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妖刀迅譚  作者: 梯広 興
8/9

妖刀迅譚

 昼夜問わず降り続いた雪は、寒空をそのままに映していた暗い街そのものをすっかりと白に染め上げてしまった。


 彼らが以前住んでいたあの隠れ里よりは降ってはいないが、ここの雪はあちらと比べて少々重たい。そんな中でもやっとこさ到来した()()()に対しての気持ちは至って軽やかなるものである。


 かと言っても、気持ちや根性なんかで寒さがどうこう成るようなものではない。


 綿入りの手袋を着けていても悴む手と腕を振り上げ、鬱屈した気持ちごと振り下ろす。勢いよく宙に奔った鈍色の線は腹立たしいほどに小気味良い音を立て、丸太に深く食い込んだ。


 それが終われば、今も足元に転がっている丸太のなれ果て達を鉈を使ってさらに細かくする、そんな作業を延々と繰り返す。


 寒さが佳境を迎える頃になると三日に一遍くらい、修練の前にこのような薪を割る仕事が押しのけてやってくる。


 ただでさえ寝起きもあんまり良くない惣一郎にとって、この季節はその他の季節より早く起きなければならず、とにかく憂鬱なのだ。


 外に出るのも億劫な寒さの中で無心でただただ斧と鉈を振るう。一人、雪が降り積もる中で黙々と斧と鉈を振るい続けるのは、コテンパンにされる修練とはまたひと味違う辛さがそこにはある。


 店で薪を買えば良いのかもしれないが、丸太を買った方が圧倒的に安い。それに長年そうやってきたうえ、小癪だが修練前の良い運動にもなる。


 環境が変わったとしても急な生活の変化は心身ともに大変な負担になるからと、生活習慣は変えずに続けて行きたいとここに着いて早々、家族とも話していた。


 そんなことを提案してしまった自分に若干の後悔の念すら覚え始めているが、男に二言は無し。そんな気持ちごと丸太に叩きつける。


 手や顔、精神すらも悴み、青ざめるような純白に呑まれつつあった意識を呼び戻したのは、眠たげだが元気そうな後ろからの声だった。


 「惣、おはよう〜」


 「おはよう。あけましておめでとう」


 「おめでとうございます!今年もよろしくね!」


 朗らかに、快活に応える少女に青年は新年一発目の笑顔を向ける。


 「ああ、今年もよろしく。」


 「それにしても、今日は早いな」


 「なんか目が冴えちゃって、お正月だからかしら…?」


 「ああ…確かに去年までとは結構違うからなぁ…」


 ふふっと笑みをこぼし、横に並んだふみは両断された丸太を手早く拾いつつ、ぽつりと零す。


 「こんなにも落ち着いた年末年始は何時ぶりかしらね・・・」


 溢れた言葉に思わず手を止める。


 「あぁ、そうだな・・・」


 これまでの目の回るような日々を思い浮かべ、しみじみと感じ入る。そう思えば苦界へと投げ出されてから七年、一般的な年末年始とはかけ離れていた。


 これまでの年末年始の数日間といえば、いつものしんどい生活の中で輪をかけて忙しいものであった。年初に名主へ納める居住料という名の上納金を稼ぐため東奔西走。


 数日の出稼ぎや普段やらないような仕事も限界まで詰め込んでいたため、年始の挨拶も軽い挨拶のみで済ませることすらもザラにあった。


 そこらの僧侶よりも動き回り、慌ただしい年の瀬を送ってきたこれまでとは違い、なんとも風通しの良い気持ちで年始を迎えられることに感激の念すら覚え、屋根の白銀を望む。


 折角の安らぎのある元旦。彼女にわざわざ年始一発目から手伝ってもらうのも気が引ける。


 「寒いから中で暖まってたら?」


 「そうはいかないわよ。折角のお正月だもの、あなただけに苦労を掛けさせるわけにもいかないでしょう?」


 惣一郎からの問いを即答にてピシャリと断り、傍らに置いてある鉈を拾い上げる。


 「こっちで小さくしとくわね」


 「あぁ、助かるよ。頼んだー」


 丸太を持ちその場を離れる彼女に礼を述べ、斧を再び振り上げる。少し離れた所に台を持っていき、なれない手つきで丸太に鉈を突き立てている姿が見える。


 正直、どれだけやっていても寒空の中で作業することなど慣れるはずもないので、非常に助かる。後の面倒臭い作業が減ったことからか、軽くなった様に感じる斧を打ち付ける。


 一方のふみであるが、「ふんっ!」とか「ほっ!」などと声を出しつつ薪に刺さった得物を台に叩き付けている。少しばかり失礼ながら、悪戦苦闘しながら作業している姿はなかなかに微笑ましいものでもあった。


