薔薇と茶会と婚約解消と その二
今日は、年に二回開かれる「王宮大茶会」の日――。
「王宮大茶会」では、王宮で暮らす王妃、王子妃、王女たちが一堂に会し、茶とおしゃべりを楽しむ。王族の女性たちの親睦会のようなものである。
なにしろ二百名を超える女性たちが集うので、これまでは、宮殿の大広間を使って行われてきた。
しかし、今年この茶会の計画準備を任されたスロダーリャは、侍従たちの打ち合わせ会において、薔薇園での茶会の開催を提案した。
「お妃様や王女様方がお使いになる薔薇の香料や精油、乾燥花などは、すべて王宮の薔薇園に咲く薔薇から作られております。
薔薇は貴重な工芸作物なのです。薔薇園でその香りを堪能していただくことはもちろん、そうした作業もご紹介し、皆様に薔薇への理解を深めていただきたいと考えています」
茶会を単なる社交の場ではなく、女性たちの学びの場にしようという目論見だ。
もちろん、それで終わりではない。
スロダーリャは、薔薇の重要性を知ったお妃や王女たちに働きかけ、さらに広大な薔薇園の建設を後押ししてもらうつもりだった。
ラマイベ大公国との国境付近に広がるウニステセッド谷は、新たな薔薇園の建設に最も適した土地であることがわかっている。
女性たちの声が国王に届き、国の事業として薔薇園の建設が動き出せば、今ひとつ乗り気でない大公国からの協力も期待できるかもしれなかった。
(さて――、カスタニャス様は計画通りに、動いてくださるだろうか? 先日お目にかかった感じでは、お年の割には苦労を重ねられただけあって、なかなか物事をわかっていらっしゃる方のように思えたけれど――)
人払いをして、カスタニャスと対面したときのことを、スロダーリャは思い出していた。
カスタニャスは、否定も肯定もせずスロダーリャの話を聞いていたが、彼女が替え玉として嫁いだ後、アペルジナスが求婚してきて大公家が慌てていると言うと、ぽろりと大粒の涙を落とし大きな溜息をついた。
そして、スロダーリャの話がすべて真実であることを認め、大公国へ帰れるのならどんなことでもすると誓ったのだった。
(国と国との繋がりよりも、ご自分の幸せを大切にしたいということか――。あの古めかしい国の姫様にしては、なかなかに新しいお考えをお持ちのようだ。
カスタニャス様がお覚悟を決めたのなら、わたしだってきっちり最後までやり遂げてみせるさ!)
スロダーリャは、気持ちを引き締めると、次々と庭に姿を現した女性たちを、薔薇園の奥に用意した茶会の天幕へと案内した。
薔薇園には、咲き初めの瑞々しい薔薇の香りが漂い、女性たちはうっとりしながら天幕へと向かった。
花摘みに勤しむ下回りの娘から摘み立ての花を受け取り、髪に挿している王女もいた。
薔薇園での茶会なので、みな衣装や装身具のどこかに薔薇の花をあしらっていた。
茶器や布類も、薔薇の花の模様で統一してある。
女性たちが着席すると、天幕の中は薔薇園以上の華やかさになった。
「さて、そろそろ満を持して登場される頃合だな――」
天幕の隅で茶会の進行を見守りながら、スロダーリャが独り言ちたとき、その人物が現われた。
第二十三王子の婚約者ツェリーニ公女の替え玉であるカスタニャス公女である。
薔薇園での茶会だというのに、結い上げた銀髪には百合の造花をつけていた。
暗緑色のドレスには、豪華な百合の刺繍が施されているし、袖口の形などは明らかに百合の花を意識している。
王妃や王子妃、そして王女たちは、カスタニャスの場違いな装いに戸惑っていたが、意地悪な声かけをする者はいない。
むしろ、誰も教える者がいなかったことを気の毒がるように、多くの者はカスタニャスに哀れみの目線を向けていた。
カスタニャスは、わざとらしく鼻先を上に向けると、見下すような口調で言った。
