『牡丹燈籠』【怖さ★★☆】
すっかり日も暮れ、女房の足音がカランコロンと響き渡る。
カランコロン……。
カランコロン……。
「ただいま……おや?」
赤の地に艶やかな古典絵巻模様が染められた美しい振り袖を着た女房は家の明かりがついていないことを不思議に思った。
「……お前さん?」
ブルブル……。
「ああ……あああ……」
年季の入った家屋の片隅で古びた紺色の甚平を着た主人は頭を抱えて震えていた。
日はとっくに落ち、部屋の中に差し込む月明かりが、女房の首から下をほんのわずかに照らす。
「お前さん……どうしてこっちを見ないの?」
主人は背を向け、薄暗い部屋に立ち尽くす女房を見ることができない。
(あああ……怖い……怖い)
(やはりあの方の言うとおりだ)
(オツユは昼間は寝て、夜にしか出かけていない)
(やはり、オツユはあの時に死んだのだ!この目で見たはずなのに……)
(あああ……怖い……怖い)
主人は女房に背を向けたまま丸めた背中をゆっくり伸ばし、振り返らず肩を震わせながら言った。
「おおお、おま、お前!幽霊じゃないのか!?」
「クスクスクス……お前さん、おかしなことを言うのね。どうせ、あの胡散臭い男に何か言われたのだろう?」
クスクス笑う女房の顔は薄暗い部屋のせいか
よく見えない。
「お、俺は騙されないぞ!オツユはずいぶん前に死んだんだ!すまん!頼むから成仏してくれ!」
主人は再び背中を丸め、両手を合わせて震えながら念仏を唱えた。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」
「……」
女房から返事はない。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」
主人は目を瞑り、体を震わす。
「……」
女房からの反応がない。
「……お、オツユ?」
主人が不思議に思い、そっと目を開け、恐る恐る顔を上げると……。
「ひぃ!!」
主人の背後から、目がくり貫かれた恐ろしいオツユの顔がスゥ――っと現れ、主人の耳元で囁いた。
『オ~マ~エ~サ~ン…………』
「ぎゃぁ――――!!」
男が大袈裟な素振りで観客に向かって手を上げると、観客は一斉に悲鳴を上げた。
ここはマスキ怪談小屋。小国の外れにある辺鄙な村の小さな小屋だが、怖い話が聞けると最近、話題のスポットだ。
「はい、今日のお話はここまでです。お帰りはあちらですよ~」
俺は蝋燭の炎を消し、「ライトニング」と唱えると、部屋中に光の粒が広がる。
俺の名前は益材、転生者だ。転生前は有名な怪談師だったのだが、どうやら怪談中に呪われて死んでしまったらしい。
転生しても生活魔法ぐらいしか使えず、大して能力のなかった俺は、転生前の記憶を頼りに怪談話をして日銭を稼いでいる。
「今日も面白かったよマスキ!明日も来るね!」
子供達が俺に群がる。
「ああ!明日はもっと怖い話をしてやる。漏らしても知らね~ぞ!」
「も、漏らさね~よ!」
いつもの濃い緑色の紋付き袴に抱きついてくる子供達の頭を撫でながら、さっさと出口へと案内する。
ちなみに子供は無料、大人は1000コセン貰っている。コセンとはこの国の通貨単位だ。
「ねぇねぇ、フリソデ(振り袖)ってな~に?」
「振り袖はね~袖がフリフリしてるんだよ~。さぁ~帰ろうね~」
女の子に適当なことを言いながら出口に案内する。ちなみに本当の意味は『袖を振る』からきているのであながち間違いでもない。
「……また来る」
体を隠す焦げ茶色のマントとフードを深く被った怪しい人物が、1000コセンを俺に手渡し、足早に小屋を出る。
「あいつ……いつもいるな……」
いつも小屋の隅っこでフードを深く被り、震えながら話を聞いている謎の人物。
まぁ、俺は金が貰えれば誰だっていいんだ。
それに、あんなに震えながら話を聞いてくれるってのは、怪談師冥利に尽きるってもんだ!
