85 アヤメ
アヤメ
耳に痛い静寂の中、地下世界のドーム部屋に月が輝き3人の少女を照らしている。
残心を怠らず、今か今かと勝利の瞬間を待ち望み、帰還ゲートの開放を待っていた。
静寂が通り過ぎたのは一瞬だっただろうか?
心臓の音も息遣いも聞こえない中、地面に紫色に丸い鳥を連想させる対象模様が浮かぶ。
そして、素材、ドロップアイテムたちが地面にドサッと落ちる。
日本史上初、宇都宮ダンジョン異空間90Fを攻略した証が地面に刻まれたのだ。
髪留めの黒のヘアバンドにつけた配信器具に手を添え、コメントを確認する。
烈火の如くコメントが流れる。
追って読み切れないほどだ。
【ボスの虐待やめてもろて】
【無抵抗のボスを斬る感覚ってどうですか?】
【草も生えない】
【ちょっとやりすぎでは?】
【リュウナの育成のため、一人で戦わせましょう。性根を叩きなおしましょう】
【おめでとうございます。 取れ高どこですか?】
【おめでとう。育成中冒険者のモチベーション的にの話があるのだ、冒険者の育成に回らないか? かつてのマユミもだな、絶頂期に剣を置き育成に努めたのだが】 (小雨神)
【うおおぉおおお、冒険者家業は廃業だぁああああ!!】
【リュウナちゃんがバーベキューミンチになる姿も見たかったゾ?】
【↑ このまえリュウナちゃんが、ミンチになってたゾ】
【↑死ななきゃ安い】
【伊織さん、素を出した方がいいと思いますよ。その方がずっと魅力的です】
様々な賞賛のコメントが流れる??
『あやぽんず』 の視聴者帯の客層が変りましたか?? 応援してくれている方もいますが。
心無い言葉を投げかけられてますが? 乙女ですから傷ついてしまいます~?
賞賛はどうしましたか? 心を満たす賞賛の声は、どうなりましたか?
飽きられてますか? そんなはずは? 世界初の宇都宮ダンジョンの90F踏破ですよ?
私達は無傷のままの勝利だ。
ボスの動きが全て遅い。
伊織が開幕に、彗星の様に空気を唸らせモンスターに突っ込む。
私が周囲の時間軸をずらし、直線状の斬撃を千回程繰り返す。
それだけだ。
そして、パーティメンバーの竜神巫女リュウナちゃんが 『スン』 と大部屋に居る私達を見学していた。
「あ、二人とも言いたいことは分るぞ? 人は、彗星みたいに光らないし、時間軸もずらせないのじゃ。 わらわ、神が言っているじゃぞ?本当の事なのじゃ。それと、もう今日は許してくれんか~」
【【【許しませんわよ】】】
大量の許しませんコメントだ。
SNSリュウナちゃんの 【許しません】 のスタンプが大流行している。
もうソロでやっていけるぐらいの人気だ。
ゲーム配信でもピアノ配信でもやっていけそうだが、最近始まった旅館のポムちゃんの配信の人気が凄いので、今から同じことをやっても大変だろう。
王道のダンジョン配信が、一番稼げて心の隙間が埋まると思う。
フルフェイスの兜を外した、黒髪ポニテの伊織に声をかける。
「やりましたね~! 伊織。 ぼろ儲けです~!」
「そうだ、やったんだな! アヤメ、大変だ。もう金と言うのは、無限に手に入る。 最近、金で手に入らないものこそに価値があると思うようになってな。 リュウナも育ったら、もう最高の美人になるだろう。目標は決まっている。リュウナの育成だ。理想の女性育成の始まりだ」
リュウナちゃんを理想に育成。
無理をはねのけようとする根性が素敵ですね、伊織。
確かに、私も日々の目標が曖昧になり、なんだか最近物足りません。
グググ。
ショウタさんが 『この星では物足りなくなりませんか?』 と言っていた意味が分かります。
次の拠点は、異世界にしますかね。 でも配信が出来なくなります。
あ、啓示神様が旅館にいますから、また繋いでもらいますか。
ここ最近、啓示神様がずーっと旅館にいます。
居るだけで地球を支えてる存在。実は、もの凄い尊い神様ではないでしょうか。
ダンジョンの月が見える中、私達はドロップアイテムを拾い帰る支度をする。
99Fは、危険だ。99Fを視認したくない。観測を確定させたくない。
別の異世界に行くにも準備がある。 異世界ソムリエに来てもらわないと、何も情報無く、異世界に突っ込む勇気は無い。
伊織とリュウナちゃんに次の行動を伝える。
「帰宅しましょ~う、後、舞ちゃんに頼んで換金手配をお願いしましょうか~」
「承知~」
と、伊織の返答。
「下々の者、見てるか~? 帰るぞ~今日はわらわ帰れるぞ~。 あっ、スパチャをわらわに欲しいのじゃ。何でもするからの。 ご利益があるぞ~。お主達のために祈ってやるぞよ」
キャッキャッとしながらリュウナちゃんが、新しい賽銭システムを生み出してます。
末恐ろしいです~。アイドルとは祈りの形の変化形でしたか~?
