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妖刀迅譚  作者: 梯広 興
10/10

妖刀迅譚

 大寒を越え、冬の寒さも漸く折り返しに入ってきたであろう頃、『霊迅衆 詰所』。


 惣一郎の意識は机上にあった。


 薬壺から杓子を引き揚げ、慎重に傾ける。掬い上げられた生成色の粘体が薬筒へと居処を移し、独特の匂いを醸し出す。


 薬の一滴はまさに血の一滴。尚久との稽古を終え、身体に走る傷と痛みに抗いながら這う這うの体でここまでたどり着き、ここ最近ではもはや火鉢よりも重宝しているであろう代物に救いの手を求めたのだった。


「はぁっ…」


 火鉢に当たってもなお寒さが蝕んでくる昼下りと一向に成長を感じられない己の剣術に辟易しながら火鉢に向き合う。


 灰被りの炭を火箸で掻き分け、それとなく組み直してやれば、息を吹き返した熱に炭がパチパチと音を立てながら静かに応える。


「ん?惣一郎、いたのか」


 未だに残る寒さから逃れる様に火鉢に手をかざしてしばらく、無駄に建付けのいい板戸が音を立てて開き、ようやく暖まってきた空間に寒気を引き込む。


「奥山さん」


 白息を吐きながら入室してきたこの男こそ、第二燧士、奥山修次郎(おくやましゅうじろう)。霊迅衆の中で見ても類まれなる居合の名手であり、繰り出される一閃は熾士のそれを超えているとさえ言われているほどの凄腕である。


 そんな辣腕を有しているのだから梁士の一角にして稲妻迸る霊器を振るい、電光石火の居合をはじめとした太刀筋を主とする霆士(ていし)を目指しそうなものだが、自身の霊器との相性を踏まえ燧士の道を進んだという経歴を持つ。


「惣一郎も相変わらずでなにより」


「いえ、奥山さんこそ加賀への任、お疲れさまでした。」


「ああ、なんの変事もなかったのは幸いだったな。それで最近の調子はどうだ?」


 旅道具や具足を棚に置き、火鉢を挟んで惣一郎の向かい側にすっと腰掛ける。


「あんまり芳しくはないですね…」


「そうみたいだな」


「ええ、いつもと変わらずに…」


 そんな半ばあきらめの感情と共にずっと前から火鉢で暖めていた鉄瓶を傾ける。


 上質とは言えない茶葉を使っているものの、得ずして深出しされた為か、湯呑を満たす緑青色からは確かな若草の香りがしっとりと部屋に染み渡る。


「どうぞ」


「おお、悪いな」


「尚久さんから一本取るためにはどうすればいいんでしょうか…?」


「どうもこうも、慣れしかないだろうな」


 そう言いながら、今の今まで火に置かれていたはずの深だし茶をずずっと啜る。あれ程までに燃え盛る霊器を日頃から扱えているのだから当然と言えば当然なのだが、熾士、燧士は熱に対して優れた耐性を持つ。


 得物を握り、振るい続ける。それにより霊器の持つ妖力と繋がり、同調し、馴染むことによってそれを会得するという理屈らしい。そのため、日頃の活動における大抵のことではまず火傷することなどはない。


 涼しい顔をして言ってのける先輩燧士の言葉に『やっぱりな』という気持ちを気取られないように瞳を閉じ、ゆっくりと息を吐く。


「ですよね…」


 惣一郎は未だ熱々になった液体を一気に煽るといった高みには至れていない。生来の猫舌も相まり、息を吹きかけながらちびちびと口に含み続ける。


「あとは気持ちだな」


 (気持ちか……)