「さて、今日の売上はいくらかなっと」
俺は手に持った銅貨を数え始めた――。
【ギオン騎士団 総本部】
「フロラディーテ団長!お戻りですか!見てくださいよ!またアシヤドウマン魔術師団の嫌がらせですよ!我らの誇り高き旗に札がビッシリ!!」
大慌ての団員は総本部のてっぺんで靡《なび》く団旗を指差す。剣をクロスさせた紋様が特徴のギオン騎士団の団旗に気味の悪い文字が書かれた札がところ畝ましと貼られていた。
「ふん、くだらぬ……」
白銀の鎧に身を包み、フロラディーテと呼ばれた美しい女性は、金色の髪をなびかせながら、剣の柄に手を添える。
シャキ!シャキキキ――ン!!
フロラディーテが剣を抜くと、一瞬の間に団旗に貼られた札を全て切り落とされた!
「ひゃぁ!さすが団長!『燃える瞳、剣聖レッドアイ』の力の前では魔術師どもも腰を抜かしますさぁ!」
団員は爽快に靡く団旗を眺めながら言った。
「その名前で呼ぶな!用がないなら私はいくぞ」
フロラディーテは口数少なく、それだけ言うと足早にその場をさった。
【総本部 シャワー室】
シャワワ――……。
『使用中。覗いたら死んだほうがましと思うほどの地獄が待っている』と長々、書かれた立て看板を立て掛け、フロラディーテは重厚な鎧を脱ぎ、肩まで伸びる金色の髪を温水で濡らす。
突如、フロラディーテはしゃがみながら両手で顔を隠し、シャワーのお湯に打たれながら震えた。
「はぁ~!!今日の怪談も怖かったなぁ~!!」
興味本位でマスキ殿の小屋に行った私が、こうも怪談にハマるとは思ってもいなかった!
アンデッドの王【デステラー・ウトゥンドゥ】でさえ、剣聖の私を見たら隠れてやり過ごすというのに……。まさか、私が怪談話に震えてシャワーも一人で入れなくなるとはな……。しかも、シャンプー中も目がつむれなくて、目にシャンプーが入って、いつも目が赤いから『剣聖レッドアイ』なんて呼ばれる始末……。
「ハッ!!誰だ!!!!」
バッ!!
フロラディーテは気配を感じ、振り向く!
「……誰もいない。え~ん、怖いよ~!誰か一緒にシャワー浴びてよぉ~」
シャワーを浴びながら体を震わす。
いつものように足→お尻→胸→背中→髪の毛の順番に体を洗う。
頭から洗った方が汚れが徐々に下へ落ちるのはわかっているが、なるべく目をつむる時間を短くするために自然とこうなったのだ。
「よし……いくぞ!」
フロラディーテは両手に泡立てたシャンプーを装備し、構える!
「あ――――――――――!!」
私は大声をあげながら急いで髪の毛を洗う!
その間、僅か5秒!
目をつむれば奴がくる!
私はそんな隙すら与えない!
シャカシャカシャカシャカ!
キュキュ!
「ふ~、勝った!」
ブルブルブル!!
フロラディーテは犬のように髪の毛を振り回し、水分を飛ばして清々しい顔を見せる。その瞳は勝利の炎を纏ったが如く、赤く燃えていた。
まだ、泡が残っていそうな髪をフワフワのバスタオルで包みながら風呂場を出た。
「怪談小屋に通うようになって1ヶ月もちゃんとお風呂に浸かってないな……」
ふと、呟く。
だって、ゆっくりお風呂なんて入ったら体が溶けてスライムになっちゃうかもしれないし!!
前に聞いたマスキ殿の怪談を思い出し、身震いをする。
入れるわけない!怖いものは怖いもん!!
「でも、明日はもっと怖いって言ってたな……。またオムツ履いていかないと……」
大きなバスタオルで体を拭きながらフロラディーテは足早に風呂場を出た。
フロラディーテは鏡の前で、綺麗な肌とは裏腹な充血した瞳に、日課の目薬を注すのであった――。
<つづく!>