ダンジョンから出ると、太陽の光に包まれ、周囲から油が焼かれた香ばしい匂いを感じる。
埼玉ダンジョンと違い、少しこじんまりとしたダンジョンゲート。周囲は、喧騒に溢れ。直線状に餃子とラーメンの屋台が並んでいる。
飲食街とダンジョン関係の町があり、ダンジョン帰りの人達で溢れていた。
そして、目の前に小雨カンパニーの舞ちゃんがいた。
「アヤメさん、伊織・・・さん、リュウナさんお待ちしておりましたー。お帰りなさいー」
小柄で赤メガネで赤メッシュ。可愛くバランスが取れています~。
そうなんです。舞ちゃんは、増える。増えたんですよ。
増えた自分自身と暮らしてるそうです。
ドッペルゲンガーの様です。『なりすまし』 の持ち込みは禁止されているハズですが。
私には、増えた自分と暮らすとか、想像できません。
絶対毎日、存在をかけた〇し合いの喧嘩をすると思います。
伊織の目がスッと細まって、舞ちゃんの前に出る。
「今日はどっちだ。読み間違えると機嫌を損ねてしまうからな。今日は、本物だ。そうだな。気品が違うと言うか、可愛いよな。確認のため触らせてもらっていいか? どうだ?」
ウソですね。
どっちでも好感度が上がる、会話を用意してましたよね。
はずしたら 「本物と全く分からなかった。 鑑定で一緒に本社に行くのだろう? 違いを当てさせてくれないか? 触らせて欲しい」 と、ちょいエロに持っていく気ですよね。
分かりますよ。付き合いが長いですから。
「どっちも本物ですよー。触れたら撃つよ、伊織。アヤメさん、リュウナさん。あのですね、小雨様から、緊急招集だそうです。ドロップアイテム預かりますので、ヘリコプターで戻りながら詳細をお話しますー」
舞ちゃん、伊織と距離が近いですね。また何かありましたか?
「承知致しました~」
「えっ、帰りたいんじゃが」
よくわからない言葉を話しているリュウナちゃんの襟首を掴み、奥に見えるヘリコプターに乗り込みます。
リュウナちゃんは、神様なので人権が適応されてないそうです。 位相世界のルールでそう決まってます。
良かったですよね~。 バイキングが頑張るアニメもそんな感じでしたし。人は、衣食住と役目を十分に与えると、人権が無くても反乱しないそうです。
神様もきっとそうですよね。
――
私達は、ヘリに乗り込み。
舞ちゃんが私達のドロップアイテムを空間に吸い込みながら報告してきた。
「長野でダンジョン溢れの兆候ですー。羽根つきモンスターが哨戒を繰り返しているそうですねー。大規模侵攻が予想されます。 超級戦力のアヤメさん達の待機が望ましいという連絡でした」
「「承知~」」
と言いながら、舞ちゃんの隣に座る伊織。
「舞、冷たくするな。この前、行為中に舞の名前を間違っただけじゃないか。ほらあれだ。学校の先生をお母さんとかお父さんとか、保護者的な存在をそういう親しい感じで呼んだ事ないか? それだよ、怒るなって? 舞の聞き間違いかもしれないだろ? 舞の事が大事なんだ。怒る事もおかしいだろう」
「あぁ? 伊織、普通間違えないよね。 ホテル内で別人の名前を呼ぶの? 汚物、近づくな」
少し前まで初々しかった舞ちゃんが、大人になってます。
これが、社会経験ですか。 稼ぐようになると、自信と成長がつきますよね~。
さて、銃は重いですが銃の引き金は軽そうです。
そして、我関せずと自撮りでSNSにアップしまくっている巫女リュウナちゃん。
信仰の集め方、上手ですね。 あれ? 閲覧数とか、登録数とか信仰者数と何が違うんでしょうか? 神様ってアイドル向いてますね~。 この思想は不敬ですかね~。
神様は、アイドルでしたか?
