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妖刀迅譚  作者: 梯広 興
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妖刀迅譚

 皆で一頻り泣いたあと、惣一郎とふみは泣き疲れて隣の部屋で寝息を立てる子供達を起こさぬように、迎えが来る明日に備えて準備を始めた。あと少しで丑三つ時に至る、早く準備をして明日を迎えなければなるまい。


 惣一郎は衣服や路銀等、旅道具を用意し風呂敷の上に置く。


 ふみは土間へ向かったと思うと籠を持って戻った。その中には芋殻縄、味噌団子、干し飯からなる保存食が詰められている。彼女が予め作ってくれていたらしい。


「えっ、それっていつ作っt…」

 その問いを遮るように賢女は器用に笹の葉で包みながら、


「貴方は決めたことは曲げないから、念の為にね?」

 そう呆れ半分で、目の前に差し出す。


 (……)

 頑固者はその言葉に申し訳無さと気恥ずかしさが所狭しと同居するように赤面し、笹の包みを受け取った。


 三つの風呂敷にそれぞれ分けて包み纏めて置く、そして形見の刀は枕元に置き、蒲団へと入る。青年は隣で寝支度を整える賢女に声をかける。

「ふみ、いつもありがとう。…おやすみ…」

「っ!?」


 畏まって言われるのは何時ぶりだろう、何気ない言葉もこの場では大きな意味を持つように思えてしまう。微笑みを浮かべつつ浮かんだ朱を落とすように灯を消す。

「 …おやすみ…」



 次の日、昨夜眠っていた子供たちに簡単に引っ越すこと、霊迅衆に入ることを告げた。彼らは惣一郎が怪我している理由と関わっていることを察しているため心配の表情が浮かべていたが、惣一郎の意志であること、これからはひもじい思いをせずに済むこと、久しぶりに引っ越しという大きな行事が訪れたことに対する歓びも同居した雰囲気に包まれる。


 家族全員で掃除や物の整理など、引っ越し作業を行っている中、尚久と霊迅衆の一員と思われる男が自分なんかよりも遥かに気品あふれる馬がやってきた。二人は下馬するなり、惣一郎へと歩み寄る。


「ごきげんよう。急で済まないね。それで惣一郎君、答えは決まったかな?」


「…はい、俺、霊迅衆に入りたいです!! …俺たちみたいな苦しい思いをする人を一人でも減らしたいんです!!」


「そうか、」


 不退転の覚悟のもと出された答に、目を伏せて一言頷いた男は少しばかり口角を上げ、青年に告げる。


「ようこそ霊迅衆へ」


「改めて、霊迅衆熾士(しし)、秋月尚久だ。急で申し訳ないが惣一郎君には、先に俺と共に駿河へ向かってもらう。子供たちは三日後に迎えが来るから少し待ってもらうよ。それまでここに弟子を待機させておくから何かあればこいつに言ってほしい」


「第参燧士(すいし)、日野佳昌(かずまさ)、よろしく頼むよ!」


 惣一郎よりも少しばかり歳上と思われる燧士という肩書を名乗る好青年に新入りは恭しく頭を下げる。


「自分は惣一郎といいます。『家族』のこと、何卒よろしくお願いします。」


 ふみたち後発組は二日後に来るという霊迅衆の隊士に備えて引っ越し作業を行い、惣一郎は彼とともに駿河にある霊迅衆総本部へと向かう。惣一郎は、荷物を鞍に括り付け最後の準備を済ませ、長旅に赴く青年に対して心配そうな眼差しを向けるふみへ歩み寄り、語り掛ける。


「じゃ、先に行ってるよ。」


「気を付けてね… 私も早いうちに向かうから」


「ああ、こいつらのことは頼んだよ。」


「惣ッ…!!」


 ふみは惣一郎に駆け出し、顔を埋めて小さく嗚咽を漏らす。気丈に送り出そうとしていたが、いざその時が来ると堪える物があるのだろう。らしくもない、初めて見る姿に戸惑いつつも優しく一回り小さな背とをなでる。


