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妖刀迅譚  作者: 梯広 興
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妖刀迅譚

 乾いた音が竹林を跳ねまわり、幾重にも束ねられ、山そのものが一つの意思となり寒空に鳴轟する。


 『泰松舘』東方に接する小高い山に設けられている、修練場。そこでは日々、刀士達が己が業を磨かんと互いに鎬を削り合う。


 「シッッ!!!!」「ハッッ!!!!」


 惣一郎と矩秀もその一人。木刀をぶつけ合い、原石を削り合うかの様に己の剣の在り方を見出していく。


 「惣一郎、重心を落とせ!」「矩秀は動きを止めるな!」


 ようやく実践形式の修練が始まって、早二週間。


 熾士の喝が降り注ぐ中で互いに剣を打ち、足りないものを補完し合う。その甲斐合ってか、ここ二日くらいはイメージの動きと身体が同期して動くようになって来た。


 カァァァン!!!と硬質の叫び声が響き、両者の得物が交差する。


 到来するは、暫しの膠着。鍔迫り合いとなり、互いが押し飛ばそうと力を入れる。

 

 「そこまで!!」


 尚久の号令を合図に両者共に距離を取り、剣を納める。


 「互いに段々だが動きは良くなっているな」


 「「ありがとうございます!!」」


 事実、自分の剣術の『型』というものを数週間ほど模索することで、原型は見いだせたような感覚がある。


 研鑽と比例して日に日に伸びゆく己が力を深く噛みしめる。


 「今日はここまで。片付けが済み次第、講堂へ来るように。」


 そう告げると熾士は足早に竹林から去っていく。風が吹き走る修練場に残された二人は顔を見合わせる。


 「・・・なにがあるんだ?」


 「さあ・・・?」


 矩秀は少しの困惑と共に首を傾げる。


 一方の惣一郎はあの武人から『講堂』という言葉が飛び出したことに少しの違和感と体全体に生温く濡れた帯の様なモノが垂れかかる変な感覚を覚えた。




 三十分後、『泰松舘』講堂。


 この場は週のうち二日、およそ半日かけて講義が行われる。


 一般的に手習いで習う『学問』や、各所へと赴いた折に粗相のないようにするための『教養』、他にも霊迅衆に身を置くうえでは欠かせない組織の構成、規範、成り立ちに至る『組織』までをみっちりと仕込まれる場である。


 お世辞にもいい身分に生まれたとはいえず、身一つで苦界に投げ出されてからは暇なんてものはなかった。もとより勉学なんてものは苦手である。


 そんなことに碌に取り組んでこなかった惣一郎にとっては当然のごとく、明確に苦手意識を持つ場でもある。


 指南役も苦心するレベルでお勉強が苦手である彼にとって、講義で学ぶ内容なんてものははそう簡単に身に付くものではなく、その日には家に帰ってからもふみ(講師)に頼りながら、夜更けまで()()に臨む羽目になる。


 そんな具合であるため、数年もの間、艱難辛苦に苛まれつつも耐えてきた彼にとってある意味耐え難い苦行そのものであった。


 だからといってサボろうものなら家で指南役よりも、熾士よりもある意味恐ろしいふみという講師の制裁が待っているので無理やりにでも詰め込まねばならない。


 戸を開く前から相も変わらず整然と文台が並べられた光景を思い浮かべ、顔を曇らせる青年に対し、もう一方は肘で小突きながらも苦笑する。


「そんな顔するなよ」


 お勉強が苦手な彼の気を知っているくせに相も変わらずぬけぬけと抜かす矩秀に対して、少しばかりやり場のない悔しさを覚え、剝れながら答える。


 「この気持ちの重さは秀才の淤辺様にはわからんよ」


 「惣一郎は学問の苦手意識を消さないとな」


 痛い所を的確に突いてくる、どうにもこいつには遠慮というものは存在していないらしい。


 「お前までふみと同じこというなよ・・・」


 「いいか、勉学は敵じゃないぞぉ」


 「へいへい、わかってるやい」


 このまま放っておいては、第二の特別講師が爆誕しそうなので一旦話を切り上げ、座に就き熾士の到着を待つ。


 「着いたか。任が控えてるから手短に伝えるぞ。」


 待っていたと言わんばかりに奥の間の戸が開き、入ってきた熾士は二人の前へ座り、前置きもなしにつらつらと話始める。


 「まず君達には炎鳳流の技を会得してもらう。」


 「「はい。」」


 「君たちが知る通り、我々霊迅衆には─────」


 話を要約するとこうだ。


 刀士の最上階級、梁士(りょうし)。「始まりの七流」のそれぞれを極めた者たちの総称であり、各流派に代替わりで一人ずつその称号が与えられる。


 「始まりの七流」にはそれぞれ歴代梁士が編み出した剣技があり、それらを基として体系化された二十の型が存在している。


 その一つ一つは強力な妖を討ち果たし、梁士として世を守る為には必要不可欠なものであり、霊迅衆開闢以来、幾百年の研鑽を経て正に『必殺』の域へと昇華された。

 