 そんなこんなでいつもより早く薪を拵えて一息つく。もうそろそろ太助達も起きてくる頃合いだろう。


 「「惣兄、ふみ姉あけましておめでとう!」」


 「今年もよろしくね。」


 「今年もよろしくな。」


 予想通り、程なくして起きてきた一同と共に家族全員で挨拶を済ませ、朝食を軽く済ませる。


 折角の年始、修練も休み。本当の事ならばここからもう少し休んでいたいところ。だが、何よりも先に行かねばならないところがある。


 荷車に籠を置き、自らを落ち着けるように白息を吐きだす。


「お待たせ~、そっちも準備終わった?」


 今から向かうは、日頃何かと世話になっている戸津崎家。ここに来てからはや数ヶ月、彼等には既に幾度も助けてもらいつつ過ごしてきた。猶の事、いの一番で挨拶に伺いたい。


 休みたい気持ちに折り合いをつけるのはさしたる問題ではない、問題なのはその()()だ。


 諸々含めての礼儀。日頃、お世話になっている人への挨拶である、何があっても失礼があってはならない。


 尤も、礼儀作法については講義でも習ううえ、ふみからも教えてもらってはいる。しかし、実際に行事などで実践するのは初めてであるため、粗相のないように完遂できるか途轍もなく心配になる。


 「ああ、何か失礼がないか緊張するな……」


 「大丈夫よ、気を張ることなんてないし、私が教えたとおりにやればいいのよ!」


 背中をバシバシと叩かれる。最近は慣れたようにあの反物屋で手伝いに行っているふみではあるが、この頃、おかみさんの女傑ぶりが少しばかり遷ったのではないかと仄かに思う。


 鍛えた背中にほんの少しの痛みと熱を感じるが、これも元気を取り戻している一つの証左。ふみもはじめとして生き生きとしている家族に些か嬉しく思う。


 「はは……じゃあ、兼房さんたちのとこに行くぞー」


 「「「はーい!」」」




 家を出て数時間後、少し雪が解け始めた道を転ばぬように進む。


 年始の挨拶はふみの助けもあってどうにかこうにか、恙なく事を進めることが出来た気がする。


 しかし、日頃の感謝の意も込めて十分な量の年始のお祝いを持って行ったが、帰りの方が荷物が多いのは一体全体いかがなものか・・・。


 何時にも増して荷物を持たせて来る彼らの圧に負け、図らずとも行きよりも重くなってしまった車を曳きながら苦笑する惣一郎にふみは問いかける。


 「そういえば、訓練の方はどう?」


 「順調だよ、日に日に成長できてる気がする。」


 車を曳く拳を強く握りしめる。ここ3ヶ月、尚久に吹き飛ばされながら修練を積み続け、炎鳳流の二十種の剣技をそこそこ安定して繰り出せるようになってきた。


 熾士から下される評価も日を追うごと、時を経るごとにだんだんと好感触になっている。


 「それは良かったわ。惣にだけ無理させちゃってごめんね……」


 「そんなことないよ!それに……」


 少ししょんぼりとする連れ合いの言葉に少しばかり大きな声が出てしまう。驚いた表情をするふみに視線を向ける。このまま突いて出そうになった台詞を面と向かって言うのは気恥ずかしい。