「百合は、わが由緒ある大公家とゆかりの深い花ですの! 高貴で優雅なその姿こそ、大公家の女性に求められるものなのです! 御目見得の場でもありますので、あえてこの衣装を選ばせていただきました。薔薇も確かに美しい花ですけど、華美に過ぎると申しますか、品位に欠けると言いますか……ねぇ――、コッホン!」
大げさに咳払いをした後に、薔薇園に背を向けるような形で着席した。
この態度を目にしては、さすがに面白くない顔をした人々もいた。
チューロデーサ王家の紋章には、実は一重の薔薇の花が描かれている。
第二十三王子の母である第十五妃は、王子の婚約者の非礼を自分の責任であると感じたのか、小さな体をさらに縮こまらせて目立たぬ席へ移動していった。
その後もカスタニャスは、「薔薇茶はえぐみが強すぎて飲めない」とか、「薔薇の花の砂糖漬けが甘すぎる」とか、茶会のもてなしに文句を言い続けた。
園丁が、薔薇の種類や香りの違いの説明を始めると、多くの者が天幕を出て薔薇園へ行ってしまった。
侍女や侍従たちもカスタニャスに寄りつかなくなった様子を見て、スロダーリャは、さりげなく彼女の元へ近づいていった。
「ツェリーニ様、今朝咲いたばかりの薔薇の花をお持ちいたしました。特別香りの良い花を集めてございます。どうぞ、ご堪能くださいませ」
スロダーリャが、捧げるように花束を差し出し、カスタニャスは、たいして興味もなさそうにそれを受け取る。
花束を受け渡す瞬間、二人は目を合わせ小さくうなずき合ったのだが、おそらくそれに気づいた者は誰もいなかったはずだ。
そして、花束の香りをかごうと顔を近づけたカスタニャスは、突然大きな悲鳴を上げた。
「きゃあぁぁぁぁぁーっ! 虫が! 虫が、わたくしの顔にいぃぃぃぃぃーっ!」
花束をスロダーリャに投げつけ、ブンブン手を振り回していたカスタニャスは、やがて両手で顔を覆うと、力なくテーブルに突っ伏してしまった。
天幕の中も薔薇園も騒然とし、自分の所にも虫が飛んできたのではないかと、何も起きていないのに気絶してしまう王女まで現われた。
侍女や侍従たちは駆け回り、ある者は宮廷医を呼びに行き、ある者は警備隊を探しに走り、もはや茶会はめちゃくちゃだった。
花束を投げつけられたにも関わらず、スロダーリャはカスタニャスのそばに付き添い、気付け薬を差し出したり、扇で仰いだりしている――ふりをしていた。
(派手に騒ぎ立てて欲しいと言ったけれど、ここまでやるとはね! 並々ならぬご覚悟を見せてくださったものだ。さあ、もうひと頑張りですよ、カスタニャス様!)
侍従たちがようやく戸板を持ってやってきたので、カスタニャスを載せるのを手伝った後、スロダーリャは、運ばれていく彼女に付き添った。
回廊の途中で、心配そうに立っている第十二妃やニルマカーラとすれ違った。
王妃は、母親の顔になって、スロダーリャに手巾を差し出した。
「頬を血が伝っているわ……。薔薇の棘で切ったのではなくて? まったく、どういう躾を受けてきたのかしら、その方は……」
カスタニャスから花束を投げつけられたとき、思わず顔を背けたせいだろう。
頬に浅いひっかき傷をつけてしまったようだ。
スロダーリャは、手巾で頬の辺りを押さえながら、母に声をかけた。
「大丈夫ですよ、王妃様。たいした傷ではありません。わたしが、きちんと避ければ良かったのです。どうか、カスタニャス様をお責めにならないでください」
「そうは言っても――」
何も言わず黙って立っているニルマカーラに、軽く目礼し母のことを頼むと、スロダーリャは運ばれていくカスタニャスの後を追った。
背後では、心配する第十二妃を優しく宥めるニルマカーラの声が聞こえていた。
本日はここまでです。残り二部分は、明日投稿します。
よろしくお願いいたします。