「…どのくらいでまともに打ち合えるようになりました?」


「俺はだいたい半年過ぎてくらいだったかな」


「自分もあと半年とかでどうこうなりますかね……?」


「まあ、それこそ気持ちとお前等の飲み込み方次第だな」


「まあ、焦ったところで急に腕が上がるなんてことはないから安心して叩きのめされて来い」


「手厳しいですね…」


 やっと飲みやすくなったお茶をゆっくりと飲む。己には何が足り得ぬか、第二燧士の言う気持ちとは何か、いまいち理解することが出来ずに頭の中をぐるぐると廻っていた。



 昨日降った雪の影響が深く残る修練場に甲高い叫びが木霊する。

 渾身の力で放った『相火扇』は技もない一刀により阻まれた。

 霊器が弾かれ、大きく身体を仰け反らせる。振り下ろされていたはずの掌はすっかりお留守になっている。

 得物の行方など確認する暇すら許されない刹那、『焔』が胴に直撃する。熱された鐵がいとも容易く妖力の防御を食い破り、口の中に鐵の味が沁みだす。


「グゥッッッ!!!」


 腹を押え、地べたに蹲る。霜を踏む音が眼前に 草履が映る。


 目線を上にあげる。ただでさえその意思を悟らせないような双眸が、突きつける刃の如く鋭さと冷徹さを落としていた。


「話にならんな」


「このままでは先に進ませることはできん」


 熾士の言葉を覆すべく、指を地に沈めてどうにか身体を動かさんとする。しかし、痛烈な一撃をその身に浴びた身は言うことを聞くことはなく、足掻きはただ水を多分に含んだ土を掻くのみに留まった。


「お前の剣には芯がまるでない。太刀筋が揺らいでいる」


 (・・・・!!)


「覚悟なき霊器で打ち込めるほど私は甘くはないぞ」


 苦悶と歯痒さで眼を開く惣一郎の瞳の奥で、尚久は表情一つ崩すことなく、言葉を続ける。


「お前は何を志してその剣を振るう?」


「っ・・・」


「一月、時間をやる。じっくりと足るもの足らぬものと向き合ってみろ」


 そう告げるが早いか、熾士は踵を返し、姿を消した。

 視界から外れた脚が残雪を踏み抜く音が聞こえる。ただ、一つの音すら出すことすら出来なかった。心臓の拍動だけが無為にその身を打ち鳴らし、手を離れた得物が数間先に地を穿っていた。



 日が天頂をまたぐ頃、同地。


 しつこく遺る痛みを携え、惣一郎と矩秀は向かい合っていた。どちらともなく足を進め、得物を振り上げる。


 間合いに入った両者の雷火が交錯し、鍔迫り合いへと縺れ込む。互いの技を押し返し、次に繋げようとギリギリと鎬を削る中で第五燧士はぼそっと呟いた。

「やっぱり強いな…」


「なぁに言ってんだ…?俺はお前よりも力は弱いぞ」


「・・・・」


「あー、お前も尚久さんから何か言われた口だな?」


「ああ、お前の剣は軽いって言われた…、なんか気持ちの問題らしいぞ」


「気持ちねぇ・・・」


「憧れだけじゃ生き残るには弱すぎるってさ!!」


 得物の圧し合いは矩秀が制し、霊器を身体ごと弾き飛ばす。


「成程ねぇ・・・」


「お前もってことは惣一郎もか?」


 一時の問答を終え、体勢を立て直した惣一郎は肯定の意を表す様に再度構え、眼の前の同志に向けて駆ける。


 互いに遅々として上達しない自らの剣技への鬱憤を叩きつけるかのごとく得物をぶつけ合う。


「ああ、芯がないってよっ!」


「芯?」


「太刀筋にまで揺らぎが見えるって言われたんだよ!」


「お互い行き詰まってるなッッ!」


 その言葉に頷くと同時に『炬真清火』を繰り出す。一方の矩秀は『焔』で迎え撃った。


 鈍い音と炎を立て、技がせめぎ合う。二度目の圧し合いは全くの拮抗状態にあった。一瞬の均衡から解き放たれた霊器が弾かれ、両者の手が止まる。


「・・・少し休憩挟むか」


「ああ・・・」



 切り株に腰掛け、落ちている細木をおもむろに焚き火と投げ込む。吸いこまれた枝は炎に飲まれて僅かな破裂音と共に熱を生み出し辺りを仄かに暖めていく。


 このまま行き詰ったまま、探り合いを続けては身に付くものも身に付かない。今日互いに起きた出来事、告げられた課題を報告しあう。両者ともに投げられた言葉自体は違うとはいえ、『気持ち』という問題を抱えていることに帰結した。