 息をふぅっと吐き、ボソッと言葉をこぼす。


 「いつも支えてくれてありがとな…。」


 再び横の連れ合いに目を向けると、ほんのりと朱に染まる顔が見えた。


 長い髪と小袖に隠した顔からは表情を読み取ることはできないが、すぐにこちらに顔を向け、ほのかな笑みを見せた。


 「ええ、これからも頼りにしてね?」


 「ああ、そうさせてもらうよ」


 「ありがと!、そうそう、夜に何食べたいかってある?」


 「そうだな……、焼き鯖が食べたい」


 「ええ…、ついこの間食べたじゃない。それに旬も過ぎちゃったし、この山の中じゃもう売ってないわよ・・・」 


 「だよなぁ……。じゃあ、あれ食べたい、何だっけ?この間食べた・・・・・


 何年たっても相も変わらぬ謎の鯖への執着を見せた惣一郎に呆れたように苦笑いを向ける、彼女と言葉を交わし続ける。


 先を走っていってしまった子供たちに追いつく素振りも見せずに、ゆっくりと歩を進める二本の線は延々と街を伸びていった。




 新年が訪れてから暫く経ち、浮ついていた気持ちを落ち着きを取り戻してきた頃、新人燧士二人の修練も激しさを増すものになっていた。


 いつもの如く、熾士にぶっ飛ばされて、気絶して、目覚めてを果てなく繰り返す修練の内容ではあるが、それも少しずつ変わってきている。


 毎日の走り込みの成果もあってか、数合の打ち合い程度では息を切らすことはなくなった。それに加え、熾士に対しても昨日よりも今日、今日よりも明日…という具合に食らい付けるようになっている。


 また、先輩燧士のサポートと手合わせも大きかっただろう。彼等を通しての研鑽は砂が水を吸い上げる様な体験であり、自分の剣術をより形にすることができている。


 かつて磐碕が言っていた、「痛み」というものはこうも成長を促してくれるものなのかと、熾士や先輩によって年輪の様に刻まれた痛みを感じつつ、そんなことをふと考え、感心と少しの歓びを覚える。だが、それもそれで中々に()()に染められてしまったものだと自嘲する。


 そんな日々の中、今日も今日とていつもの修練場。


 ふぅッ、と白息を吐きだし、眼の前に立つ同輩(好敵手)を見据える。


 毎日毎日、気が遠くなるほどに立ち会い稽古を行っているため、正確な数など記憶出来ようはずもない。しかし、互いに刀を交えた際の戦績は五分五分、実力も伯仲していることは確か。


 一方の相手も得物を構え、こちらの動きを見極めている。


 数瞬の間に押し固められた静謐を押し破るように、どちらからともなく駆け出す。疾駆する両者は間合いに入るやいなや得物を振るい、鮮烈に斬り結ぶ。


 互いの手の内はもう知っている。だからこそ、相手の出鼻を潰し合い、その隙を狙う様に剣戟を繰り出し続ける。


 互いの剣を酌み交わすこと十数合、両者ともに放たれた上段からの剣が交差し、しばしの拮抗を作り出した。


 技同士の衝突から素早く鍔迫り合いへと移る様も、ここに来た時から更に更に洗練され、力強くなっているようにも感じる。


 だが、互いに押し合う切先は、徐々にこちら側へと向かう。気質か、生来の力量故か、単純な力比べでは矩秀には敵わない。


 ならば、今、惣一郎が取るべき行動は一つ。相手の力に身を委ねて後ろへと飛び退き、距離を取った。


 圧し潰さんばかりの力は行き場を失って矩秀の刃は空を押し切り、身体を前へとつんのめらせる。


 (―――今だ!)


 惣一郎の目論見通りに相手の体勢が崩れたのと同時に、約六メートルを駆け抜け、片を付けるために縱横に得物を振り抜く。


 『雷火』と『焔』、二つの斬撃を浴びせかける複合技、炎鳳流其之四『相火扇そうかせん』。


 「ヤッッ…あっ!!」


 姿勢が崩れているままの状態での迎撃は不可、そう思っていた。


 しかし、矩秀はそんなことは織り込み済みであるかのように地を強く踏みしめ、崩れた体を持ち直す。そのままの体勢で木剣を左下段に構え、炎鳳流其之九『燎原(りょうげん)』を打ち上げる。


 「ハアッ!」


 双方向から迫っていた剣撃は、盛炎に巻き上げられるように相殺され、切っ先を空へと走らせた。


 真正面から打ち合った技は大気を震わせ、木霊が間延びする。同じく延びゆく技の余韻がいち早く切れたのは矩秀の方だった。


 「おらぁッ!!」


 さっきのお返しとばかりに、力強い踏み込みからの『焔』を見舞う。


 一瞬、遅れて体が動いた惣一郎は、咄嗟に剣の腹で受けとめる。相変わらずの膂力に腕が押し返されそうになるのを踏み留め、数秒前と同様に地を蹴り数メートル退き、追撃に備える。


 「逃がすかぁッ!!」


 今度は矩秀が間合いを詰め、決定打を仕掛ける。得物を右に構えたまま、こちらに目掛けて跳びこんで来た。


 (…!?、直往奔火!?)


