、ある扉の前に正対するパイラ。
『この扉の向こうには何があるんだ?』
『教官の一人に呼び出されたのよ。何度か立ち話はしてたんだけれど、今度ゆっくりスクリプトの意味について話をしたいと言われたの』
『それが今ってことか?』
『ええ。勝手に編集窓や管理窓の事を話したら駄目かも知れないし、エコーに居てもらった方が良いかなと思ったのよ』
『そうだな』
『じゃあ、入るわよ』
そう言うとパイラはドアをノックした。
「失礼します」
中から入室を許可する優しい声が聞こえた。パイラはドアを開きその部屋に入った。そこは奥行きの長い長方形の部屋だった。左右の壁には書棚が、奥の壁は窓が設えられていた。部屋の奥には執務机が一脚あり、その向こうには以前パイラの視覚を通して見たことが有る軍服を着た教官が座っていた。
確か魔法兵長をやってると言ってた男だな。教官として学生を指導していたが若いな。パイラとそんなに変わらないんじゃないか?
『なぁパイラ。念のためこいつがギフト能力者かどうかを確認してみてくれ』
『分かった。……、教官は能力者じゃないわ』
「呼び出したりしてすまないね。まぁ、座って下さい」
執務机の手前にある椅子を手で示して男は言った。
「失礼します」
パイラは机から少し離れたところに椅子をずらし、男に向かって座った。
「何度か話をさせて頂いたが、自己紹介がまだでしたね。私の名前はダーシュ=ルムクィストと申します。ダーシュと呼んで下さって結構です」
そこで一旦話すのを止めるダーシュ。暫くの沈黙の後、ダーシュは首を傾げた。
「あ。パイラです。ただのパイラです」
とパイラが言うと、ダーシュは微笑んだ。
「よろしくパイラ。早速ですが、以前少し話したスクリプトの意味について話があります」
「……」
軽く頷くだけで、何も答えないパイラ。
「ところで、あなたは炎攻撃魔法に対するの防御魔法は覚えていますか?」
パイラの視界の右端に半透明の管理窓が現れ表示されてるリストが二度素早く切り替わった。
使いこなしているな。
「ええ」
「では、これを防いでみて下さい!」
突然ダーシュは開いた右手を前に突き出し炎の塊を呼び出した。
早い!
詠唱窓がパイラの視界の左端に現れ、文字列が一行現れたかと思った瞬間、パイラの目の前に透明な円盤状の膜が空中に現れた。その間、わずかコンマ五秒。
「やはり……」
ダーシュは開いていた右手を握る仕草を見せ、呼び出した炎を消してしまった。
あ!
ダーシュはそもそも炎の魔法を撃つ気はなかったんだ。パイラがどれほど早く防御魔法を呼び出せるのかを試したのだ。
『ひっかけられたな。まぁ、仕方がない』
『ごめんなさい』
『今は何も言うな。相手の様子を見てみよう』
「……」
パイラは口を噤んだまま黙っていた。
「あなた、やはり記述窓を使えますね?」
『記述窓? ああ、編集窓のことか。とりあえず記述窓は何かを確認してみてくれ』
「……記述窓とは?」
パイラがボソリと尋ねた。
「魔法を綴って記憶させておくための窓ですよ。魔導書に記述されている呪文を書き写して記録しておくんです。記録した呪文の名前を詠唱窓で呼び出せば、わざわざ呪文を詠唱窓で綴らなくても良いのです」
自分の頭を指さしながらダーシュは言う。
「シャーロットさんが幾つの魔法を覚えているかって私に尋ねてましたよね? 覚えていますか? 私はおおよそ四十の魔法を記憶していると言いましたが、もちろん記述窓で記録して覚えているのです。あんなに長い呪文を丸暗記するなんて無理ですよ。パイラも記述窓を使っているんですよね?」
ダーシュは口の右端だけを器用に吊り上げながら言った。
『ん? もしかしてダーシュは編集窓は使えるが、管理窓は使えないのか? なあパイラ、お前は魔法を幾つ覚えている?』
『同じ魔法でも様々な効果を揃えておきたかったから、百以上は覚えているわ。今の私が学園で閲覧を許されている魔法ばかりだけど』
『だよな。だがダーシュは約四十個の魔法を覚えていると言ってる。……パイラ、覚えた魔法を呼び出すコツを聞いてみてくれ。お前は現在二十弱の魔法しか覚えられない体にしておくんだ』
「あの……、ダーシュ教官」
「いやいや、違うよ」
ダーシュはパイラの発言を止めた。
「え?」
「ダーシュと呼んでくださいと言いましたよね? あと遠慮はいりませんから気取らない感じで話して下さいよ」
キザな野郎だ。
「で、ではダーシュ……。その……、四十もの魔法を覚えるコツは有るんですか?」
「記述窓で付ける名前を工夫するしかないですね。よく使うもの程短い名前にしておくんです。実際、私は四十を優に超える魔法を覚えているのですが、どんな名前で記録したのか忘れてしまっています。普通の魔法使いは魔導書に呪文を書き記してそれを詠唱窓で転写していきますが、私はどんな効果の魔法を何の名前で保存しているのかを魔導書に書き記しているのです。他人が魔導書を見てもすぐには分からない様に工夫はしてますがね」
「なるほど……、ですね」
ダーシュは管理窓を使えない様だ。いや、使える事を隠している可能性もまだあるか……。
『パイラ、お前のギフト能力で次の質問をしてみてくれ。ダーシュは管理窓を使える、と』
パイラの能力が何処まで通用するのか分からないが駄目で元々で試してみる。
『……。え? 答えはノーよ』
マジか!? パイラの能力が、魔法に関するってだけでこんなことまで確認することが出来るとは改めて驚いた。
パイラも自身の能力でそこまで確認できることに驚いていた。
しかし有利な情報は得られた。
「ルムクィスト家の以外の者で、記述窓を使える人が居たとは予想外です……。どうでしょうパイラ、私の助手になりませんか? 特級研究員の推薦もしますよ?」
その言葉にパイラが息を呑むのを、俺は感じた。