「それを読んで各々修練を積むように」


 一通り話し終えた熾士から指南書を渡される。表紙には些か流麗な筆遣いで『炎鳳流廿技指南』と書かれている。



 熾士が立ち去った講堂にて手渡された指南書をペラペラとページを流す。


 記されている技一つ取っても腰の動きや手の捻り方が事細かに記されており、それらの手順一つ一つが長きに渡る研鑽の中で最適化された動きであろうことが見て取れる。


 本を閉じた新米燧士は顔を合わせ、頷き合い立ち上がる。


 無論、向かう先は修練場。自らの身を守り、他を助ける刃になるべく研鑽を積まなければなるまい。



 教本を頼りに熾士の動きを真似ること二週間、また一段と寒さが増したきたような頃。


 毎日の研鑽故か、以前にも切れのある動きで得物を振るい、両者ともに技を繰り出すことが出来るようになってきた。


 まだまだ基礎の基礎技ではあるものの、張り詰めた大気を震わせる技の衝突は、僅かではあるが自らの成長を教えてくれるようであった。


 「そこまで!!」


 「基礎技は習得できているようだな」


 木剣を納め、先達者に向き直る。ダメ出しの多かった日々の評価は良いものへと変わり、遂にお墨付きをもらうことが出来た。


 二人はようやく貰った褒めの言葉への喜びを内に秘め、応える。


 「「ありがとうございます!」」


 「だが二人とも力任せに剣を振るう癖がある。基礎を今一度確かめないと実戦には到底向かわせられないぞ」


 的確な指摘を受け、高鳴っていた胸が急速に落ち着きを取り戻す。


 いくらお墨付きをもらおうと素人の域を出ないことは明らか、驕り浮かれていた数瞬前の自分に幾分かの恥ずかしさを覚える。


 そんな驕りを見据えていたのかどうかは分からないが、評論を終えた先駆者は木剣を構え、切れ長の眼をさらに研ぎ澄ませる。


 「どうすればいいか、手本を見せてやる」


 「二人とも来い、纏めて相手しよう。」


 数メートル先で待ち構える熾士を見据え、闘志を漲らせ、木剣を握り直し構える。


 「はい!!」


 「参ります!!」


 得物を左脇に据え、距離を詰める。


 繰り出すは、最近習得した基礎技である横薙ぎ、炎鳳流其之壱『(ほむら)』。


 一方の矩秀はそれに合わせるように、大上段に構え走り出す。同じく基礎技の一つである唐竹割、炎鳳流其之弐『雷火(らいか)』。


 全身全霊の力を込め、地を蹴る。縦横、二つの方向からの同時の攻撃からはさしもの熾士殿も対応できまい。


 間合いに入り、ほぼ同時に木剣を繰り出す。


 次の瞬間、感じたのは上下がひっくり返った感覚と浮遊感。


 数瞬遅れてやってきたのは、槌に打たれたかのような衝撃と目が覚めるような痛み。漸く事態を悟ったのはその時であった。


 振り抜いた木剣は熾士に届くことなく、振り抜かれた一太刀によって二人纏めて木剣ごとぶっ飛ばされ、数メートル先で伏していた。


 二人揃って二回転程宙を舞い、各々仲良く地に伸びている。


 つい先ほどまでの避けれまいなどと威勢の良いことを考えていた愚かな蛙の姿はそこには無く、ガンガンと早鐘を打ち鳴らす頭で浅い呼吸を貪り続けるのが精一杯。


 指南書には載っていない、技の無いただの一振り。


 身の程知らずの二人は、只々目の前の()()()を眺めるしかできなかった。


 「こうだ、君たちには最低でもこのくらいはなってもらう。」


 (んな無茶苦茶n……)


