55 小雨様の器
小雨の命
破壊神の帰還により赤い血染めの月が去っていき、空が白い空白に覆われている。
後は、霊薬の力で世界を復元するだけであろう。
だが、その前に確認だけ取らなければ。
―――
さて、舞の複製体とばれてしまったか。
そんな複製体の舞が、笑いながら
「本人ですー!小雨様、本物ですよー!」
と、言ってくる。
我は 「分ってる大丈夫だ」 と、返す。
しかし、こんな完璧な複製体に疑惑をかけるとは。
アリエノール? お主、有能だな。
銀髪で青い瞳。高身長の整った顔つき、プライドが高そうなイメージを持つ。
これが魔族で一般的と言われたら、モデルも商売をやっていけなくなってしまうな。
アリエノールには知識と義、そして慈悲がある。
種族特性で一見、冷たく見えるが思慮深いと言った所か。
この瞬間によくぞ、舞への確認を取った。
もちろん、我も分かっていたが。姿形が完璧な舞だぞ、良く分かったな?
本当にこのまま世界を戻して、いいのかと言う事だよな?
アリエノールには、研修終了後、引き抜きのポストで管理職についてもらいたいな。
ヘッドハンティングみたいなものだ。
「クククク。最高に面白いですね。なんたる愉悦・・・、ではなくて、スペクタル。複製体がこのまま元に戻ったら、本人をどうするか見当がつかないと言う事ですね。いやいや、まだ分かりません。私が作った鏡石の魔銃。 姿と記憶が完璧だと思います。まだ、本人の可能性がまだまだあります。さぁ! 続きをお願いします!」
ク〇みたいな邪悪な転生者がいるんだが。
ショウタ殿が、答えを言っているじゃないか。
お前、もう永遠の存在なんだから、人の生活を諦めてくれないか。存在の歪がひどいぞ。
分を超えた力を与え、その相反する事態を楽しんでるのか。
悪魔と一緒だな。
いやでも、舞も舞だよな。
まぁ~、よくドッペルゲンガーを使い倒したものだ。
なんで、この力を考えなしに使えるんだ? 世の中に無料なんて物があるわけないだろう?
複製体も学びを得て、舞本人にもなりすましたくもなるだろうな。
「ククク、いや、まだ分かりませんか。 しかし、この精巧な複製体の見分け方をアイテムボックスの中身を見る事で分るとは、確かにそうですね。アリエノールさんよく気づきましたね。さ、アリエノールさん、舞さんの確認をしましょうか。『真実の鏡』 を出しましょう。昔夜遅くにお城に忍び込んで、なりすました王女様を鏡に映し出して、正体を暴いたものです」
ゴソゴソと、何か神々しい鏡を出してきた。
「大丈夫だ、我らの問題だ。ショウタ殿は、見学していてくれないか」
邪悪な転生者は、ニチャッと笑いながら鏡を引っ込め、数歩下がっていった。
いつか、型にはめてやるからな。転生者め。
許さん所まで来ているぞ。
「小雨様、転生者ってこんなイカれてる非道では無いですよ。悲運な生涯から救われた存在ですから。基本、力に対して畏怖を覚えています。私の星の記録にもそう書かれています」
アリエノールがショウタ殿を見ながら続ける。
「複製体の行動は、頭で危険とわかっていますが、正直に情が湧いてます。ともに世界の終わりで戦った仲なのです。もう少し様子を見たいと思う」
我は舞に近づく。
すでに我の心は、決まっている。
舞。お前は、我を撃つのか?