 滑走や落下の勢いのまま、滑るように斬撃を与える突進技、炎鳳流其之壱参『直往奔火(ちょくおうほんか)』であると技の予想をつけ、惣一郎はすかさず迎撃態勢を解いた。


 木剣を左腰に納刀、もっともこいつには鞘などないため格好だけではあるが、得物を納め、やや前傾姿勢で構える。


 炎鳳流其之六『御翳燈籠・不知火みかげとうろう・しらぬい』、炎鳳流では珍しい迎撃を主目的とした剣技。相手の攻撃を見極め、横一閃に振り抜く。


 「シッッ!!」

 「らぁッ!!」


 移動の力をそのまま込めた一撃と、相手の太刀筋の軌道を見極め放つ一閃。短い気合いと雄叫びが交錯し、同時に振るわれた渾身の二つの技は互いに反発し、軌道をずらした。


 互いにすれ違い、再びの静謐が訪れること数瞬、矩秀が片膝をつく。どうやら、勝負をつけるべく土手腹を狙って放った居合は、辛くも胴を捉えたようだ。


 「痛ってぇぇ・・・」


 「ふぅ…、 よし、今回は俺の勝ちだな。」


 雪に濡れた得物を腰に納めながら振り返り、手を伸ばす。


 「ほら、立てるか?」


 「ああ。掠っただけだ、それに妖力で守れてた」


 握り返された手をゆっくりと持ち上げる。


 「ううん…、もっと強く食らわせたつもりだったんだがな…。まだやれるか?」


 「勿論だ、次は俺が一本取ってやるさ」


 「いや、両者ともそこまでだ。」


 そんなやり取りを断つように、一部始終を見ていた尚久が声をかける。

 

 「二人とも更に安定して技を出せているようだな、それにまだまだ荒削りだが妖力の扱いにも慣れてきたな。」


 「ありがとうございます!」


 (そろそろ頃合いか……)


 「ならばもうそろそろ次の段階だな。すぐにでも実践的な修練を始めよう」


 「片付けが終わり次第、詰所へと来るように。」


 そう言うと熾士は、くるりと背を向けていそいそと竹の帳へと姿を隠していく。


 磐碕から『実践的な修練』への移行はいよいよ、実戦へと向けた最終段階であるとは前もって聞いていた。とうとうやってきた更なるステップに燧士二人は手を叩き合う。


 『泰松舘』詰所。


 番方である刀士が指令を受け、出撃準備を整えたり、始末書の提出などの諸準備を行う場であり、彼らを支援・統括する『兵部省』が置かれている。


 そして、軍議を行う軍広間(いくさひろま)や刀士が普段常駐している詰の間なども備えられている、まさに刀士の生命線ともいえる施設だ。さらに、この棟に個人の詰所が梁士に割り当てられている。


 一応、刀士の端くれである以上、詰所には何回か来たことがある。しかし、熾士の詰所に入るのは初めてであり、得も言われぬ緊張感を覚える。


 「失礼します・・・」


 「来たか、こちらに座りなさい。」


 文台に向かい、書物に目を通していた尚久は、向かいに並べられている藺草製の座布団を指す。


 尚久に充てられた部屋は、二十畳程の広さで具足や旅の用具、武具などが置かれている。その中で文台一つと棚一面に所狭しと書物が陳列してあるという、如何にも几帳面な堅物の熾士の人となりを表すような様相だ。


 「失礼します。」


 「では、早速だが次の段階を始めるぞ」


 腰掛けた二人に対して、口下手は何時ものように、何の前置きも無く話し出す。


 「まず、二人にはこれを預ける。」


 その言葉と同時に、熾士は唐突に傍らに置いてあるものに手を伸ばし、向かいの惣一郎たちに差し出した。


 相変わらずの突然。燧士二人は、片手ずつに突き出された()()を戸惑いつつも拝領した。


 「こちらは…?」


 見たところ、刀だ。柄に巻かれている柄巻が深紅なこと以外、何の変哲もないそれぞれ赤鞘と黒鞘の打刀。


 「修練用の霊器だ。これから君たちには妖力の具体的な扱い方や、真剣を通しての実際の戦闘を意識した修練を行ってもらう。」


 霊器れいき。それは妖力が込められている特殊な道具、武具である。その中には少数ではあるが、術式が刻まれているものもあるという。


 始まりの七流を極めた梁士には、そんな代物の中でも更に希少な霊器が充てられている。それらを総じて劈津神宝(へきつのかんだから)という。


 時は平安、苛烈を極めた戦闘の中で勝機を見出すため、嘗ての梁士や刀鍛冶が心血を注ぎ込んで創り出した。という伝承が残されている。


 以来、数百年受け継がれ、数多の激闘をその身で繰り広げてきたという、まさに由緒正しき正に()()ともいうべき武具だ。


 「そして、これには、こいつの術式を込めてある。」


 熾士は傍らに残された刀を手に取り、刀身をわずかに滑らせる。


 今まさに彼の手にあるものこそ『劈津神宝』が一振り、旭熾之鳳(ぎょくしのおおとり)。熾士は代々この炎を放つ刀を振るい、妖を討滅してきた。現に惣一郎と矩秀も実際にそれにその命を救われている。