 眼の前に突き刺さる現実と折れた持ち手を歪みに歪んだ視界に映し、激烈な痛覚と巡り巡る思考を断ち切るかのようにぶつりと意識が途切れた。




 二人の若獅子を文字通り一太刀にて沈め、頭上に聳え立つ枝葉のような細く長い息を吐く。


 荒稽古はいつものことはいえ、少々気の毒な気もする。だが、手本を見せる都合上、微温いことをするわけにもいかない。


 ゆっくりと吐かれた息は雪がちらつきつつ始めた宙に白く染められ霧散してゆく。


 飛ばされて地に倒れ伏している若人達は数分は起きることはないだろう。


 かといって、延びている二人をここに放置するわけにもいかないため手ごろな岩に腰掛け、舞い降りる冬の申し子をぼうっと眺める。

 

 「相変わらず容赦ありませんね」


 後ろから聴き慣れた声がかかる。尚久はその正体に振り向くことなく応える。


 「戻ったか」


 「ただいま戻りました」


 「ご苦労だったな。」


 「ありがとうございます。」


 「私とて大人げないとは思うが、私はただ、彼らに……」

 

 「判ってますよ」


 言わんとすること、そんな少ない言葉の裏に確かに見え隠れする思い、信念を十数年もの間観てきた声の主は、その口下手を遮る。


 「それで、何かあったか?」


 「こちら、先程兵部から預かった伝令です」


 「ああ、そういうことか… 確かに受け取った。」


 切れ長の壮年は書状を一見して、先程とはまた違う種類の白息を吐きだす。


 「今回はどちらへ?」


 「炤絋(あきひろ)と日向だ、二週ほど空けることになりそうだな」


 「暉士(きし)殿とですか… どうかご無事で…」


 「梁士二人の任となると少々骨が折れそうだな」


 「ご武運を…」


 「ああ、それと」


 兵部からの伝令書から目を離した熾士は正面に回った第一燧士を一瞥する。


 「?」


 「鷹文を使わなかったことには何かあるんだろう?」


 空気がほんの少しばかり張り詰め、優し気な面持ちが少しばかり強張る。


 「はい、飛騨をはじめとした、集落の件ですが」


 「見立通りだったか?」


 燧士は重々しく頷き、続ける。


 「はい、尚久さんの言っていた通り、村民は全滅、村の各所に複数の妖痕(ようこん)も確認しました。」


 「そうか、複数か…」


 「はい、それに近場で耳にしたところ、数年前から似たことが大体半年間隔で起こっていたようです」


 「やはりか」


 「尚久さんの仮説も踏まえてなんですが、やはりこんなことが立て続けに起きているのは妙です。一度確りと調査するべきかと」


 壊滅した村の近辺の住民からすれば明日は我が身であろう。現場を見てきた当事者として、霊迅衆として看過できないのは必至。燧士の語気が少し強まる。


 「分かった、調査の派遣については孝尭様と兵部には私から話を通しておく」


 「ありがとうございます。」


 ここ最近、残酷なことに渇きを感じる気がする指でこめかみをなぞる。


 この一件は経験上、単純に済む問題ではなさそうなことは薄々感じている。そして、この事案を知らなければならない人物はもう一人。


 今現在、足元で延びている青年に目を向け、眉を顰める。


 「それとこの件は惣一郎にも……?」


 「ああ、無関係と断じることはできないからな。調査が済み次第、君に任せる。」


 顔を強張らせたままの男は事の異様さ、内に秘められているであろう複雑さを悟り、黙って頷く。


 「一先ず、飛騨の件は一旦、こちらに一任させてもらおう。」


 「承知しました。」


 (惣一郎にはこの話は相当荷が重いだろうな。どう伝えればいいんだ…?そして、彼自身がその渦中の人間であったとして、どう受け止めるのだろうか…。)


 残酷な現実に向き合うことになるであろう新入りの心情を慮る、そんなぐるぐると廻る思考を寸断したのは熾士の言葉であった。


 「で、それだけか?」


 「やっぱり気づかれますか・・・」


 当然の如く魂胆を見破られ、観念したかのように肩を竦める。


 「そりゃあ木刀を持っていればな」


 「ここにいらっしゃると聞いたので、折角なので久方振りに兄弟子の胸をお借りしようかなと」


 「いいだろう、彼らが起きるまで私も動けないからな。」


 互いに木剣を構えて距離を取る。炎鳳流の一番手と二番手が向き合うこの空間に風が竹林を通り抜け、冷えた空気がさらに引き締まる。


 「さあ、来い」


 枝葉から鳥が飛び立つ音が聞こえる。


 「参ります!」


 その音を合図に両雄は同時に動く。


 距離が瞬く間に縮まり、振り下ろされた剣と横薙ぎの剣が交差する。


 衝撃が地にまで伝わり、砂埃が舞う。今日一番の甲高い音が竹林を支配し大気を震わせた。




 「う……」


 どのくらい寝ていたのだろう、降り始めていた雪が肌に薄く被っている。


 強かに打ち据えられ、転がったためか身体のあちこちが鈍く痛む。四肢が痺れ、腕一本動かすことすら敵わない。


 痛みに支配されているような頭でも頭上、とは言っても地に伏せているため前というべきなのかもしれないが、けたたましい音が耐えることなく鳴り続け、砂埃が舞い上がっていることだけは理解できた。


