婚約の真相
十数年前、チューロデーサ王国とサクティマラタック王国の重臣たちは、両国の国境線上に建てられた離宮で円卓を囲んでいた。
表向きは、この年のペルシノナの乾果の取り引きに関する会議ということになっていたが、本当の議題は、二人の王が並び立ち、内乱が激しくなるばかりのメンジザバール王国に、隣国として、この先どのように関わっていくかということだった。
このとき、離宮の別室では、両国の若き国王ブーヴァンゾ三世とスードウコティヤ四世が、二人だけで密かな対面を果たしていた。
今年のペルシノナの出来や家族のことなどを語り合っているうちに、二人はすっかり意気投合し、互いを「ブーどの」「スーどの」と呼び合う仲になっていた。
「ブーどの、わたしは後悔しているのです。実は、以前、第二王女をメンジザバールの王太子の妃にどうかという話があったのです。
王女はまだ十二歳でしたし、王太子とは十近く離れていたので、王女の母が反対して話は立ち消えとなったのですが、あのとき、もし縁を結んでおいたら、今回の内乱の発生や深刻化を防げたかもしれないと思いまして――」
国力では、サクティマラタック王国が圧倒的に上だった。
国境を接していることもあり、サクティマラタックの豊富な物資や人材がメンジザバール王国へ送り込まれていた。
第二王女を王太子に嫁がせていれば、異変にいち早く気づき、王太子妃の父としてメンジザバール王家に、何らかの圧力をかけることができたかもしれなかった。
「今となっては、もうどうにもならないことなのですが――」
「そうですな……。『後悔先に立たず』とは、よく言ったものです。いや……、確かに過ぎ去ったことはどうにもできないが、これから先のことならば……」
「これから先とは、どういう意味ですか、ブーどの?」
「そのう……、スーどのには、昨年か一昨年あたりに生まれた姫君はおられますか?」
「それは――、何人かはおりますが――」
「うん! それはいい! 実はですな――」
この後、ブーヴァンゾ三世が、思い切ってザーラハムーラ妃との経緯を話したところ、それを聞いたスードウコティヤ四世は、その心意気に感動し、何としても力を合わせてこの難局に立ち向かいたいと申し出た。
そして、実は亡きザーラハムーラ妃が産み落とした子である第二十八王子と、第二十六王女のシシルスランガの婚約をその場で決めたのだった。
「王太子派、王弟派、どちらが覇権を握っても、二人が歩む道は苦労がつきないものとなることでしょう。ですから、けっして贅沢をさせず、謙虚で思慮深い人間に育つよう第二十六王女を教育いたします。そして、今度こそ王子の義父として二人を守り、あの国が平和を取り戻せるよう密かに働きかけていくつもりです」
「わたしは、生涯をかけてわたしに尽くしてくれる忠義な老臣たちに、王子の養育を任せてあります。王太子派が無事に国をまとめれば、王子として名乗りを上げさせるつもりですが、王弟派が支配する国となったときは、わたしの第二十八王子としてささやかな幸せを約束してやろうと思います」
このようなやりとりがあったことは誰にも知らされず、その後、二人の王は、国政にはあまり関心のない、のんびりとした子だくさんの艶福家として人々に知れ渡るようになった。
誰にも疑われることなく、この計画を成し遂げたいという思いからだった。
しかし、その一方でスードウコティヤ四世は、自分の血を受け継いだ美貌の王子や王女たちを、各国の王家や上位貴族、大商人に次々と縁づけ、この世界での自分の影響力を広げようと努めた。
十八になる年に、王子や王女を結婚させて国外に出すというきまりも、もともとはスードウコティヤ四世の提案によるものだった。
そして、ブーヴァンゾ三世もまた、「女の宿り場」や「男の宿り場」を王宮内につくり、立場の弱い王族や身寄りのない家臣たちに、安心して暮らせる居場所を用意した。
それは、王家の人々や家臣たちの結束に繋がった。
「男の宿り場」は、第二十八王子の隠し場所の役割も果たし、王子は老臣たちに見守られながら、様々な立場の人々から広く社会のことを学びたくましく成長した。
王子や王女たちの中には、スロダーリャのように臣下となった者や王宮を出て学者になったり、外国に渡りその国の王宮で働くようになったりした者もいた。
ブーヴァンゾ三世は、子どもたちがおのれの才知をいかして人生を切り開き、何らかの形でこの世界の安定と発展に寄与してくれることを心から願った。
多くの人の目には、艶福家の二人が次々と生まれてくる子どもたちを養いきれなくなり、王宮から必死で追い出している――、としか見えなかったかもしれないが――。
*
「それにしても、陛下はなぜ、スロダーリャ様に本当のことをお話にならなかったのですか? シシルスラング様と第二十八王子様のご婚礼の段取りを任せるのなら、忘れたふりとかおやめになって、これまでの経緯を正直にお伝えになれば良かったではないですか?」
ラトヤンスカは、毎日のように文書庫を訪ねてくるスロダーリャを観察し、文書庫の係官からも、それとなく彼女の行動を聞きだしていた。
スロダーリャは、国王が何も思い出さないので、名前も生死も不明な第二十八王子に関する記録を必死で探し求めていた。
「実は、わしは本当に失念していたのだよ。今年、シシルスランガ姫が嫁いでくるということを――。サクティマラタック王国から書状と支度金が届いて、ようやく思い出したのだ。
しかし、そのときはまだメンジザバールの状況もわからず、第二十八王子をどのように扱うべきか決めかねていた。しかたがないので、何もかも忘れよく覚えていないことにして、スロダーリャを走り回らせ、時間稼ぎをすることにしたのだ――」
「時間稼ぎとは――。スロダーリャ様が真実を知ったら、陛下はまた、こっぴどく説教されることになるでしょうな!」
それを聞いたブーヴァンゾ三世は、消炭色のマントのフードの陰から、老門番のラトヤンスカをぎょっとした顔で見つめた。
唇の端についていた小さな乾果の欠片が、ポトリと石段の上に落ちた。
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