 この刀が抜かれているのを見たのは数か月前のあの時以来だ。


 今、久方ぶりに姿を現したそれは、数か月前と寸分違わず、(はばき)と樋が炎をそのまま遷したかのように赤々と染まり、揺らめく炎を表すかのように刃文が刻まれているという飾り刀かと見紛う程に洗練されているものであった。


 そして、驚くことに刀自らが妖力を生み出すことが出来るのだという。


 読んで字のごとく妖刀と言うべき代物ではある。だが、この霊器を生み出す過程において、何日もの間、妖を休むことなく斬り続けて妖力に慣れさせたとか、朱雀が刀身に飛び込んできたなどの全くもって嘘か誠か甚だ怪しい逸話が遺されている…。


 以前聞いた与太話にも近しい逸話を思い出しつつ抜き身の刀身を見つめる。


 (ここにも朱雀の一部が・・・?)


 言い伝えの影響か否か、目を惹く様な赫の挿し色も相まって不思議と、揺らめきを残した刃文が鳳の燃え盛る羽の様に見えるような気すらしてきている。


 「惣一郎、いつものように妖力を込めてみろ」


 「あっ、はい。」


 (集中…、血を滲ませるように妖力を流し込む…)


 妖力とは何か、教えられた後に修練で最初に習った妖力操作の基本、『集中・循環・放出』を行う。


 日頃、木剣で試しているように意識を刃筋に集中し、臓腑から湧き出る気のようなものを全身に巡らせ、腕から手を通して刀へと流し込む。


 そうして流された妖力は、術式によって形を成し、僅かではあるが刀身から炎が吹き上がらせる。


 「あっ・・・!」


 「おおっ・・・!」


 「そうだ、それがそいつの術式だ。」


 ……今、自らの手の中で未知の事象が起こっている。


 これまでも妖力とかいう、普通に生きていればまず聞くことのなかったであろう力を扱っているため、今更と言えば今更ではある。


 しかし、実際に焔という形となって()()実在を証明されてしまったことに多少の恐怖すら感じる。


 ましてや一部とはいえ、千年モノの術式をこれからは扱うことになるのだ。未だに妖力の扱いが覚束ない身で無事に扱い切れるものなのだろうか…


 驚きと感動、畏怖がない交ぜになり、自然と刀を握る力が強くなる。


 「君たちにはこれからこいつで修練を積んでもらう。」


 喉奥から無意識に息を呑む音が聞こえた。実際に妖刀を持つことになると、その手に掛かるものは得物そのものの重さとはまた別のものもさらに感じる。


 先ほどまでいくつもの感情が混じり合っていたいた心中も、今となっては不安と恐怖が幅を利かせている。


 「そんなに心配せずとも、刀身を潰してあるから当たっても死ぬことはないから安心しろ。」


 そんな心中を察してか、尚久は何事もないようにスルッと言いのける。


 (・・・)