 どうにか辛うじて動かすことができた顔を音のなる方向へと向ける。


 (ッッ……!!)


 眼前の光景は正に()()()。目で追いかけることのできない剣技の応酬であった。


 どうにか認識できたことと言えば打ち込まれ続ける命をも奪いかねない剛剣を流れるような剣捌きで逸らし、絶え間なく放たれ続ける連撃を剛剣が弾き返すというあまりにも大雑把な状況のみ。


 一進一退の攻防、剣技の高みがそこにあった。


 (すげぇ…)


 惣一郎に引き続き、矩秀も気が付いたようで、比較にならない光景を呆気にとられるようにただ眺めている。


 「ハアッ!!」


 熾士の吠えるような気合とともに放たれた渾身の一振りが燧士の肩口に襲い掛かる。


 当の燧士は表情一つ変えることなく冷静に防御態勢に入る。先程の一太刀を遥かに凌ぐ一撃が迎撃に向かう木剣の腹を思い切り擲りつける。


 砂埃が舞い上がり、視界を奪う。


 瞬きするような間の出来事でも燧士は揺らぐことはなかった。鋭く技を放ち、威力を落とす。


 二撃目で剣の腹で受け止め、衝撃を逃がす様に振り抜きに合わせて後ろへ退き、空中を二回転程舞ってから着地、体勢を立て直す。


 (・・・・・。)


 到来したのは先程とは打って変わった息を吞むような静寂。しかし、視界の端に写ったのであろう。地に伏せていた二人の事にも気が付き、「終わりだ」そう告げるかのように刀を収める。


 「今日はこのくらいにしておこう」


 「はい」


 「二週間の子細と二人の事は任せた」


 「承知しました。」


 足早に立ち去る熾士を一礼して見送る燧士。


 先ほどの熱戦はまるで夢うつつの出来事であったかのような落ち着きようではあるが、身に深く刻まれている疼痛と痺れがこれは現実だと物語る。


 嵐が過ぎたような静けさにおいても変わることなくまだ痺れる体を動かすことは叶わないようだ。




 熾士が立ち去って数分、どうにか起き上がれるようになった二人に第一燧士は優しく声をかける。


 「二人とも大丈夫か?」


 「うぅぅ……」


 「なんとか・・・」


 「はい、二人とも息を整えて。」


 「ありがとうございます…」


 手渡された薬師殿直伝の薬水を一気に煽る。


 この薬液は腕利きの薬師殿が彼らの怪我の多さを見かね、創り上げたものだという。


 これまでも何回か飲んできたが複数の薬効を織り交ぜたそれはどうやら傷の直りが早まるらしい。


 少しばかりドロっとした液体は喉を通り過ぎ、打ちのめされた身体に静かに、速やかに染み渡るのを感じる。


 粋な計らいをしてくれた薬師様に内心で礼を言いつつ、よろよろと立ち上がる。


 「落ち着いてきたか?」


 「はい……」


 「どうにか……」


 「やっぱりと言うか、派手にやられたな」


 磐碕は呆れを交えたように二人を交互に眺める。


 今しがたぶっ飛ばされ、ボロボロな二人からは謂れも容赦のない()()()に静かな憤りと不満、やるせなさが言外に察せられる。


 若さゆえの揺れ動く激情か、ふうっと一息つき、諭すかのように問いかける。


 「なんで尚久さんがあんなに容赦ないかわかるか?」


 第一燧士磐碕邦亨(いわさきくにあき)。約十数年前、先代熾士に見いだされ燧士末席へと迎え入れられて以降、十数年に渡り最前線で戦い抜き、当時の第一燧士であった尚久が熾士になってからも傍らで補佐を続けてきた経歴を持つ。