「・・・それで?一月どうするよ?」


「俺は山籠りしてくるよ、日野さんも時々やってるみたいだし」


「即決だな」


「ああ、俺にはこれが一番合ってそうだしな」


「へぇ、いいじゃん」


「徹底的に自分を追い込んで憧れだけじゃない『動機』ってやつを見つけてくるよ」


「凍え死ぬなよー」


「応、惣一郎はどうするんだ?」


 の気高き心意気と即決できる胆力を前にして答えに窮する。


「俺は…そうだなぁ、できるだけ色んな人と話してみようかな…、外の世界を観ないと解らないものもあるかもしれないし…」


 実際まだ自分がどうするべきかは決められていない。かといってこのまま答えを出さずに右往左往しているのも何かが違う。


 苦し紛れで出した答の裏に潜む葛藤と迷いを気付かなかったか、それともあえて見逃したか、矩秀は頷いた。


「そりゃいいな、お前の不器用もどうにかなるかもな…?」


「うっせぇやい」


 くすくすと笑う矩秀の肩を軽く拳で打つ。


「…これまで家族の事をばかりを考えてきたからな、これを機に外に出れば覚悟ってやつも見えてくるかもしれない」


「そうだな」


「あと他の梁士のとこにも出稽古にいってみるとかか?」


「いいね、それ採用」


 それっぽい理由で張りぼてに肉付けをしている中で、得ずして降ってきた名案に指を向けて全力で乗っかる。


 生憎、自力でこの状況をどうにかしようという気高さも誇りもそこまで持ち合わせていない。他の梁士の体験を聞けば見えてくるものもあるかもしれない。惣一郎はうんうんと頷き、とりあえずのひと月の活動方針の骨子を練り上げる。


「淤辺ー!行くぞー!」


 惣一郎の思考を寸断するような大声が竹林の出口辺りから木霊する。


 そこからここまでそれなりには離れているはずだ。そこからでも第三燧士の呼び声はよく聞こえてくる。


「はーーい!!、今行きます!」


 一方の矩秀も負けず劣らずの大声で答える。


「じゃあ、一月後。」


「ああ、どうなってるか楽しみにしているよ」


「お互いにな」


 拳をぶつけ合い誓う。第五燧士が去って静寂が訪れた竹林の真ん中で、破れかぶれの解決案を無理矢理に構築した第四燧士は深くため息をついた。




「惣、そこのお皿取ってもらっていい?」


「ああ・・・」


「それと、この膳もお願いしていい?」


「ああ・・・」


 先刻の同士(矩秀)との語らいを思い出す。彼は自分の進むべき道筋というものがよく見えていた。それに比べて自分はどうだろう、どうあるべきか、どうするか…考えれば考えるほどにドツボに嵌っていくような気がする。


 心ここにあらずといった具合で茶碗を両手に持ったままの顔を不思議そうに覗き込む。


「惣?」


「ん…、…!ああごめんごめん」


「どうしたの…?」


「いや・・・ちょっと考え事をしててな…」


「大丈夫?」


「ああ…」


「あんまり無理しないようにね?」


「・・・ふみ」


「なあに?」


「後で酌につき合ってくれないか?」


「別に構わないけど…お酒は何にする?兼房さんからのにする?」


 視線を戸棚に向ける。酒盛りに及ぶ習慣もなく、あまり手を伸ばしていなかったからか、うっすらと埃がついた徳利が二つ。戸棚の手前にある何となくで買ったきり、そのままに眠っている安酒に目を向ける。


「いや、それはあとでゆっくり飲みたいから今日はそっちのでいいかな」


 その横に鎮座するは、この間、兼房からいただいていた透明に透き通った美酒。これまでの人生で数回と見たことも無いような高級品だ。


 だからこそ御大から貰った高級酒は引き出しの奥にしまっておきたい、あんな代物を自棄酒紛いのしょうもない機会に空けようものならバチが当たりそうだ。



 夕食を平らげ、皆が眠りについてしばらく、肩衣に小袖を重ねて羽織り、外に踏み出す。


 見た目はひと回りほど膨らんだようにも見えるが、肌に突き刺さるような冷たさをわずかながらも感じる。


 縁側に腰掛け、火鉢に朱を落とす。


 今すぐにでも凍りつきそうな空気を溜息とともに肺に取り入れ、残雪が岩に遺るのをぼぉうっと視界に入れていると戸が開く音がする。


 「おまたせ~」


 小袖に腕を潜らせながら片付けを終えたふみが顔を出す。


 「片付けお疲れ様」


 「いいえ〜、お酒は少しぬるめでいいかしら?」


 「ああ、ありがとう」


 「惣がお酒なんて珍しいわね。それにこんなに寒いのに外でなんて・・・」


 「少し吞みながら話したくなってな」


 (それに万が一にでもあいつらに聞かれたくはないしな…)