「小雨様? 私を疑っているんですかー?」
魔銃を抱え、一歩、二歩と、後ろに下がっていく。
「記憶、姿形が完璧だ。こんな完璧な複製体を見たことが無い。 なりすましは、少し話しただけで粗が出たり、形が不完全だったりするものだ。 パッと見で分らなかったりする事もあるが、どうしても生活の上で違いが出て来る。 マユミのやり方は、実践の経験からだったのだな。まず本人でも捕まえる。これが本当に、最善の手に見える」
なぜか、ショウタ殿が照れている。「いやー、それほどでも」 じゃないが。
いや、魔銃を褒めているが。照れる場面ではないぞ。
そして、震えながら舞が銃を構える。
「お願いですー。私を、暴かないでください・・・」
アリエノールが我を庇うように前に出る。
銀髪がふわりと我の前に映る。体を押さえるように、手で静止をしてきた。
アリエノール。お前、出世だ。 崇高な義があるな、信用しよう。
あの魔銃の威力を知っていて、我を庇うなんて出来る事ではない。
「小雨様、助けは必要ですか? 自分だったら、舞さんどっちもやっちゃいますよ。死体が残った方が本物ですから。その後、蘇生すれば良いですよ」
この場面に愉悦を感じ、高揚しているサイコパス野郎は、スルーだ。
さてと。まずは、腹に力を入れてと。息を吸い込んで
「瀬川 舞! お主が、舞ならば我が誰か言えよう! 我は、何者で誰か?! 答えよ!!」
大声で舞に咆哮する。
同時に、ズドン!!
と、あさっての方向に波動砲が飛んでいく。
アリエノールが、我に覆いかぶさる。
「ああああああああ! 小雨様、ごめんなさい! アリエノールさんごめんなさい! 大声に驚いて、引き金ひいちゃいました! あああ! ごめんなさい!」
我とアリエノールは、起き上がり。 土ほこりをサッサッと払う。
舞は、あたふたしながら、銃を下げる。
もう一度か・・・。
威圧は、良くないな。落ち着いて喋るか。
「えーと、瀬川 舞さん。我が、誰で何者であるか。そして、この世界で何者なのか。あなたならどうこの問題に返答しますか? お答えください」
「あのー、それ。就職の時に私が、小雨様に最終面接で聞かれた質問じゃないですか? ・・・!! それって・・・!」
舞の姿は、気づきを得たかのか、片膝を付き胸に手をあて静かにかしずく。
「この世界で、最高の神様でこの世の物流の支配者ですー。私は、ここで。最高神小雨様の庇護のもとに働きたく思います」
「宜しい。お主が我に尽くす限り、我もそれに応えるとしよう」
舞の姿は、そのまま敬礼の姿勢を取り続けている。
我は、息を吸い続ける。
「以下。お前達は良くやった。それこそ、世界の終わりにな。我もそれに応える必要がある。魔銃はお前が持ちなさい。そして、舞本人と生活をやってみろ。おそらく、舞の性格なら上手くいくだろう。もし、本人と同位体であるお互いが存在を許せぬなら、お前は位相世界で暮らしてもらう。安心しろ、位相世界でも私のお墨付きだ。誰もがお前に手を出さないだろう。 位相世界に貸しがありあまっている。不満があったら言え。位相世界の神達を、正論と肉体言語でぼこぼこにしてやる。たとえメンテナンス神が相手でもな」
隣にいた、アリエノールも膝を付き、かしずく。
「良い主に恵まれました。私の感覚は間違っていなかった」
「では、我に任せてもらっていいか?」
「「小雨様の仰せのままに」」
と言う事だ、ショウタ殿。一件落着であろう。
伊達に、世界最高の企業神をしておらんぞ。
パチパチパチと転生者から、拍手が送られる。
「素晴らしい話でした。仲間と呼べる形の複製体を何度も切り捨て、疑惑と疑念が渦巻く中 『しんじるこころ』 を取得すると言うのがいかに難しい事か」
ショウタ殿は記憶を振り払うように首を振り、そして続ける。