「おいおい、泣くなよ… またすぐ会えるからな?」


「うん…」


「ごめんね… …もう少しこのままでいさせて… 」


 互いに19歳になり十分大人と言える年齢になっていたが、今この時だけは二人の間には青葉が繁っていた。


 赤子をあやすように諭す少年に応えた少女は一歩退くと、涙を堪えながらも陽だまりのような笑みを頭一つ分ほど高い、困り顔へと向ける。


「いってらっしゃい!」



 惣一郎は如何もにも高級そうな鞍に腰掛ける。お馬様は薄汚く下賤な者が乗っても塵一つ落ちたかのように意に介さず、ゆっくりと歩を進めた、


「行ってきます!!」


 青年は握り拳を掲げつつ家族に対して叫ぶ。


「いってらっしゃ~い!!!」


 子供たちはそれに精一杯応えるように大きく両手を振る。

 それを見て目いっぱいに手を振り返す。長年連れ合ってきた少女はそんな馬鹿馬鹿しくも微笑ましいやり取りをみて「ふふっ」と小さく笑いをこぼす。


「いい、家族だな」 「ええ、自分の宝物です…」


 感慨深く呟く。惣一郎にとって彼らは紛れもなく生きる意味そのものだ。


 皆が視界から消えるまで手を振り続け、気づけば里の端まで来ていた。馬はゆっくりと里から優雅に歩み出た。乗り心地の良さに満足していると、前方から不穏すぎる一言が聞こえる。


「飛ばすぞ、舌噛むなよ!」


 そう言うと尚久は手綱を打ち付けて合図する、それを馬は待ってましたと言わんばかりにペースを上げた。あまりにもあんまりな優雅なお馬様との落差に思わず顔を歪めてしまう。


 (――――なんだこれ!!馬とかの次元じゃない!!)


 昔、所用で遠出した折に乗った馬とは同じ動物とは思えないくらいにそれは速く、惣一郎は歯を食いしばり最早馬とも言えるかも怪しい、頭の可笑しい乗り物に耐えるしかなかった。


 霊迅衆の歴史は遥か昔、平安の世までに遡る。そこで発足当時に編み出された「始まりの七流」。その中の一つであり、で炎を操る炎鳳流(えんおうりゅう)を極めし一人を「熾士」と呼ぶ。そして、そのもとで修練を積み、高みを目指すものを「燧士」と言う。秋山尚久。今現在、駿馬を駆る男こそ当代「熾士」その人である。


 そんなことを休憩中に聞いた気もするが、脳内が想像を絶する程の疾走感でぐちゃぐちゃになっている今、理解を後回しにする外ない。


 そうして所々に休憩を挟みつつ野を超え、川を越え、山を越え、普通に歩けば三日は掛かるであろう道程を半日と掛からずに駆け抜け、夕時には既に駿河国へと辿り着いていた。


「死ぬ… もう無理…」


 惣一郎はまるで胃の内容物から臓腑までを一辺に振り混ぜられる感覚を受け、すっかり目は回り、酸っぱいものは込み上げる。


 意識に至っては少しでも気を抜けば頭から漏れ出そうになるほどにグロッキーとなっていた。ふらふらになりながらも滑り落ちないように何としても食らいつく、それは最早産まれたての仔鹿の様相を呈す。


「こんな速いのは初めてだからな」


 とんでもない速度で駆け抜けさせた元凶は苦笑を交えつつ、ようやく暴君の歩みを遅らせる。一方で哀れにも仔鹿は前方から呑気にも流れてくる天魔の言葉に恨めしさを思いつつ一息つく。


「さて、着いたぞ」


 元暴君が歩き始めてから数分経つだろうか、息を整えていた所で前方から聞こえてきた。半死半生の状態から快復しつつある若人の眼に飛び込んできたのは未知の光景であった。


 見えてきたのは眼前を須く染めつつある黄金。隠れ里にて惣一郎達が管理させてもらっていた田畑の何倍もの規模を誇る田畑があった。


 息を呑むほどの黄金を抜けると人二人分ほどの高さの壁が立ちふさがり、その足元には落ちたら簡単には上がってはこれなさそうな空堀が延びている。その流れを割き、座しているのは都に存在したと言われる羅城門もかくやあらんほどの高さを誇る大門であった。


「うわぁ…」


 『霊迅衆 本拠地 永鶴山』


 門を潜ればそこには放浪時代にほんの少し立ち寄った岐阜に引けを取らないほどの街が広がっていた。柵で囲まれた家が所狭しと並べられており、それを貫くかのように幅33軒3尺程(60m)の大路が敷かれている。北へ伸び、水濠を越えた先には見上げるほどに壮大な門へと続く。