 問いかけの後半を黙する惣一郎の様子を言外で察しがついたのか、隣に坐する。


 「わかったわ、何でもお姉さんに話してちょうだい」


 「歳は変わらないくせに…」


 昼に起きたことをぽつぽつと零す。自分の中の信念、覚悟が揺らぎつつあることを指摘された事、ひと月の猶予を与えられたこと。


 「そんなことがあったのね…、ケガの方は大丈夫…?」


 「ああ、大分楽になったよ、ありがとう」


 「・・・・」


 「・・・」


 息を呑むことすらも躊躇われる静寂のなか、火鉢のなかで炭が小さく弾ける音だけが耳に残っていた。


 「…ねえ、惣の信念って何…?」


 ひと時の静けさを断つように投げかけられたふみの問いにふうっと息を溢し、これから語るであろう気持ちをどうにかして組み上げる。


 「信念、って言って良いかはわからないけど、今まで俺が考えてきたことは、ただ皆が安心して暮らしてほしいってことだけだったよ」


 「ここに身を置かせてもらって、今こうして過ごせている。俺の願いは叶ったと言ってもいいと思う」


 家族の安全と生活が確約され、しばらくは今まで喉奥にあったしこりが安堵の情に洗い流され、はじめて空気が身に取り込まれているような感覚だった。だが、今この胸の奥に確かに残るしこりは――――――


 これまで、自分の内面と向かい合って来ることをあえてしてこなかった。


 自分の惨めさを、弱さを知るのが怖かったから。もし知ってしまったら、『ソイツ』を赦し、受け止めてあげることなどできないと判っていたから。


 だから忙しさと虚勢で必死に湧き上がるはずであった気持ちの穴を塞いできた。


 「…このままここで日銭を稼いで皆で他愛のない暮らしをしていくのもいいのかもな・・・」


 「惣・・・・」


 「でも、妖に生活を、大切な人を奪われた人たちもいる。このまま目を背ける訳にはいかない、助けたいって思ってる」


 「それが解っているから俺は燧士になった、こんな大役身に余るような光栄だよ」


 だが、今こうして『弱さ』に向き合うべき時が来てしまった。大きく呼吸をし、答えはないはずの虚空を仰ぐ。


 「けれどここで生活を始めて皆が無事に過ごしていけるって分かってから全力でも、どうにも手に力が入っている気がしないんだ」


 「こうして俺の願いが叶っていま、俺ってこんなに一つの事だけで手一杯で、それがないとホントに空っぽの人間なんだって知ったよ…」


 先刻、急ごしらえで積み上げた打開案を再び思い起こす。急ごしらえにしては大した策であると思う。しかし、そこには惣一郎にとってそれを一月の間、全力でやり切るという()()()()()()()が大きく欠如していた。


 「やるべきことは解っているのに、こんなところでウジウジ悩んでる暇なんてないはずなのにな…」


 「ここから俺はどうやって生きていけばいいんだろうな……」


 口を突いて出てくる言葉はとても拙く、自分の胸に巣食うこのしがらみの半分もまるで紡ぎだせていないだろう。口から喉、胸にかけて苦く、大きな泥が張り付いている感覚がどうしても抜け落ちてはくれなかった。


 疎かになっていた視界を一点に繋げる。手元に浮かんでいる濁りの強い水面が行き詰った精神をさらに奥底まで引き摺り込む。数刻前まで強がっては見せたものの、自分の進むべき道というものと現状の気持ちを考えれば考えるほどに底なしの沼に浸かっていくようだ。


 「ねえ、惣?」


 「ん……?」


 「あなたのやりたいことって何?」


 「やりたいこと…?」


 「例えば子どもの頃の夢とか・・・?」


 「・・・」


 「今まで聞けずにいたんだけど・・・」


 「あんなことになっちゃって皆生きることだけに必死だったじゃない…?」


 (夢・・・)