でも歴史が違います。朽ちる事の無い歴史の神様、新興のアイドルと比べるのはおこがましいですよね~。
――
国家の一大事、ダンジョン溢れ。
人気の無いダンジョンでは、溢れがよく起こる。
定期的に探索者達が、浅い階のモンスター駆除をしているのにも関わらず。
なぜイレギュラーは、起こるのでしょうか。
「アヤメ、ダンジョン溢れかの? 位相世界を行き来できる破壊神様や、神龍の制裁神様にお願いするのじゃ。やつら神と言うより化け物じゃぞ。 破壊のお仕事を喜んでやってくれるんじゃないかの?? 我々の命は尊いと思うのじゃ。お金と言う心持、賽銭で神様に頼んで神頼みといこうじゃないかの」
そうです。冒険者の仕事ですね。
私のパーティメンバーは、これから戦闘への期待、高揚感に当てられワクワクが先立つのです。
私は戦闘衣装に着替え、紫剣ちゃんを二本取り出し丁寧に磨きつつダンジョン溢れに思いを馳せます。
「もしもし、聞いておるかの?? 人の命は尊いのじゃ。ラブアンドピース。こまったときは神頼み。昔、人々は皆そうしておったぞ?? なぜ、今はダメなんじゃ?? もしもし??」
制裁神様に報告して、立派な龍にしてもらいましょう。
神様のお仕事の時、制裁神様にその口が利けるといいですよね~。
利いてほしいです。 人格に弊害が出るほど、教育して欲しいです。
ヘリコプターで小雨カンパニーの目の前に着きました。
オフィスビルが立ち並び、後ろに和風拝殿が見えます。
私達はヘリポートに降りて、本社ビルへ降りて向かう。
武装した状態で歩いていると
ガラス張りのビルの中から、黒赤の髪の舞ちゃんが小走りで、ウィィィンと自動ドアから出てきました。
やっぱり増えてる。
隣を見る。舞ちゃんが居る。前を見る。舞ちゃんが居る。
やっぱり、頭がおかしくなりそうです~。
小雨様、ドッペルゲンガーの持ち込みは国際条約で禁止では??
「私! お疲れ様でしたー! アヤメさん、見てましたよー! 宇都宮90F突破おめでとうございます! 伊織、この前のホテルで呼んだ女の名前さぁ? 誰?」
「アヤメ、すまない。 頭がおかしくなりそうだ。 舞と時間がダブルブッキングしたから、舞と舞を時間差デートしたんだがな・・・」
私もです、伊織。
舞ちゃん達、撃ってください。
さて、小雨様の所に参りましょう。
としたら、小雨カンパニービルから、小雨様がドアからウィィィンと出て来た。
慌てて礼をしようとするが、手をスッと降って来た。
別にいい。の合図だ。
「ご苦労様~。 長野ダンジョンでダンジョン溢れの兆候だ。 帰って来たばっかりで、すまない。アヤメ、伊織、リュウナもか? すまぬ、我とアリエノールと一緒に先に長野ダンジョンに向かって欲しい。羽根つきモンスターと言ったら、もう差別に当たるか。 アリエノールの星の魔族が斥候達を出してゲート前を哨戒している。 戦闘になったら破壊神や制裁神を出せるから、その場合、奴らは無残に砕け散ると思う。 まず魔族に降伏勧告をしたいのだ。一緒に、向かって欲しい」
アリエノールさんの所の魔族ですか~。
確かに私もアリエノールさんに情が沸いてます、優秀な方ですよね~。
容姿端麗、空飛ぶ行動力、魔法も使える知能派、小雨様、人材確保大成功ですよね~。
昔みたいにミンチにするのは、もったいないと思います。
「い、いや、じゃよ。我に出来る事なんてのむぐっ」
「「承知~」」
そろそろメスガキに先輩冒険者による可愛がりが必要だと思います。
やっちゃっていいですかね。
小雨様が頷き、話を続ける。
「舞も帰って来たばっかりですまぬ。保険としてショウタ殿の所に声をかけてくれるか。理想は、ネコ殿だが。 来るのはショウタ殿だろうな。 あ、嫌なら断って構わないと言えばいいだろう」
小雨様が、何かに気づいた様子できょろきょろとしだしながら、また話を続ける。
「もしも、あそこに誰か泊っていて興味本位で来たいと言うなら連れて来て構わない・・・? か、来てもらうか。次元間行き来できる方々が居たら、アリエノールの次元廃墟になってしまうか? 間違いなく一緒に、超越者のリザ殿が来るだろう。 説得を成功させないと、魔族側が悲惨な目に会うな?? 今まで待つだけだった地球側からついに侵攻が出来ると言う事だな? 旅館在住の神魔王クラスが逆侵攻へ行く事になるのか?? 人権適応されないから地獄絵図になるな」
あれ、また世界の終わりです。今度は、こっちから侵攻ですか。
アリエノールさんの次元の話ですが。
さて! 向かうとしましょうか。
説得成功できるといいですね。
伊織!リュウナちゃん! 頑張ってお二方を護衛しますよ~!




