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見晴らしの丘で

 二人と一頭は、王都の中央広場へ向かった。

 広場には、様々な大道芸人が集まり、それぞれの芸を披露していた。

 この国独特の銀のカップを使った水芸、猿回し、蛇使いなど、サクティマラタック王国の王宮育ちのシシルスランガにとっては、何もかもが物珍しく興味深かった。


 イルは、広場を取り巻く屋台で、アルバカーダの実に蜜をかけ串に刺したものを二本買った。

 一本をシシルスランガに渡し、もう一本に大きな口を開けてかぶりついた。


「王都名物の蜜がけアルバカーダですよ。汁を零さないように、シシルさんも思いっきり口を開けてお召し上がりください。

恥ずかしがったり遠慮したりしていると、一番美味しいところを味わい損ねますよ!」


 シシルスランガは、イルに言われるままに小さな口を精一杯開いて、アルバカーダの実を頬張った。

 甘い蜜と少し酸っぱい果汁がほどよく混じり合い、口の中に広がった。

 あまりの美味しさに、二口目はもっと大きく口を開けた。


「そうそう、いい感じです。口の周りについた蜜を舌でなめると、たいそう旨いんですよ!」


 ぺろりと口の周りを嘗めるイルを見て、シシルスランガも同じように嘗めてみた。

 ねっとりとした蜜の強い甘みが、さらに口の中を刺激した。

 夢中で食べ終えると、先に食べ終えていたイルが、串を受け取り屋台の横の屑入れに投げ込んだ。


「『王都はおまえの家も同然だ。ゴミなんぞ散らかすなよ』っていうのが、俺を育ててくれたオンターラ爺さんの遺言でね。何があっても、ポイ捨てはしないことに決めてるんです」

「イルさんは、お爺様に育てられたのですか?」

「爺さんと言っても、赤の他人です。俺には、親兄弟はいません。物心が付く頃には『男の宿り場』で、爺さんたちから麦がゆを食わせてもらってました」

「そう……、ですか……」

 

 イルは広場を抜けると、王宮の後ろに広がる丘に向かって坂道を上り始めた。

 スンターリヤの木が両側に植えられた道を、マトヴァリシュは軽い足取りで進んでいた。

 やがて、少しばかり勾配がきつくなったので、シシルスランガは、歩みが遅くなったマトヴァリシュから降りて、自分で歩くことにした。


「石ころだらけの坂道が続きますよ。シシルさん、歩けますか?」

「大丈夫です! マトヴァリシュにつかまりながらついていきます!」

「そうですか……。でも、いよいよ辛くなったら言ってくださいね。そんときは……、俺が……背負いますから……」

「は……、はい……」


 マトヴァリシュを間に挟んで立つ二人は、互いの顔が赤く染まっていることに気づくこともなく、丘の頂上を目指し黙って歩き続けた。


 *


「まあ、なんて美しいのでしょう!」

「こいつは、いつも以上の美しさだ! 天気がいいからかもしれませんね」


 丘の上から見下ろした王都マーハランガは、蜂蜜色の石でできた家々が日の光をはね返し、きらきらと耀いて見えた。

 その中にあって王宮の白い建物群は異彩を放ち、そこが崇高なる王の住まいであることを、民衆に知らしめているように見えた。


「シシルさんのお国の王都も、さぞや美しいところなのでしょうね?」

「王都ニールペヘティは、『青と白の街』と呼ばれています。白い壁に青い扉や窓枠の家々が並んでいて、とても美しいところだそうですけれど、わたしは、こんな風に高いところから町全体を眺めたことはありません」

「王宮の尖塔やテラスから、王都をご覧になったことはないのですか?」


 イルの問いかけに、シシルスランガは寂しそうに微笑みながらうなずいた。


「わたくしが生まれ育った部屋は、王宮の中庭に面したところにありました。窓から町は見えません。王宮の外へ出ることは年に一度あるかないかです。もちろん旅などしたこともなく、今回がわたくしにとって生まれて初めての旅でした――」


 イルは、王宮の中庭をとことこと歩き回る、小さなシシルスランガの姿を思い浮かべた。

 この世界でも指折りの美しい町に住んでいながら、王女である彼女は、その魅力を知ることさえ許されなかったのだ。

 婚礼の儀が終われば、この国の王宮でも似たような暮らしが始まることだろう。


「シシルさん、明日は、薄紅色のウパティヤカーコの花が咲き始めた、プルミーマの森へ行きましょう。そして、明後日はたくさんの噴水があるボルテクサ公園へ。その次の日は、王都の郊外にあるラハラハルー湖で船に乗りましょう!」

「イルさん、それは、とてもありがたいお誘いですけど……、あなたにもお仕事があるのではないですか? わたくしのために、あなたのお時間を使っては――」

「いいんですよ! 俺はこの蜂蜜色の町が大好きなんです。隣国から来たシシルさんに、『いいところへ来た』と思ってもらいたいんですよ。

王宮へいらした方をもてなすのも、俺の仕事みたいなもんです。仕事の賃金はスロダーリャさんからちゃんといただけますから、一緒に出かけましょう!」

「ほ、本当によろしいのですか?」

「オーヒーーッ!」


 マトヴァリシュの突然のいななきに驚いて、二人は同時によろけた。

 互いを支えようとして思わず手を伸ばしたが、自然と抱き合う形になってしまった。

 慌てて先に離れたのは、シシルスランガ――。

 行き場を探すように、いつまでも腕を伸ばしていたのはイル――。


「も、申し訳ありません! 勝手にお体に触れたりして――」

「わ、わたくしの方こそ、つ、慎みもなく――」


 続ける言葉が見つけられず、見つめ合ったまま立ち尽くす二人の胸に、麓から吹き上げてきた、甘酸っぱいスンターリヤの果実の香りを含んだ風が、そっと何かを運んできた。

 それは、まだ確かな名前をつけられない、淡く儚い想いだった――。


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