第104話 ニードルバレットを解析した
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トレイの上に数種類の焼き菓子が綺麗に並べられていた。そのトレイのすぐ横には薄っすらと湯気を上げているポットがある。パイラの目の前には紅茶が注がれているティーカップがあった。俺はそれをパイラの目を通して見ていた。
モモがレヒツと戦った翌日のことである。
モモとファングは魔物討伐のクエストを解決すべく朝から出かけて行った。ラビィは飛行訓練のために郊外に出かけ、シャルは宿で工作に勤しんでいる。バーバラはレヒツとリンクスを伴って魔女狩り秘密結社の「銀の鋏」の情報を求め旅立ってしまった。
俺はオウムの本体を宿に残し、魔法学園の寮の個室に居るパイラの感覚を共有している。そこには相変わらずシャーロットが訪れており、目の前のテーブルの正面に座って笑顔を浮かべながらパイラをじっと見ていた。その後ろの壁にはオウムの絵が掛けられていた。その絵には俺の聖刻の身代わりである護符のアリシアが隠されている。
窓の外では、分厚い雲が覆っている空が樹々の上に広がっていた。
『……で、レヒツがぶっ倒れて気を失ったんだ』
俺は、セカルドの街から少し離れた森の広場での様子をパイラに説明した。
『そう……、相変わらずねバーバラ師匠は。それで結局ラビィは師匠のお眼鏡に叶ったの?』
『まぁ一応な』
『ラビィもお姉様とモモと同じ様に、泥沼の人形魔女団から独立できた魔女になったと言うことですわね』
シャーロットが念話で言った。パイラが俺との念話とシャーロットとの念話を繋いでいるのだ。そのためパイラが介在しなければシャーロットとは念話で話せない。
俺が人間になればパイラを独占できると思っているシャーロットは、俺に協力的な態度を示す様になってきていた。パイラを介して俺とシャーロットも念話できる可能性をパイラに示唆したのもシャーロットである。
『そうだ。魔女と言うより能力を持った冒険者だがな』
『では、お姉様とエコーとの縁が切る方法を探すことに集中できますわね』
『ん?』
『エコーが人間になる方法を探すことですわ』
シャーロットは協力的だが、まだ小さな棘は残っている様だ。
『ああ、そうしたい』
『一つ確認しておきたいことが有りますわ。エコーは完全な人間になることをお望みなのかしら? それとも自由に人間に変身できる手段を獲得できれば良いのかしら?』
シャーロットがティーカップを優雅に口元に運びながら言った。もちろん実際に話していないから出来るのだ。
『多くは望まないさ。完全な人間になれなくても、自分の意志で自由に人間に変身できればいい。憑依はやっぱり自分の体じゃないから違うと思う』
『分かりましたわ。それに憑依は控えて欲しいですわね』
パイラの身体を乗っ取る訳だからシャーロットが嫌がるのは無理はない。身体の制御は奪ってはいないが、感覚を共有しているのでパイラが咀嚼している菓子をたった今でも俺は味わっている。だがそれを丁寧にシャーロットに説明するつもりはない。
『……そうだな』
『クレインの能力を奪うことができれば、それで良いのではないのかしら?』
バーバラの使い魔となっているドラゴンのクレインの事も、パイラとシャーロットには言ってある。クレインが人間に変身できる能力を持っていることと、その入手方法についてもだ。俺が人間になるための方法を探すヒントになるかも知れないからだ。
『それも良いかも知れんが、まず奪う方法が無いし、奪うなんて事はしたくない。クレインに恨みや怒りの感情を持っている訳では無いからな』
『そうですわね。人間になる方法をクレインに渡す代わりにその変身能力をエコーに貰うのも、探し出した人間になる方法をそのままエコーに使ってしまうのも、どちらでも良いのですけれど、人間になる方法を探し出さなければならないことには変わりはありませんわね』
『だな』
『前にも言ったけど、クレインから変身能力を貰う方法が無くて、一人しか人間にできないなら、私は迷わずエコーを人間にするわよ』
パイラが言った。
『もちろんですわ』
シャーロットが応じる。
『じゃあ、今日の本題の呪文の勉強をしましょうか』
パイラがそう言うと目の前に半透明の編集窓が浮かび上がった。編集窓に書かれている呪文は、そのプログラム構造がわかりやすい様にするためのインデントが綺麗に付けられていた。
転生者で魔法使いであるアッシュが書いた単位や演算子の表を入手してから、一気に呪文の文法の理解が進んだ。だたし、まだ神だとか精霊だとかの魔素体が持つ術式の機能のすべてを知ることはできないので、呪文を発動して得られる現象を理解しながら丸覚えしていくしか無い。
パイラが入手できている術式は、錆を落とすだとか火を発生させるなどの単純なものばかりだ。
だが、今編集窓で表示しているのは、複数の尖った石を高速で飛ばす魔法であるニードルバレットの呪文だ。単純ではないそれを理解するために俺たちは今日、集まっている。
俺とパイラとシャーロットは、パイラが操作する編集窓を見ながらその作業を進めた。
* * *
その作業は俺にとって楽しかったので、あっという間に三時間が過ぎた。
ニードルバレットの魔法は、土の精霊の石を作り出す術式と石の形状を変える術式、風の精霊の風を起こす術式で構成されていた。まず風を受けやすい形にした石を作り出し、風の力で加速する。その後その石の形状を尖らせて相手にぶつけるのだ。それを確認するために、一つ一つの術式を取り出して作った新しい呪文を発動させながら、その機能を確認していったのだ。
複数の石を扱うために、ニードルバレットの呪文では配列を利用していたので、配列を利用する繰り返し処理の文法も理解できた。
『なぁパイラ、飛び道具を逸らす魔法があるだろ? あれは幾つの術式を使ってるんだ?』
俺がそう尋ねると目の前に新しい編集窓が起動された。
『……、風の精霊の術式を一つだけ使っているみたいね』
『転送の魔法も術式は一つだったよな?』
『ええ。名もなき精霊の術式ね』
『じゃあ、お前が覚えているニードルバレット以外の呪文で、複数の術式を使っている魔法って有るか?』
『ちょっと待ってね』
パイラがそう言った後、幾つもの編集窓が起動され、閉じられていった。
『……、無いみたい。それがどうかしたの?』
『ああ、ニードルバレットを作った奴を知りたいな。恐らく他の奴より呪文のことをよく理解している気がする』
『この魔法を知ってた魔法使いは死んだわよ』
『そいつが作ったとは限らないだろ?』
『そうね……』
『ゴブリンの強襲で死んだ魔法使いは、どこから来たんだろうな……』
『彼の風貌を思い出しながら、シャーと一緒に調べてみるわね』
『頼む』
その先に人間になる方法のヒントがあれば良いのだが……。