 場所を移し、再び修練場。


 「時間が惜しい。早速だが君たちには、一人ずつ私に打ち込んできてもらう」


 「まずは惣一郎からだ」


 「はい。」


 眼を閉じ、返事と同時に掌を瞬間的に締め上げて力を込める。


 新たな相棒は惣一郎に応えるように、先程よりもはっきりとその身から炎を上げ、向かう先を確かな熱で染め上げる。


 得物を正中に構え、強く踏み込む。突撃を仕掛け、その熱を叩き込む。炎鳳流其之壱六『金輪捻暈(かなわのねじがさ)』、前方に向かって円を描くような複数の斬撃を見舞う。


 「ハアッ!!」


 向かう先の熾士は表情一つ変えることなく抜刀し、右肩に得物を構える。


 恐らくは身を翻しながら放つ回転を伴う斬撃、炎鳳流其之拾『灼迅龍旋(しゃくじんりゅうせん)』であろう。


 どうやっても完膚なきまでにやられるのは火を見るよりも明らかだが、出来ることならせめて一矢報いたうえで地に伏せておきたいところ。


 熾士の首筋目掛け、一厘の遠慮もなしに日輪を描くような幾重もの斬撃を見舞う。


 次の瞬間、ガキンッ!!と鋼を強く打ち付ける音が響き渡り、澄んだ寒空を跳ね回った。


 数多の日輪を迎え撃つ形で放たれた火旋は一太刀目で何重もの連撃を浴びせかけるつもりで放った技ごと得物を弾き飛ばし、数メートル先まで転がした。


 その衝撃はすさまじく、行き場の失った『金輪捻暈』の力も加わって惣一郎の身体を大きく崩した。


 だが、廻りゆく回転は止まらない。少しでもこの身に降りかかるダメージへと対応すべく、どうにか踏みとどまって顔を向けた惣一郎は眼前の光景に慄いた。


 そこにあったのは、轟々と熱を吹き上げながら先程とは比べ物にならないほどに勢いを増す、赤々としたつむじ風。


 (マズい…!)


 体勢を立て直す間もない、そのうえ迎撃のしようもない状況において焦る脳内で出た結論は、咄嗟に妖力を全身に纏い防御することだった。そして間髪入れず、続く二撃目が肩口を強かに打ち据える。


 「グァッッ!!」


 生じてはいけないような痛みが右肩を駆け抜ける。こいつの刃が潰しているとはいえ、残念ながら鋼は鋼。斬れはしないが当たるとかなり、いや物凄く痛い。


 (痛ぇ!!木剣なんかよりも何十倍も痛ぇッッ!!)


 「アアッ!」


 今すぐにでも意識を手放し、逃げ出したくなるような痛みに打ちひしがれながらも突きを繰り出す。炎鳳流『炬真清火(きょしんせいか)』。


 だが、そんなぬるい攻撃など熾士が見逃すはずもなかった。無情にも放たれた『焔』が破れかぶれの技ごと弾き飛ばし、横っ腹に直撃する。


 これまでの稽古で散々にぶっ飛ばされてきた。そのうちに、否が応でも自身の身を守るために妖力で己が身を強化してその剣技を受けてきた。


 その甲斐合ってか、修練を始めた頃よりも身体の変化は著しく、目まぐるしく成長してきた。


 だが、そんな事情など露程も構うことなく、見事なまでに決まった技は腹に打ち込まれた後もその炎を絶やすことはなかった。


 吹き上げる炎が身体の内側で炸裂し、炎の腕が意識を一気に深淵と引き摺り下ろす。


 腹にめり込む鋼の重さ、炎熱、膂力、霊器の術式・妖力の全てが合わさって成された一撃は、限界まで強化した身体をいとも簡単に打ち破る。


 「ガァッッ……!」


 未だに煙を上げ続ける腹を確認出来る余裕すらもなく、糸が切れた様に膝から崩れ落ち、倒れ伏す。


 「惣一郎ッ……!!」


 瞬く間に通り抜けた修羅を見届けたは 思わず眼の前で延びている青年に駆け寄る。彼から出された音は、熾士からの稽古で聞き慣れてしまったそれよりも鈍く、呻き声も一段と険しく、切迫しているものであった。


 あまりにも惨いひと時を経て、地に伏す彼の安否を心配する。それに対して熾士は至って平然と答えた。


 「大丈夫だ、しっかりと妖力で防御していた。二十分くらいで目を覚ますだろう。」


 「惣一郎……」


 「さて。矩秀、次は君だ。」


 「はい…」


 惣一郎から距離を取り、今しがた見せつけられた修羅と相対する。抜刀した指が強張り、気がふれた膝が笑い出し、身体が本能でその先の工程を拒絶する。


 無理にでも先んじて熾士に挑みかからなかったことを酷く後悔した。せめて、先に打ちのめされ、意識を手放すことが出来ていればこの身に齧りつく感覚を避けれただろうか。


 平静を取り戻すために深呼吸をすべく、眼を伏せる。瞼の裏で先程の光景が後を追う様に鮮明に映し出されていた。


 再び眼を開き、真横で延びている青年に視線を向ける。回転斬りを食らってもなお、闘志を絶やさずに立ち向かった彼に追いつかんと脚を強めに叩く。


 「参ります…!」


 パンッという音とともに、震える腕と脚を無理やり抑え込み、雄叫びを上げ、突撃を敢行する。


 数瞬後、焔が迸る音、何かを打ち付ける鈍い音、それと短い呻き声が響き渡った。

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