 貴人(お馬様)はあまりにも荘厳な街の様子すら「そんなの当たり前であろう」と言わんばかりの歩調で壮麗な門と水堀が囲う内街へと入っていく。


 田舎者は黄金畑から連続で襲い来る非日常(絶景)に目を見開き、口からは「あっ、あっ」という情けなさすぎる語彙とも言えない嘆息が腹の奥底から押し出される。


 夕焼けに照らされ街は茜色に染められていた。四方を山に囲まれ稜線に沈みゆく田舎者なぞを寄せ付けそうにもない壮大極まる街は、夕日と共に新入りを暖かく出迎えるかのように明るく彩る。


 暫く歩みを進めた馬は内街の一角にある門扉の前で止める。


「今日からここが君たちの家だ」


「えっ… ここですか?」


「驚くのも無理ないよな。まぁ、一先ず入るんだ」


 そう言うなり尚久に背中を押され、それの中に入る。


「俺は馬繋いでくるから、適当に見ていてくれ」


 そう言って馬とともに去っていく熾士を見送り、恐る恐る歩みを進める。一歩一歩が果てしなく思えてくるような数メートルを抜け玄関に辿り着いた。


「ドサッ」という音と立て、荷物が土間へと吸い込まれる。田舎者は眼を見開き、呆けて立ち尽くす。


 どう見ても部屋の数が多い。そして、そこに配置されていた全ての調度品が新品だ、何ならその一つ一つが自分の月の生活費を持っても遠く及ばないだろう。


 今立っているのは数刻前までいたあばら家寸前の代物とは比較することすら烏滸がましい程の豪邸であった。


「ふぉぇぇ…」この数刻で何もかもがスケールアップしてしまった現状に情けなさすぎる嘆息が漏れる。


「大丈夫か?」


「うわぁ! すいません、つい…」 


 突然背後からかけられた言葉に素っ頓狂な返事を返した新入りに対し、熾士は肩をすくめつつ告げる。


「明日からの流れだが、最初に『本部』で御当主に顔見せしてもらう。」


「夜明け頃に迎えに来るから、今日のところはゆっくりと休むように」


「はい、ありがとうございました。」


「じゃあ、また明日」


 熾士は踵を返し足早に立ち去る。その大恩ある背中が角を曲がるまで深々と頭を下げ見送り続けた。




 (それにしても広いな…)


 荷解をしつつ、辺りを見回し本当に新天地へと至ったことを薄々ながらも実感する。あまりにも身の丈に合わない品々を見つつも広げた荷物を整理する。


 見回して確信したことはこの家自体未知の世界を象徴するものそのものであることのみであった。


 この家について少しは知っておきたいところではあったが、明日も早いうえに体力も限界を迎えている。


 明日に回そう、そんなことを考えつつこれまで経験したことがない家付の井戸や厠等、最低限の設備を確認し囲炉裏へと向かう。


 持ってきた食材で久々の一人の夕食を手早く済ませ、ふらふらと綺麗に折畳まれている蒲団へと誘われる。


 それにしてもやはり部屋が広い。家族数人が鮨詰め同然で眠りにつく窮屈さから解放されるどころかお釣りが出るほどだ。真新しい布団を敷き、恐る恐る寝転ぶ。肌ざわり、暖かさがこれまでとは比にならない。


 身体を布団に沈めるやいなや瞼がとろんと重くなり、頭の中が靄がかかるように薄れ、思考が鉋掛けされるようにスルスルと削られていく。


 (本当に色々あったなあ…)

 薄れゆく頭の中でこの数日を思い出す。

 化け物との遭遇、霊迅衆との邂逅、家族との対話、世界が引っ繰り返ったような環境の変化。


 これからも知らないことが多々待ち受けるのだろう。不安と浮足立つ感覚とは裏腹に意識は深く、深く墜ちてゆく。


 一人では勿体なさすぎる部屋には窮屈さとは掛け離れた快適があった。しかし、横を見ても誰の寝顔がない現実に何処とない寂しさを覚える。


 深く深く沈みゆく意識の中でふと昼に後回しにしていたことがこの期に及んで姿を現してきた。。


 (熾士って一人しかいない人って言ってたよな……)


 (・・・もしかして、尚久さんって結構位高い人か・・・?)