「この星の統治している神様の権能が分散して弱い分、どこか協力的に見えます。事の動きが遅いですが、唯一性での統治より、こういう世界の統治は向いてますね」
「では、契約の履行を果たして欲しい。世界を元に戻してもらっていいか? 我々がやるより、ショウタ殿の方が上手くできるだろう?」
「承知致しました」
七色に光り輝く霊薬をショウタ殿が取り出し、握りつぶす。そして霧が空に昇っていく。
天から極光が降り注ぎ、オーロラが世界を包み星が逆回転を始める。
時間が逆戻りをはじめ、一瞬の静寂の後、喧騒が戻った。
時間が少し戻りダンジョンゲート前は、人で溢れていた。
辺りには、舞もアリエノールも居ない。
目の前には、ショウタ殿。 隣にダンジョンゲートの管理者タツロウが居た。
「おあっ!? 小雨様! こんな所に!? これは、礼が遅れて申し訳ありません。ですが、小雨様! この世界はなぜ、繰り返すのですか。 ポケットに入っていたポーションを飲んだその日から、世界の終わりと再生を見せられてですね。真実をお聞きしようとこの日まで・・・あっあっあ」
ショウタ殿がタツロウの頭を触り、そして宙を見続けるタツロウと手を繋いだ。
よかった、知りすぎた存在をそのままには出来ないからな。
「さて、小雨様。この度これにて失礼致します。 少し時間が戻りました。そして、終焉の時の記憶を覚えているか、個人差があります。それとこれをどうぞ。アリエノールさんに霊薬を渡して上げてください。大分消耗しているようでしたから」
ショウタ殿は、タツロウと手を繋ぎながら霊薬を渡してきた。
「またのお越しを、心よりお待ちしております」
とタツロウと手を繋ぎながら礼をし、ダンジョンへ消えていった。
辺りでは、我と気づいた冒険者や関係者が、礼をしてくるがそれどころでは無い。
一度小雨カンパニーに戻り、皆の無事を確認をし、神ネットワークで韋駄天との確認を取らなければ。
剣神、マユミは、まぁ~、この度お疲れ様でした。
巫女就任の祝言には、呼んで欲しいぞ。
――
我は、「加速」 と一節唱え、ダッシュでガラス張りの小雨カンパニー本社に着いた。
そこには舞が、片膝を付き殉教の礼を取っていた。
我は、入り口前でキキッと急に止まる。
「ドッペルちゃんから顛末を聞きましたー。小雨様ありがとうございます。例えるなら運命の欠片が嵌った様な感覚があったそうですねー。鏡石から造形された存在ですが、かけがえのない確かな物を得ることが出来ましたー」
おぉう、複製体の方だったか。
「と、思われると思いますー。では、ドッペルちゃんのご登場ですー」
会社のガラス張りの窓から、舞が走ってくるのが見える。
目の前の舞は、礼を取ったままだ。
ウィイインと自動ドアが開き、走ってくる舞が抱き着いてきた
「小雨様ぁあああ! どうなっているんですか?! ドッペルちゃんが言う事を聞かなくなりました! そして、赤い光の事を誰も覚えていません! 私、頭がおかしくなりましたー! 有給消化で病院に行ってきます! 多分ストレスです! お疲れ様でした~!」
と、そのまま舞は、走って行った。
気持ちは分る。まぁ仕方ないか。
そして、いつの間にか目の前に居た舞が、我の後ろに立っている。
「そして私は時が過ぎ、素敵な異性に出会い、結婚し退職して、それぞれの人生を送るわけですねー。仕事より、大事な事なんて世の中に沢山あるわけですー。 でも小雨様、私だけは歳を取らずに、ずーっと小雨様の望むように働いて永遠を過ごせるわけですねー。 小雨様? 永遠の孤独を癒せる存在、私以外にいますか? そうですー、小雨様が大好きです」
舞が、我の後ろからそっと抱き着いてくる。
首筋に感じる吐息が、脳に記憶されていく。
これは、本当にまずいな。
我の判断、誤ったか。
ありがとうございます。




