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真夜中の冒険

 二人が連呼する「恋」と言う言葉で、スロダーリャは背筋がぞくぞくしてきた。

 スロダーリャは深く考えもせず、気のいいイルにシシルスランガの迎えを頼んでしまった。

 イルは、いつものように責任感と親切心から、シシルスランガを親身になって世話しているのだと思っていたが、それはスロダーリャの勘違いだったらしい。


 サムジャサナとカンドラーマが言うとおりなら、イルにもシシルスランガにも、ずいぶんと残酷なことをしてしまったことになる。

 背筋の寒気は収まったが、今度は胸がちくちくと痛み出していた。

 それに、スロダーリャには、一つ心に引っかかっていることがあった。


「そなたたち、先ほどからわたしのことを『お姉様』などと呼んでいるが、わたしはそなたたちの姉ではない。どういうことだ?」


 二人は、またまた顔を見合わせて、同時に「ああ、やっぱり!」と言うと、笑い出した。


「微塵も想像しておられないようですが、スロダーリャ様は、いずれわたくしたちから『お姉様』と呼ばれるお立場になるはずなのです。わたくしたちはそれを強く願っておりまして、少し早めに呼び方を練習させていただいておりますの。ねえ、カンドラーマ!」

「ええ――。兄のニルマカーラは、『スロダーリャどのは、必ず王宮一の文官となる。俺は、王宮一の武官となって、二人で力を合わせこの国を支えていくのだ!』と年中申しておりますの。兄の言葉をわかりやすく言い換えますとね、『これからも俺は、大好きなスロダーリャとずっと一緒にいたいなあ!』という意味になりますわ。そうでしょ、サムジャサナ?」

「その通りよ! 申し訳ありません、スロダーリャ様。兄は、言葉の使い方を知らなくて――。きっと、何度も自分の気持ちをスロダーリャ様にお伝えしていると思うのですけど」


 二人は、スロダーリャの前に並ぶと、ぺこりと頭を下げた。

 うつむいた顔は、笑いをかみ殺しているようにも見えたが、スロダーリャには怒る気力も残っていなかった。

 

(若いが有能な侍従ともてはやされ、自分自身も、何もかも心得ていて人を上手に差配しそつなく振る舞えていると思っていた……。だけど、何一つわかっていなかったのだ。

陛下にせよ、イルにせよ、ニルマカーラにせよ、それぞれ秘めた思いがあったというのに、わたしはまったく気づかなかった……)


「シシルスランガ様のお話では、婚姻の儀も近いというのに、第二十八王子様は、いまだに姿もお見せにならないとか――。何かご事情があって、この結婚からお逃げになっているのではありませんか?」

「そんな不誠実なお方より、イルさんの方がよほど頼りになりますわ。どうせ、イルさんの罪は、彼をシシルスランガ様から遠ざけるためのでっち上げでございましょう?

シシルスランガ様をさっさと自由にして差し上げて、イルさんの元へ行かせるわけにはいかないのですか、お・ね・え・さ・ま?」


 まずは、「王宮の便利屋イル」を、何らかの罪で王都追放処分とする。

 次に、よくよく調べた結果、第二十八王子はすでに亡くなっていたことが判明したとシシルスランガに伝え、支度金の十五倍の金銀と共に、彼女をサクティマラタック王国へ送り返す。後のことを考え、スードウコティヤ四世には、密かに本当のことを知らせておく。

 最後に、イルに真相を告げ、内乱の中チューロデーサ王国に身を隠していた、メンジザバールの悲劇の王子として名乗りを上げさせる。

 迎えに来たメンジザバールの家臣団に、王子を引き渡す。

 存在しなかった者は姿を消し、皆が納得した上で万事丸く収まる。

 ――というのが、スロダーリャが考えた筋書きだった。


(しかし、少々事情が変わってきたようだ……。カンドラーマたちの話が本当なら、シシルスランガ様は、このまま黙って国へ帰ることはないだろう。

第二十八王子との結婚が立ち消えになったと知れば、なんとかしてイルの行方を捜し、彼を追いかけていこうとするに違いない。

あのお方には、そういう芯の強さというか、一途さがあるような気がする。何より……、恋とは、そのように人を動かすものなのではないだろうか?)


 構図はけっして複雑ではない――。

 もつれた糸を解き、八方上手く収める方法があるはずだ――。

 少々やっかいな邪魔者も登場しそうだが、そちらにも手は打ってある――。

 スロダーリャは、恋心の解釈には自信がなかったが、混乱の収拾には自信があった。


「よし、少し筋書きを改めよう! シシルスランガ様がこれ以上辛い思いをしないように、この世界の安寧が保たれるように、真心を尽くしてわたしが対応する!」

「まあ、素敵! さすが、わたくしたちのお姉様ですわ!」

「お兄様のことも、ついででかまいませんのでよろしくお願いします!」


 満面の笑みを浮かべた二人に送り出され、シシルスランガの部屋を出たスロダーリャは、白孔雀宮の自分の執務室へ向かった。

 まなじりを決して回廊を突き進んでいくスロダーリャを見て、灯りを点してまわっていた侍従や侍女たちは、「おやおや難問発生か? スロダーリャ様は、今夜は徹夜するご覚悟だな」と思いながら、立ち止まって目礼した。


 *


 真夜中近くになって、シシルスランガは目を覚ました。

 静かに寝台から起き上がると、動きやすい服装に着替え、靴をはいた。

 そして、隣室で眠る侍女たちを起こさないように足音を忍ばせて、家の出入り口へ向かった。


(イルさんは、今夜は王宮警備隊の詰所に囚われているはずだわ。もし、申し開きが聞き入れられず、訴えた方の言い分が支持されれば、おそらくは王都を追放されてしまう――。

あんなに良くしてくれたのに、きちんとしたお礼もできていない……。イルさんに、もう一度会わなくては……。会って伝えたいことがあるのだもの……)


 もどかしい思いを抱えながら、シシルスランガは、月明かりを頼りに「女の宿り場」から複雑怪奇な回廊へ出た。

 ここへ来たばかりの頃は、巨大な王宮に戸惑ったが、王子妃教育で白孔雀宮を何度か案内された今は、だいたいのつくりが頭に入っている。

 話に聞いただけだが、王宮警備隊の詰所や厩舎などの方角も見当はつく。


 暗い色合いの服を選んだことも功を奏したようで、誰にも見とがめられることなく、シシルスランガは回廊や庭を通り抜けることができた。

 やがて、ほのかに香辛料の香りを感じ、厨房の近くまで来たことわかった。

 目指す王宮警備隊の詰所は、この少し先のはずだった。

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