 相対する者を有無無く灰にする燃え盛る様な太刀筋を持つ尚久とは対照的に、邦亨の剣技は正に『火の精霊』、舞うように流麗な剣捌きを持つ。


 その剣技・人格ともに申し分なし、誰の目から見ても次期熾士に相応しい逸材である。


 唐突に問を投げかけられた若獅子達は顔を見合わせ押し黙る。


 ほぼ毎日、というより今現在ボロ雑巾にされている現状、手加減というものを知ることのない甚だ不器用な人という印象しかない。しかし、長年にわたってその当人のことを支えてきた御仁から問われるという事は何か別の意味があるのだろう。


 脳内で考えを巡らせるが、未だにガンガンと脳内に響く痛みが意図を読み取らせないように思考を遮る。


 「すいません、わからないです……」


 頭の痛みに苛まれながら下を向きつつ応える。一方、岩に腰掛けた第一燧士は指を立て、その答を見越していたと言わんばかりにつらつらと語り出す。


 「まず、経験値だ。太刀筋や気迫、そして何より生命を刈るような()()とかは、実際に相対して経験することでしか見えないものもある。」


 「惣一郎はなんとなく理解してるかもしれないけどあらかじめ殺気とかは経験しておかないといざという時に身体が言うことを聞かずに対応が出来なくなるんだ。」


 数か月前のあの妖との対峙した時の身に突き刺さるような冷たく、覆いかぶさるような()()()()を思い出す。


 あの時は咄嗟に本能が身体を動かしてくれたものの、思考が介在する余地などはなかった。いずれ訪れる妖と対面時に必ずしもこの間のように上手く身体が動いてくれるとは到底思えない。


 身に突き刺さる殺気に身震いしながら、確かにとゆっくりと深く頷く。


 「それに成長に痛みは付き物だ。その痛みは君たちを押し上げ、忘れないものにしてくれる。」


 「だからこその苛烈な修練なんだ。」


 「とはいえあの人はとことんまで実践型だからなぁ。俺も、昔は尚久さんに散々ぶっ飛ばされたもんだよ・・・」


「ここまでは解ってもらえたかな?」


「はい。」


 流石の二人もそこまではある程度は推察できている。ただ、眼の前で懇々と語る大先輩の口ぶりからしてそんな軽い答などではあるまい。


 頷く二人は更なる理由(わけ)を待つ。


 「そして、死地で君たちに死んで欲しくないのが一番かな…」


 (……!!)


 「あの人は梁士の中でも古参なんだよ。そのなかで多くの同志や弟子の死を見てきたんだ。」


 「もうそんな思いはしたくない、誰にもそんな思いはさせたくない。その思いは人一倍強いんだ。だからこそ実戦で大切な弟子を喪わないように修練で苛烈に当たるんだ。」


 日頃の所作からは、そんなことなどおくびにも出さない熾士の想いに思わず息を吞む。


 「まあ、あの人は面と向かって言うことはないけれども」


 先達者は、今や日向への長旅へと出立した不器用な兄弟子に対し、やれやれと肩をすくめる。


 「俺たちとてあの人と考えは同じだ。」


 「だから、君たちは強くならなきゃならない。」


 前に立つ四つの眼を見据える。火を映したような少しばかり赤みがかった瞳は強く、優しく諭すように両者の眼に語り掛ける。


 「その痛みの一回、一回を大事にするんだ。」


 「その積み重ねはこれから先、必ず君たちを守ってくれる。」


 新参者二人は、自らの認識を深く恥じた。まさか、修練中のあのぶっきらぼうで感情が希薄そうな御仁の中では篤く、暖かな心が満ちていようとは・・・


 「あの人の考えはわかったかな?」


 「「はい!!」」


 「まずはその修練で死なないように鍛えないとな」


 「動けるようになったかい?」


 「はい!」


 「まだやれるかい?」


 「勿論です!」


 脚を振るえさせ、立ち上がる。


 そんな師の思いを知ったからにはこんな所でただ漫然としているわけにもいかない。強くなりたい、ならなければならない。隣の同志も同じ考えのようだ。


 「これまでの確認をしよう、纏めて打ちに来な!」

 

 「「参ります!!」」


 ようやく痺れが取れてきた身体を奮い立たせ、一気に二人で打ちに掛かる。


 日が暮れるまで乾いた打音が止むことはなかった。


 そうして、奮起した二人の考えを知ってか知らずか、一日一回、熾士に打ち込みを仕掛けて派手に吹き飛ばされることが修練に追加された。


 その成果か、痛みと技を身に沁み込ませること二月、白雪が地面をすっかり覆う頃、二十種の剣技がなんとなくではあるが形になってきた。

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