 「そういえば考えたこともなかったな」


 「ただ、親父とお袋の手伝いをして何年も変わらず生きていくもんだと思っていたから・・・」


 「ねえ、惣?」


 これまでの人生、十九年。その空虚さに諦観と嘆きに暮れ、肩と頭を大きく落とす青年の手にふみは手を重ねる。


 「私、あなたが思っているよりもずっと幸せよ?」


 驚くように面を上げた惣一郎の目と己が瞳を合わせ、真っ直ぐに見据える。


 「これまでただ必死に生活してた時はつらいこともあったけど皆一緒だったから楽しかったわ」


 「惣がここに連れてきてくれてしばらく経つけど、だいぶ余裕ができてからは皆毎日が新しくて楽しいのよ?」


 「これまで精一杯、私たちを守ってきてくれてありがとう」


 「でも、あなたが思ってるより私たちもヤワじゃないわ」


 「下の子たちは手習いに出て、毎日教わったことを私たちに話してくれているのよ?それに、太助たちも安定した職を見つけてくれたからかなり楽になるわ」


 ふみの言った通り、太助は霊迅衆本部で、みよもここからほど近い米問屋の下働きとして働くことがつい先日決まったばかりだ。


 「それに、私たちの生活は保証されているんでしょう?」


 「やりたいことが見つからないなら、ひとまず余裕が出来た分、その『守りたい』を広げてみたら?」


 「あなた言ってたじゃない、『悲しい思いをする人は俺たちが最後でいい』って」


 「っ……!!」


 数ヶ月前、自らが放った言葉を今度はこうしてふみの口から受け、一瞬、息が止まる。


 「それ聞いた時にね、惣らしいなって思ったの」


 「俺らしい・・・?」


 「向こう見ずで犠牲的で意地っ張りで・・・、けどどうしようもないくらいに真直ぐで、優しくて…」


 「冷静を装ってるけどホントはものすごい熱いところとかね?」


 「・・・」


 「その優しい気持ちとか、『守りたい』を他の人に分けてあげられたら素敵じゃない?」


 「それに、走って、走って走り続けた途中とか、その先で見つけられる気持ちっていうのもあると思うの」


 「その気持ちも更に大切にしてあげれば周りの人も惣自身ももっと笑顔になれると私は思うの」


 包み込むように握られた力が一段と強まる。


 「だから惣にはまっすぐに信じた道を進んでほしい、あなたがどんな選択をしたとしても私はそれについていくって決めたんだから……」


 「私はみんなと一緒にここで、惣が進んでいく道を支えていきたいの」


 ⦅だから・・・⦆


 「だから、必ず無事で帰ってきてね…?」


 「ああ、約束するよ。ありがとう」


 重ねられ、熱を帯びてきた掌を握り返して、強く誓う。


 (恵まれすぎてるな……)


 ⦅良かった・・・いつもの惣だ……!⦆


 惣一郎の強く、確かな答えに笑みをこぼし、いささか強く握りすぎていた手をぱっと放して続ける。


 「まっ!広げるって言ってもあんまりピンと来ていないでしょうから明日からいろんな人と触れ合ってみて固めていったら?」


 「ああ、そうするよ」


 (・・・なんでピンと来てないのがわかるんだ・・・・・・?)


 盃に目を沈める。心なしかさっきよりも自分の瞳がよく見える気がする。


 (・・・まぁいいか)


 「ありがとう、少し楽になったよ」


 「どういたしまして。」


 自分がどうありたいかなんて、一月かけてじっくり捜していこう。ふみの言う通り、四の五の言わずに走り出そう。その方が自分らしい。


 覚悟、葛藤、責任、役割。その身に圧し掛かっていた、まどろっこしい喉のつかえを酒気と濁りで絡めて飲み干す。


 憑き物が吹き飛んだように、一気に杯を煽る惣一郎の姿がようやく見ることのできたふみは、ふふっと微笑んで、半歩下がって座していた居場所を移し、青年の隣にぴたりと腰掛ける。


 「…!急にどうしたんだ?」


 「ようやくあなたが前を向いて進めるようになったのよ?」


 「私も少しだけご相伴しちゃってもいいでしょ?」


 「まるで俺が後ろ向きな人間みたいに…」


 「ふふふっ、でも、こころのつっかえは取れたんじゃない?」


 「それは…まあ…おかげさまで」


 (ホントに敵わねえな・・・)


 「明日はお休みなんだし、ちょっとくらい飲んでも大丈夫よ」


 「それに、たまにはこうして二人で静かに飲むのもいいんじゃない?」


 「そうだな、でも飲みすぎには気を付けろよ?」


 何時ぞやの夜、久々の晩酌に及んだ時に飲み過ぎて、次の日、泥になっていた姿を思い出して苦笑しながら徳利を傾ける。


 「ふふ、ありがとう。」


 惣一郎の物よりも少しばかり小ぶりな盃で注がれる液体を受け止める。雲間から射す夜月が手元と安堵に微笑む顔を照らしていた。


 「そういえば来週、孫三郎のお友達と八幡様のお祭りに行くんだって」


 「そうかぁ・・・もう友達が出来たのか・・・」


 「ええ、孫がこっそり教えてくれたの」


 「・・・・・・・」


 「・・・あッッ」


 「あーあ・・・」


 澄んだ空気を通る月の光が薄く、淡く、それでいて確かに照らす。暗夜に深く語らう影二つ、杯も心なしか多く傾く。


 二人だけの迎え酒のお開きは偶の酒盛りよりもまだ少し先の夜更けにあった。

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