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はじめての外出

 白孔雀宮に戻ったスロダーリャは、王の執務室に押しかけ人払いをした。

 国王はゆったりと長椅子に体を伸ばし、大ぶりなガラス器に山のように盛られた乾果を次々と口に運んでいた。


「それで、陛下。思い出していただけたのでしょうね、第二十八王子のお名前を?」


 国王は、乾果の蜜でぬれた唇を軽く指でぬぐうと、「うんとこしょ!」と言って、ぽってりとしたその身を長椅子の上に起こした。そして、ついでのように大きな欠伸を一つした。


「それがなあ、いまだに思い出せぬのだ。第二十八王子の母は、王子を産み落とすと間もなく亡くなってしまったはずだ。何番目の妃であったかも覚えていない。名前や出自についても、もう忘れてしまった。二十年以上もまえのことだからな――。

母が亡くなったのちも、王子は王宮内にとどまり誰かが育てていたはずなのだが、どこにいるのかは知らぬ。実は、生きているのか死んでしまったのかもわからぬ――」

「どうして、そんな生死もわからぬお方との婚姻を許可してしまわれたのです!? シシルスランガ様は、何も知らずに嫁いできてしまったのですよ! あちらの国王が詳細を知ったら、国際問題になりかねません!」


 スロダーリャが、すごい剣幕で詰め寄ったので、さすがの国王もしゅんとしてしまった。

 実は、スロダーリャは、国王の第十九王女なのである。

 十三歳の時、王女の身分を捨て、この王宮初の女性侍従となった。

 以来、古参の侍従の薫陶を受け、だれよりも熱心に仕事に取り組んだ結果、今では若いながら王宮一の切れ者侍従と評されるまでになった。

 王宮の面倒事は、すべてスロダーリャの所に回ってくると言っても過言ではない。


「十数年前、シシルスランガ姫に良い相手はいないかという打診が来たときは、ちょうどペルシノナの乾果の買い入れ価格で彼の国ともめていた。価格を下げてくれたら、姫の相手として王子を用意すると持ちかけたら向こうが応じたのだ。

サクティマラタック王国には、おかしな決まりがあって、王子や王女は十八になる年に結婚させ、国の外へ出すことになっている。わしと同じであちらも子どもの数が多いのでな、一人一人が行った先でどうなっているかなどは気にもとめないだろう。

ならば、姫と年がそう離れていないはずの第二十八王子で良かろうということになって、婚約の承諾書に署名した記憶がある」

「なんとまあ、無責任な対応を――。それで、承諾書の王子の名前のところには、何と書かれたのですか?」

「それが、王子の名前を忘れてしまってな、『後で知らせる』と書いておいた。まあ、その後、放っておいたので、いまだに知らせていないわけだが――」

「婚約の承諾書にも、名前を書き忘れていたのですか!?」


 スロダーリャは、呆れてものが言えなかった。

 乾果の価格を下げることを条件に嫁ぐことを許され、名前どころから生死すらはっきりしない王子のもとへやってきたシシルスランガが気の毒でならなかった。


「わかりました――。もう、陛下をあてにするのはやめます。婚姻の儀は一か月後ですから、それまでにわたくしが、第二十八王子の名前と消息を何としても明らかにいたします。

もし、王子が見つからなかったり、すでに亡くなっていることがわかったりした場合は、支度金の十倍の金銀とともに、シシルスランガ様を丁重にサクティマラタック王国にお返ししましょう。それでよろしいですね、陛下」

「十倍の金銀か――。それはまた、ずいぶんと大きな物入りになるのう……。そうだ! そのときは、シシルスランガ姫をわしの第六十七妃にしよう! そうすれば、支度金も返さずにすむし、姫もここにとどまることができる。どうだ、良い案であろ……、痛っ!!」


 スロダーリャは、乾果を右手に掴み、国王の顔に向かって力一杯投げつけた。

 そして、「失礼いたします!」と声高に告げると、国王には一瞥もくれずに執務室から出て行った。

 いささか肩を怒らせ、ずんずんと回廊を進んでいくスロダーリャを見て、侍従や侍女たちは、「また、陛下が何事かやらかしたのだな」と思いながら、立ち止まって目礼した。


 *


 シシルスランガが白孔雀宮へ来て、十日ほどが過ぎた。

 「女の宿り場」での暮らしにも慣れ、二人の侍女とも、冗談を言い合えるほどに親しくなった。

 スロダーリャは、毎日、朝食を食べ終える頃に訪ねてきた。

 シシルスランガは、一緒に白孔雀宮へ行き、侍従や学者たちからチューロデーサ王家のしきたりや王国の歴史などを学んでいたが、第二十八王子と顔を合わせることはなかった。


「シシルスランガ様、王子妃教育の方も一通り終えたと聞きました。チューロデーサの歴史や王家のしきたりを学ばれることも大切ですが、そろそろ町へ出てみませんか?」


 その朝、部屋を訪ねてきたスロダーリャは、シシルスランガの気持ちを汲み取り、外出を提案した。


「いいのですか!? 町へ出かけても!?」


 喜びを隠そうともせず瞳を輝かせたシシルスランガの素直さを、スロダーリャはたいそう愛らしく感じた。

 そして、彼女を絶対に第六十七妃などにさせるものかと、改めて心に誓った。


 必要な手続きをすませ、スロダーリャと共にシシルスランガが、碧玉門へ行ってみると、そこにはマトヴァリシュを連れたイルが待っていた。


「シシル様―っ!」

「オーヒーーッ!」


 一人と一頭の声を聞いただけで、シシルスランガは胸が一杯になった。

 言いたいことは山ほどあるのに、何一つ口にできないままマトヴァリシュに駆け寄ると、鼻面に優しく頬をすり寄せた。


 一人と一頭の触れ合いをうっとりと眺めているイルを、スロダーリャがそっと手招きして近くへ呼んだ。


「ありがとう、イル。急な頼みを聞き入れてくれて――」

「お気になさらずに! 今日は、ダーニマンチェ爺さんの耳掃除と町の子どもらに読み書きを教えることぐらいしか仕事はないんで、時間はたっぷり余ってます。

ええっと、それから――、お問い合わせのあった、二十年ぐらい前の王宮内の様子ですが、ここに書いてある人物からなら、いろいろと聞き出せるかもしれません」


 そう言って、イルはスロダーリャに小さな紙の切れ端を渡した。

 スロダーリャは、それを懐にしまうと代わりに銀貨を数枚取り出した。


「シシルスランガ様には、いろいろとご不自由な暮らしをさせている。これを使って、楽しい時間を過ごさせてやって欲しい」

「お預かりします。シシル様もお金も大切にとりあつかいます!」

「うん、頼む。それと――。町で『姫様』とか『シシルサランガ様』とお呼びするのは、人々の耳目を集めやすい。互いに『さんづけ』で呼び合うようにしてくれるか?」

「恐れ多いことですが、シシル様の安全のためですから、そのように努めます」


 スロダーリャがそのことを伝えると、シシルスランガは少し戸惑った顔をしていたが、やがて小さくうなずいて、「わかりました。イルどのをイルさんと呼ぶことにします」と言った。

 スロダーリャに見送られ、イルに手綱を引かれながら、シシルスランガを乗せたマトヴァリシュはのんびりと町へ向かって歩き出した。


明日は、朝・夜二回投稿する予定です。あすもまた、お付き合いいただけると嬉しいです。

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