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離宮での再会

「シシルスランガ様!? 何故、あなた様がこのような場所に?」

「わ、わたくしは……、どうしても、イルさんにお礼を言っておきたくて……、あの方が囚われていると思われる詰所を探していたのです……。

その途中、メンジザバール語で怪しげな会話をいている人々を見かけました。かれらは、詰所に囚われている人物を連れ出そうとしているようだったので、後を追いかけることにしました……。あ、あの……、王宮の外にも、馬を連れた彼らの仲間がいるようでしたが――」

「大丈夫です。外にいた連中も残らず捉えました。スロダーリャどのは、つねにメンジザバール王弟派の残党の動きを警戒しておられました。王宮の厨房などの下回りとして、間諜が入り込んでいることも承知していたようです」


 前王妃が産んだ王子を引き取るため、家臣団がメンジザバール王国を出発したことから、なりを潜めていた王弟派の残党たちも行動を起こした。

 彼らは、家臣団に先んじて王子を見つけ奪取しようと、チューロデーサ王国に潜入し、王宮やその周囲で様子を探っていたのだが、派手に演じられたイルの捕縛劇で、イルこそがその王子であると確信したのだった。


「王宮警備隊の今晩の夕食に眠り薬が仕込まれていたことが発覚しまして、スロダーリャどのに相談したところ、おそらく今夜、何者かがイルを連れ去ろうとして、詰所の牢を襲うはずだと言われました。

幸い眠り薬入りの食事を口にしたのは、今日の毒味役だけでした。夜勤の者には眠り薬が効いているふりをさせ、念のためカルチェパルをイルに仕立て上げ、奴らの襲撃に備えることにしました。

スロダーリャどのの予想は的中し、我らの計画通りことが進んだので、このように連中を一網打尽にすることができたというわけです」


 地面に倒れていた二人は、駆けつけた隊士の手ですでに縛り上げられ、自分たちが出てきたばかりの詰所の牢へ運び込まれていった。

 真っ暗だった詰所の中には灯りが点され、入り口には篝火も焚かれた。

 王宮の外で召し捕られた者達も、続々と詰所へ連れてこられていた。


「あの……、ニルマカーラどの……。わたくしも、メンジザバール王国の内乱やその収束については、多少存じておりますが……、王弟派の襲撃とか、その……、イルさんは、何かメンジザバール王国と関係がある方なのでしょうか? そして、イルさんは、今どこにいるのでしょうか?」

「シシルスランガ様、それについては、わたしからご説明いたします! 王子、いやイルを匿っている場所にご案内しますので、わたしと一緒にいらしてください」


 いつのまにか、ニルマカーラの後ろに立っていたスロダーリャが、ニルマカーラを押しのけながら前に進み出て言った。


「その場所は、少しばかりここから離れております。馬で参りたいのですが、同乗していただけますか?」


 塀の外の警備から戻った隊士が連れていた馬を、スロダーリャが指さした。

 シシルスランガは、じっと馬の様子を眺めていたが、やがて優しく微笑みながら答えた。


「一働きしてきたばかりの馬に、二人で乗っては可哀想です。わたくしには、別の馬を貸していただけませんか? スロダーリャどのの後ろからついていくようにしますので――」

「なんと、シシルスランガ様は、馬にもお乗りになれるのですか?」

「はい。乗馬も婆やに教えてもらいました。王宮内の馬場や森を駆けるぐらいしかしておりませんが、その程度の乗り手でもついて行ける場所でしょうか?」

「もちろんです。そうですか――、シシルスランガ様は、乗馬もお出来になったのですね。もしかすると、お父上は、なにもかもご承知の上でご婚約に同意なさったのかもしれませんね。そして、彼の国へ行くことになった場合に役立つと思われる様々なことを、婆やどのを通して、あなたに学ばせようとしたのでしょう――」


 さいごは、独り言のように、感慨深げにつぶやいたスロダーリャを、シシルスランガは、小首を傾げ澄んだ瞳で見つめていた。


 シシルスランガは、何の疑念も抱かず、言われるままに、何事にも素直に打ち込み学んできたのだろう。

 考えてみれば、王女が携帯食の作り方を知っているなどおかしな話だ。

 どうやら、スードウコティヤ四世もブーヴァンゾ三世同様、ただの暢気な艶福家というわけではなさそうだ、とスロダーリャは思った。


 スロダーリャとシシルスランガは、二頭の馬にそれぞれ跨がり、王宮内を移動した。

 白孔雀宮の奥には、まだまだ新しい宮殿を建てる土地が残されており、こんもりとした木立が広がっていた。

 その木々の中に、ひっそりと隠れるように小さな古い離宮が建っていた。

 第二十八王子とシシルスランガの新居として、スロダーリャが整えたものだったが、実は、この離宮こそ、その昔ザーラハムーラ妃が匿われた離宮でもあった。


 離宮の入り口の前に立つと、スロダーリャは馬を下りて扉を叩いた。

 シシルスランガは、はやる気持ちを押さえながら素早く下馬し、扉を見つめていた。

 やがて、中で人の動く気配がして、シシルスランガがよく知る声が聞こえてきた。


「マトヴァリシュ?」

「オーヒーーッ!」


 スロダーリャが、ほんのりと頬を染めロバの鳴き真似をしたので、申し訳ないと思いつつも、シシルスランガはクスリと笑ってしまった。

 閂が外される音とともに扉が開き、不安げな顔をしたイルが顔をのぞかせた。


「スロダーリャ様、こんな時刻にいったい……、えっ!? シ、シシルさん!?」

「イルさん!!」


 イルが無事であった、もう一度彼に会えた、彼が自分の名前を呼んでくれた――、安堵と歓喜と愛しさが一度に胸に湧き上がり、気づいたときには、シシルスランガはイルにすがりついて泣いていた。

 苦笑いを浮かべながら、スロダーリャは二人を抱えるようにして扉の中へ押し込んだ。


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