表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/25

近づく二人

諸々の応援に感謝しております。ありがとうございます。

今夜もう一話投稿する予定です。

「若草の中に薄紅色のウパティヤカーコの花が咲き広がり、まるで唐草模様の敷物のようですわ! 自然というのは、何と美しいものを作り出すのでしょう!」


 プルミーマの森の奥に広がるウパティヤカーコの群落を目にした途端、大きな声でシシルスランガが叫んだ。

 明るい日の光を浴びて、花園を背景に振り向いたシシルスランガを見ながら、イルは、(そして、そこに立つあなたは、まるでウパティヤカーコの花の精のように美しいです!)と、心の中で思い切り叫んだ。


 しばらく花園の周りを歩いた後、適当な場所を見つけて、イルは敷物を広げた。

 近くの木にマトヴァリシュを繋ぎ、二人は敷物に腰を下ろした。

 甘い花の香りが、いっそう近くに感じられて、シシルスランガはうっとりと目を閉じた。

 その無防備で幸せそうな横顔が、イルの心を落ち着かなくさせた。

 イルは、「気の荒い雌牛亭」の店主から分けてもらってきた、スンターリヤの果実水を入れた水筒をいつもの麻袋から取り出した。


「お疲れ様でした、シシルさん。ずいぶん歩きましたからね。さぞや喉が渇いたことでしょう。これでも飲んで、喉を潤してください」

 

 水筒を受け取り、中身を一口飲んだ途端、シシルスランガは目を丸くして言った。


「まあ! 水ではないのですね?! 甘酸っぱくて美味しいこと! ああ……、でも、この香りは、つい最近嗅いだことがあるような気がしますわ……」

「昨日、見晴らしの丘に行く途中、路肩に植わっていたスンターリヤの木の実から作った果実水です。旨いだけじゃなくて、疲れもとれるんですよ!」


 スンターリヤの果実の香りは、昨日の予期せぬ触れ合いを二人に思い出させた。

 気恥ずかしさを誤魔化すように、シシルスランガは持ってきたかごの中から、二日がかりで仕上げた行厨(べんとう)の包みを取り出して広げた。


「これは、グオングアと申しまして、もどした干し肉や根菜を刻んで、甘塩っぱい味をつけ炒めてから、麦粉で作った生地で巻き焼いた食べ物です。お口に合うといいのですが――」


 イルは、グオングアをひょいと一つ手に取ると、垂れてきた汁を美味しそうに嘗めながら、あっという間に食べ終えてしまった。


「旨い! 本当に旨いです! こんなに旨いものは食ったことがありません! クククッ……、良かったぁ……、山辛子や苦ニンジンが入ってなくて!」

「そんなもの、入れませんてばっ! フフフ……、なんだかほっとしましたわ。サクティマラタックの食べ物が、この国の方のお口にも合うことがわかって――」

「第二十八王子様と結婚されたら、毎日作って差し上げるといいですよ! きっと喜ばれます――」


 イルの言葉を聞いたシシルスランガは、寂しそうに微笑んだ。

 そして、この十日あまり、ずっと心の奥に押さえ込んでいた疑問を口にした。


「イルさん、あの……、第二十八王子様って……、本当にいらっしゃるんでしょうか?」

「えっ!? ……、な、何をおっしゃるんですか? 陛下が、婚姻許可証を出しているんですよ! いらっしゃらないなんてことが、あるわけないじゃないですか!?」

「でも……、いまだに王子様のお名前さえ、教えていただけません。実際にお目にかかれるのは、婚姻の儀のときなのであろうとは思っておりました。でも、遠くからお姿を拝見する機会ぐらいはあるのかなと考えていたものですから……」

「大丈夫ですよ。スロダーリャさんが、きちんと婚礼の準備を進めていらっしゃいます。もしかすると、他国へ留学か視察にでも出ていらしていて、ご帰国を待っているということかもしれません。

とにかく、シシルスランガさんは心配しないで、毎日を心穏やかに楽しくお過ごしになればいいのですよ。そのお手伝いは、俺が責任をもって請け負いますから――」


 そう答えながらも、イルはイルで、この状況を怪しんでいないわけではなかった。


(スロダーリャさんは、第二十八王子様のお名前を、なぜいつまでも明らかにしないのだろう? いくら陛下がお忙しかったとしても、そろそろ思い出しても良い頃だよな。ご本人が不在であっても、シシルさんに名前を教えるぐらいのことはできるはずだ。

オンターラ爺さんがいたら、『こんなに旨いものを作れる嫁さんを粗略に扱うとは、とんでもない王子様だ!』って言って、間違いなく怒り出す話だよ――)


 イルは、グオングアを両手に一つずつ持つと、ものすごい勢いで平らげた。

 そして、シシルスランガが差し出した水筒から、ゴクリと喉を鳴らして果実水を飲み、フーッと大きな溜息をついた。


「そうだ! シシルさん、王子様に手紙を書いてみませんか? 見晴らしの丘から眺めた王都やウパティヤカーコの花の群落の美しさを王子様にお知らせして、この国に来られて良かったとお伝えしたら、王子様も嬉しくお思いになるのではないでしょうか? もしかしたら、お返事もいただけるかもしれませんよ!」


 イルの言葉に、シシルスランガは眉を開き、大きな瞳をきらきらと輝かせた。


「あなたの仰るとおりですわ、イルさん! 待っているばかりではだめですよね。わたしの方から、第二十八王子様に近づいていかなくては――。

戻ったらお手紙を書きます。そして、スロダーリャさんに、王子様に渡してくださるようお願いしてみます。

ああ、あなたに打ち明けて良かった! 晴れ晴れとした気持ちになれました――。ありがとうございます、イルさん!」


 自分の思い付きを素晴らしい名案と受け止め、心から感謝するシシルスランガが、イルは、愛しくてたまらなくなった。

 だから、何があろうと言うべきではないことを思わず言ってしまった。


「シシルさん……、あの、もし……、もしですよ、もし第二十八王子様が――」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