 

 しかし、そんな明らかに重要そうな事柄も眠気には無力。思考は霧に遮られ、深い澱みの中へと立ち消えてゆく。


 初めての一人の夜、青年はそんなむず痒さとともに布団に潜り意識を暗闇へと委ねた。



「おはようございます」 


「おはよう、よく眠れたか?」


「はい、お陰様で疲れも取れました。」


 思っていたよりも熟睡できた惣一郎は、早く目覚めてしまったことを有り難さ半分、悔しさ半分に思いつつ、()()の設備の確認や支度を手早く済ませ、昨日彼を振り回した貴人《暴君》を涼しい顔をして操る熾士を出迎えた。


「よろしい。じゃあ、これから昨日言ったように『本部』へ行くぞ。」


 またもや高貴なる暴君の背に乗せられ、二人は内街の更に奥へと揺られていく。


 四方三里の外町、水堀に囲まれた内町。そして、それに接するように白壁に囲われた霊迅衆本部『泰松舘(たいしょうたて)』が見える。


 上でそわそわしながら座っている不審者にも気に留めずお馬様は壮麗な総門を抜け、迷うことなく厩舎に辿り着く。


 熾士は厩へ貴人を繋ぎ、広場へと歩を進める。


 途轍もない広場を中心として複数の建物が立ち並んでおり、人々が忙しなく往来している。


 惣一郎はと言うと総門を抜けてからというもの何処が落ち着きがない。体裁という鎖で縛りあげているからこそ大人しくしているが、実際のところは未知の空間に対する好奇心が膨らみ、理性と陣取り合戦を行う。 


 好奇心が頭の陣を支配しつつあった中で「左近の桜」と「右近の橘」に挟まれ、特に人の往来が激しい玄関へと辿り着いた。


 細やかな彫刻が為された庇を潜り抜けた先に、中の間と札がかかっている空間に二人を待ち受けていたのは、正装で身を固めた青年であった。


 彼は二人を確認すると恭しく頭を下げる。


 「秋月殿、お待ちしておりました。そちらの方が件の?」


 「ああ、惣一郎君だ。」


 「はじめまして。私、霊迅衆執事、高務(たかつかさ)と申します。」


 「はじめまして、惣一郎と申します。」


 「突然にはなりますが、これから総領のもとへご案内申し上げます。」


 「どうぞこちらへ」


 執事を名乗る男の先導のお陰で一行は迷うことなく幾つかの建物で造られた迷宮を通り抜ける。一人でこんなところに放り込まれたら多分日が暮れるまで出ることはできないだろう。


 (色々と見てみたかったけど後でじっくり見とこう)


 玄関からここに至るまでのわずか数分の間にも、新居からの道すがらにあったものとは一線を画す『芸術』があった。


 寺社を思わせるような造りにどこか武家調の誂えを施し、各々を繋ぎとめる骨のように屋根付きの廊下が掛けられており、技術の粋を結集したであろうことは容易に想像がつく。


 玄関までの過程で好奇心が膨らみつつあったのと同様に緊張感が大きくなる。


 そんなことを感じていると一際巨大で壮大な建物へと辿り着く。壁には『黒殿』と身の丈を越すほどの額が掛けられている。新入りは昨日含めて何度目かの唖然と驚愕の念を感じつつ建物を囲う廊下を進みゆく。


 廊下を抜け、通されたのは当主の邸宅であった。


 そこには先程の建物群ほど華美ではないものの壮麗な装飾が施された、いかにもという雰囲気を放つ戸を開いた先には透かし彫りの欄間に彩られ、明らかに先程とは格の違う床や畳に敷かれた部屋などが並べられている。


 これまででも十分すぎるくらいに自分と世界との常識の乖離を思い知らされてきたが、まだまだ周りを見て楽しむ余裕はあった。


 この先は全くの別世界だ。先程までは無かった芸術を見る余裕すらも奪われていく感覚が身体の奥底から染み出てくるのを覚えつつ、やけに早く見える二人を追い縋る。


 追い付いた先には若干の窮屈さを覚えつつも更に厳粛な雰囲気を放つ板戸が待ち構えていた。


「この奥にございます、『奥座敷』に御当主様がお待ちになられております。」


「では、私はここで失礼致します。」


「ありがとうございました。」


「惣一郎君、」


「はい?」


「心のままに・・・」


 (心のままに・・・?)


 疑問が脳内に舞い降り、問おうとするも執事殿は既に立ち去ってしまい、一方の熾士はどんどん進んでゆく。


 惣一郎はそんな思考を荘厳な圧にも似た雰囲気のなかに押し沈め、奥の間へと脚を向けた。

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